親父達の高校時代の同窓生から始まって、あいつの父親の大学時代の同期や院生時代の知り合いまで。五十人近くの人間が集まるその集会は、何でも「が戻ったなら」と言うヤツが多く居た所為で、季節毎に開かれると決まったらしい。次は夏の集会があるぞ。そう言って親父がノートパソコンを弄ってた時だった。
「ねえ、父さん。の小父さん、人気者だったの?」
「そうだな、確かに人気がある。男ばかりにだがな」
どういう意味だよ?と訝って親父を見れば、ニヤリと笑うだけで何も言いやしない。聞きたいか?とでも言いたそうな目をしてるだけだ。親父の思い通りに聞き返してやるのが癪で、俺は黙ったままテレビに視線を移しただけだった。けど、ルカは違ったんだ。
「どうして?そういえば、前に来てたのも、男の人だけだったね」
「あいつはなあ、最高の腕を持ってるんだ」
その腕は、沖縄に移住する前にレーシングチームのクルーとして就職する事が決まっていたほどらしい。名前を聞けば、大きなレースでほぼ毎回上位に名を連ねている業界でもトップクラスのチームだ。
「マジかよ……」
「凄いな」
走りは平凡だから地味な奴だが、その分あいつの整備したマシンは派手に走ってくれたもんだ。あいつは最高のメカニックなんだよ。自分の事みたいに自慢げに話した親父は、当たり前みたいに言う。
「次は夏休みの時期だからな。お前等も来るんだろ?」
直ぐに行くと答えたのはルカだけで、俺は何も答えなかった。あの時あいつは、最後まで俺を見ようともしなかった。そんなヤツと顔を合わせるのが気まずかったんだ。あいつが来るかもしれない。そう思うと行きたい。けど、また同じような事になっちまうかもしれない。そう思うと、行きたくなかった。
◇◆◇◆◇
朝から五月蝿いくらいに蝉が鳴いてたその日。結局、俺はまた親父達の集まりへ行く事にした。コウが行かないんだったら、俺も行かない。そう言ったルカに負けて。
だってつまんないじゃん。コウが行かなくても来なかったら、俺一人だ。あいつの名前を、ルカがそう呼ぶ。の時でさえ、ちゃん付けだったルカが。何でだ?それが何となく気に入らなかった。どうしてだ?考えても、俺にはどっちも判らなかった。
「あ、居た!」
そう言って小走りに向かうルカと、手を振りながら笑うあいつ。当たり前みたいにルカの名前を呼んで、俺には何も言わないまま。こんな事なら、来なきゃ良かった。楽しそうに話してるあいつらを見てるだけなら、こんなモン意味ねえんだよ。情けないような悔しいような気持ちが湧いて、視線はどんどん下に落ちてった。ポケットの中にあるそれを握り締めてた時、視界の端に影が見えて――ルカが気付いて戻って来たんだろう。そう思って、顔を上げたら――。
「君、体調でも悪いの?」
「うっ……、?!」
俺より少し低い所にある顔はあいつのもので、かち合った視線で縫い止められたみたいに動けなくなる。額に当てられた手が頭を混乱させる。そしてまた、顔に熱が集まるのが判った。
「熱や異常な発汗は無いみたいだけど、気分は?」
「……………………お前、」
ほんの少し離れた位置から聞こえる声が、蝉より五月蝿いくらいに聞こえる。惰性で口にした言葉に返された何?っていう返事があの時より温かいって感じるのは、季節の所為じゃない。俺は、お前をあんなに怒らせたのに。
「どうしたの?黙ってちゃ解らないわ」
「……っ、その。あぁ――もう、怒ってねぇのか?」
それこそ清水の舞台から飛び降りるような気で絞り出した言葉が、一瞬にして風に攫われる。ビー玉みたいな目を見開いて驚いたお前が、――今までずっと怒ってたわ。でも、もう許してあげる。そう言って、可笑しそうに笑うから。
「チッ……いつまでも笑ってんじゃねえ」
「ふふっ、だって可笑しいんだもの。あ、そうだ」
一つ聞きたい事があるっていうのを目で促せば、上目遣いで尋ねるのが見えて、また狼狽えそうになるのをグッと堪える。ああ、そうか。漠然と、思った。俺は――。
「何て呼ばれるのが好きなの?」
「ぁあ?」
「判り辛い?じゃあ、聞き直すわ」
ずっと、こいつの事が気になってたんだ。いつも幸せそうな顔で笑ってたこいつを、あんな風に怒らせちまって。けど、しょうがねえだろ?名前なんて見てなかったから、男だと思ってたんだ。実際に会うまでは、本当に。だからガラにもなく、こんなモンまで用意して。俺は、こいつに機嫌を直して欲しかったんだ。
「君は、私に何て呼ばれたい?」
「っ、……………………コウで良い」
「そう。じゃあコウ、私の事は名前で良いわ」
「あ、ああ。……、だな」
小首を傾げて聞き直したお前にそう答えて、初めてお前の名前を口にして。やっと俺は、苛々した気分から解放された。そして――の肩越しにルカがニヤニヤしてるって事に気付いたのは、そのもう少し後だった。
◇◆◇◆◇
「え、何?」
「あん時の詫びだ。……受け取れ」
差し出した薄い紙袋は皺くちゃだったけど、は素直に受け取って包みを開けた。中を見て、弾けたみたいに喜んで。小さなそれを抱き締めて――ありがとう、大切にする!って言ってくれた。行きのムカついた気分から解き放たれて、少し浮付いた気分で家に帰ったあの日から。季節毎にある親父達の集まりは、俺ら三人の集まりにもなってた。
「そういえばさ、俺、の携帯番号知らないんだよね」
「えっ?」
「そういやそうだな。お前、携帯持ってねえのか?」
持ってるけど……って答えたは、何でか知らねぇがオドオドしてた。教えてくれるの?って聞かれて、やっと思い出した。あの時、親父の言ってた事を。だからこいつは、自分から言い出せなかったんだろう。
「番号言って?」
「覚えられんのか?」
「直ぐに登録するから大丈夫」
「じゃあ俺からね、えっと……」
出来た!って嬉しそうに言ったから直ぐに空メールが届いて、俺らはそれをそのまま登録する。あいつはニコニコしながらそれを見てた。それから偶に短いメールの遣り取りをするようになって、年賀状にはの字が加わって。季節毎の再会を何度も繰り返して。ギスギスした毎日の中で、いつの間にか、少しだけ気の抜ける時間が出来てた。
「ルカ、からメール来たか?」
「うん。次は行けないから、今度は春に。って」
俺らに全く同じ文面のメールが届いたのは、ピアスを目印に喧嘩を吹っかけて来るヤツ等が多くなって、流石に鬱陶しいと思い始めてた頃だった。次のミーティング、行けなくなっちゃった。今度は春にね!って、只そんだけの短いメール。人の事は言えねぇが、からのメールはいつもそんな感じだった。それでも大体、月に一、二回は届いてたのに。
「なあ、コウ。から、メール来た?」
「いや……そういや最近、来てねぇな」
「俺、さっきにメール送ろうとしたんだ」
けどさ……って言ったルカの顔からは、表情が消えてた。それから何度か試してみても全部が送信ミスで、何日か空けて試してみても結果は同じで。季節が春になっても、それは変わらなかった。そして――親父達の集まりに行ってみても、そこに達の姿は無かった。春だけじゃなく、夏も、秋も。
「何か、あったのかな」
「……そうかもな」
何があったのか、知りたかった。少なくとも、これはあいつの望んだ事じゃないって証拠が欲しかった。けど、それを知るのが恐い気もしてたんだ。も、居なくなっちまったのか?みてえに。もうあいつとも会えなくなっちまったんだとしたら。そう考えると、親父に聞く事も出来なかった。きっと、それはルカも――同じだったんだろう。
そして、次の正月。バイクが変わって一人減っちまっても届いてた、いつもの年賀状が見当たらないって気付いた時。
「父さん。あのさ……の小父さんトコ、何か……あった?」
ルカの言葉を聞いた親父は、長い事黙ったままだった。考えあぐねてるって事は、達に何かあったって事なんだろう。そして、それを親父は知ってる。そう考えて、俺も口を開いた。
「何があったんだ?」
諦めたように重い溜息を零した親父は、渋々って感じで話し出した。詳しい事は俺から話せん。だからお前達も聞くな。そう言って、真剣な口調と暗い表情で。
「ちゃんが大怪我をしてな」
春になる前に入院して、夏になって漸く退院したらしい。今は元気にしてるが、色々と厄介な事もあった所為でも何かと忙しくしてるみたいだ。また落ち着いたら連絡するって話だから、心配するな。
居心地の悪い空気を嫌ったのか、それだけ話すと親父はリビングを出て行っちまった。キッチンカウンターの向こうでお袋が食器を洗ってる音だけがカチャカチャと響く中、俺らは何も言わずに座ってる事しか出来なかった。

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お、終わんない……。
この小節で終わらせようとするととんでもない長さになるので、取り敢えずここで一区切り。
そういや赤外線通信が一般的になったのっていつ頃なんでしょうね?そういう事に疎いし、調べるのも面倒で空メール法にしときました。
橘朋美
FileNo.AS.K-02 2012/8/8
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