-273.15
AnotherSide
Kouichi-01



初めてそいつを見たのは、まだガキの頃だった。俺達が、あの教会で遊ばなくなって数ヶ月。近所でも評判の悪ガキだと言われるようになる、何年か前の正月の事。

親父の個人的な知り合いから届いた何十枚って年賀状。そこにあった全面家族写真の中で笑う金髪の子供。デカい単車のタンクに乗せられて、その後ろにタッパのある男と金髪美人が並んでた。けど、一番興味を引いたのはそいつの下にある単車だ。

「ルカ、これ見てみろ。このバイク、すごいぞ」

「ん?あ、ホントだ。カッコ良い」

当時から俺ら――いや。俺の趣味は、親父の影響を受けてた。そのバイクは雑誌で紹介されてるヤツみたいに光ってて、それでも見た目はシブいアメリカンスタイルで。自分もいつかはこんなヤツに乗りたいって、素直にそう思ったもんだ。

「何だ。お前ら、まだ起きて――、ん?何見てんだ?」

「写真の年賀状だよ」

「うん。コウが見付けた、カッコ良いヤツ」

俺らの頭上から取り上げたそれを見て、親父が懐かしそうに目を細める。それを見て、それなりに親しいヤツから届いたんだろうと思った俺は、聞いてみた。それは親父の友達なのか、って。

「ああ。こいつは高校ん時の同級生だ」

「仲、良かったの?」

ルカが少し寂しそうにそう言う。もしかしたら、の事を思い出したのかもしれない。どこか遠くに行っちまった、あいつの事を。

「当たり前だ。じゃなきゃ態々こんなモン毎年送って来ると思うか?」

「このバイクさ、その小父さんの乗ってるヤツ?」

何とか話題を変えようと思って口を挟んだ俺は、それから毎年、その年賀状を探すようになった切っ掛けを耳にする。

「いや、多分違うだろうな。あいつは、バイクを売っちまったんだ」

高校時代から何年もバイトして、貯めた金をはたいてまで買ったバイクを売って、その金で沖縄に移住しちまったバイク馬鹿だって言いながら、親父は羨ましそうな目で年賀状を見る。それが俺には不思議だった。

「そうなの?でも、また買ったのかもしれないよね?」

「あ、そうか。そうかも。新しいヤツ買ったんだよ、きっと」

「これはなあ、そんな簡単に買える代物じゃないんだぞ?」

親父は自慢げな口調で、とつとつと語り出す。これはお前らが生まれるよりずっと前に作られたバイクで、今じゃもう売られてない初期の型なんだ。そんな感じで始まって、ガキには難しい事まで色々と。

「でもさ、そんなに好きなバイク、どうして売っちゃったんだろ?」

漸く薀蓄が終わって不思議そうにルカが聞くと、親父は豪快に笑って言った。そりゃ惚れた女と一緒に居る為にだ。だいたい男ってのは、心底惚れた女の為なら何を手放しても惜しくないと思っちまうんだよ。バイクなんざ、売っちまっても金さえありゃまた買えるからな――って。

「じゃあこの人、そんなにこの女の人が好きだったんだ?」

「そうだな」

その人が街を発つ時。一人で見送った親父は、じゃあな!元気でやれよ?と言って手を差し出した。友達は、ありがとう、またいつかな!と笑って、その手を握り返した。そして、一度も振り返らずに飛行場へ向かって歩いて行った。それ以来、もう二十年近く、一度も顔を合わせた事は無いという。

「そんなに?一回も会ってないの?」

「まあ、そう簡単に会える距離じゃねぇからな」

「じゃあ……もうずっと、会えない?」

どうだろうなって言いながら、親父は満足そうに笑ってた。その後、遠い目をしてしみじみ語った。

「今は会えねぇが、その内会えるかもしれないし、楽隠居するまで会えないかもしれない。けど、あいつはその気の無い事を口にする奴じゃなかったからな。今はこうして、元気でやってるって知らせが来る。それだけで充分だ」

「なら、また会えるんだ。いつか……また、会えるんだよね」

ルカは、離れ離れになった親父達の事を、自分達の事と重ねてたのかもしれない。俺は――何も言えなかった。あの時みたいに否定するような事も、勿論、肯定するような事も。何一つ、言えなかった。だからかも知れない。自分と同じ年頃のそいつに、俺達は興味を持ち始めてた。

◇◆◇◆◇

「ん――?」

相変わらず、親父に届く年賀状はバイクの写真を使ったヤツが多いな。干支も年賀もあったもんじゃねぇや。そんな事を考えながら一通り見終わって、あの金髪を見かけなかった事に気付いた。

「あれ。コウ、起きてたんだ。ん?なに?」

「年賀状だ。ほら」

「サンキュ。なあコウ、あいつのヤツ、あった?」

選り分けてあったルカの分の年賀状を渡すと、自然にそう聞く。それだけで、何の事なのか判っちまう。それくらい何回も、俺らはあのバイクに乗っかってる金髪を見てた。風景やバイク、親達の見た目は殆ど変わらないのに、あいつだけが少しずつ大きくなって行く全面写真の年賀状を。

「いや、無かった。俺も今気付いたトコだけどな」

「そっか……、あ」

「どうした?」

「いや?何でもない。俺、父さんに聞いて来よっかな」

ほんの一瞬暗くなった顔を見て、直ぐに判った。こいつは、きっと思い出したんだろう。年賀状が届かない理由を。だからきっと、親父に聞いて来るなんて口から出任せを言ったんだろう。気付いた所で、何かしてやれるわけじゃない。大体、慰めの言葉なんて口に出来る筈もない。下手すりゃ、更に傷口を広げちまう。そう思ったら、俺はもう、あの年賀状を探す気にはなれなかった。もし俺の思った通りの事だったら、それをルカに知らせるのは残酷な気がして。

「…………ちっ」

昔みたいに虐められなくなっても、ルカは変わらなかった。ピアスの桜井兄弟なんて呼ばれるようになった今でも。変わって欲しいと思ってたのは俺のエゴなのかもしれねぇが、少なくとも……。いつまでも今のままじゃ拙いだろうって考えだけは、絶対に間違っちゃいなかった。

ルカの言葉が出任せだったって事は、その日の内に判った。夕方から会合だとか言ってた親父が帰って来て直ぐ、リビングのソファに寝転んだ後だ。酔った親父なんて別に珍しくも何ともなかったが、ヤケに上機嫌でニヤニヤしてるのが妙だと思った。

「お帰り、父さん。何か、嬉しそうだね」

「おう」

「そんなに美味い酒飲んで来たのか?」

「おぅよ!」

テーブルの向こうからルカが声をかけても、テーブルのこっちから俺が声をかけても、親父はただ上機嫌な気分そのままの返事を返すだけだった。けど、直ぐにゴソゴソと上着の中からそれを出して、顔の真上辺りでピラピラさせたんだ。

「こんな美味い酒を飲んだのは久し振りだ」

「……あ!」

「それ……」

「楽隠居する前に会えるとは、コラ!何しやがる」

ルカが掠め取ったあの年賀状には、やっぱりいつもの面子が写ってた。けど、いつもと違う事が一つだけあったんだ。


こっちも元気でやってる またな 


毎年毎年、定型文以外に書かれていたのは直筆の短い文だった。けど、それに書かれていたのは――これまで見た事の無い長さの文だった。


春になれば丸く納まりそうだ そっちへ行く時には連絡する 久し振りに集まれたら良いな 


それから――。酔っ払いの饒舌に付き合わされて得た情報は、あの家族は理由があって本当の家族として認められてないって事。けど、やっと本当の家族として認められる時が来るんだって事。春になったら、あの家族がこの街に遊びに来るだろうって事。親父が朝これを見付けて、今日の会合が決まったって事だった。

◇◆◇◆◇

「……琥一、琉夏、お前らも来るか?」

そう言って親父が見せたのは、ついさっきまで動かしてたプリンタから抜き取った一枚の往復はがきだった。そこには来月頭にある集まりの事が書かれてて、返信側の受取人は親父になってる。

「どうやって?」

大体、親父が行くのは同じバイクに乗ってる仲間の集まりだ。俺ら二人が一緒に行けるわけがないだろ?って意味を込めて、はがきと一緒に返す。ルカも似たような事を考えてたんだろう。

「コウが行けば?」

「やだね。行くならお前が行け」

一人なら――。そういう事があると、いつもルカは俺に譲ろうとする。だから俺は、いつもルカを優先させる。それが毎度の事だった。

「今度のは内輪の集まりだからな。来るのは色々だ」

「色々?バイクじゃないの?」

そうだな……多分ハチロクが多いだろうが、GT-RやCRX、バイクで来る奴も結構居る筈だ。要は走るのが好きな連中の集まりだからな。お前達が来るなら俺も車で行くから、どっちか一人がなんて心配するな。

親父はそう言ったが、正直大して興味のある話じゃなかった。その頃は、短い春休みが終わろうかって時期だ。趣味に合わない物を見る為に一日潰すのは、気が乗らない。つーか、メンドクセー。そんな風に思ってた俺の気持ちを変えたのは、次の親父の言葉だった。

も子連れで来るし、同じ年頃の遊び相手が居れば気も紛れるかもしれん。そういや今のバイクはシャドウ400だっつってたな」

シャドウ400。あのバイクから派生した典型的なアメリカンスタイル。それを聞いた俺達は、二人揃って行くと答えてた。親父の言葉の意味を深く考えられないくらい、まだ子供だったんだ。

◇◆◇◆◇

久し振りに会った親父達は、昔話に花を咲かせてた。小父さんと金髪のヤツが何となく暗い感じなのは気になってたけど、俺は、それ以上に気になってる事があった。

「あいつ、背は高いけど……何かさ、女の子みたいだ」

「バーカ、何言ってんだ。つーか、お前がそれ言うか?」

色が白くて昔からよく女に間違えられてたルカにはそう言ったが、実際、俺はそいつが女にしか見えない事に動揺してた。俺らと大して変わらない長さの金髪は結構癖っ毛で、綺麗な波みたいにうねってる。タッパはそこそこ。痩せててルカと似たような体型だと思うのに、微妙に違う。アイスブルーの目も、妙に艶のある唇も、写真で見た時より鮮明で――。

「コウ。もしかして、見惚れてる?」

「はあ?!バカ言ってんじゃねえ!」

親父達に聞こえないようにコソコソ話してたら小父さんに紹介されて、俺はあいつから目を離した。顔が熱いのを気付かれたくなくてそのままソッポを向いてたら、あいつが近付いて来て――。

「えっと……君が琉夏なんだよね?よろしく」

差し出された手を握ったルカが戸惑ってるように見えたのは、気の所為じゃないだろうと思った。けど、それが元々大人しかったルカの癖だと思い込んでたのは間違いだった。

「で、君が琥一だね。よろしく。あ、」

近くで見れば見るほど、顔付きも体付きも女にしか見えなくて。目の前で、そのナリで、その唇で名前を呼ばれた俺は――頭がどうかしちまったんじゃないかと混乱した。男相手に、何でこんな気分にならなきゃいけねえんだ?ってな。顔に熱が集まるのが判って、それ以上そいつを見てられなくなって、顔を背けて……。勢いで口走った言葉に、何?って冷たい声が返って。それでも俺の口は止まらなくて、その直後だった。

『お前……っ、覚悟しな!!』

そいつが何か大声で叫びながら殴りかかって来て――。不意を喰らったとはいえ、俺は完璧にヒットしたそいつの一撃で尻餅を付いた。クラクラする頭と痺れる頬が一瞬で何が起きたのかを理解させると、睨み返したそいつに掴みかかろうとして手を伸ばす。

「――っ?!テメェ……上等だ!!」

「コウ!!」

『口よりも手を動かす事に集中したらどうなの?』

ルカの焦ったような声を無視して振った右の拳が空を切った時、親父達がそれに気付いたらしい。大して動いてないクセに絶妙な間合いを保って何か言ってるムカつくヤツと、リーチの差を考えて次は絶対沈めてやると踏み出す俺。止めようとする親父と、暢気に宥めるあいつの父親。

「――大丈夫。…………から。どうしてもとなったら――」

何が大丈夫だ。こんな生っちょろいヤツ、いつも喧嘩売って来るヤツらと比べりゃ屁でもねえんだよ!途切れ途切れに聞こえた言葉に腹ん中でだけ毒づいて突き出した左手が、また空を切る。ルカの叫ぶ声が聞こえたのは、その時だった。

「ダメだコウ!そいつ、女の子だ!!」

「――はあ?!」

「The over!――アンタの負け」

一瞬の隙を衝かれて、俺は強い衝撃と共にアスファルトの上に倒れた。あいつは俺の上に馬乗りになって、その掌底が鳩尾に狙いを定めて突き出されようとした時。

、もう良いだろう?」

「嫌よ!こいつは私と母さんを侮辱した!!」

「それでもだ。物事には限度ってもんがある」

鶴の一声ってのは、ああいうのを言うんだろう。中途半端な位置で止まった腕はそのままにして、って呼ばれたそいつが叫ぶ。涙の滲んだ目で、悔しそうに父親を見上げて。

「…………悪かったな」

「まったくお前は……ほら、詫びぐらいちゃんとしろ」

ギャンギャン怒る親父を止めてくれたのもの小父さんだった。けどなあ……ありゃねえだろ、マジで。

「良いんだ桜井。それと……悪かったね、琥一君。は小さな頃から大人相手に鍛えて来たから、加減が下手なんだ。ほら、お前も謝れ」

「謝るつもりなんて無いわ。大体、そいつが弱過ぎるのよ」

「な……っ、んだと?!」

「本当の事よ。アルフやシャオなら絶対に倒れたりしない。チェンやロディだったら命中させるのも難しいもの」

「あいつ等は戦いのプロだ。でも、琥一君はまだ子供なんだぞ?ローズが見てたら、何て言ったと思う?」

ローズが見てたら――。その一言でいきなりがしおらしくなって、頭を下げた。ごめん、やり過ぎた……って。別に。とだけ返した俺は、子供だの弱過ぎだのって散々な言われように不貞腐れたままだった。

◇◆◇◆◇

家に帰る途中でも、親父は小言を言い出した。いっそ無視して寝ちまおうかとも思ったが、そうなったらルカは俺を庇おうと必死になるだろう。

「先に手ぇ出して来たのはあいつだ」

そう思うと寝ちまうわけにも行かなくて、仕方なく反論してた。けど実際、本当にいきなりだったんだ。それを全部俺が悪いみたいに言いやがって。帰る頃にはルカと何か話してたみたいだが、それも気に喰わなかった。ルカに向かって少しだけ笑って手を振ったあいつが、妙に憎たらしいと思ってた。

「あの子はな――母親を亡くしたばかりだ」

「えっ……」

「……は?」

聞き間違いだと思った。親父は言ってた筈だ。本当の家族として認められてなかった家族が、やっと本当の家族として認められる時が来る。上機嫌でそう言ってたのは、たった三ヶ月前の事じゃないか。

「戦争で、な。遺髪だけが……帰って来たそうだ」

俺も、ルカも、もう何も言わなかった。いや、何も言えなかった。それから家に着くまでの間に、親父はあいつの事を話した。アメリカ人との混血って事で、これまであいつがどんな風に暮らして来たのかを。ガキだった俺は、そんな事が実際にあるなんて全然知らなかった。

「お前達を連れて行けば、少しは慰めになると思ったんだがな」

どこか寂しげに呟いた親父は、最後の最後に言った。悪かったな、二人とも。まあも気にするなって言ってたし、今日の事は、これで忘れろ。それから暫く、家に着くまでの間。車の中で聞こえたのは、エンジン音とエルヴィスの歌声だけだった。



     

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主人公入学前、琥一編。やっぱりこれも続きます。

-273.15は主人公設定を詳しく書いていないんですが、この主人公、母親に鍛えられただけじゃなく、その仲間達と遊んでばかりいたので無駄に強いです。

そしてまたどうでも良い設定。母親やアルフからは実践的戦闘術、つまり本気の戦い方と泳ぎを。チェンとシャオからは護身武術を。ロディと(名前は出てませんが)ジャックからはボクシングの足運びを習ってました。

欠片も触れていませんが、彼等は全員混血だったりもします。

でもって更にどうでも良い設定…と言うか、小ネタ。桜井父が主人公父に毎年宛てていた年賀状には【 こっちは相変わらずだ そっちはどうだ? 】という一筆が書かれていた、と。





橘朋美







FileNo.AS.K-01 2012/8/7