私が中学を卒業するのを待って、両親はアメリカへ渡った。高校へ入学し一人暮らしを始めるにあたって残されたのは、多くの約束と少しの寂しさ。それでも私は、後悔なんてせんかった。
入学前に何回も面談されたのは面倒やったけど……。学校はエスカレーター式やったから家の事情もよう知られとったし、自由と責任なんて校訓の所為か、大して問題視もされんまま。管弦楽部に入部して、千秋や蓬生と練習して、外で弾く事も増えて。ピアノを弾くのもヴァイオリンを弾くのも、前よりずっと楽しめた。偶にかかってくる国際電話は家族を心配させてるんやって罪悪感を呼び覚ましたけど、いつの間にか一人分の食事を作る事にも慣れた夏休み直前。
「音楽コンクール?ソロで出るん?」
「ああ。どうせなら、行けるトコまで行っておきたいからな」
久し振りにコンクール出場を決めたのは、予選前から優勝する気満々の千秋に触発されたからやと思う。日本で初めて出場したコンクールでの優勝は学校関係者や家族を喜ばせ、準優勝に甘んじる事になった千秋や応援してくれた蓬生からも称賛を浴びた。
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高校生になっても、俺達は大して変わりない生活を送っていた。変わった事と言えば、が一人暮らしを始めた事や三人揃って管弦楽部員になった事くらいだろう。部員数の多さから何組ものアンサンブルに分かれてされる練習は、普通なら互いの競争意識を煽る良い方法になるんだろうが。趣味や娯楽、教養を高める為の手段として楽器を持つ部員が多いここでは大した刺激にもならなくて、正直張り合いの無さが不満だった。あの時、ファイナルで競った如月という奴を除いて。
春には学校の内外でライブをし、夏にはコンクールの練習に明け暮れ、秋になれば文化祭の舞台に上がり、冬には部の演奏会に出る。そんな風に一年が過ぎ、二度目の夏。
「なぁ千秋、今年も出るんやろ?音楽コンクール」
「当然だ。俺は負けたまま終わる気なんざ更々無いからな」
なら、今年はダブルで優勝やね。一年前、ピアノソロで優勝を飾ったの言葉は現実となる。だがそれは、如月の棄権というハプニングによって精彩を欠いた。そしてまた、一年が過ぎようとする頃。俺達三人の関係は、昔と違うものになろうとしてた。それは、俺達がを女として意識する事が増えた所為なんだろう。
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「は?……お前、本気で言ってるのか?」
その知らせは、俺等にとっても一大事やった。ちゃんが一人で暮らし始めて二年、あと一年で高校生活が終わるっちゅう時に聞かされたんや。あんだけ日本におりたいって言って泣いた子が、今更アメリカに行くなんて…………性質の悪い冗談としか思えへん。
「うん。どうしても行かな……」
あん時は虚ろやった目が、今は揺ぎ無い強さで満たされとる。そんな目ぇして言うんやったら俺等には止められんのやろし、止めたところで後の事まで面倒見切れんのやから。諦めるしかない――そう思った。……自分が何を諦めるつもりなのかが判った時、やっと気付いたんや。
「なぁ、ちゃん。――いつ発つん?」
月末やって返事を聞いたら、千秋も俺も二の句を継げんくなってもうた。まさか十日もせん内にやなんて、思わへんやろ。せやけど……呆然としとる俺等を余所に、ちゃんは話を続けた。夏まで待っとるわけには行かんから、少しでも早う行きたかった。運良く飛行機のチケットも取れたし、ゴールデンウィーク前には発つ……って。
「あっちにおる間、ピアノは芹沢君に任せるし――」
「 お前、
____アメリカに行くって……」
「あんた、
微妙な感じで千秋とハモった後、今度は別の意味で二の句を継げんかった。ほんま、寿命が縮むかと思うくらい驚いたっちゅうのに。卒業後の進路で揉めとって、電話じゃ埒が明かんから直接話しに行く。絶対に説得して帰って来るから、それまで待っとって?なんて言われたら……もう負けたも同然やろ。
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あと一年もせん内に高校生活は終わる。そんな時期になっても、相変わらず私はここを離れる気になれんままやった。進学するにしても、就職するにしても、今迄みたいな気楽な学生生活が終わるて解っとっても。
家族はみんな、私が高校を卒業したらアメリカに来ると思っとったらしい。ピアノを続けて行くのだとしても、そうじゃないのだとしても。その話自体は進路相談の始まった二年の夏頃からあったんやけど、自分の将来を決められないままの私は、一年もの間ずるずると結論を出せずに過ごして……ここまで来た。
「気ぃ付けて行くんやで?ちゃん」
「行ってらっしゃい」
「行って来い、。お前の人生を決める為に」
三年前。気持ち良く弾けるこの環境と、幼馴染達から離れたくなかった。何をするにも、嫌になるくらい子供やった。一人で生活する術も無く、一人で説得も出来んかった私は、三年経って漸く。――自分自身の進む道を、一人で決めた。
「ん。ほな、行って来る」
自分が一歩踏み出せば、変えられる筈や。そう信じられる。せやから今、少しだけ日本を離れる。今はもう、傍におるのが当たり前みたいになった三人に手を振って。

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三年の初夏辺りまではサクっと進めようと足掻いた結果、豪い短くなってしまいました。
うーん、我ながら極端な仕上がり。
ともあれ、序章はこれにて終了。
橘朋美
FileNo.004 2010/10/15 |