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「ちょっと待ってよ〜!私の方が先にさんを誘ってたんだから、」

「僕だって頼まれてるんだ。とにかく一度、さんを連れて来いって」

体育祭からこちら。この二人は、よくこうして押し問答をするようになった。険悪な雰囲気じゃないというのは救いだと思うけれど、ヒートアップしてくると手に負えなくなってしまう。お、やってるやってる。とか、頑張れ〜!とか。時々聞こえる声からして、他のクラスメイト達は面白がっているみたいだから性質が悪い。

「何だ、またやってるのか?お前等」

「ええ。だけどトーマも似たようなものでしょう?」

ニッと笑って返す彼も、明璃や駿斗と同じ用件で来たんだろう。何故なら彼も、最早見慣れつつあるこの光景を作り上げてきた一人なのだから。三人の用件は、理由は違えどただ一つ。それぞれの所属している部への勧誘だ。それ以外の部から上級生が誘いに来た事もあったけれど、それはその場で断った。でも……碌に交流の無い相手ならともかく、彼等が相手となると無下にも出来ない。

体育会系の人間って、結構上下関係が厳しいからさ〜。そう言って一度だけ誘いに来たカレンの言葉も強ち間違っていないんだろうなぁ、と思う。何せ、そういう事にやる気を発揮しないトーマまで使うのだから。

「背が高くて手足も長い。瞬発力やスタミナだってある。理想的なんだ。ね?お願い!私とダブルス組んで!!」

「あの時の走り、先輩達の中でも敵わないかもしれないって言う人が居るくらいなんだ。一度見学に来てくれないかな」

「まあ、俺は部長経由で女バスの連中に頼まれただけだからな。伝えるだけ伝えとく。気が向いたら行ってやれよ」

確かにスポーツは嫌いじゃないし、あの時の満足感を味わえるのは気分が良いだろうとも思う。だけど――発作の事を考えればバスケ部なんて絶対に無理だ。それに、何より私に彼等ほどの熱意は無い。だから毎度そう言って断って来たんだけれど……。もういっそ、本当の事を言ってしまおう。そうすれば、きっとこれ以上誘われる事はなくなるだろうから。そう思って口にしたんだけれど……。

「私の母、死んでるの。家の事があるから、部活には入れないわ」

そう言った途端に表情を変えた三人を見て、言うべきじゃなかったんだろうか?と少し後悔した。でも、これは隠しておきたいような事じゃないし、片親の家庭なんて珍しくない筈だ。その数秒後。口々に謝った三人は、どうやら勧誘を諦めてくれたらしい。だけど――。

「気にしないで。もう何年も前の事よ」

そう言っても、申し訳無さそうな表情は中々晴れてくれない。どうしてなんだろう?ルカやコウなら、こんな風にはならないのに。やっぱり、それほど親しくない相手の事情を話されても困るだけなのかもしれない。

少しだけ縮まったと思っていた彼等との距離が、また離れてしまったみたいだ。立ち去るタイミングを知らせるかのようにチャイムが鳴り始める。それと同時に席へ戻って行く三人の背中を見て、そんな風に思ってた。

◇◆◇◆◇

「あ、居た居た。、久し振り〜!」

「発見。速やかに連行」

さん、みんなでお茶して帰らない?」

「ええ、良いわよ」

期末テストが終わったその日、久し振りに……といっても一週間なのだけれど。cutie3の面々に誘われて、賑やかな時間を過ごす事になった。彼女達は相変わらずのテンションで私に接する。――そう。あれ以来、目を合わせるとぎこちない雰囲気が漂うようになってしまったあの三人とは違った。

あの時cutie3の面子に相談してみようと思ったのは、単に三人がそれぞれ違うタイプの性格だからというだけの理由。彼女達も、彼等のように困惑するだけかもしれない。そう思いはしたけれど、彼等以上に交流の無い人達に話せば、間違いなく困惑させる。だから、結果的には彼女達にしか話せなかったという方が正しいのかもしれない。

「あーもう止め止め!成績なんて普通で充分!」

「ふふっ、そうね。赤点じゃなければ」

が言っても」

「うん、説得力が無いっていうか、現実味が薄いっていうか……」

明日はテストの結果が張り出されるとあって流石に少し盛り上がりに欠けていたけれど、それも最初の内だけ。話題が夏休みの過ごし方に移ってからは、カレンやを中心に話が弾んでいた。

バイトで忙しいけれど何かしたいと言うカレン。出来る事なら涼しい所でのんびりしていたいと言うミヨ。海水浴や花火大会、遊園地にも行きたいと言う。本当に三者三様で面白い。夏休みになったらこういう光景も見られないんだと思うと、少し寂しい気がする。だからなのかも知れない。

「う〜ん。来月頭に撮影があるから、日焼けするとまずいんだよね〜」

「行かない。暑いから」

「そっか〜残念。さんはどう?」

「――そうね、行きましょうか」

の提案を断る気になれなかった。少し不安はあったけれど……遊泳禁止だって知った以上、もうWest Beachで泳ぐわけにも行かないし。じゃあ、またね!と手を振る彼女達と別れてから、思い付いた。ルカとコウを誘ってみようか?あの二人が一緒なら不安に思うような事なんて無いだろうし。

「ん、良し。送信、っと」

20日にと出かけるの。予定が合えば一緒にどう?用件だけを簡潔に伝えるメールを二人に送って、閉じた携帯をポケットに放り込む。どちらか一人でもOKしてくれたら良いんだけど……。その期待は、寝る前に破られた。

ゴメン、ちょっと無理。また今度デートしよ。

悪い、予定が入ってる。またな。

見た目は正反対でも答えは同じ、ペコペコ謝る絵文字や点滅するハート付きのルカからのメールと単純明快なコウからのメール。残念だけど、予定が合わないのなら仕方ない。そう、じゃあまたね。お休み。と二人に返信して、小さな溜息を吐く。

父さんはイベントシーズンで忙しいから無理だし、他に当ても無い。せめて空いていてくれると良いんだけど……枕元に放り投げた携帯のイルミネーションが静かに消えて行くのを見て、何となく。期待するだけ無駄だよ――って言われているような気がした。

◇◆◇◆◇

後の事を考えるとあまり潮風には晒したくないのだけれど、そうも言っていられない。料金を前払いして海の家にバイクを預け、との待ち合わせ時間を待つ。今日は朝から快晴で申し分の無い海水浴日和。でも、夏休み開始の連休ともなれば当然賑わうだろうと思っていたビーチは、それほど混んでいないみたいだ。パラソルを立てている家族連れやビーチボールを膨らませているカップルを眺めながら、空いてて良かった――と思ったのも束の間。

さーん!」

振り返れば当然そこに彼女が居たけれど、チャラチャラした男達に付き纏われてるのがね。サングラス越しに見ても判る浅黒い肌、痛んだ髪、サーフボード片手に教えてあげるからさ〜とか何とか言いながらを挟んでる二人連れ。不安、やっぱり的中。なんて暢気に構えているワケにも行かなくて、荷物を手に立ち上がった。

「なんだ、待ち合わせ相手も女の子なら丁度良いじゃん」

「女の子だけじゃ寂しいって!そっちの彼女も、お兄さん達と遊ぼ」

呆れて溜息を吐くと、申し訳無さそうにが謝る。さっきから断ってるんだけど、聞いてくれなくて……。確かに彼女にしてみれば本気で断っているつもりなんだろうけれど、こういう強引過ぎる相手には効かなくて当然だ。ハの字に寄せられた眉も、嫌がる姿も。

「え、ちょっ、離して下さい」

「そんな冷たい事言わないでさあ、遊んぼうよ」

「そうそう、サーフィン以外にも色々教えてあげるよ〜?」

「断るわ。さ、行きましょ」

の肩を掴んだ男の手を払い除けて、彼女の手を引っ張る。そのまま無視して海の家を目指そうとしたんだけど、やっぱりこういう男達はしつこい。女の二人連れはしナンパ待ちだと決め付けて、ずっと付いて来る。このままじゃ、泳ぐどころか着替える前に帰りたくなりそうだ。

「ほらほら、着替えておいでよ。ここで待っててあげるからさ」

「どうしよう、さん……」

「どうしよう?だって。か〜わい〜い」

はこいつ等と遊びたいの?」

左右にフルフル首を動かしたを確認して、可愛くないだとか素直になりなよだとか鬱陶しい男達を睨んだ。まあ、サングラスで気付きもしないだろうけど。

ここなら人目も多いし、手荒な真似はされない筈。そう考えて、それでも彼女を後ろに下がらせて人を呼んで来るように指だけで促す。直ぐ後ろにある海の家に走って行く彼女を追いかけようとするナンパ男のボードを蹴飛ばせば、面白いくらい見事に転んでくれた。途端にいきり立つのも予想通り。

「しつこい上に五月蝿い男なんてモテないわよ?」

「そうそう、モテないわよ〜?」

だけど、後ろから聞こえた声は完全に予想外。振り返るまでもなく、横に現れたのは――。

「ったく、メンドクセー」

「ルカ!コウも!どうしたの?」

シカトしてんじゃねぇ!とか、邪魔するな!とか。喚き立てていた男達は、やんのかコラ!あぁ?!っていう二人の声で逃げて行った。今日は予定があるんじゃなかったの?って聞きたいのを抑えて無難な言葉を口にしたのは、海に来たにしては二人の恰好がおかしかったから。

「ありがと、二人とも。助かったわ」

「どういたしまして。ほら、やっぱのだったろ?」

「おぅ。あ?ああ、まあそうみてぇだな」

意味の解らない遣り取りに疑問符を浮かべていたらが駆け寄ってきて、取り敢えず海の家へ。二人はそこで臨時のバイト中らしい。

のシャドウ、ここに預けたろ?」

「うん。ああ、それをルカが見たのね」

「ナンバー見てねぇっつーから違うヤツだと思ったんだよ」

二人を寄越してくれた店のオーナーにお礼を言って、水着姿にエプロン着用なんていう珍妙なコンビが仕事へ戻るのを見送ろうとした時。

「またああいう人が来たら二人じゃ不安かな?って思ったんだけど……」

そっかぁ、バイト中じゃしょうがないよね。の言葉を最後まで聞かない内に、効果音でも聞こえるんじゃないだろうか?って勢いで二人が振り返る。何だか嫌な予感が……。

さん、着替えて来よっか」

ちゃん。今、何て言った?」

「え?着替えて来よっか、って」

「ううん、その前」

「ええ?うーんと……あ。バイト中じゃしょうがないよね、って」

「違う違う。もうちょっと前」

「えええ?……私、何か変な事言った??」

笑えない漫才みたいな遣り取りをしている内に逃げたいトコなんだけど、は全然気付いていない。だからって置いて行くワケにも行かないし、これはちょっと……いや。かなりマズイかもしれない。

「……おい、。お前、古浪と二人で来たんじゃねぇだろうな」

呆れたみたいに二人の遣り取りを見ていたコウが、これ見よがしに溜息を吐いてから核心を衝いた。それは疑問を確かめる為の質問じゃなく、確信のある確認。もっと言ってしまえば、機嫌の悪いコウの枕詞だ。

「あ、思い出した!またああいう人が来たら二人じゃ不安かな?って」

「うん、それ。って、遅いよちゃん」

いつもなら場を纏めるのが上手いの言葉も、周囲を煙に巻くのが上手いルカの言葉も、今はコウが米神を引き攣らせて行く原因にしかならなくて――嫌な予感、物凄く的中。

「ごめんね。私、考え無しだったかも……」

しょんぼりと肩を落としてが言う。女の二人連れなんてナンパしてくれって言ってるようなモンだ。ルカもコウも、そう言った。確かにそう考える人は多い。だから二人を誘いもしたし、一応回避しようと努力もした。ただ海で泳ぎたいだけの事なのに。

「女って……面倒ね」

オーナーが止めてくれなかったら、きっとまだ言い合いが続いていたと思う。仕事が片付くまで待ってろという二人の言葉に渋々従って、これから数時間の暇潰し。ぼんやりと辺りの様子を見ながら思った。夏は男の発情期なのかもしれない。

「琉夏くんも琥一くんも、モテモテだね」

昼時を過ぎて何か食べようか?と混み合う海の家に足を運べば、女性客に引っ張りだこの二人。いつもより上機嫌に見えるルカは、いつものように飄々と。いつもと違って狼狽え気味のコウは、いつもみたいに声を荒げる事も無く。

さん、何食べる?」

「ねぇ。海水浴場って文字、書き換えたら良いと思わない?」

広げたメニューに目を通しながら、さっき思った事を口にした。テーブルの上に広がったお冷の結露で欲情って文字を書いて。夏は人の発情期なのかもしれない。そう思い直して、盛大に溜息を吐いた。

◇◆◇◆◇

結局、碌に海で泳げないまま帰った夏休み初日。不満はあったけど、楽しかったのも事実だ。それ以降の毎日が退屈過ぎるから、余計にそう思えるのかもしれない。

「……4、5、6人?」

夏は大きなレースや各地でのイベントがあるから、あまり好きじゃない。父の居ない家に一人で居ると、どうしても寂しくなってしまうから。特に夜は、それが顕著になるから嫌いだ。家の事なんて昼間の内に終わってしまうし、課題だって量はあっても難しい物は少ない。だから一週間もすれば暇を持て余すようになって、こうしてパソコンを開く夜が増える。でも――。

「今日はハズレかなぁ」

元々それほど賑わう場所ではないけれど、今夜は運が悪いらしい。エントランスにはあまり人が居なくて、もうずっと誰からも声がかからないまま。

「こっちは無条件だけど日本名だし、こっちは――ドイツ語?」

こちらから声をかけようと思っても、条件に合うかどうかも判らない言語ばかりが並んでいる。これじゃどうしようもない。

「今なら、みんなと対戦しても良い線行くと思うんだけどなぁ」

母の仲間達から習ったゲームは、どれも相手が居なければつまらないものばかり。父はそういうゲームが苦手で、私はいつも彼等を相手に負け続けていた。悔し紛れに『もっと大きくなったら、みーんな負かしてやるんだから!』なんて言った事が何度もあったっけ。

でも――彼等と会ったのは、あの時が最後だ。それ以来、私の周囲にはゲームをする人が居なくなってしまった。ルカやコウを誘った事もあったけれど、興味が無いとあっさり断られた。結局中学生になってからはパソコンソフトで遊ぶしかなくなって、CPU対戦にも飽き飽きしていた頃。

――世界中の相手と対戦しよう!――

そんな謳い文句に釣られてオンライン対戦の出来るサイトに行くようになった。ここなら個人的な事情は誰にも話す必要が無い。個人情報を流さないという前提に作られている世界だから、気楽に遊べる。だから最初の内は無条件で相手を探していたのだけれど、近くに住んでるならオフで対戦しない?と誘われて以来、私は一つの条件を提示するようになった。

何度も何度も通っている内に馴染みのプレイヤーも何人か出来て、いつの間にか彼等との対戦を楽しみに通うようになって。入院中は全然通えなくて、また通うようになった時に彼等が変わらず迎えてくれた時は凄く嬉しかったっけ。

昔の事を思い出して、また少し寂しが募る。それを振り払うように頭を振って、開かれたページへ目を移す。エントランスに並んだプレイヤーリストから自分のデータを確認すれば、そろそろ30分が過ぎようとしていた。

Nationality:unknown
Play condition:A chat being possible in English
Name:Shadow
Waiting time:00:29:17

やっぱり今日はハズレかな。そう思って画面を切り替えようとした時、callの文字が点滅した。入室したばかりの相手は国籍も対戦条件もunknownで、名前は――ああ、あの人だ。

『やあ、WS。今日の予定は?』

『日が変わるまで。そっちは?』

『勿論、付き合うよ』

『よし。じゃあ始めよう』

しっかり覚えていないけれど、二年生の時だったのは確かだ。英語は簡単な会話しか出来なくても良い?と声をかけて来たのがこの人だった。会話を楽しみたいわけじゃないから、意味が通じれば問題無い。確か、そう返したと思う。実際、この人はそれなりに英語でのチャットが可能だった。綴りが違う事は結構あったけれど、対戦するには申し分無い程度。

WSがゲーム開始のボタンを押したんだろう。画面にモノトーンのボードが現れ、3Dの駒が並べられる。このガラス製のような作りの駒が、私は好きだった。数あるサイトの中でここを選んだのも、この駒が気に入ったからだ。

最初の頃からあまり変わらない数手の後からが本当の勝負になる。この人の腕は、初めて対戦した時から悪くなかった。戦略に長けているというか、打つ事に慣れているというか。人間相手に打っている事を実感出来るのが良い。

強い人と対戦するのは勉強になるけれど、レベルの違いが大き過ぎて楽しむどころじゃない。弱い人と対戦すれば勝つのは当たり前で、戦略を練る楽しみを味わう暇も無い。だからこそ、この人との対戦は楽しいんだと思う。

『Check mate』

『負けた。引っ繰り返すのが上手くなったな』

『何度も対戦しているからね』

『確かに。もうこんな時間か。じゃあ』

『お休み。またいつか』

日が変わるまで後数分。年や性別どころか国籍すら定かじゃない相手といつもの会話を交わし、電源を落とす。ベッドに転がって、明日は何をしようかと考えながら眠りに就く。高校初の夏休みは、そんな日が多かった。

◇◆◇◆◇

そして九月。久し振りに校門を潜って、いつものように教室へ向かう途中。辺りが妙に騒がしい事に気付いた。珍獣でも見るような視線を向けられていた入学当初より、酷いかもしれない。聞えよがしに交わされる会話も、汚い物でも見るような視線も。何だか小学生の頃に戻ったような気分だ。

!!」

「おはよう、カレン。ミヨも久し振りね」

「暢気に構えてる場合じゃない」

随分とご機嫌斜めなカレンとミヨに連行されたのは、職員室。新学期早々、一体何が?と思いつつ二人に促されて中に入ると、そこにはの姿もあった。一緒に居るのが吉野先生と氷室先生だという事に疑問が浮かんだけど、取り敢えず挨拶をする。

「おはようございます。何か問題でもあったんですか?」

学年主任の氷室先生はともかく、吉野先生が居るという事は何かしら私に関係あるんだろうと思った。あの忌々しい雰囲気も、その所為なのかもしれないって。

「おはよう。君達は戻りなさい。そろそろ始業式が始まる時間だ」

「おはよう、さん。ちょっと確認して欲しい事があるの」

渋々といった感じでcutie3の面々が職員室を出て行く。その間際に、後でね!と残して。の表情がずっと暗いままだったのが気になった。その原因が語られたのは氷室先生の口からだ。いつものように淡々と、ただ事実を述べるだけ。

「入って」

連れて行かれたのは、多くの生徒達が向かう体育館。その裏手にある倉庫だ。普段なら近付く用も無い場所の扉が開かれると、そこにポツンと机が置かれていた。他の机は壁際に整然と積まれているのに、私の使っていた机だけが、仲間外れにされたみたいにして。

「斬新な演出、と言えなくもないですね」

「そんな事はどうでも宜しい」

赤い油性マジックで書き殴られたそれは、まるで机が血を流しているみたいに見えた。だけど――、こんな時は何も感じちゃ駄目だ。たとえ泣こうが怒ろうが……相手が誰であろうが、そいつを喜ばせるだけなんだから。感じる事を止めてしまえば良い。

「夏休み中、似たような被害に遭った事はあるか?」

「ありません」

「このような中傷を受ける覚えは――」

「ありません」

「宜しい。ならば、毅然とした態度で臨みなさい」

後は吉野先生に任せて始業式に行くと告げた氷室先生が倉庫を出て行ってから、詳しい事情を聞かされた。

部活の為に朝早くが登校した時、A組の黒板が同じような状態だった事。とにかく先生に知らせようと職員室へ向かった彼女を追うようにして、カレンやミヨが駆け付けた事。大迫先生が調べに走ればB組やC組だけでなく一年生の全教室が同じ状態で、私の机が見付かった事。それから直ぐに黒板の文字は消され、机はここに運ばれたらしい。それでも――。それは既に多くの生徒達が目撃した後で、あっという間に噂が広まってしまった。それだけの事。



     

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やっとこ二学期まで来たー。
これでもかなり飛ばしてんだけどなぁ。

あ、因みに-273.15でのクラス編成は下にある通り。

A:バンビ・不二山
B:カレン
C:ミヨ
D:ルカ・コウ
E:
F:主人公・その他

各クラス40人〜42人。
下校中の会話やイベントの台詞から推測した結果なんですが、実際どうなんでしょうね〜。





橘朋美







FileNo.107 2012/8/24