結局五人で和風喫茶に行った後。父は吉野先生に挨拶して、ジャックと一緒に帰ってしまった。それから後片付けが始まるまでの一時間ちょっとでのクラスへ行ったり、ミヨの居る美術部の展示を見学したりしながら用心棒の続き。
途中で中等部の生徒達に囲まれているカレンを助けた時、私までモデル仲間と勘違いされて囲まれたのには驚いたなぁ。だけど直ぐにルカとコウに手を引かれて、正義の味方や用心棒が逃げてくなんて、って子供の頃みたいに笑いながら走った。
疲れたから帰ると言う二人とD組の教室前で別れて、終了時間のアナウンスが流れる中を後片付けに向かう。楽しい時間というのは、本当に早く過ぎて行くものなんだなぁ。と、名残りを惜しみながらも小道具や飾り付けを集めていた。
「キャンプファイア?」
「ああ。夕方から校庭でな」
「自由参加だし、上級生が多いらしいけどね」
「毎年何組か公認カップルが出来ちゃうんだって〜」
少しずつ和風喫茶の名残りが無くなって行く教室で、明璃の発言に三人揃って疑問の一声を上げた。部活の先輩から聞いた話だという前置きをして楽しそうに語るのを見ていると、やっぱり明璃もそういう類の話が好きな女の子なんだなぁって微笑ましくなる。
卒業を意識し始めるから先輩や後輩に告白する人が増えるらしく、カップルになるのは一方もしくは両方が三年生というパターンが多いそうだ。公認、というのは元々親しかった人達が正式に付き合う事になった場合、周囲がそれを囃し立てるからだとか。
二年生の修学旅行、一年生のクリスマスパーティーよりも多くのカップルが誕生すると言われてもピンと来ないけれど、そういうイベントの時に告白する人が増えるというのは何となく納得出来る。非日常的な盛り上がりで気分が高揚している時なら良い切っ掛けになるだろうし、雰囲気が良ければ後押しにもなるだろうから。
「でね、ローズクイーンに選ばれた人がフリーだと大変なんだって!」
「それは確かに大変そうだね」
「あ?何でだよ」
「元々人気のある人なら、大勢が告白しようとするからでしょう?」
そうそう!と肯定して付け加えられたのは、お祭り騒ぎに乗じた男子達の告白大会になるんだって!という情報。幸いにも今年のローズクイーンは既に恋人がいるそうで、大騒ぎにはならないだろうという話。
お喋りをしながらもすっかり普段通りになった教室を掃除して、椅子や机を並べ終えたら本当にお終い。いつもの制服、いつもの教室、いつもの仲間。また来年だね、と寂しそうに呟いた明璃には、そうねと答えたけれど……。来年も、みんな同じクラスとは限らない。もし同じクラスだったとしても、同じ出展をしたとしても――。
どれだけ似たような気持になったとしても、今日と同じ日は二度と来ない。忙しくて、楽しくて、充実した一日。そんな日に別れを告げるのは寂しかったけれど、闇に燃え上がる炎の温かさと空で舞い踊る火の粉の明るさが、それを和らげてくれるような気がした。
◇◆◇◆◇
見慣れた道を走りながら時計を確認して、ちょっとペースを落として家へ向かう。街は一足先にクリスマスが来たような雰囲気だ。家々を飾っているサンタやトナカイ、スノーマン。イルミネーションを施された道路沿いの並木。どれもこれも、暗くなればその存在を主張するように輝いているのを見られるようになる。
いつも通りの家に着いて、いつものようにストレッチ。温まった身体には地面の冷たさが気持ち良く感じられるけど、のんびりしているワケには行かない。遅刻するような時間じゃないけれど、早く着替えて汗を拭かないと風邪を引いてしまう。特に今の時期は、普段以上に体調を崩したくない。
「ただーいまー」
「おお、お帰り。朝飯出来てるから早く着替えて来い」
期末テストが来週に控えているからというワケじゃなく、そろそろ父の仕事が忙しくなる時期だからだ。小さな頃から鍛えられていた所為か、私は頭に超が付くほどの健康優良児だった。母が心配していたような大きな病気もせず、身体に障害も出ず。
「頂きまーす」
「頂きます」
その代り、……なのかどうか判らないけれど、何故か熱に弱いのだ。風邪を引くと先ず熱にやられて、インフルエンザでもないのに40℃近い高熱を出した事も何度かあるらしい。記憶にあるのは二回だけなのに、実際はその倍以上だとか。その度に、両親は心配で眠れなかったそうだ。
「行って来まーす!」
「気を付けてな」
その所為で、寒さが増すに釣れ父は心配性になる。汗を掻いたら冷えない内に拭いて着替えろ、とか。風呂は寝る少し前に入って温まったら直ぐ布団に入れ、とか。他にも一々挙げていたら切りが無い。だから余計に風邪を引きたくないと思う。勿論、一番の理由はあんなキツイ思いをしたくない≠チていう自分可愛さから来るものだけど。
年末に向けて本業よりも挨拶回りやパーティーが増えて、父自身が体調を崩しかねないこの時期。私が体調を崩すワケには行かない。完全に陽が昇って少しだけ風の冷たさが和らいだような気がする街を、汗ばまない程度の歩調で学校へと向かう。やっぱりクリスマスムード満点の道を、周囲ほど楽しみに思えなくなった事にも慣れたような気分で。
◇◆◇◆◇
あー、終わったー!とか、これで解放される!とか、とにかく似たような台詞が飛び交う教室内。最後のテストが終わった瞬間に、心はクリスマスへ向かっているのかもしれない。幾つかのグループがパーティーの話題で盛り上がっているのを見ていると、そんな感じがした。
中には更に先の予定を確認している人達も居て、一気にお正月ムードを運んで来そうだ。初詣でに行くのは無理だとしても、どこかへ初日の出を拝みに行ってみようか?なんて考えて、やっぱり自分でも解放感を感じているんだろうなって思う。
そしてHR後。帰り支度を済ませて席を立つとバイバイって明璃に手を振られて、それに返していたら駿斗の声がした。
「さん。あのさ、学校のクリスマスパーティーって行く?」
「え?ああ、まだ決めてないの」
イブに理事長宅で開かれるパーティーの事はテスト前にカレンやミヨから色々聞いていたけれど、正直に言えば迷っていた。自由参加だから恋人の居る人はまず来ないとか、雰囲気に煽られてカップルが出来るなんて聞くと、文化祭の時みたいに面倒な事が起きそうな気がして。
家に一人きりで居るよりはマシかもしれないとは思うけれど、何となく乗り気になれない。というのが本音だ。cutie3は揃って参加すると言っていたから、彼女達と一緒に居れば楽しめるだろうし……行ってみようか。
「そうか……、あ。僕は行くんだけど、良かったら声をかけてくれる?」
「?――ええ、見かけたら声をかけるわ。じゃあね」
パーティーに参加した時、親しい人に会えば声をかけない筈無いのに。どうして態々そんな事を言うんだろう?少し不思議に思いながら手を振って、教室を出た。家に帰る途中、今夜は久し振りに夜更かしでもしようか?それとも明日どこかへ行こうか?そんな事を考えていた。
◇◆◇◆◇
「うーん……、やっぱり派手かなぁ?」
クローゼットの前に立って見える限りの部分を確認する。勿論、扉に付いた姿見で。元は母の物だったチャイナドレス。身長は母と同じくらいになっていたし、こういう機会でもなければ着る事も無いだろうと思って試着してみたんだけど――。
「結構スリットが深いし、袖ぐりも……」
今日はもうパーティー前日。今更ドレスを用意するなんて不可能に近いし、ワードローブはスーツすら無い。盛装姿の参加者達の中に、普段着で入って行くのは流石に気が引ける。
詰襟だから手術跡は全く見えないんだけど、これだけ襟ぐりが深いと下には何も着けられない。昔の母がオーダーしただけあってボディラインに余裕が無いから、ショーツも薄手でラインが浮かない物を選ばないと。
「…………っふふふ」
頭の中でグルグル回る考えはこのドレスを着て行くしかないと決定付ける為のものだと気付いて、何だか笑ってしまう。母の着ていたこのドレスを、私は小さな頃に着たいと思っていた。当然その時はサイズ的に無理があったから、こうして着られるようになった事が嬉しい。きっと、会場に行けば誰か親しい人と会えるだろう。そんな事を考えると、益々顔が綻んで行くのが判った。
「これと、これ。後は……これかな」
ドレスと揃いの靴とバッグ以外に、黒のロングコートを用意して合わせてみる。コートを着ていれば街中でも極普通に歩ける事を確認して、靴を足に馴染ませるようにトントンと爪先で床を叩く。見た目ほど薄っぺらじゃないみたいで、意外と履き心地も良い事に安心した。
「ん。これで良し、っと」
後はプレゼントを買って来れば準備完了。とはいえ、何にしよう?考えながら普段着に着替えて革ジャンを羽織る。不特定多数の人が喜ぶだろう物なんて思い当たらなくて、この一週間ずっと悩んでいた。男女どちらに渡っても使用出来る三千円以内の品物、というのがプレゼントの規定だ。男子にレディース物、女子にメンズ物が渡る事が無いようにという配慮なんだろう。
焦げ茶のダブルモンクストラップを履きながら、サンタブーツはどうだろう?と思ったんだけど、あまり大きな物を持って行くのは大変だと諦める。じゃあ嵩張らない物なら?とバイクを前に考え出したら、これが中々難しい。
「――あ、そうか!」
シックな色のマフラーは?クリスマス直前で混み合う店に行くのは避けたい。スケジュール帳とか?携帯やパソコンで管理するから自分でも全然使わない。他に思い付いた物も帯に短し襷に長しって感じで、漸くこれなら≠ニいう物に思い当たった。
金額的にも丁度良いし、嵩張らないし、男女どちらに渡っても大丈夫。人によって好みが違うだろうけれど……絶対嫌だ≠ニ言う人は、まず居ないと思う。買いに行くのも混雑している場所ではないし、正に打って付けだ。
良い物を思い付いた、と気分良くバイクに跨ってエンジンをかける。フルフェイスと革ジャンに守られて、全身で冷たい空気を掻き分けるような感覚を楽しみながら駅前へ。ちょっとだけ悩んで目的の物を手に家へ戻ると、郵便受けに入っていた一枚のハガキが懐かしさと嬉しい知らせを届けてくれた。
◇◆◇◆◇
「これで良いかしら?」
「うん。じゃあ、プレゼントは入口に立ってる係の人に渡してね」
理事長の自宅で開かれると聞いていたから、こんなパーティー会場だとは思っていなかった。受付で学年とクラスと名前を書いて、説明通りにプレゼントを渡した後。足を踏み入れたそこは、ホールとでも呼べそうなくらいの空間。
全体の60%程度にテーブルが置かれ、その上には既に何種類もの料理が並べられている。中央を縦断するように敷かれた赤い絨毯、豪奢なシャンデリア。奥にある大きな階段なんて、それこそ映画スターが降りて来てもおかしくないような気がする。
「うん?……お。何だ、じゃないか」
「Merry Christmas。トーマも来てたのね」
コートを預けようと広間の片隅へ行くと、そこに居たのはスーツ姿のトーマだった。制服と比べてかなり洒落た感じがするショートジャケットの所為か、普段より足が長く見える。真っ黒なツーピース、真っ白なシャツに光沢のある真っ赤な蝶ネクタイ。
「おう、まーな。しっかし何つーか――。豪く化けたもんだな、お前」
「ふふ、褒め言葉だと思っておくわ。トーマも良く似合ってるわよ」
預けたコートと引き換えに貰った番号札をバッグへ入れて、男っぷりが上がってるだろ?と言うトーマに馬子にも衣装っていう意味かしら?と返す。そのまま二人で軽口を叩きながら会場へ。
「なんだ藤間、彼女――え、っと……さん?だよね」
「きゃ〜あ!凄く格好良い!!さん、女主人と執事みたい!」
戻った途端、二人に声をかけられた。……のは構わない。というか寧ろ当然の成り行きだと思うけれど、明璃の出した悲鳴みたいな声にビックリして振り向いた周囲の人達から注目を浴びてるのがちょっと、ね。
「ああ?何だと長久。誰が執事だ!」
「わ、ごめんごめん!でも並んでるとそんな感じなんだもん」
シルバーグレイのスリーピースに淡いラベンダーのシャツ、アスコットタイはシャツとは逆に暗い同系色。トーマとは真逆とも言えそうなスーツ姿の駿斗の横で、可愛らしいドレス姿の明璃がはしゃぐ。
ファー付きのショートボレロに太腿までのミニスカワンピ。全体的にはアーモンドピンクだけれど、ワンピースの胸から下は綺麗なグラデーションになっている。普段より背が高く感じるのは、いつものローファーではなくメリージェーンを履いているからだろう。
「二人とも、Merry Christmas。こうして集まると、何だか新鮮ね」
「あ。ああ、うん。メリークリスマス」
「メリークリスマース!そういえば、私服で会った事って無かったね〜」
「私服っつー括りになるのか、これ?盛装だろ、一応」
文化祭の時もそうだったけれど、やっぱり三人は人気がある。会話を楽しむ暇も無く、知り合いらしき上級生達に連れられて行ってしまった。私はといえば……。思ったより多くの参加者達で賑わっている会場で他に親しい人を見付けられないまま、あまり人の居ないテラス側に置かれたソファに座っている。
何の気無しに視線を巡らせようとした矢先、サイドテーブルに乗っているチェスセットを見付けた。それに感情や意志が有る筈無いと判っていても、頭の中に思い浮かんだ。君も嫌だろうね?こんな所で置き物になってるなんて、って。
スピーカーから流れている音楽は会話の邪魔にならない程度の音量で会場を満たし、あちこちで交わされる会話や笑い声が効果音みたいに響く。ジャズアレンジのクリスマスソングに小さな歌声を乗せて真っ暗な外を見れば、ガラス上の自分と目が合った。背後では誰もが楽しそうで、目の前の自分を見ているのが嫌で、目を閉じる。
まだパーティーは始まったばかりだというのに、家に居る時と変わらないような感覚。周囲が賑やかな分、それが際立ってしまうような気さえしていた。不意に冷気が流れて来るまでは。

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そういえばキチンと断り書きを書いた事はありませんが、-273.15のお金の単位は普通に日本円です。服とかアクセが1リッチ〜40リッチなのに、ビニール傘も1リッチだしスポーツドリンク買ったお釣りも1リッチ。なのに文化祭の模擬店で飲み食いしただけで5リッチとか、基準が判らんから。
今から更新しようかって時になって気付いた。今回メインキャラ殆ど出て来とらんじゃん!今更後の祭りだー。次は何人も出すから良っか。
橘朋美
FileNo.111 2012/9/4
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