一年前。
夏休み最後の出校日になったその日、朝から増えるばっかりの荷物が、ちょっと邪魔になるくらいやったのに。再会して丁度一年の幼馴染は、俺の誕生日なんて知らんかった。何日振りに三人で練習した後、大きな荷物に気付くその時までは。



夏のささやき



『豪い荷物やね。そんな大きな課題、あった?』

『流石に誕生日当日ともなると、数に拍車がかかるようだな』

職員室で分けてもろた紙袋を見ながら尋ねる声に、少しばかり呆れた風情で答える声が続いた。

『え、今日?――蓬生の??』

『ああ、そうや。ちゃんも、プレゼントくれるん?』

隠しとくつもりも無かったし、素直に答えたんやけど……。冗談半分の言葉に対する反応が、あんまり可愛くて。つい悪乗りしてもうたんや。

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白昼夢を見とるような感覚を振り払えば、嫌っちゅうほど照り付ける太陽と蝉時雨。こんな時に野外観戦なんてしんどいだけやけど……。ちょっとしたお楽しみがあるとくれば、話は別や。シンとした場内で弓を構えとる姿は真剣そのもので、番えた矢を向ける先しか目に入ってへんのやろな。息を合わせて、目で会話して、楽しそうに弓を滑らせとる時とは大違いの顔。完成された引分けから放たれた矢は、真っ直ぐ的を貫いて。残されるのは、一瞬の静寂と……凛とした残身。

「あーあ、涼しい顔して……敵わんなあ」

夏の大会は三年生の引退試合やから負けるわけにはいかん言うて頑張っとったし、後で褒めたらんと。そん時は、きっと今みたいな顔はしてへん。いつもみたいに、綺麗に笑うてる筈や。せやから俺は――。滅多に見られん顔したちゃんが奥に引っ込むまで、ずっと目が離せんまま……座っとったのが悪かったんやろな。

「あかん、な。どっか涼しいとこ探さんと……」

出番が終わっても直ぐには出てこんのやし、一休みしてからメールしよ。そう思うて、外へ出たのが真昼過ぎ。ひと心地つけそうなトコを見付けて木に凭れ掛かってから、どれくらいやったか。懐かしいっちゅうにはまだ早い、思い出の中におった。

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あれ?……おらへん。観客席に蓬生の顔が見えたと思うたのに。けど、試合の事話した時は二人とも興味無いって感じやったし、単に似た人やったのかも。そう思っても、あれは蓬生やったっちゅう確信は消えへん。自分の出番が終わったからって帰るわけにもいかんまま――。閉会式が終わって解散するまでが、いつもよりずっと長く感じた。

「――ほな、何か判ったら電話して」

いくら蓬生の携帯にかけても繋がらんし、千秋に電話してみても知らんって言われて。ラウンジやティールーム、ホールに展示室、次から次へと覗いてみても見付からへん。館内は粗方探したし、もう外を探すしかないんやろか?……なんて思っとった矢先に、千秋からの電話。家に電話しても誰も出ぇへんし、外出しとるのは確実やて。携帯の電源を切ってるくらいや、試合を見に来とる可能性が高い。なんて言われて、つい気が動転した。

「どうしよ……こっちも見付からへんし、警察に……」

「アホ!ここは日本だぞ?まったく――情けない声を出すな」

治安の良い土地で男子中学生が四時間所在不明、しかも昼間だ。そんな事で警察に連絡してみろ、鼻で笑われてもおかしくない。第一、後で蓬生に何を言われると思う?館内で見付からなかったなら、外を探してみろ。あいつの事だ、涼しそうな所に居るだろう。客が帰ったらそっちに行ってやる。それまで一人で探せるな?一気に喋りきった頼もしい幼馴染は、私が返事をした途端に電話を切った。

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『うん、ええよ。何が欲しい?あんまり高価なのは無理やけど』

その場の乗りで流されるか、冗談で返されるか。そう思うてたんやけどな。あんまり素直な返事が返ってきたんで、びっくりしたわ。冗談やっちゅうても、祝う方も嬉しいんやとか言うて譲らへんし。……ほんまに、なんも欲しい物なんてあらへんかった。

綺麗にラッピングされた包みの中身が気になる事も無いし、可愛らしい字で書かれた封筒の中身にも、興味なんて湧かへん。プレゼントを貰って欲しい。夏休み中にある誕生日はそれなりに静かやったけど、クリスマスやバレンタインには、そんな子が何人も来た。そういう時は、角が立たんように受け取るのが正解や。断って泣かれるのも、食い下がられるのも勘弁して欲しいし。他の子からは貰ってるのに、私からは貰ってくれへんの?なんて言う子やったら、断るのも簡単やった。せやけどちゃんは、そんなタイプとちゃうから。

『誕生日は特別な日なんやから、私かて祝いたい』

大人びた見た目とは裏腹なムッとした子供っぽい顔と、しょげてるような、拗ねてるような口調。自分でも性が悪い思うたけど……。初めて見たちゃんに、悪戯心が刺激されとった。

『ほんなら、キスしてもらおか?』

ほんの少し腰を落として、強請るみたいに顔を近付けて。注文したのは、映画やドラマでも滅多にやらへんような事。ちょっと困らせた後に、冗談やって言う筈やった。せやけどちゃんは、いっつも予想の斜め上を行くんや。

『そんなんでええの?』

肩にかけられた手と、近付き過ぎて見えへん顔。その状況を把握した時には、してやられとった。やたら発音の良いハッピーバースデー。顔の左右に触れた唇の感触。耳元で微かに響いたリップ音。ちゃんの後ろで千秋が咽たのを見ても、なんも感じんかった。

!お前、頼まれれば誰にでもそいう事をするのか?!』

『誰にでもなんてせえへん。千秋……何怒ってんの?』

『……ふふっ、おおきに。ええ誕生日になったわ』

予想外の驚きと嬉しさに負けて、不思議そうな顔しとるゃんの肩に手ぇ伸ばして。耳元で囁いた。

『なあ、ちゃん。来年も、また祝うてくれる?』

お爺さんになっても祝ったげるっちゅう返事は、極上の笑顔付きやった。

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この暑い時期に涼しいトコ。思い付くのは一箇所しかなくて、池周りの遊歩道をぐるっと歩いて一時間。途中に建てられた東屋にも、休憩用のベンチにも、探す顔は見当たらんまま。


「はぁ、暑……」

気が急いて足早になっとった所為やろか。妙に疲れた身体でグラウンドへ辿り着いた時には、もうクタクタやった。土手に作られた観戦席をゆっくり降りて行けば、遥か向こうで太陽が沈んでくのが見える。赤とも橙とも言えない空と、青とも紫とも言えない空が混ざって。金色に染まった雲が、林を覆うみたいに広がって。あんまり綺麗な光景に見入って、気付くのが遅れたけど……。グラウンドの向こうには、子供向けの遊具が置かれた林とプールがあった筈。

――そこにおるかも。

そう思ったらくたびれた足にも力が入って、一気に観戦席を駆け下りた。施錠されたプールを横切って、小さなブランコと鉄棒を横目に早足で通り過ぎて 。微妙なリアルさのパンダやウサギの合間を縫って、大きなゾウの滑り台を回り込んだ先。最短距離で目指した丸太製のテーブルやベンチにも、蓬生の姿は無かったけど――。

「……なんやの、もう」

他にどこか――そう思って辺り見回した瞬間、見付けた。何となく腹も立ったし、思い切り脱力もした。せやけど、やっと見付けられたっちゅう安心感には勝てへん。少し湿った感じのする影の中へ、ソロリ、足を踏み入れる。木に凭れた体から少し傾いだ頭。下に落ちた腕にかかるもう片方の手。地面に投げ出された両足。ほんの少し奥まった林の中に夕陽が差して、絵本の一頁みたいな光景になったその場所で、憎らしいくらい静かに寝てるやなんて。

「こんなトコで寝てるやなんて……悪さされても知らんよ〜?」

しゃがみ込んでほっぺを突付いてみても、うんともすんとも言わんまま。何となく起こすのが悪いような気がするのは、きっと御伽噺みたいな雰囲気の所 為。蓬生が起きたら、一緒に帰ろう。せっかくの誕生日なのに態々応援に来てくれたんやし、お祝いに、どこかでお茶して帰るのも良いかも。試合後の心地良い疲労感と、蓬生を見付けた安心感。ぼんやりとした思考のまま座り込んで――ミイラ取りがミイラに、なんて思ってた。

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「おはようさん。漸くお目覚めやね」

目が覚めた時、隣に人の気配がしたのに驚いた。けど……そこにあったのは、よう知った顔。なんでこんなとこにおるのかは、携帯の電源を入れて少し後。千秋からのメールで判った。大きなスポーツバッグを抱いたまま気持ち良さそうに寝てるちゃんを起こすのは、きっと簡単な事やったけど……それでも起こしたなかった。静かな寝息と、少しだけ幼く見える寝顔。初めて見た、無防備な姿。それを見られなくなるのが惜しゅうて、今の今まで黙っとったって知ったら。

……あんたは、どんな反応してくれるんやろ?

「ん……?……蓬生――」

「ふふっ。寝ぼけ眼っちゅうのも、中々ええもんやね」

いつもと違う寝起きの声は少しだけ艶っぽくて、内心ドキッとしとったなんて事は秘密や。その声のまま告げられた言葉は、挨拶でもなく、質問でもない言葉。夢の中で聞いたのと同じ、やたらと発音の良いハッピーバースデー。まだ少し明るいままの夏空に溶けてしまうんやないかと思うくらい、甘いささやきやった。





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Happy Birthday 蓬生!!





橘朋美







FileNo.103 2010/8/21 ※2010/10/11修正加筆