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一限目終了のチャイムが鳴り終わってから数分後、私は自分の席に座っていた。二限目の授業の用意をして、ただ本当に座っているだけなのに。何故か周囲から向けられる視線が痛い。初授業は全教科が小テストと今後の授業方針の説明で、面白味の無い授業が終わって行く。放課や昼休みになる度に居心地の悪い雰囲気に囲まれて、居たたまれない気分で外へ。そんな事を繰り返した。

そして帰り際。あの三人グループの一人と目が合って……。さよならと挨拶をすると、余所余所しい態度で返された。やっぱり一限目に何かあったんだろうか?思い切って聞いてみようか?モヤモヤした気分を晴らしたくて、それでも踏ん切りが付かなくて、トボトボと言うのがピッタリな雰囲気で幾つもの教室の前を通り過ぎる。階段を下りて、下駄箱で靴に履き替えても、決心が付かないまま、足は家に向かおうとしていたのだけれど……。

「おい」

楽しそうにお喋りしながら帰って行く人達を見ながら、このままじゃ青春を謳歌するなんて絶対に無理だと考える。

「待てコラ。テメー、シカトか?」

何があったのか判れば、それに対して自分がどうするかって事だけは決められるだろうから。それなら、と踵を返した時だ。

「待てっつってんだろ?!」

何だかガラの悪い男子達に邪魔されて、教室に戻れなくなってしまった。

◇◆◇◆◇

こういう人達を、不良って言うんだろうか?そうじゃないんだとしても……こいつ等、嫌いだ。他に誰も居ない校舎裏で、私の機嫌はどんどん傾いて行く。話があるから付き合えと言うから態々時間を割いて付き合ってみれば、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。このままじゃ、機嫌は斜めどころか急傾斜になりそうだ。

「そんな事、本人に直接言えば良いじゃない」

「ああ?!人が大人しくしてるからって調子こいてんじゃねぇぞオイ!」

「アンタ達のどこが大人しいっていうの?」

「減らず口ばっか叩いてると痛い目に遭うかもしれないぜ?」

「それは自分に言い聞かせたらどう?」

「ホンット、ムカつく女だなテメー?鳴かされてーのか?!」

アンタらみたいなのに誰が泣かされるの?って言うのは止めておいた。多分、何を言っても堂々巡りにしかならないだろうから。あれから随分経ってるし、教室に戻ってももう人は居ないだろう。結果的にとはいえ、せっかくの決心を邪魔した三人に腹が立ってしょうがなかった。

「はぁ……」

「オイ聞いてんのか?返事ぐらいしろや!」

肩を掴まれて壁に背中を押し付けられた時、どこかで何かが音を立てた気がする。短く鋭く、ブチ……って。

「……何?」

「だからよォ、最初っから言ってんだろ?あいつらに忠告しとけって」

もう一方の肩を別の奴に押さえ付けられて、何だか古臭い映画のワンシーンみたいだと頭の中で嘲う。

「そうそう。オマエもこれ以上恐い目に遭いたくねーだろ?」

「その手、退けてくれる?これでも綺麗好きな方なの」

顎に手をかけられて、完全にキレた。さっきから似たような脅し文句ばかりをキャンキャン喚くだけの煩い奴等に。だけど、流石に向こうも馬鹿にされたのが判ったみたいで、そのまま空いた手で殴りかかって来た。

「っ、と」

勿論、黙って殴られてあげるような趣味は無い。両肩にある腕を一本ずつ掴んでそのまま全体重を沈めると、カラスの鳴き声みたいな声が重なる。ちょっとカラスに失礼かも――?まぁ良いか。と立ち上がれば、目の前には怒りに震えてるらしいのが一人残ってた。

「テメ、やりやがったな?!」

顔面衝突した二人は引き倒されたまま顔を押さえて唸ってるけど、正面に居た奴は無傷だったみたい。あーあ、あのまま壁を殴ってれば良かったのに。流石に、そこまで上手く行かないか。と思いながら、壁を背にして拳を止めた。当然、反対の手が振り上げられたけど――。

「下半身がお留守みたいよ?」

思い切り膝を上げた一瞬後、そいつはその場に蹲ってプルプル震えてた。潰れたガマガエルって、あんな声を出すのかな?蹴り上げた時にした声を思い出すと何だか可笑しくて、自然と顔が笑うのが判った。

「痛い?恐い?減らず口を叩いたの?それとも調子に乗ったのかしら?」

涙目で睨み付ける相手にそう聞いても声を出す事も出来ないみたいで、指の間から血を垂らしてる二人は、何だか顔色が悪い。

「保健室にでも行ったら?私は帰らせてもらうわ」

すっかり静かになった校門を出る時には、空が夕焼けで染まってた。少しだけ気が晴れた私は、明日も良い天気になりそうだなぁ、と一度だけ空を見上げてから家路を急ぐ。近くから聞こえたらしいカラスの声が意外と綺麗で、やっぱりアレは失礼だったかな?と、ちょっとだけ思った。

◇◆◇◆◇

翌日。教室に入ると、後ろの方に見覚えのある顔が――と言うか、昨日の三人組が居た。クラスメイトだったなんて知らなかったし、知っていたとしても結果は変わらなかったと思うけど。こっちを見た途端に目を逸らして、何だかコソコソ話し始めたみたいだった。でも、別にもう関わる必要も無い。気にせず席に着いて、鞄の中身を机に移している内に先生が来て、HRが始まる。そして、一限目までの放課になって。

「あ、。居た居た。今日は居た」

「ルカ。どうしたの?」

「あぁ……、ちっと来い」

「え、コウまで?」

扉から顔を覗かせたルカに声をかけて、その後ろから出て来たコウに呼ばれて席を立つと……何だか教室の中が騒がしいというか煩いというか。取り敢えず二人の近くまで行って用件を尋ねると――。

「なあ、。俺達とデートしない?」

「デート?」

「テメェは黙ってろ、バカルカ!」

「いてっ」

「単にウチ見に来ねぇかってだけだ」

「West Beach?」

「そうそう。今度の日曜、暇?」

別に何の予定も無いし、あの食堂の中を見てみたいとも思う。それに何より、二人とゆっくり話がしたかった。

「OK、じゃあ日曜に行くわ」

「……おぅ」

「やった!ね、何時に来る?」

「そうね、何か用意して――11時までには」

ピクニック気分でランチなんていうのも楽しそうじゃない?って付け加えれば、やった!と、またルカが喜んで。なら飲むモンは用意しとく、とコウが言う。三人で過ごす休日なんて久し振りだ。天気が良ければビーチで食べるのも良いかもしれない。二人ともたくさん食べる方だったから、あの頃使ってたランチボックスで足りるかな?なんて考えてると、予鈴が鳴って。

「ほら、もう行かないと。またね!」

「おぉ。じゃあよ」

「またね、

二つ先にある教室へ戻る二人を見送って席に着くと、これまで以上に周囲の反応がおかしい。そそくさと視線を戻す人も居れば、ヒソヒソと声を殺してこちらを見ながら喋っている人も居る。もしかして、あの二人と何か関係があるんだろうか?昨日から妙な態度のクラスメイト達には聞き辛いけれど、あの二人になら。そう思った私は、昼休みにでも二人を探しに行こうと決めていた。

◇◆◇◆◇

「……わっ!」

「っ?!――ふぅ」

昼休みになって直ぐ、教室を出た所で誰かがぶつかって来た。よほど急いでいたのか、それとも余所見をしていたのか。何にせよ、転びそうになった女の子の身体を解放した途端、反対側から声が――いや、声の主も飛んで来た。

「バンビ!大丈夫?ホント危なっかしいんだから〜。けど、ナイス!」

「うん。あ、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」

「気にしないで。カレンの知り合い?」

そうそう!と答えるカレンにバンビと呼ばれた彼女は、古浪という名前らしい。ピョコンと頭を下げてから、微笑んだ。礼儀と思ってこちらも名乗ると、ああそうか、と思う答えが返って来る。

「うん、知ってる。入学式の時に見たし、すっごく有名だから」

「キューティー3も負けてられない!」

「cutie3?」

「深く考えない方が良い」

次々湧いて来る不思議な名前に疑問符を浮かべていると、いきなり聞こえた声。驚いて振り向くとミヨが居て、どうやらその三人を指すのがcutie3という名前らしい。確かに。三人並んでいる所を見ていると、大中小と揃っていて……かわい子ちゃん三人組と呼ぶのに疑問は感じない気がする。ミヨとカレンが独特の会話を始めると、バンビがそれを纏めるような一言を口にして。……うん、身長以外もバランスのとれた良いトリオみたい。

「あ、そうだ!も一緒にお昼にしない?」

「名案」

「そうだね、大勢の方が楽しいし!」

「ごめん、今日は用があるから」

「ええ〜。あー、でも、用があるならしょうがないか」

「残念」

「うん。じゃあ、今度一緒に食べよう?」

賑やかな彼女たちと別れて二つ先の教室へ急いだのだけど、結果は空振り。天気の良い日は人も多いけれど、教室に居るよりはマシだろう。そう自分に言い聞かせて、屋上への階段を上がりながら考えた。もし彼女達が居たら、混ぜてもらうのも良いかもしれない。それにしても、あの子……………………何故バンビ?

◇◆◇◆◇

普通、静止状態にある無機物は自ら動いたりしない。何らかの影響を受けて動くのだとしても、与えられたものに見合った動きをする。それが当たり前。だけど、それは私の力で引いた以上の勢いで開かれた。

「え?――っ!」

「あ、――!!」

重い扉の勢いに負けて、よろめいた身体は後ずさる。上って来たばかりの階段に向かって。どうしたって落ちる!そう思って次に来るだろう痛みを覚悟したんだけど……それは、完全に反対方向からやって来た。腕を引く強い力と、柔らかな衝撃も一緒に。

「イタタタ、……?ルカ、驚かせないで」

「俺も驚いちゃった。大胆だね、

「そうじゃないでしょ」

「ちぇ。残念」

傾いた身体を支えてくれていたのはルカで、私はその胸に衝突していたらしい。身体を離して痛む鼻を押さえながら、頭に浮かんだ因果応報という言葉を打ち消して、やっと辺りの騒がしさに気付く。キャーキャー言ってる子も居れば、不愉快そのものって表情で睨んでる子も居て。やっぱり、とか、本当なのかな?とか聞こえる方を向くと、三人のクラスメイトの顔が見えた。

それで何となく……解った気がした。彼女達が私に聞いた事。その後で紹介してと言って来た他の女子。急に態度を変えた彼女達と、ルカやコウに忠告しろと言って来た彼等。今日は居た、と言ったルカ。それを確認しようとしてルカに視線を戻す。

「ルカ」

「なに?お礼のチュー?」

「ルカも原因の一つなのよ?」

「イテテッ、イテェよ……ごめんなさい」

昔から本気なのか冗談なのか判らない事ばかりを言う唇を指先で抓んで離せば、オマエら何やってんだ?と、後ろから声がした。

「丁度良かった。コウにも聞きたい事があるの」

根拠は薄いけど、確信はある。コウが来た途端に辺りは少し静かになった。でも、視線はこっちに向けられたまま。ヒソヒソボソボソと聞き取り難い話は、私達の事を言っているとしか思えない。昨日から周囲の様子がおかしいの。心当たりがあるでしょう?そう尋ねるとルカは考える振りをして、コウは言葉に詰まって目を泳がせた。

「何かあったっけ?コウ」

「……シラネ」

「そう。じゃあ悪いけど、日曜の予定はキャンセルするわ」

「えっ?」

「はあ?」

この件が片付かなきゃ、居心地が悪くて敵わないもの。落ち着いたら知らせるから、その時また誘って。そう言って扉へ向かおうとした所で、漸く二人は事の真相を口にしてくれたんだけど――。それを聞いてドッと疲れてしまった私は、空腹のまま午後の授業を受ける羽目になってしまった。





     

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これ、もうちょいで書き上がる!という時にPCご臨終。ファイルやらフォントやらを新しいPCに移して漸く…と思ったら辞書は真っ新。ホント参るわー。ま、取り敢えず気付いた時にチマチマ登録して行こうかな。





橘朋美







FileNo.102 2012/8/11