私立神南高等学校。

元は実業家達が子弟の教育を目的として設立した、生徒数2200名を越えるマンモス校。その中でいて、どこで何をしていても目立つ生徒。しかも本人はそれを自覚しているのかいないのか……いや。そもそも、そんな事を気にしてすらいないのかもしれない。けれど周囲の人間をより効果的に煽る術を心得ていて、――尊大で傲慢とも言えそうやけど――いつでもどこでも自信満々って態度を崩さへん。それが私、から見た、東金千秋という男。


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俺があいつを気にし始めたのは、もう随分と前の事や。あいつはそれを、覚えてもないだろう。いや、そもそもそれに気付いていたかどうかさえ怪しい。その頃芽生えた思いが何なのか。それを口にするより先に、お前は俺の前から居なくなった。幼心に思ったもんだ。もっと早く伝えていれば良かった。会えなくなる前に、もっと仲良くなっておけば良かった――ってな。

だが今は、ガキの頃とは違う。また遠くへ行くのかと思ったお前は家族を見送り、日本に――俺の手の届く場所に残った。たとえそれが偶然にしか過ぎない事で、未だ友達の域を抜けてさえいなくても。今はそれで良い。


浮気うぐいす梅をば焦らし
わざと隣の桃に鳴く



焦る必要なんて無い。いつか、もっとお前に自身に近付いてやる。その時まで、もっと俺を意識すれば良い。

「サンキュウ。じゃ、今日はこれまでだ」

毒に煽られた観客達が陶酔する時間が終われば、そこには同じ毒をもつ人間だけが残る。正直、それに多少の苛立ちを感じないでもないが。それを隠したまま近寄れば、酔いもしないで嫣然とした笑みを浮かべて俺に告げる女――。こんな女は、どこを探したっていないだろう。

「お疲れ様。ほんま、千秋の音はカンタレラそのものって感じやね」

「ハッ、お前にだけには言われたない台詞や」

「なんや、千秋だけかいな。つれないなぁ、ちゃんは」

割って入った幼馴染との遣り取りに気を揉むのは、この二人が俺とは違ったよう似た雰囲気をもっとるからや。自分自身にそう言い聞かせるのも、もう何度目か。

イタリア、ボルジア家。毒薬に関して家名を高らしめた一族は、その一つじゃない。代表的なのは、フィレンツェのメディチ家。その一族の用いた毒は、どちらも耐性のある人間には効き難い代物。まるで、俺とお前の関係そのものだ。だが――気長にやれば効かないわけじゃない。摩り替わった他愛無い会話に割って入るのも、その一投。

「俺に言わせりゃ、お前の音もアルセニックそのものや」

「褒め言葉やと思うとくわ」

俺は、お前の前で、お前以外の観客を酔わせて煽る。いつかその効力が、お前自身に届くまで。

「ああ、光栄に思えよ。この俺と同等だと認めてやってるんだからな」

一瞬呆気にとられた顔に、また微笑みが浮かぶ。俺がそれに見蕩れるのもまた一瞬だが……。先に相手の毒に侵されたのは、俺なのかもしれない。脳裏を過ぎったそれを確信するのは、まだ先の事。





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お題都都逸No.05:東金千秋
高校一年の4月。

※アルセニック:主人公のヴァイオリンで、意味としては「砒素」を指します。
イメージ的にはメディチ家の使用していた毒薬で、ボルジア家のカンタレラと張る物。





橘朋美







FileNo.205 2010/4/15 ※2010/10/11修正加筆