窓際とはいえ充分に空調が効いていて、寒さを感じる事の無かった場所。なのに、不意に冷気が肌を撫でて行く。クリスマスソングを口遊んでいた唇を止め、閉じていた目を開けて冷気の流れて来る方向へ顔を向けた。
「――ハァ。ん?何だ、お前か」
「Merry Christmas。どうかしたの?顔色が悪いみたいだけれど」
開かれたガラス扉の向こうから冷たい空気と一緒に室内へ入って来たのは、何だか不機嫌そうなセージだ。彼とはそれほど親しいわけじゃないけれど、その性格――と言うか、性質と言った方が良いのかもしれない。とにかく、彼に対して今自分が思った事をそのまま告げれば不毛な言い争いが始まってしまうだろう事は容易に想像出来たので、若干言い回しを変えた。
だけど実際、彼の顔色は少し良くない。溜息を吐いていたのも、らしくないような気がした。本当に気分が悪いのなら誰か呼んで来た方が良いだろうと思っていたんだけれど、どうやら見当外れだったらしい。
「寒い」
「は?」
「寒い、と言ったんだ。外に居たんだぞ?寒いに決まっているだろう」
「そう。それなら心配の必要は無さそうね」
どうして外に居たのか知らないけれど、それなら顔色が変わってしまうほど冷えるまで外に居なくても、と言うのは止めておいた。今はとても言い争いをするような気分じゃなかったから。
「お前、……いや」
「?」
「さっき、それを見てただろう。出来るのか?」
「それって?」
視線だけで示された先に目をやれば、サイドテーブルに行き当った。その先にあるのは重厚なカーテンくらいで、出来るのか?という問いからすれば、チェスの事を言っているのだろうと思い当たる。
「そうね、それなりには」
「ふうん。なら丁度良い。付き合え」
ソファの前にサイドテーブルを持って来たセージが駒をセットし始めて、私も同じように駒を並べる。こうして人と向き合って対戦するのなんて何年振りだろう?そんな事を思いながら、セージがチェスを打つなんて知らなかったわ――と、思わず口にしていた。
「別に珍しい事じゃないだろう」
「そうかしら?私の周囲では誰もやらないわ」
「へえ。で、どうする?」
「そちらからどうぞ」
大して興味の無い話。どちらもそんな感じで話を終わらせて、それから何を喋るでもなくゲームを始める。オープニングの駒運びでセージの腕前もそれなりだと判り、既視感を覚えた。こんなゲーム展開を、私は知っている。桁外れに強くもなく、かといって弱くもなく。同レベルの相手と打つ、こんな感覚――。
「!こんなトコに……何でセイちゃんが居んの?」
「その呼び方は止めろ!子供じゃあるまいし、」
「で?どうしてお前がと居るんだ、セイちゃんよぉ」
「…………セイちゃん?って、」
突然思考を寸断した二人が話しかけているのは間違い無くセージで、つい順番に視線を巡らせてしまう。それが行き着いた先ではセージ顔を赤くして捲し立てていて、その後の言い合いで三人が幼馴染だと知った。さっきまでの静かな雰囲気はどこへやら、喧々囂々な彼等を見ながら思った。人というのは意外な所で繋がっているものなんだなぁ、って。
◇◆◇◆◇
「あれ?ちゃんだ」
「ちっ、また五月蠅ぇのが」
「何だお前ら、あいつ等とも知り合いなのか」
暫く言い合いをしていた彼等と何か食べようとテーブルの方へ向かえば、会場の中央辺りから歩いて来るutie3の面々が見える。カレンは何人もの女の子に引き止められてるし、ミヨは誰かに頭を下げられているみたいだ。一番にこちらへ来たは開口一番、メリークリスマース!と笑みを浮かべた。
「凄いねさん、何だかマフィアのボスみたい!」
「――え?」
「だってほら、琉夏くんでしょ、琥一くんでしょ、それに設楽先輩!」
一人一人に顔を向けて確認するように名を挙げて、最後に私を見たが満面の笑みで言う。みんなスーツで普段より大人っぽいでしょ?それにさんのドレス姿、凄く格好良いし。
「そうやって並んでると凄く迫力があって、マフィアみたいじゃない?」
「的確な表現」
「ちょっと!何ソレ似合い過ぎ!」
その言葉に喜んで良いのか、そもそも同意して良いのかと悩んでしまう。腹を立ててに反論するセージ、ミヨの言葉に不機嫌そうに突っ込むコウ、カレンは同意してニコニコ笑うルカに対して喧嘩腰。
交わされる会話は纏まりが無くて、遣り取りだけを聞いていると歓談とは言えないような雰囲気だけど、賑やかで、楽しくて、笑顔になれる。来てみて良かったと思える。こんな風に過ごせる今が、幸せだった。
「あっ、嵐くん!メリークリスマス!」
「古浪も来てたんか。ん?……お前、」
「Merry Christmas。どうかした?」
何だか渋い顔になって妙な間を置かれたのが気になって、そう尋ねた。彼は思った事をそのまま口にするというイメージがあるから、こんな風に言い澱むなんて何を言われるのかと思ったら……。
「その服、裂け過ぎなんじゃねーの?足」
「おかしい?」
確かに、試着した時スリットが深いかもしれないとは思っていた。だけど、これまで誰にも指摘されなかったし、チャイナドレスを着ていたカレンの姿を見て安心してた。片側だけとはいえ、スリットの深さは同じようなものだったから。
「あ?あぁ、……似合ってんじゃねぇか?」
「不二山。オマエ、余計な事言わなくて良いから」
「まあ、そうだな……。おかしくはない」
「そうだよ〜。不二山君、気にし過ぎ!」
「さん、背が高いからスリットが際立っちゃうんじゃない?」
「確かに目立つ。けど、おかしくはない」
みんなの意見にふーん、そういうもんか≠ニ、丸きり気の無いような子供のような返事をした嵐が何かを見付けたらしい。嬉しそうに目を見開いて、お、今来たヤツも美味そう!と言った直後。そんなにお腹が空いていたんだろうか?と思ってしまうような勢いでルカが視線を移す。
「ね、私達も行こうか?」
の提案で揃って移動。他愛無い会話、美味しい料理、温かな室内に流れる音楽。時折り言い争いになったりもするけれど、それは笑い声を齎すもので。こんな風に大勢で過ごすクリスマスなんて初めてで、本当に来てみて良かったと思ってた。
それから数十分後。カレンは思い出したかのように挨拶回りへ、小さく笑ったミヨは情報収集へ。と嵐は部活の事で世話になったから、と言って理事長に挨拶して来ると言って場を離れて行った。
「どした?」
「食べ過ぎか?」
皿一面に並べたプチフールを手にしたルカが、誰に声をかけているのか判らなかった。続けられたコウの言葉と視線で、自分の様子について聞かれているんだと気付く。特におかしな言動をした覚えは無かったから、何でもないって答えた。
本当は、少しだけ寂しい。このままパーティーが終わってしまえば、また独りになるという事を思い出してしまって。だけど……、二人が私の思考を読めるのでなければ、知られずにいた方が良いと思ったから。
「曲が変わったな。少し端に行くか」
「どうして?」
これ以上追及されないように話を変えたい。そう思っていた所に、タイミング良くその声が聞こえた。曲が変わったからといって端に行くのは何故なのか、という疑問は共通していたらしい。三人揃ってセージの方を向くと、ああ、お前達は初めてだったな。という前置きをして、ダンスが始まるという簡潔過ぎるくらい簡潔な答えが。
「ふーん。ダンサーが来るの?」
「そんなわけがあるか!」
「ワルツみたいね。一組出て来たけど……」
「優雅なこった」
会場の奥にそれなりのスペースが設けられているのは、その為だそうだ。邪魔にならないように端へ。という事なんだろうと思ったら、違ったらしい。短くて軽やかな曲が終わった途端。さっきまで踊っていた女子の周囲には、あっと言う間に男子の生け垣が出来ていた。どうやら、それに巻き込まれないように端へ移動したと考えるのが正解みたいだ。
「すげぇモテモテ。あの人ってさ、確かローズクイーンじゃなかった?」
「ああ。ローズクイーンに群がる男は多い。断られないからな」
「誰と踊るかなんて、その人の自由でしょう?」
「ローズクイーンは、最初と最後以外の相手を選べない」
曰く、全校生徒の憧れとして選ばれたローズクイーンは、たとえ相手が嫌いな相手だとしても、それを断る事が出来ない。凡そ全てに優れ、男女共に人気があると認められたからこそ、そのイメージを保つ為に。
「何か、メンドクサイ感じだな」
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
「嫌なら参加しなければ良い、というわけにも行かなそうね」
「さあな。俺もそこまで詳しくない」
文化祭で、今年のローズクイーンには恋人が居ると聞いたのを思い出す。最初と最後だけは、恋人と踊るのだろうか?その間ただ待っている事しか出来ないのなら、彼女の恋人は堪ったものではないだろう。他人事だからこそ、そんな風に思っていた。

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毎度の事ながら長くなるなぁ。多分、一年生の本編が一番数多くなるんじゃないかと。それ以降はAnotherSideやExtraSideを増やす予定。
橘朋美
FileNo.112 2012/9/10 |