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ハーフとして産まれる子供は、大抵の場合、両親からより濃い色を受け継いで産まれる。そうでない事も勿論あるが……その場合、劣性遺伝の可能性が高く、それは様々な危険性を秘めている。突出した才能と共に現れる肉体や精神の異常、短命にならざるを得ない未発達な臓器など、それは挙げればキリが無いという。

自分と同じ髪の色をした我が子を見た母は、その危険性を感じて愕然としたそうだ。その目までもが同じ色を受け継いでいると知った時、母は決意したのだと言っていた。たとえそれが過ぎた行為なのだとしても、心身ともに強靭な子に育てると。そうして私は、澄んだ海と広大な自然に囲まれたその土地で育てられた。母に鍛えられ、父に怪我の手当てをされながら。それから数年後――。自分は普通の子供なのだと思い込む必要など無かった日々は、突如として終わりを告げた。

大勢の子供が通う学校という所では髪と目の色が違う子供は異色でしかなく、大人達の反応も似たようなものだった。そして、その土地で特に忌み嫌われる血を引いていると知れ渡った数週間後には……私に近寄る人間は居なくなっていた。仕事となれば何週間という単位で留守にする母は、それがどんな職業なのかを詳しく話してはくれなかったけれど。それでも私にとっては強くて綺麗な憧れにも似た存在であり、優しく陽気な父と共に自慢の母だった。遠巻きに様子を窺っている生徒も、腫れ物を扱うように接する先生も、あからさまな視線を向ける保護者も。両親が居てくれたからこそ、どうでもいい存在だと思っていられたんだ。

◇◆◇◆◇

年が明け、あと二ヶ月もすれば卒業式だという頃。母は仕事へ出かけようとしていた。父には『七週間で戻る』と言ってキスをして、私には『卒業祝いは盛大にしよう』と言って、いつものように革ジャンとジーンズで格好良くバイクに跨って。けれど私は、どうしても母を行かせたくなかった。泣き喚いて、抱き付いて、母を引き止めようと必死だった。母が何処に行って、何をするのか。当時の私は知らなかったけれど、頭の中でも心の中でも警鐘が響いていたんだ。手を離しちゃ駄目だ!母さんを行かせちゃ駄目だ!って、ずっと。

何とか宥めようとする父に抱き上げられても手を離そうとしない私を見て、母はハンドルから離した手を私に向けた。聞き分けの無い事を言うんじゃない!そう叱られて拳骨を貰うものだと思った私は目を瞑って――けれど、頑として手は離さないまま『行っちゃ駄目!』と叫んだ。そんな私の頭に降りたのは痛みではなく柔らかな温もりで、恐る恐る目を開けると、母は困った顔で微笑んでいた。

『ごめんね。でも、これで最後だから』そう言って無理矢理私の手を引き剥がした母の目は、とても穏やかで……。『本当に?』『絶対?!』思い付く限りの言葉を浴びせる私に何度も何度もイエスと答えて、『だからその手を離して。行ってらっしゃいのキスを頂戴?』と。今思えば……あの時、まるで恐がる事なんて一つも無いんだと言わんばかりの笑みを浮かべた母に対して、私はとても残酷な言葉を投げ掛けてしまったのだろう。『行ってらっしゃい、母さん。絶対帰って来てね?約束だからね!』

予定通りに帰って来ない事なんて、しょっちゅうだった。帰って来ても、擦り傷や切り傷の無い時なんて無かった。でも、その度に心配する私の頭に手を置いて『私の一番の取り柄を知らないのかい?それはこの、丈夫な身体さ』と言って笑ってくれたのに。帰って来ると言った七週間が過ぎて、三日後。卒業式を終えたその夜の事。母の帰りを今か今かと首を長くして待っていた私は、母さんが帰って来たら約束破りを許してあげる代わりに何をしてもらおうかと考えては何度もそれを口にして、笑いながらも一緒に考えてくれる父と共にパーティーの準備をしていた。

そして……料理が冷え切ってしまった頃、玄関のチャイムが鳴った。けれど、扉の向こうにあったのは待ち焦がれていた母の笑顔ではなく、幾つもの見知った顔の、初めて見る表情だった。父は、きっとそれだけで察したのだろう。不意に肩へと置かれた手は重く、緊張したように強張っていた。家に来る度に遊んでくれた母さんの仲間達は、それを見て様々な反応を示した。言葉に詰まって俯いた人、『やあ、久し振り』とだけ言って黙ってしまった人。目を逸らした人もあれば、只じっと見詰めるだけの人もあった。その中で、ただ一人の女性が――『あなたに伝言があるわ』と、私を抱き締めた。

◇◆◇◆◇

母の半生を知ったのは、遺髪を海へ撒いた後。父が知る限りの事を話してくれたからだ。物心付いた頃にはスラムのストリートチルドレンだったという母は家族の有無や正確な国籍すら判らず、人殺し以外の犯罪を生きる糧として暮らしていたらしい。そういう手段でしか生きられなかった事が、後の運命を変えたのだろう。逃走中の事故で人を殺してしまったのは、まだ少女と呼べる年頃だったそうだ。とはいえ、身元が不確かな上に幾つもの前歴があった母には重い刑が科せられた。――だが、それを兵役と引き換えにするチャンスを与えられ、それを呑んで数年後に父と出会い、私を身篭った。

あの時私が黙って父の話を聞いていたのは、まるで他人事のようにしか思えなかったからだ。日本では――子供の知る限りの常識では有り得ない、映画のストーリーや空想の物語を聞いているようで。けれど、父の真剣な目と口調は、それが現実なのだと告げていた。

当時の両親は、かなり危険な状況下にあったらしい。それも当然と言えば当然の事だ。陸軍の特殊部隊に所属していた母は退役の日まで婚姻の自由を許されておらず、しかも相手は外国人。どうしたって裏切りの疑いは晴れないだろう。しかし――宗教上の禁忌として堕胎が挙げられていた事が幸いし、結婚は許されていなくとも妊娠出産に関しての制約が科せられていなかった事を盾にして上役達の説得に成功したのだという。生まれて来る子供の処遇についても揉めに揉めたが、それは両親の意見が喰い違っていたからだそうだ。父は正式に自分の子としての戸籍を与えると譲らず、最終的には母が折れたのだ。そう話す父は、どこか誇らしげな表情をしているように見えた。

その先の話は私の知る母の全てと大きな違いは無かったけれど……あの時の母の言葉の意味を知った私は、涙を堪え切れなかった。

――これで最後だから――

母に課せられた兵役は、二十ヶ月の長期休暇分だけ先延ばしにされていたのだ。母はあの時、長い間待ち望んだ最後の任務に向かおうとしていたのに。枷から解き放たれ、家族と暮らす日々を得る為に。なのに……知らなかったとはいえ、私は――、結果的にそれを長引かせる原因になった私は…………自分の頭で考えたその結論を、誤魔化す事も黙っている事も出来ずにぶちまけてしまった私は、本当に子供だったんだと思う。泣きじゃくる私を責めるでもなく、叱るでもなく、ただ抱き締めてくれていた父がポツリと呟いた言葉に、私は何度も頷いていた。

◇◆◇◆◇

上京したのは、卒業式から二週間後の事。以前から父を誘っていたというレーシングチームのオーナーは、急な話を快く承諾してくれただけでなく、住む場所や転校先の世話までしてくれていた。海から遠く人工的な緑に囲まれたマンションでの生活は、思ったよりも快適なものだった。それは多分、周囲の無関心さによるものだったんだと思う。そこでは私の容姿はそれほど目立つものではなく、進学校として名を馳せる私立中学に通う生徒達は自分の進路にしか興味が無いようで、先生達も似たような印象の人達ばかりだった。

そういえば……二人に会ったのも、その頃だ。殆どの物を処分してからの引越しは大して手間も無く終わり、入学式まで十日ほど。仕事で留守がちになるだろうから――と、父は私をあちこち連れ回した。携帯電話を契約したり、ドラッグストアやコンビニを探したり。探検気分でお喋りしながら夕食の買い物をしていたら、帰り道が判らなくなって焦った事もあったっけ。そんな日々ももう終わり、という四月初旬。明日は遠出するからな!と嬉しそうに言った父に連れられて行ったのは、高速のパーキングエリアだった。そこに居た何人もの人が気さくに声を掛けて来るのを見て、私は父を見上げて尋ねようとしたのだけれど……。

「よう、!オイオイ、随分老けたな?」

「そりゃお互い様だ。……久し振りだな、桜井」

声も身体も一際大きな人に邪魔されて中途半端に伸ばした手が空を彷徨った時、気付いた。ああ、これは――私の知らない父さんなんだ。元々陽気で大らかな人だけれど、あの時の父さんは、私から見ても無邪気な子供のように見えたほどだったから。それを邪魔しちゃいけないような気がして黙っていた私が、彼の後ろに居た男の子達に気付いたのとほぼ同時だったと思う。

「おう、これがうちの倅どもだ。まあ、仲良くしてやってくれ」

「ああ、確か同じ年頃だったか?」

上の琥一だと紹介されたのは、その人とよく似た印象の大柄な子だった。何が気に入らないのか不機嫌そうな顔で、どうも――と一言呟く。初めの内は驚いたような顔で私を見ているのが不思議だったけれど、それは昔の同級生達と似たようなものだと思って気付かない振りをしていた。

下の琉夏だと紹介された子は女の子みたいに綺麗な顔をしていたけれど、確かに男の子だった。俺、琉夏。よろしく。一言一言区切るようにして喋るのが印象的で、無表情なのに笑っているように見えるその顔が、とても不思議だと思ったんだ。

話に花を咲かせる父達の横で初めて体験する出来事に戸惑っていた私は、せめて挨拶だけでもしておいた方が良いんじゃないかと悩んだ。少なくとも父さんの友達の子なんだから、悪い子じゃないだろうと思って――手を伸ばして。

「えっと……君が琉夏なんだよね?よろしく」

「え?ああ、うん。こちらこそ」

戸惑いがちだったとはいえ――握り返され手に、私は気を良くしていたんだと思う。この子達は、私を普通の子供として見てくれる。私にも同じ年頃の友達が出来るんだと思って、ただ嬉しくて――舞い上がっていたんだ。

「で、君が琥一だね。よろしく。あ、」

「チッ。気軽に呼び捨ててんじゃねえ。大体、女みてぇなナリして――」

それをいとも簡単に打ち壊してくれた、乱暴な言葉遣いに怒りを感じたわけじゃない。向こうに居た頃私の遊び相手だった母さんの仲間達は、もっと乱暴な言葉を平気でよく使っていたんだから。

「…………何?」

当時の私は胸も目立たなくて髪も短かったから、それをネタにからかわれる事なんかしょっちゅうだったし――そんな事くらいでムキになったりなんてしない。母は、いつも言ってたんだから。

「親が外人だか何だか知んねぇけど、気色悪ぃんだよ」

私がアンタを鍛えるのは、人を傷付ける方法を教える為じゃない。アンタが自分や周りを傷付けない為に教えてるんだ。難しいかい?まあ、そりゃそうかもしれないね。今のアンタには難しいだろうさ。でもね、良いかい?よくお聞き――。

『お前……っ、覚悟しな!!』

「――っ?!テメェ……上等だ!!」

自分の中にある譲れないものを傷付けられたなら。その時は、相手を存分に懲らしめておやり。自分の大切なものを守る為になら、傷付ける事も、傷付く事も恐れちゃいけない。たとえ相手がどれだけ強かろうと、自分がどれだけ弱かろうと。今は難しいかもしれないけど、いつか解る時が来るさ。アンタは私達の自慢の娘なんだから、解らない筈がないんだよ。

そう言って笑った母の顔が脳裏に浮かんだけれど、その時私は、もう何も考えてはいなかった。目の前に居るヤツを懲らしめる事以外は、何も。

「コウ!!」

あの時の事は、今となっては笑い話でしかない。お互い、誤解だったんだ。コウは写真で見知っていた私をずっと男だと思い込んでいて、それが実際には女としか思えない事に混乱していた。同じ年頃の子とのコミュニケーションが不足していた私は、コウの言動の矛盾に気付く事すら出来ないまま殴り掛かった。結果、取っ組み合いの大喧嘩になった――というだけの事。

それから何度か顔を合わせる内に、私達の関係は良好なものへと変わって行った。少なくとも、人に聞かれれば迷わず友達だと答えられる程度に。味気無い学校生活の合間にメールの遣り取りをしたり、年賀状を書いたり。父さんと一緒にミーティングへ行ったり、サーキットへ行ったり。そんな風にして過ぎて行く日々は、とても楽しかったのに。





     

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相変わらず妙な設定と長い前置きですみません。
ゲーム自体は本家からやってたけどなぁ。
あーあ…とうとうGSにまで手ぇ出しちゃったよ、この人。





橘朋美







FileNo.001 2012/8/3