午前中の競技が全て終わり、午後の部までの昼休み。先約があるからと駿斗達の誘いを断り、教室へ。ランチボックスを手にして廊下へ出た途端、の姿が見えた。
「凄かったね、さん!」
「ふふ、ありがとう」
「お前、めちゃくちゃ本気出しただろ」
「当然でしょ?」
「オラ、寄越せ。さっさと行くぞ」
彼女の後ろには勿論ルカとコウも居て、ルカの手には可愛らしいけれど大きめのランチボックスが。そして朝と同じコウの行動が繰り返され、中庭で食べようと言ったに反対する理由も無く歩いて行く。午後は何の競技があるとか、各クラスの総合得点はどんなだとか、主にが話しながら。少しでも涼しい所にしようと木陰に場所を決め、約束通りのお弁当を広げると楽しいランチタイムの始まりだ。
割り箸やプラスチックの食器を全員に行き渡らせたり、何食べたい?などと甲斐甲斐しく世話をやいている所を見ていると、がマネージャーをしている柔道部はきっと快適なんだろうなと思う。その横で、俺タラコの食べる、って相変わらず食の好みの変わっていないルカを見て微笑ましい光景だなぁ、と思いつつ横を向いたら――。
「――ッ。なんだ、どうした?」
「コウこそ。どうかしたの?」
何だかボーっとしていたコウが一瞬硬直したように見えて聞き返したんだけど、何でもないって言われて首を傾げた。凄い勢いでおにぎりを頬張ってるから食欲はあるみたいだし、しつこく聞けば機嫌が悪くなる確率が高いのは判り切ってる。それならそっとしておこうと決めて、私も食事に手を伸ばした。
大きな声を上げたり、全力で走ったりした後。気心の知れた友達との食事は楽しくて、いつもより美味しく感じる。汗ばむような天気とはいえ木陰にある壁はひんやりと心地良くて、疲れた身体は……やっぱり正直だったみたいだ。
「あれ?ねえ、もしかしてさん――」
「でけぇ声出すな」
「コウの方が声デカい……ってかさ、ズリィよ。独り占めして」
「あぁ?……っ、そんなんじゃねぇだろ。大体こいつが勝手に」
「二人とも、しーっ。静かにしてなきゃ起こしちゃうよ」
置いてきぼりになった会話も、三人の様子も。それ以外の辺りの様子にも全く気付かないまま眠っていた私が起こされたのは、休憩時間の終了間際になってからの事だった。
◇◆◇◆◇
中天を過ぎて随分と傾いてきた太陽に照らされて、汗が首筋を滑り落ちて行くのを感じる。少しだけ昔の事を思い出したのは、この蒸し暑さの所為かもしれない。何をするにも一人で、学校なんて下らないとすら思っていた。もしもあの頃の私に今の状況を見せる事が出来たなら、一体どんな顔をするだろう?考えてみても想像出来ないけれど、きっと驚くに違いない。
「よ。お前のクラス、一位だったな」
「ええ、しっかり勝たせてもらったわ」
「へー。何か余裕出て来たな、良い感じに」
「余裕?」
「ああ。最初ん時とは大違いだ」
それはそうだろう。彼と初めて会った時、私は初対面の相手に囲まれて面倒な事になっていた。そんな時にいきなり現れた人を信用出来るわけもないし、信用していない相手に今と同じような接し方が出来るほど、優れた人間性を持ち合わせているわけでもないんだから。
「なんつーかさ、お前、表情の無い人形みてーだったし」
「――えっ?」
「気付いてなかったんか?」
あの時、彼の目に映った私は、何も感じていないように見えたらしい。これまでの実績が無い上に運動部ですらない。そんな人に参加して足を引っ張られたら困る。そんな事言われて腹が立たなかったのか?と聞かれて考える。別に腹を立てていなかったわけじゃないと答えると、彼は言った。
「けどお前、そうは見えなかった。悔しそうにも見えなかったし」
「……そう。そんな事、考えた事も無かった」
と言うか、考える必要も無かった。多分、小学生の頃からずっと。私を見る他人の目は、どれも私を嫌な気持ちにさせた。それに反応すれば、それがどんな反応だったとしても――更に嫌な気分になる視線や言葉を投げられたから。それなら、最初から何も反応しないようにすれば良い。そうすれば、それ以上嫌な気持ちを抱え込まなくて済む。
そんなどうしようもない事で怒ったり泣いたりして両親を心配させたくなかったというのもあるし、自分がそんな風になるのも嫌だった。それは、きっと子供なりのプライド。だから今まで、ずっとそうやって過ごして来た。そうしなければ、生きて来られなかったのかもしれない。悲しいと思うなら。辛いと思うなら。それを感じる前に、止めてしまえ。
「不二山くーん!そろそろ集合だってー」
「判った。よし、行くか。お互い頑張ろうな」
A組の女子選手に呼ばれた事で嵐との会話は終わり、ええ、とだけ答えて入場門へ向かうまでの間。次々合流するリレー選手達に声をかけられ、それに答えを返す。小学生の頃からこんな風に過ごせていたなら、表情の無い人形みたいにはならなかったんだろうか?そんな、今更どうしようもない事を考えていた。
◇◆◇◆◇
各学年の出場者達が入場門前に並んだ頃には殆どの競技が終わっていて、応援席の盛り上がりもそれほどのものじゃなくなっていた。朝から散々騒いでいたのだから、それも当然だと思っていたんだけれど――。
「さあ、いよいよ学年対抗リレーです!!」
進行役の紹介で、一気に場が沸く。この競技には得点が設けられていないのに、どうしてこんなに盛り上がるのか不思議だった。
「それでは先ず、三年生チームから選手の紹介です!」
選手が紹介される度に声援が飛んで、紹介された選手はそれに応えるようにして拳を突き上げたり手を振ったり。アナウンスを聞いていれば誰もが運動部のキャプテンだとかエースだとかで、かなり人気があるみたいだ。異様に盛り上がっているのはその所為なのかもしれない。なんて妙に納得していたら、不意に気付いた。
「駿斗、ちょっと良い?」
「うん、どうかした?」
もしかしなくても……私もあんな風に何かしなければいけないんだろうか?そうしてる間にも、選手の紹介は続いて行く。新体操部のキャプテンだと紹介された女子は優雅に一礼したと思ったらそのままクルリと身体を前に回転させ、野球部のエースだと紹介された男子がその場で猛ダッシュする様子を見せ喝采を浴びている。目の前で次々と繰り広げられているようなパフォーマンスを――私が?!
「ああ、大丈夫。ほら、あの人だって手を挙げただけだろ?」
そもそも、このリレーは学年の壁を越えて交流する為に行われているんだと駿斗は言う。はば学では、そういう機会を多く設けているのだとも。私は気付いていなかったのだけれど、今日もお遊び的な競技は学年別じゃなかったらしい。そういえば、はば学の事を調べた時に見たHPに書かれていたような気がする。多くの生徒が交流を――とか何とか?あの頃は興味が無かったし、気にもしなかったけれど。
「僕も大袈裟な事をするつもりはないし、……っと、そろそろだね」
クラス順に男女を紹介するアナウンスが続き、駿斗が頭上に挙げた両手を振った後。――それでは最後の一人。一年F組、さん。スウェーデンリレーでの活躍はご存じのとおり!――と、その声が消えるよりも随分前に飛んで来たのは……。
「ー!行っけー!!」
「頑張ってー!!さーん!」
スタートライン近くに陣取っているカレンとの声。その横でミヨが手を振っているのも見える。まだアナウンスが終わる前に彼女達に手を振った私は、一瞬遅れて届いた歓声に驚きを隠せずに固まってしまった。
「一気に人気者だな。――さん?あのさ……もしかして、」
クラス対抗であれだけ活躍したのに、気付いてなかったの?と聞かれ、首を傾げる。そういえば、あの時も三人に笑われた。ごめんごめん!と笑いながら謝った駿斗は、あのリレーであれだけ二位との差をつけたのは私だと言った。トーマはその差を縮めずにゴールしたんだ、と。
「Really?」
信じられない思いで呟くと、駿斗は本当だと答えてまた笑った。君って面白いね、やっぱり噂ってあてにならないんだなぁ。と、付け加えて。
◇◆◇◆◇
学年対抗リレーは三年生チームに軍配が上がり、僅差とはいえ一年生チームは二年生チームに負けた。でも、それを上級生の人達に褒められて、来年は負けませんよ?と誰かが言って。学年の壁を越えた交流っていうのも良いものなんだなぁ、と思った。
「あれ?さん。じゃあ、交代してくれるのって……」
「ええ、私よ。会長はグラウンドへどうぞ?」
流れ始めたマイムマイムが、そろそろ体育祭の終わる頃だと知らせる。吉野先生達の計らいで後片付けの手伝いをする事になっていた私は、持って来た道具箱を体育倉庫の脇へ置いた。そこに現れたのが彼、二年生にして生徒会長を務める紺野玉緒だ。体育倉庫から出て来た会長は何だか困った顔をしているけれど、何か気になる事でも?と聞くと、すんなり答えてくれる。
「いや、てっきり先生が来るものだと思っていたから」
「そう。でも、別に問題は無いでしょう?」
「うーん……けど、君にとっては初めての体育祭だろ?」
最後まで参加したいんじゃないか?と言われて、私は用意していた言葉を返したんだけれど――。少し気分が悪いから、あまり動きたくないの。それを聞いた会長の反応を見ると、少しだけ良心が痛んだ。保健室へ行った方が良い。とか、後片付けは僕がするから。とか、何だか申し訳ないくらい心配してくれている。かといって、本当の事を言うわけにも行かない。出来れば会長にはさっさとグラウンドへ行ってほしいのに、彼は譲らなかった。
「平気よ。辛ければ休みながら片付けるわ」
「強情だな、君は。無理したって良い事なんて無いのに」
「こらーァ!」
中々終わりの見えない口論の途中で聞こえて来たその声に、二人揃って疑問の一音を口にしたのは当然だ。私達には、そんな風に声を上げられるような覚えはないのだから。何事かと思って声のした方を振り返ってみると、そこには正に今、そんな風に声を上げられるような事をしている人の姿があった。しかも、目の前に。
「ぅお――っと?!」
「あっぶね。急に止まるなよコウ」
校舎の角から突っ込んで来たそれを避けられなくて、それでもどうにか後退りした。そこまでは良かったのに。後ろに居た会長が、私の背中を支えた。斜めになった身体を、受け止めるようにして。
「…………ぅ、あ」
その状態を認識してしまったら、もう身体は思うように動いてくれなかった。大丈夫、この人は何もしない。直ぐに解放してくれるから平気。大丈夫、落ち着いて。長く息を吸い込めば平気。大丈夫、短く息を吐くの。
「うわっ?!びっくりした……あれ?さん、大丈夫?」
「よーし!二人とも、観念しろー?」
幾ら自分に言い聞かせても、もう遅かった。上手く息が出来なくて苦しい。それはリレーの後で感じたのと同じなのに、他の何もかもが違う。指先から体温が失せて行くのを感じた頃、駆け付けた大迫先生の声が聞こえた。
◇◆◇◆◇
朦朧としていた意識が、少しずつ正常になって行く。大迫先生の指示で保健室に運ばれた私は、ベッドに足を投げ出して壁に凭れた状態で呼吸を整えていた。息をする度にカサリと動くポリ袋が視界に入って、徐々に情けない気分が膨らんでしまう。
いつも気を付けて来た。人の大勢いる所には近付かないように。出来るだけ壁に背中を向けて行動するように。そうすれば大丈夫だと、思ってた。実際、発作を起こしたのは退院以来これが初めてだ。
「顔色も良くなって来たわね。気分は?」
付き添ってくれている吉野先生に顔を向けて小さく頷くと、焦らなくても良いのよ?と、宥めるようにして頭に手を置かれた。ルカやコウは大迫先生によって締め出され、会長は後片付けに戻ったらしい。
「あなたは気分が悪くて倒れたという事にしてあるわ」
そういえば、と思い出す。あの時の会話で、会長は思い込んでいてくれた。偶然が重なっただけとはいえ何だか皮肉な気がして、心の中で小さく笑った。少し鬱陶しくなってきたポリ袋を口元から離して、今度はちゃんと声を出す。
「すみませんでした。もう大丈夫です」
「駄目よ。呼吸が楽になったのなら、少し横になって休みなさい」
まだ身体が辛いでしょう?歩いて帰るのは無理な筈だわ。両手を腰に当ててそう言った先生には反論も出来なくて、素直に横になった。きっと、あれから気を遣って色々と調べてくれたんだろう。この先生には敵わないかも。瞼を閉じてそんな事を思っていたのは数分にも満たなくて、倦怠感に支配されたまま眠りに引き込まれてた。
「あ――起きた?おはよう」
「……おはよ、ルカ」
「。その、……悪かった」
「――――コウが悪いんじゃないわ」
ゆっくりと開いた瞼の向こうに二人が居て、ルカは優しく微笑んでる。何だか物語の挿絵に描かれてる天使みたいだ。まだ頭がはっきりしないまま挨拶を返すと、真横からも声がして。そっちに顔を向けると、辛そうな顔のコウが居た。そんな顔をしてるコウを見たのは初めてで、チクリと胸が痛む。それでも本当の事を話せない自分が居て、安っぽい言葉を口にした。悪いのは私。と、心の中で付け足して。
出来る事なら、誰にも知られたくない。こんな事になった原因を、誰にも話したくない。自分を守る事に必死だった私は、周囲の変化に気付かないまま。気付ける筈もないままで、夏休みが近付いていた。

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何とか二話で終わらせたは良いが、ラスト暗っ!
そして途中で思い出した。
ゲームやっとる時から思っとったけど、不二山の言動はルカより難しいわー。
「ん、」とか「よ。」とか「広ぇー」とかって変則的なトコしか覚えてへんもんなぁ。
橘朋美
FileNo.106 2012/8/16 |