-273.15
110



朝の内は客足も伸びないだろうっていう考えは、ガムシロよりも甘かったのかもしれない。最初の二十分はのんびりした雰囲気で数人のお客さんを持て成していれば良かったんだけれど、九時を過ぎた頃にはあれよあれよという感じで。

「篠崎クン、こっちお願ーい」

「うわぁ。似合うじゃない、藤間君」

「そういうのも可愛いね、明璃ちゃん」

よくよく考えたら、この三人は校内でも人気のある人達だ。それが揃って接客している。しかも普段学校では有り得ない姿でと来れば、こうなるのは当然。なんて、今更思う。

「すみませーん、オーダーお願いしても良いですか?」

「はい。何になさいますか?」

「あ!ねえ君、こっちも頼むよ」

だけど勿論、暢気に構えてる余裕なんて無い。何故か生徒以外の一般客も多くて、先輩達に捕まっている三人以外に動けるのは私だけ。必然的にそちらの接客をこなす事になっていて、四人揃っててんてこ舞い。

品数を絞っておいたのが功を奏しているのか調理の方は順調で、補助担当者にオーダーを通せば数分で指定通りの物が運ばれて来る。注文単位をお茶とお菓子のワンセットで食券一枚と規定したのが良かったのか、精算も混乱する事無くスムーズだった。

だけど、如何せん客の回転が速過ぎる。四人がけになっている九つのテーブルは、一つが空いた途端に外で待っていた次のお客に占領されてしまう。独楽鼠のようにクルクルクルクル。その内目が回ってしまうんじゃないかと思うくらいの忙しさの中、その団体はやって来た。

「うわー。すげぇ混んでる」

「ほんとだ。ねえルカ君、別の所にしようよ」

「面白そうな事やってる所結構あるし、ここは後にしてさ〜」

「俺、ここで休憩する。嫌なら、あ!……って」

卒業生らしい二人連れのお客さんを送り出して、ありがとうございましたと頭を下げた所で呼び止められた。きっと、コウからの伝言を聞いて来てくれたんだろう。

「ちぇっ、騙された。コウのヤツ、後で見てろ」

「いらっしゃい、ルカ。――コウがどうかした?」

「ううん、何でもない。何かさ、すげぇ繁盛してるね」

「うん。あ。お席が用意出来るまで、こちらでお待ち頂けますか?」

パッと見、六、七人の女子を引き連れているルカに予備の品書きを二つ手渡して、お待ちの間にこちらの品書きでご注文をお決め下さい、と微笑んで。

「オッケー。、プロみたい。あ、ちょっと待って」

「ん?」

室内に戻ろうとした所で引き止められて何かと思ったら、どうやら髪がエプロンの肩紐に絡んでいたらしい。じっとしてて?と言った数秒後、ヒョイと持ち上げた髪にキスを落とす。芝居がかった仕草が嫌味に見えないのは、もう才能かもしれないと感心してしまう。

途端にキャーキャー騒がしくなった周囲の女子達の視線が痛いけれど、そんな事に構ってる暇なんて無い。でも、ちょっと気を付けないとマズイかなぁ?とは思った。

「ふふっ、ありがと。じゃあね」

「うん。あ、注文取りに来てね。が」

時計を見る暇も無く、次々入れ替わるお客さんを相手にクルクルクルクル。ホットケーキが無いと残念そうにしているルカにのクラスにならあると思うわよ?と返すと、それでもここで食べるんだと緑茶とどら焼きのセットを注文されて。一緒に居た女子達の分も含めて、補助担当者に通す。他の三人も相変わらず引っ張りだこだ。

「お疲れ様。そろそろ交代時間だぞ」

「おー、やっとか。んじゃ、後は頼んだ」

気付けば交代時間になっていて、着替えを済ませた二班のメンバーが教室に来ていた。大盛況だな、とか。お疲れー、とか。頑張って、とか。口々に交わされる言葉を背に教室を出て、思わず大きな溜息を吐いた。

「はぁ……疲れたね〜」

「ええ。こんなに人が来るなんて驚いたわ」

「ははっ、お疲れさん。さーて、これで自由の身だ」

「ああ。でも、取り敢えず着替えて来ないとな」

他の三人も同じ心境だったらしく、普段より少し疲れた雰囲気だ。これも良い思い出になるね、と明璃が笑ったのを肯定して、笑顔が並んで。文化祭って、こんなに楽しい物だったんだと充実感に浸っていた時。

「あ!ねえ、そこの金髪の彼女。今交代したトコでしょ?」

「?」

「俺等はね学から来てんだけどさ、案内してくんない?」

辺りに金髪の彼女≠ニ称される人なんて見当たらなくて、振り返れば少し前に接客した二人連れが居た。案内と言われても私自身初めてのイベントだし、正直こういう見え見えのナンパ男の相手をするなんて御免被りたい。まだ片付けが残っているとでも言って断ろうと思ったら、真後ろから声が降って来た。

「悪ぃな、こいつは先約があんだよ。案内なら他当たれ」

「はあ?ゲッ。あんた――桜井、」

「琥一……?し、失礼しましたー!」

聞き慣れたその声に見回り中なのかと問えば、首を回して少し仰いだ位置にあるコウの顔は微妙な表情で固まっていた。先に行くからと歩き出した三人にお疲れ様と手を振って、筋を痛めそうな格好を正して向かい合う。頬は少し赤いのに、いつもの見慣れた表情じゃなくて……何だか不思議な感じだ。

「お前……、そりゃ侍じゃねぇか」

「そうね。どこか可笑しい?」

「別に可笑しかねぇけどよ。袴っつーからこう……いや、何でもねぇ」

それより暇ならどっか回るか?って聞かれて、何だか誤魔化されたような感じだったけれど……。後片付けまで何時間も一人で見学するなんて寂しいし、コウと一緒なら気兼ね無く楽しめる。そう思って二つ返事で誘いを受けて、取り敢えず着替えて来るから待ってて!と家庭科室へ急いだ。

◇◆◇◆◇

さんは演劇部の衣装を借りてたんだよね?」

「ええ。どこに置けば良い?」

脱ぎ終わった衣装一式を抱えて尋ねれば、草履は窓際に並べておいてと言いながら奥の衣装置き場へ招かれる。衣服類は洗濯の関係で、大きなランドリーボックスに纏めて入れてあるらしい。着物はこっちで袴はこっち、足袋はそっちへ入れてくれる?という指示通りに一つずつ入れて行く。

「お疲れ様。まだ後片付けが残ってるだろうけど、それまで楽しんでね」

「ええ、ありがとう。あなた達も大変でしょうけど、頑張って」

必要なクラスに必要な衣装を貸したり、着付けたり。それを一手に引き受けているのは手芸部の部員で、彼女たち自身もショーの準備があるというのだから大変≠ニいう一言では済ませられないくらい忙しいとカレンから聞いていた。今も実際お姫様の衣装を二人がかりで着付けているし、何人かは衣装を返しに来ていたくらいだ。

「ちょっと!」

「?」

「あなたの事よ。サン」

今日はよくよく呼び止められる日らしい。廊下に出た所で数人の女子生徒が待っていて、何だか嫌な雰囲気を感じた。知った顔は居ないような居るような……?イマイチ判断出来ない。

「何か?」

「何か?じゃないわよ」

「あなた、ルカ君の何なの?」

睨み付けて詰め寄る彼女達の言葉で、ルカと一緒に来た子達だと思い当たる。だけど、既に手遅れだって事も判った。気を付けないとマズイかもしれないとは思ったけれど、こうも早く、しかも直接的な手段に出られるなんて――運が悪い。

「変な噂がたくさん流れてるのにルカ君ははぐらかしてばかりだし」

「さっきだって人前であんな事されても平然と笑ってたわよね、あなた」

「ルカ君が優しいからって、彼女でもないのに大きな顔しないでよ」

何だかもう、男も女も似たような事ばかりでウンザリしそうだ。ルカの行動についてなら本人に直接言えば良い事だし、私が笑っていたからといって何が悪いんだか。彼女じゃないのは確かだけれど大きな顔をした覚えは無いし、第一そんな事を責めるのは御門違いだ。

「黙ってないで何とか言いなさいよ!」

「何を言っても無駄だと思うけど、」

「ねえ、何やってんの?」

ルカの事はルカに言って頂戴。そう続ける筈の言葉を遮ったのは、彼女達の後ろにある階段から上がって来た本人だった。いつもの飄々とした雰囲気が鳴りを潜めているように見えるのは、私の勘違いじゃないだろう。慌てた様子で弁解染みた事を口にしている彼女達も、そう感じていると判るくらいだ。

「大丈夫よ、ルカ。心配しないで」

「無理。コウも心配してた。って言うか、もう後ろに来てる」

「ったく。遅ぇと思って探してみりゃ……。またか」

前門の虎、後門の狼という状況に置かれた彼女達を見ていると、少しだけ気の毒な気もする。普段とは打って変わって機嫌の悪いルカと普段以上に凄味を効かせているコウに挟まれたら、きっと私だって恐い。それが自分に向けられているのだとしたら、だけど。

「俺さ、自分の事言われるのは良いんだ。けど、の事、とやかく言わないでくれる?すげぇ腹立つから」

「お前ら、あんまコイツの事嘗めてんじゃねぇぞ。にふざけた真似しやがったらタダじゃ済まねぇって覚えとけ」

鋭い視線、低い声、何より二人の気迫に気圧されたんだと思う。彼女達は、一言も無いまま走って行ってしまう。それを見送った途端、二人ともいつもの雰囲気に戻ってくれたのは良かったんだけど――。

「ルカ、コウ。ありがと」

「お前なぁ、――ハァ。まあ良い。今回は間に合ったしな。行くぞオラ」

「良くない。駄目じゃん、。ちゃんと助けて≠チて言わなきゃ」

矛先がこっちに向いて一悶着。何とか宥めつつ三人であちこち見て回る事にして、いい加減どこかでお昼にしようかと屋台の並ぶグラウンドへ向かうまでの二時間ちょっと。

「ったく、ナンパ野郎がウヨウヨ鬱陶しいったらありゃしねぇ」

「三人なら楽しいとは思えるけど、用心棒も楽じゃないわね」

「用心棒じゃなくてヒーローだよ。コウは悪人面だけど」

文化祭荒らしというほどじゃないけれど、やっぱりナンパ目的の他校生や大学生は結構多くて、何度か仲裁に入った。ルカは途中で迷っている人を見付けて案内したり、私は面白そうなクラス出展を覗いてみたり。

一時過ぎとはいえそれなりに混み合っている屋台で並んでいる時にも用心棒の出番があって、コウは大活躍ねと言うと、嬉しくねぇ、ってそっぽを向かれたりもして。お好み焼きやたこ焼きを膝の上に乗せて青空の下で頬張ると、何だか特別美味しいような気がした。

◇◆◇◆◇

「ん?おい、あっち見てみろ」

「あ。、小父さん来てる」

「えっ?!」

早く上がれたら見に行く。前々からそう言ってたけど、文化祭が終わるまでに間に合うとは思ってもなかった。二人が教えてくれた方を見れば、確かにそこには父が。こんな風に学校行事を見に来てもらうのなんて初めてで、思わず駆け寄ってた。横に居た人を認識しないまま。

「父さん!こっち!」

「Lady Rose?!」

「いや、だ」

懐かしい呼び名を耳にした直後、私の身体は宙に浮かんでいた。正確に言えば、高い高いと持ち上げられた子供のように。下にある顔には見覚えがある。五年振りに見る彼はあの頃とそれほど変わってはいなかったけれど、俄かには信じられなかった。

『本当になのか?随分成長したじゃないか!あのおチビさんが』

『驚いた!久し振りね、ジャック。私、もうおチビさんじゃないわよ?』

「何だありゃ?」

「さあね。けど、の事かな?チビだって」

母の仲間内で一番若く背の高かったジャック。私より十歳上で初めて会った時60p以上の身長差があった彼は、私の事をおチビさん≠ニ呼んでいた。それでも妹のように可愛がってくれて、色んな事を教えてくれた人だ。カードやチェスが好きで、バスケやボクシングが得意なお兄さん的存在。

高らかに笑いながら身体を降ろされる途中で昔みたいにキスされて、昔通りに私も返す。ここが文化祭中の学校だという事をうっかり忘れて、周囲に人だかりが出来ている事にも気付かないで。

『こら、二人ともその辺にしとけ』

『おっと。そういや日本人はスキンシップ嫌いだったか』

「え?あっ!」

漸く地面に足を着いた状態になって、ジト目になっているルカと、口を開けてポカンとしているコウに気付いた時にはもう遅い。数年前に何度も言い聞かされた事をまた繰り返されて、苦笑いする父に二人が宥められてから。

『ジャック、こっちが琉夏でこっちは琥一。琥一が兄で琉夏が弟なのよ』

「ルカにコウイチか。ジャックだ。宜しく」

「あ、ああ。どうも」

「うん、宜しく」

コウが誰かと並んでいるのに頭の位置が低いなんて、何だか珍しい光景だ。父もルカも背が高いし、こうして揃っていると周囲から聞こえて来る声も理解出来る。デケェ!とか、スゲェ!とか、主に男子からの声が。

「ねぇ父さん、どうしたの?ジャックが来るなんて全然知らなかった!」

「それは俺もだ。バスケ仲間のはば学OBに誘われて来たらしい」

「ああ。それがお前達に遇えるなんて。とんだsurprise!だ」

大好きな人達に囲まれて聞こえて来るその声が、何だかとても嬉しい。この人達は私の大切な人達で、誰に対しても胸を張って自慢出来る人達なのよ!って紹介したいくらいに。

「ところで、琉夏君や琥一君と回ってたんだろう?」

「うん。さっきお昼ご飯食べたトコ。父さん達は?お腹減ってない?」

二人ともランチは済ませているから、私に電話してからクラス出展を見に行って、後は少し校内を回って帰るつもりだったらしい。はば学OBでもない大人にとっては長時間楽しめるものじゃないと言われれば、確かにそうかもしれない。

「あのさ、。せっかくだから、案内してあげれば?」

「だな。小父さん達もその方が喜ぶだろう」

「どうして?みんなで行っちゃ駄目?」

「なんだ、二人はKnightじゃないのか

『ジャック、話がややこしくなる。お前は黙ってるか英語で喋ってくれ』

「Yes sir。ふん、まだまだおチビさんだったか」

「もう!ジャック、私はおチビさんじゃないって言ったでしょ!」

「おいおい、チビってマジでの事だったのかよ」

「ナイトじゃないよ、正義の味方。俺がレッドで、コウはブラック」

何だかワケの判らなくなってしまいそうな事態を収拾したのは、大きな咳払いの後で失礼≠ニ声を響かせた氷室先生だった。後日、習慣とはいえ校内でキスなど今後一切しないように、というお説教が待っていたのは余談だ。



     

************************************************************


ジャックの身長は197p。
主人公父は188p…って、どっかで書いたな。
取り敢えず長くなったので一旦区切り。





橘朋美







FileNo.110 2012/9/2