まさか、うちでこんな賑やかな七夕の夜を過ごせるなんて。
こんな風に無邪気な時間を共有出来るのは――ほんまに嬉しい。



願い事ひとつ



「おい、ここで良いのか?」

「なんや……豪い可愛らしい飾りが揃っとうね」

ベランダに大きな笹を括り付けようとしている千秋に返事をすれば、テーブルに並べられた笹飾りを手にとって眺めている蓬生の呟きが聞こえる。こんな風に七夕を過ごすのは、もう随分前……幼稚園の頃以来や。あの頃は二人とも碌に話した事も無かったし、特に仲の良い子もおらんかった。ヴァイオリンを弾くのが好きで、ピアノを弾くのが楽しくて。同じ年頃の子と遊ぶよりも、習い事ばかりに夢中やったから。

「可愛らしい言うても子供染みてへんし、ええ感じやろ?」

そう言いながらペンを探して戻れば、風に吹かれてサラサラ揺れる笹を背にした千秋が意外そうな顔をして――。

「お前、そんな物まで用意したのか」

「皆さん、お茶が入りました」

キッチンから戻った芹沢君の手には、冷えたお茶と水菓子の乗った盆。短冊を用意したのは子供っぽかったやろか?なんて考えは、お茶の時間の遣り取りに流されていく。

「じゃ、さっさと終わらせるか」

「なぁちゃん、これ全部飾るん?」

「ん?適当なヤツだけにしよ。笹が折れたら困るし」

この面子で七夕なんて珍しい。千秋は雨でも降るんじゃないか?なんて冗談言うてたけど、夕暮れ時になった今も、空は綺麗に晴れ渡っていた。

■□■□■

期末考査も終わり、珍しく晴れた七月七日の午後。毎年、各部で夏の大会へ向けての練習が本格的に行われるようになる。それは管弦楽部でも変わらない。今年はアンサンブルでも出場するという部長に反対する理由も無く、副部長と俺は、それに付き合う事になってしまった。今日は来月頭に行われる予選への出場願書を提出し、当日演奏する曲を決めるだけだった筈なのに……。

「七夕かぁ……そういえば、幼稚園の時以来やってへんかも」

その一言で何故かさんの家で七夕飾りを作る事が決まり、部長は笹を、副部長はお茶を、俺は茶菓子を手土産にして集まったのが十数分前。飾りは良いのがあるからと言っていたさんは既に私服に着替えていて、七夕飾りを手に俺達を迎えてくれた。

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今日が七夕なんて事、ちゃんが言うまですっかり忘れとった。節句の行事なんてもんは子供の頃の遊びやと思っとったし、クリスマスなんかに比べたら、街もそう賑わうもんでもないしな。

「一人で小さな笹飾り眺めとっても、淋しいだけやない」

今日はそう遅うならんやろし、家で笹飾ったらええやん。言うてから、拙い事言うたって後悔したんやけどな……。その後に続いた言葉に救われたわ。千秋や芹沢も一緒っちゅうのは、別に嬉しないけど。ちゃんが喜んでくれるんやったら、それでええ。俺の言うた事で寂しい思いさせたままやなんて堪えられんし。

「いらっしゃい。外暑かったやろ?何か冷たいもん入れよか」

まだ明るい夏の夕暮れに迎えられたそこは、相変わらずちゃんとよう似た雰囲気やった。

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別に、あいつの声が寂しそうだからって七夕を祝おうとは思っちゃいなかったんだが。蓬生の一言に対するあいつの返事に、つい乗っちまった。

「ほんなら、蓬生が付きおうてくれる?夕飯くらい御馳走するし」

見た目と違って淋しがりな幼馴染の手料理は、父親仕込みで味が良い。それを味わう機会が多くないのが惜しいくらいだ。食事は人数が多い方が楽しいだろう?と言えば、当然だと言わんばかりの笑顔で返事をする。芹沢まで誘ったのは気に入らないが――まあ良い。少なくとも、は喜んでいるようだったしな。下校ついでに食材と笹飾りを買って行くという橘と別れ、それぞれ何を用意するか分担した後はの家へ。マンションとはいえ一人で暮らすにはデカ過ぎるだろう空間の扉を開けたあいつは、やけに嬉しそうな顔で笑ってた。

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芹沢君に手伝ってもらいながら夕飯の下準備をして、後は仕上げだけ。そろそろ暗くなってきたし、笹飾りの仕上げも――って思うたのになぁ。

「願い事、ですか。そうですね――じゃあ」

「は?、お前本気で言ってるのか?この俺が七夕に願う事なんてあるわけがないだろう」

「星に願いを。……なんて。そんな可愛らしい願い事、俺も思い付かんわ」

素直に願い事を書いてくれたのは芹沢君だけやなんて。しかも、それを見て千秋が――。

「コンクールで良い成績を残せますように?芹沢、お前アホか」

「いえ、それ以外に思い付かなかったのでそう書いただけですが」

実力次第で掴めるものを願うなんてアホのする事や。確かにそれは千秋らしい考えで、私もそう思う。せやけど今日は七夕で、今願っている事を書けと言われれば……ね。もちろん芹沢君も本気で神頼みするつもりは無いんやろうし、千秋もじゃれとるだけ。それを解ってるから、その場を流そうとしたんやけど。

「なんや、ちゃんは書かへんの?」

「えっ、私?……」

上目遣いで聞いてきた蓬生の一言で、千秋の矛先までこっちに向けられる。確かに言い出しっぺは私やけど、願い事をしたかったわけやない。何も思い付かないままカラフルな短冊を眺めとったら、昔も同じように悩んでいた事を思い出した。あの時私は――何を書いたんだっけ?子供の頃の無邪気な願い事を書くつもりはなかったけど、やっぱり人の本質は小さい頃から変わらないみたいで――。

「時間ですか。ある意味、とても贅沢な願いなのかもしれませんね」

「そういやお前、昔も似たような願い事をしてなかったか?」

「そうやね、確か……『もっともっと時間が欲しい』やった?」

「なっ……なんで二人とも知ってんの?!」

書き上げた短冊を飾ろうとした姿勢のまま振り返れば……意地悪そうに、でも楽しそうに、当然だと言わんばかりに笑う二人と、事態を全く飲み込めてへん芹沢君の不思議そうな顔が並んでた。

「真横で書いてりゃ見えて当然だ」

「そうそう、自分の隣におる可愛い子の願い事や。気になって、つい見てもうたんよ」

「隣に……二人とも隣におったん?」

「そういえば、皆さん同じ幼稚園に通っていたんでしたね」

十年以上経って知った事実は、あの頃の自分に教えたりたいほど幸せな状況やった。仲の良い子なんておらん。練習しとる時が一番楽しい。せやから、練習出来る『時間』がもっと欲しいって願っとった。なのに――まだ名前も覚えてへんかった頃から、傍におってくれたんや。それを思うたら、今日の願い事は、きっと叶う。そんな確信にも似た気持ちが湧いてきた。

「ああ。つるむようになったのは、それからだったがな」

「せやな。けど、夏休み直前にちゃんが引っ越してもうて……あん時は、ほんま淋しかったわ」

「そうだったんですか?てっきり、ずっと一緒だったのかと……」

「あれ?話してへんかったっけ?家な、結構あちこち引越してるんよ」

真っ暗になった空を見上げながら短冊を飾って、いい加減食事にしようとキッチンへ向かう。リビングでの会話はいつの間にか夏の大会へ向けてのスケジュール調整になって、願い事の延長線上にある楽しい時間を早速実感してる自分が、ここにおる。


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「ご馳走様でした、さん。また学校で」

「美味かったぜ、。ああ、そうだ。また弁当でも作って来いよ」

「ほんま、ええお味やったわ。立派なお嫁さんになれるで、ちゃん」

「ふふっ、ありがとう。そんなに褒められると、なんや照れるわ」

久し振りの賑やかな食事はあっという間に終わって、下まで送ろうとしたのを止められて……玄関先で笑って手を振った。

また明日。

そう言ってエレベーターの扉が閉まったのを見届けて、閉めた扉に錠をして。さっきまでの賑やかさの欠片も無くなった部屋に戻って、飾り立てられた大きな笹を一人で見上げる。少しだけ淋しいって感じるのは、さっきまでの時間が楽し過ぎた所為や。それを振り切るみたいにして下を見れば、三人がこっちを見上げてんのとぶつかった。

また明日。

少なくとも、そう言って別れる事が出来る。楽しい時間は、少しだけのお預けやと思える。手を振り返してふと横を見たら、置き土産があって――。

お前の願い事が      祈ってやる。
           叶うよう
あんたの願いが       祈っとくわ。

また私は、確信を深める。きっとこの願いは叶う。叶えられる。自分だけでは絶対に叶えられない、贅沢な願いやけど……みんなが叶えてくれるから。夜風に揺れる笹の音が、まるで子守歌みたいに響く。楽しい時間は、また明日。まだ材料も残ってるし、弁当を作ってくのもええかも。そんな風に思う事の出来る日常が何よりも大切で、そこにおってくれる仲間が誰よりも好きやから。願う事は、ただ一つ。

今みたいな時間が、もっと長く続きますように――。





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(壁紙:kigen/kazuさま)

珍しく七夕ネタ。
しかも、何故か神南面子で。
次は本編を進められますように!って願ったら千秋に怒られそうだな。





橘朋美







FileNo.102 2010/7/7 ※2010/10/10修正加筆