彼女達が菩提樹寮に現れたと聞いた当初は、その傍若無人な振る舞いを聞いた俺も、かなり驚いたものだ。ハルなんて随分怒っていたし、響也も――幽霊屋敷を洋館として蘇らせてくれた事に感謝はしていたけれど、連中の態度には腹を立てていた筈なのに。今は……。
「へえ……美味いな、これ。あんたも意外な特技があるんだな」
「ヴァイオリンでもコンクールに出ていらしたなんて、知りませんでした」
至誠館の部長に頼まれて彼女を探しに来てみれば、森の広場で和気藹々と弁当を食べてるなんてね。まだ一週間も経っていないっていうのに、大した懐きようじゃないか。
「ふふ……ん?ユキ君。それに榊君まで。どないしたん?」
「ああ、君に用事があるって言うんで探しに来たんだ」
「母が水菓子を送ってくれたので、食後のデザートにでもどうかと思って」
食事の邪魔をしてすまないと謝りながらも彼女を誘う彼は、気付いているんだろうか?その目や気持ちが、彼女に向けられている意味を。確かに彼女は俺から見ても魅力的な女性だと思うけど……。その奔放さを知るほど、自ら彼女に近寄って行く男達を哀れだと思ってしまう。まるで蜜を求める蜂を強い芳香で誘う花――いや。実際には蜜を与えないんだから、蕾なんだろうな。蕾だなんて可憐な言葉は、彼女には全く似合わない喩えだけれど。
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そしてその日の午後。ひなちゃんと一緒に練習した後に出かけた元町通りのアイスクリーム屋で、また彼女に会った。
「うん。じゃあ、オレはそれで決〜まり!さんは?」
「そうやね……って、ん?奇遇やね。君等もアイス買いに来たん?」
女の子同士が話している間に注文を済ませていたら、横に居たハルの従兄弟は何だか嬉しそうだ。身体は大きくてもまだ一年生、なんて思った俺が馬鹿だったかな。
「ねっ、今からみんなでどこか遊びに行かない?ダブルデートみたいで楽しいよ〜、きっと」
語尾にハートマークか音符が付いていそうなくらいの発言はさんに即却下されたけど、その理由っていうのがまた――。
「私は無理。さっき言うたやろ?後で千秋や蓬生と待ち合わせてるって」
俺達も練習があるからと言ってその場で二人と別れたんだけど……。ひなちゃんを寮まで送って、さあ俺も帰ろうと思った時。
「丁度良かった。大地、部室にある未整理の楽譜についてなんだが……」
オケ部の部長としての話じゃ断るわけにもいかない。そのまま律に捕まって、寮を出た時には暗くなってた。今日は何だか疲れる一日だという事を確信したのは、その直後。あまり顔を合わせたくない連中が門を入って来るところを見てしまった時だ。
「あれ、なんでこんなとこに副部長さんがおるん?」
「なんだ、榊じゃないか。如月に用事でもあったのか」
「ああ、その通りだよ。じゃあ、俺はこれで――?さんと一緒じゃなかったのか?」
「いや。もう用は済んだからな。あいつも夜中までには戻るだろう」
「ふふ、星奏の副部長さんも隅に置けんね。ちゃんに手ぇ出そうなんて、思うてたらあかんよ?」
……………………誰がだ。
挑発に乗りそうだったのを堪えられたのは、この前の事を思い出したからだった。こういう時の土岐は相手にしないのが一番だと見切りを付けて、さっさと家に帰った。
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夕食を食べてから、少しして。セミファイナルまで、もうあと少ししかないんだし、この妙な疲れを取る為にも、今日は早く寝ようと思ってた。なのにその決心は、モモの散歩に出ようとした時にかかってきた電話で打ち砕かれてしまった。
「は?時計って――ああ、本当だ。じゃあ明日まで預かって……」
律の部屋に忘れてきた腕時計を取りに行こうと思ったのは、散歩のついでに寄れば良いと思ったからで――。
「別に…………彼女の事が気になってるわけじゃない」
誰も居ない夜道でそう呟いても、返って来るのは先を急かすモモの甘えた鳴き声だけ――の筈だった。
「なんやブツブツ言うてる人がおると思うたら、榊君やない」
「……あんたは…………犬の散歩か」
「ああ。それに、寮にも少し用があってね」
横道から出てきた二人に全く気付いてなかった俺は、少し焦っていたのかもしれない。何故焦っているのか――なんて事も考えられないくらいに。
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