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「ああっ!先輩、協力してくれませんか?!私を助けると思って!!」

どうかしたの?と声をかける間も無く、妖精像の前に居た天羽さんが素っ飛んできたのには驚いたけれど……。その上でフワフワしているファータ達にはもっと驚いた。これまで光の珠がよく見えていた辺りに、リリのコピーもどきが……いったい何人居るんだろう?彼等は口々に挨拶をする。こんにちは。あら、アンタにも見えるようになったのね。良い音楽を期待している。あ、あの……頑張って。生真面目な子、妙に高飛車な子、尊大な口振りの子、怯えている子。みんな思い切り手を広げた程度の大きさで、一様に薄く発光している。こんなファンタジックな場面に出くわすなんてツイてない。

幸い、コンクールの取材に協力して欲しいと目の前で一生懸命になっている天羽さんには見えていないらしい。まあ、これが見えていたとしたらコンクールの取材どころじゃないんだろうけれど。

「月森君や土浦君は非協力的だし、志水君はあんな感じだし、冬海ちゃんや日野ちゃんは……」

そういえば、土曜日には日野さんと冬海さんに質問をしていたっけ。同じ女性参加者として云々……とか。二人とも随分うろたえていたのを覚えている。天羽さんの取材攻勢に押し負けそうになっていた彼女達の気持ちは、解らなくもない。試合を取材に来た時でも、他の人達が表立って口にしない事を遠慮無く質問して来るんだから。

それは彼女にとっては取るに足らない事で、私にとっては珍しい事だった。音楽科の生徒が運動部に入部した事をあれこれ言う人は沢山居たし、入部当初は興味本位で質問してくる人達も多かった。けれど彼女は、本来なら避けようとする筈の行為を両立させる意味を知りたいと言った。

セレクションへ向けての意気込みや、ライバルをどう意識しているか。それほど差し障りの無い質問に答えながら、そんな事を思い出していた。私も彼女も、あの頃から比べれば少しは成長したのだろうか?と。

「うわ、もうこんな時間?ありがとうございました!先輩。セレクション、頑張って下さいね!」


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昼休み。購買前の混雑は、試合の最中より危ないような気がする。今日みたいに出遅れた時には尚更だ。エントランスの入り口付近で早々に見切りを付けてカフェテリアに行くと、まだ昼休みが始まって十分も経っていない所為か、幾つかの席が空いていた。

購買のパンよりは高く付くけれど、ここの味なら手頃な値段だと思う。クラブハウスサンドとコーヒーを手にして席に着いた頃には、相席を頼む人が増えていた。放課後には仲の良いグループがテーブルを占領してお喋りを楽しむこの場所も、昼休みには昼食の為だけに訪れる個人で一杯になる。かく言う私もその一人。食事が済めば直ぐに立つ筈だった席に長居した理由は、思わぬ人の同席だった。

「お、じゃないか。お前さん一人なら、そこ良いか?」

先生と同席するというのは珍しい事だけれど、断る理由も意味も無い。どうぞと告げれば、すまんな〜とか何とか言いつつ始まる世間話。この先生が意外と生徒に受け入れられているのは、こういった気取らなさの所為なのかも。

大した時間もせずに食事を終えれば、これが本題だったんだろうか?そういやお前さん、調子はどうだ?と、唐突に聞かれた。コンクール担当教師という立場なんだから、普通の行為なのだと言えばそうなんだろうけど……。普段は自分から面倒事に関する話を持ち出す先生じゃないから、正直言って驚いた。けど、今の自分の状況を口にする事で、何かが変わっているのかもしれないと思えたのが嬉しかった。

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幸い……と言うか、何と言うか。私の周囲には、過去のコンクール出場者が三人も居る。同じ選考の人は一人も居ないけれど、その人達に話を聞いてみるのも良いかもしれない。とは言っても……お母さんに聞くのは躊躇われるし、金澤先生にはこれ以上聞いても無駄だろう。となると、話をしてくれそうなのは一人だけ。

「んー……今日いきなりは無理かな〜?」

王崎さんがオケ部の指導に来るのは、月水金。明日は火曜だし、大学に押しかけてまで話を聞こうとも思えない。
明後日にはセレクションが控えている。と、なると――。こうなったら、無理を承知で頼んでみるしかない。そう決めて、放課後は音楽室へ向かう事にした。

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「王崎先輩?今日はまだ来てないけど、良かったらここで待ってなよ」

オケ部の練習なら大概は音楽室だろうと思って急いで来たんだけど、早過ぎたらしい。和樹君に言われて、近くの席に座って鞄からノートを取り出す。セレクションが迫っていても課題は減る訳じゃないから、空いた時間があればさっさと済ませておきたいんだよね。そして――。各パートバラバラの練習音を聞きながら、どれくらい経った頃だろう?不意に肩を叩かれて振り向けば、王崎さんが笑っていた。

「やあ。随分熱中していたみたいだけど、邪魔しちゃったかな?」

「そんな事無いですよ。色々と聞きたい事があって、王崎さんを待ってたんです」

「あれ?そうだったの?じゃあ、待たせちゃったんだね」

相変わらず優しいというか、人が良いというか。人柄そのものの穏やかな表情で、何かあった?と続ける私の――お兄さん的存在。オケ部の練習が終わってからでも良いかな?と言われて返事をすれば、小首を傾げて”ありがとう。じゃあ悪いけど、暫く待ってて”って可愛いくらいの笑顔を残して、練習中の人達に向かって歩いて行った王崎さん。大学に通いながらバイトもしていて、ボランティア活動にも熱心。おまけに週三回は後輩の指導にも足を運んでるなんて、いつ休んでいるんだろう?そんな事を考えながら手を止めて練習風景に目をやると、嬉しそうな部員達の顔が見える。前回の学内コンクールで優勝した王崎さんの実力は確かなものだし、あの性格なら慕われて当然だと納得して、私はまた課題に精を出した。

オケ部の練習が終わったのは、流れる旋律と時折り聞こえてくる王崎さんの指摘をBGMにして、課題の殆どを終えた頃。

「お待たせ。課題は捗った?」

「ええ。お疲れ様、王崎さん」

「ありがとう。君もお疲れ様」

時間を取らせてしまって申し訳無いという思いもあったけど、下校時刻を過ぎた校内に残って話すわけにもいかなくて駅前のカフェへ。道すがら前回の学内コンクールの事を聞かせて欲しいと頼めば、懐かしそうな表情を浮かべて話してくれた。聴く側からでは知る事の出来なかった、弾く側の事を。王崎さんの、音楽への思いを。

「――結局。おれはね、ちゃん。沢山の人達におれの音楽を聞いて欲しいから、ヴァイオリンを弾いているんだ」


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学内コンクールに出ると決まってから、まだ数日。それでも私は、沢山の事を経験したと思う。これでまでに無かったくらい、沢山の事を。でもそれは――きっとまだ、これからも増えて行く。これまで自分が何を目指しているのか判らないまま、何年もただピアノを弾いていた。それが、コンクールに出場する事で変わるのかもしれない。そんな気がする。

ベッドに寝転がってそんな事を考えている内に、眠りに落ちていた。夢の中で嬉しそうに笑うリリに少し呆れながらもピアノを弾けば、それまで姿の見えなかったファータ達が現れてワルツを踊る。そんなファンタジックな夢から醒めた時。――こういうのも悪くないかもしれない。と、笑っていた。

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セレクションは、もう明日に迫っていた。出来れば集中して弾き込みたかったんだけど、練習室を押さえられなかったんだから仕方が無い。他に練習する場所も無いし、コンクール期間中は部活も控えるように言われている。さっさと家に帰って練習しようかとも思ったけれど……。天気の良い午後、ぽっかりと空いた時間。

「真っ直ぐ家に帰るのも勿体無いかな」

このところ慌しい日が続いていたし、少しどこかでのんびりしてから帰ろう。そんな風に思って足を向けたのは、臨海公園だった。休日は大勢の人達で賑わうこの公園も平日の午後は長閑なもので、犬の散歩をしている老夫婦や、小さな子供と遊んでいる母親が何人か居るくらい。温かな陽射しを浴びながら緩い潮風に撫でられていると、つい目を閉じたくなってしまう程に静かだ。

波と風の音、子供の笑い声。離れた所から流れてくる車の音、何かしらの生活音。音に包まれて静かにまどろんでいた私を現実に引き戻したのは、意外な人だった。

「あれ?……やっぱり。どうしたの?さん。こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまうよ」

制服の所為で一瞬誰だか判らなかったけれど、間違い無い。こんな所で彼に会うのは初めてだった。どうやら、ホームパーティーの時に話したセレクションの事を覚えていたらしい。ここに来れば誰か演奏しているかもしれないと思って学校帰りに足を伸ばしたんだけど、今日はハズレだったみたい。と、微笑む。

「僕はもう帰ろうと思っていたところなんだけど、君は?」

思っていたよりも時間が過ぎていたらしく、陽の温かさが感じられなくなってる。家まで送ると言う言葉に甘えて並んで公園を出ると、沈みかけた太陽が真正面にあった。少し懐かしさを感じさせる空の色に誘われたのか、話題は子供の頃に遡って……。気の置けない友人というのは本当に貴重なんだと、自分の笑い声に気付かされる。迂闊にも、それを天羽さんに見られていたなんて気付かないままで。



     

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ファータの踊るワルツは、華麗なる大円舞曲@ショパンで。





橘朋美







FileNo.007 2009/12/3 ※2010/10/14修正加筆