「それじゃ、一限目が終わるまでに各自の参加種目を決めてちょうだい」
一年生にとって初めての学校行事、体育祭が二週間後に迫っていた。学校行事といえば入学式も当て嵌まるのだろうけど、新入生はそれに関して特に何かをするわけじゃない。準備期間から参加する当日まで。全てに関わる最初のイベントなのだから、やっぱり気になるのは当然なんだろう。HRを終えた教室内ではザワザワと声が上がり、それを背にしたクラス委員が幾つもの種目を黒板に書き始める。先生は教壇から離れ、穏やかな顔で室内を見渡せる位置に座っていた。
「ねえねえ、何に出る?」
「私、走るの苦手〜」
「やっぱ運動部の奴メインにした方が良いだろ」
「そりゃそうだけど、結構キツイんだぜー?」
何のかんのと言い合いながらも、みんな楽しそうだ。でも、私は――正直、よく判らない。中学では、体育祭なんて無かった。男女別に書かれている競技も、混合競技も、小学校の運動会とは殆ど違う。同じものは玉入れとリレー、それと……フォークダンスくらいだ。
授業が始まって、少しずつ出場者が決まって行く。運動部の人達は男女どちらも引っ張りだこで、100m走、200m走は彼等の名前で埋め尽くされそう。借り物競争は、面白そうだという理由で男女数人が。玉入れはそれほど運動能力が高くなくても平気だと理由で、何人もの男女が参加する事になった。二人三脚や大玉転がしも、次々と決まって行った。
各自最低一競技は参加しなければならないという決まりがあるから、みんな自分にあった種目を狙って、出来るだけそれに沿うようにクラス委員が調整して行く。時にはジャンケンに運を任せ、時には吉野先生に助言を求めて。そして、あと幾つかを残すまでになった時。
「あれ?さん、一つも参加してないみたいだけど」
「何に出たら良いのか、判らないの」
進行役のクラス委員に言われるまでもなく判っていた事だけれど、本当に何に出れば良いのか判らなかった私は、それまでずっと黙っていた。ざわつく周囲を無視したまま黒板を確認すれば、残っている種目は二つ。学年対抗リレーとクラス対抗のスウェーデンリレーだ。男子出場者は二人とも決まっていて、女子出場者はクラス対抗のリレーに一つだけしか名前がない。
「どっちかに出る?駄目なら他の種目で調整しないと拙いんだけど、」
「どちらでも良いわ」
明らかに迷惑だと判る表情で言った彼にそう答えると、周囲からは非難めいた声が上がった。学年対抗リレーは上級生相手で不利な上に、足を引っ張れば他のクラスから非難されるかもしれない。100mから400mの距離を各走者が走る合計1000mのリレーは体育祭の花形競技らしく、クラスの順位に大きな影響を与える。だからこそ、最後まで出場者が決まらなかったんだろう。
「やっぱリレーは運動部の人に出てもらった方が良いって!」
「だよね〜。キツイだろうけど、やっぱ速い人じゃないとさ」
スポーツは――団体競技じゃなければ、大概得意だ。だから残ったもので良いと思って、ずっと黙っていたんだけど……。小さな頃から母に鍛えられていたし、その仲間達とも遊んでた。あの入院の後からは、毎朝ランニングもしてる。少なくとも、非難されるような結果にはならないと思う。それを今、ここで言っても良いんだろうか?そんな事を考えていた時。
「良いじゃねーか。いっそ両方やらせてやれよ」
「そうだよなァ、どっちでも良いつったんだし?」
声が聞こえたのは、ニヤニヤ笑う三人の居る方向だった。悪意の篭った賛成意見に反対する声は上がらず、困り顔の進行役が先生の方をチラリと見る。けれど先生は、少し難しい顔をしていただけで何も言わなかった。
「ええっと――さん、どうする?」
「どちらも出るわ。それで良いのならね」
チャイムの音が聞こえたのは、その少し後。学年対抗リレーの参加者は、放課後になったらグラウンドに集合。他のクラスの出場者と顔合わせしてから、練習の打ち合わせがあるわ。そう言って先生が授業終了を告げてから直ぐ。また居心地の悪い雰囲気が漂う教室で、私はただ、一人で居るしかなかった。
◇◆◇◆◇
「あ、ちょっと待って。……さん!」
「え?」
放課後。先生に言われた通り、私はグラウンドへ向かおうとしていた。それを呼び止めたのは…………、誰だろう?顔には見覚えがあるし、きっとクラスメイトだと思う。でも、名前は知らないし話した事も無い。自分の名前を呼ばれたからこそ、その存在に気が付いて振り返ったくらいだ。何の用かと思って彼が歩いて来るのを待っていると、反対側からも声をかけられた。振り返らなくても、声だけで判る人から。
「、今帰りか?」
「違うわ。グラウンドへ行くところ」
「グラウンドって……お前、何かやらかしたのか?」
体育祭でリレーに出る事になったからその打ち合わせだと言うと、よくそんな面倒なもんに出んな、と返された。彼が来たのは、その直後。
「――あ。ごめん、話し中だった?」
「なんだ、約束でもしてたのか?」
「呼び止められただけよ。クラスメイトだと思うわ」
途端に妙な表情をした彼は、何だか困っているような笑い方をした。用件を聞けば彼はやっぱりクラスメイトで、男子のリレー出場者だという。
「でさ、今から打ち合わせだろ?一緒に行かないか?」
「そう。じゃあコウ、またね?」
「あ、あぁ。じゃあな」
どうせ同じ場所に行くんだから断る理由なんて無い。そう思って返事をすれば、彼は嬉しそうに笑う。反対に、コウは妙な顔をして行ってしまったけれど……そんなにリレーが嫌いなんだろうか?それとも、体育祭が?ルカもコウも足は速かったし、嫌う理由なんて無いような気がするけど――。
「どうしたの?さん。そろそろ行こう」
「そうね」
大きな背中を見送ってから、グラウンドへ向かう途中。私は漸く彼の名前を知った。篠崎駿斗と名乗った彼は、陸上部の短距離選手らしい。そういえば、一限目に何度か名前を目にした覚えがある。そう言うと、彼はまた妙な表情になった。
「あなた、さっきもそんな顔をしてたわ。コウと話してた時」
「え?あ、いや……そうかな?」
また例の噂絡みだろうと思っていた。でも、もしそうじゃないとしたら?これまでみたいな誤解だったとしたら。彼女達――cutie3の三人は言ってた。みんながみんな敵意を持ってるわけじゃない。仲良くしたいと思っている人達だって居る。実際に自分達がそうだったのだから、と屈託なく笑って。だから私は、思い切って聞いてみようと決めたんだ。
「そうよ。言いたい事があるのなら、はっきり言って欲しいわ」
「ああ、そうか。そうだよね、……うん」
何だか戸惑っていたらしい彼は、自分の存在が私に認識されていなかった事を残念に思っていたのだという。中等部の頃から陸上部で活躍していた彼の名前を知らない人は少なく、それすらも今日まで知らなかったと言われた事も、妙な顔をした原因だと。私は、彼女達の反応を思い出して彼に謝った。
「ごめんなさい」
「いや、君が謝るような事じゃ……」
花椿という名前を知らなかったと言った時、彼女達は驚いていた。世界的に有名なファッションデザイナーだという彼女の親戚の名前も知らなかったと言うと、目を瞠っていた。意外と世間知らず、と言ったミヨが妙に楽しそうだったのを覚えてる。
「でも、覚えたわ。顔も名前も」
「あ、ああ。ありがとう」
これから宜しくと言って差し出された彼の手を握り、こちらこそ、と笑う。特に何とも思っていなかった体育祭が少し楽しみだと思えるようにもなって、それが何だか嬉しかった。
「ねぇ、あなたは何て呼ばれたい?」
「えっ?あ、名前の事?君の好きに呼んでくれれば良いよ」
「そう。じゃあ、駿斗って呼ぶわ」
「――っ。じゃあ僕も……さんって呼んで良いかな?」
勿論だと答えると、彼は嬉しそうに笑った。少しだけ、間違えずに前に進めたような気分でグラウンドに向かった数分後。打ち合わせが始まって間も無く、それは打ち砕かれてしまうのだけれど……。
◇◆◇◆◇
「篠崎駿斗。陸上部での活躍は中等部の頃から全国大会レベル。頭も悪くない。爽やかなスポーツマンとして女子の間で人気が高いけれど、その性格から年齢性別を問わず慕われている」
いつものようにcutie3の面子と屋上でランチ。話題はやっぱり体育祭の事で、ミヨは嫌そうな顔をしていた。ミヨはスポーツ苦手だからね〜とカレンが笑って、みんなは何に出るの?とが聞いて。私はリレーに出る事や駿斗を知らなかった事、打ち合わせ中にあった事を話した。
「ああ、あの篠崎クン。確かに体育祭になると毎年活躍してた!」
「そんなに有名な人なんだ?でも、賭けって……」
そう。昨日の打ち合わせに集まった出場者達のほぼ全員がエスカレーター組の運動部員で、唯一どちらでもない私の出場を反対した。先輩チームに負けたくないと言う彼等に意見したのは私じゃなく、二人の男子だ。そして、結果的に賭けをする事が決まった。私を含めた三人を除く他の出場者達九人の内、誰か一人にでも勝てば選手として認める。でも、そうでなければ出場を辞退しろという条件で。
「駿斗や嵐に恥を掻かせるような事にはならないと思うわ」
「えっ?嵐って……」
「ああ、勝負して決めれば良いって言い出した人よ」
「その人、もしかして不二山って苗字じゃ……」
彼が名前を名乗った時の事を思い出して、よく知ってるわねと言うと、は溜息を吐いてから教えてくれた。嵐は柔道部の主将であり、創設者なのだと。
「もう!嵐君ったら、いつも強引なんだから」
「でもさ、それって良いチャンスじゃん!」
「チャンス?」
「が勝てばの話」
カレンが言うには、運動部の人間は熱血タイプが多いらしい。勝負事になると負けず嫌いで挑戦的だが、相手が強いと判れば素直に負けを認め、根に持たないのだそうだ。勝てば理解者が増えるとミヨが付け足し、は頑張って!と励ましてくれた。そして放課後――。
「じゃあ始めるぞ。最初は誰が行く?」
「ちょっと待って。それじゃ私が不利だわ」
一人の女子がスタートラインに立ったのを見て、口を挟んだ。意図的になのか単なる考え無しなのかは判らなかったけれど、流石に一人ずつ相手をするのはキツイ。不満げな九人に提案したのは、当然の事だと思う。
「回を重ねればスタミナが落ちるし、タイムはそれ以上に落ちるもの。勝負は男女別で二回。それで良いでしょう?」
「そういやそうだな。お前らも、それで良いだろ?」
「それでもさんの方が不利なんだ。反対はしないよな」
運動部としてのプライドがあるのなら、彼等は反対など出来ない。そう思ったからこその提案だった。まさか後押しがあるとは思わなかったけれど……。やっぱり反対の声は上がらず、先ずは男子からとスタートラインに並ぶ。何故かギャラリーが集まっているのが気になったけれど、きっと他の出場者達から話を聞いたんだろう。そこから飛んで来る声援は彼等に向けられるのが殆どで、それでも幾つかの聞き覚えのある声を耳にして、口元が緩むのが判った。
「位置について。よーい……!」
空砲の弾ける音がして、一直線に走った約十秒後。勝負は着いたと言って手を差し出した一人の男子を見て、カレンの言葉は本当だったと知った。駆け寄って来た彼女達にお礼を言って、他の出場者達から謝られて。トラックの外で楽しそうに笑っているルカとコウに手を振っていると、満足げな二人が近付いて来た。
「良かったな、」
「おめでとう、さん」
「ええ。ありがとう、二人とも」
「どうやら口だけじゃ無かったみてぇだな」
「凄かったわ!さん!!」
その横から加わった二人にも、見覚えはあった。クラス対抗の方も、その調子で頼むぜ?と言う男子と、一緒に頑張りましょうね!と、私の両手を握って上下にブンブン振る女子。
藤間七器、バスケ部の準レギュラー。三年生引退後にはレギュラー確実と専らの噂。スポーツ全般が得意で成績はあまり良くない。硬派で中等部の頃から後輩を中心に人気がある。けど、浮いた噂は一つも無い。
長久明璃、テニス部員。シングルスでは中等部の頃から多くの大会に出場。小柄で明るい性格。男女問わず友達が多く、先輩達にも可愛がられている。スポーツは個人競技が得意で成績は普通。
どちらも後でミヨから聞いたパーソナルデータだけれど、第一印象そのままだった。苗字で呼べと言ったトーマと、明璃って呼んで?と言った二人。そして私と駿斗の四人で、クラス対抗リレーの練習を。嵐を含めた他のクラスの出場者達とは、学年対抗リレーの練習を。そんな日々が二週間近く続いた後、漸く体育祭当日がやって来た。

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これで漸く一年目のキャラ全員が登場。
ホントは疾っくに新名にも会ってるんですが、それはAnotherSideで。
橘朋美
FileNo.104 2012/8/14 |