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厄介事から一夜明けた日曜――。もうこれ以上、時間を無駄にしたくなかった。じわじわと、確実に近付いてくるその時の為に。だけど自分以外の人間が、そう上手く事を運ばせてくれない。元はと言えば蓮君と土浦君の口論だったのに、口を挟んだのが拙かったかなぁ?

「それは言い過ぎ。蓮君に落ち度があった訳じゃないでしょう?」

「ああ、そういや先輩も音楽科でしたね。流石は音楽科同士、意見が合うって事ですか」

「話にならないな。とにかく、これ以上練習の邪魔をしないでもらいたい。失礼する」

それだけ言うと扉を閉めてしまったんだけど……この状況、どうしろと??実際にそう聞くチャンスがあったなら、返事は絶対に”放っておけば良い”だろうなぁ。まだ話は終わってないとか怒鳴ったところで、練習室の中には当然聞こえない。蓮君は扉に背を向けて立っているんだから、完全に拒否するつもりなんだろう。

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「いい加減、諦めなよ。要は練習室が使えれば……あ」

練習室の予約がブッキングしたってだけでも充分ツイてないってのに。よりにもよって、その相手が月森だったとはな。まったく……とことんツイてないぜ。確かにあいつの言い分は尤もかもしれないが、もうちょっと言い方って物があるだろう。俺には関係の無い事だ。そういう事は係の人に言うべきだろう?なんて仏頂面で言われりゃ、こっちも引き下がれなくなっちまう。こいつが来た時には、もう何が原因で言い合いになったのかなんてどうでも良いような状況になってたぐらいだ。こいつへの言葉は完全な八つ当たりだと判っていたから、悪かったと謝ったんだが……。取り敢えず付いて来いと言われて断れないまま連れて行かれたのは、上の階にある練習室の一室だった。

「何だよ、この部屋がどうかしたのか?」

完全に苛立ちが抜けていないのは、この際勘弁してもらうしかないだろう。だが、お前は一向に気にしないまま――自分の課題が終わるまでならここを使えば良いと言って、その扉を開いた。正直、有難いとは思ったさ。家に帰ればピアノはあるが、集中したい時には練習室が一番だ。本当なら練習室を使えないまま帰らなきゃならなかった所を、こいつのお陰で助かったのも事実だ。だが――。そのまま一緒に部屋へ入ってきて椅子に座ったと思ったら、暢気に膝の上で鞄を開いてやがる。まさか、ここで課題をやるつもりなのか?

「……ん?ライバルが居たら緊張して練習出来ない。なんて、言わないよね?」

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奇妙な練習時間の後。校門前で会ったのは、日野と冬海だった。日曜だっていうのに選曲や練習の方法を話していたという暢気な二人に半ば呆れつつ手を振れば、先輩達にも話を聞きたいときた。

「じゃあ、駅前のカフェにでも行こうか」

良ければ一緒にという誘いを断って歩いた交差点までの道は、何て言うか……妙な気がしたな。他愛ない話をしながら歩く三人は、見た目も年も性格も全然違う。コンクール参加者に選ばれなければ、こいつ等と知り合う事も無かったんだろう。

「じゃあな。気を付けて帰れよ」

「じゃあね、土浦君。また」

あいつ等と反対側に歩き出した時には、もう編曲を始めていた。練習室でのあの時間は、確かに面白かったと言える。あいつが俺をライバルだと言ったように、俺も――。少しずつバラバラに頭の中で繰り返されていくメロディは、家に着いた頃、ある程度の形になっていた。

「ライバル……か」

音楽科の奴等に負けたくないと思っていただけのコンクールに俺なりの意味が出来たんだとしたら、多分この時だ。勝つとか負けるとかなじゃなくて、一人のピアニストとして――あいつと競い合いたい。そう思い始めてたんだ。

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第一セレクションまで、あと二日。部長や顧問にはコンクールを優先するようにと言われ、週末には編曲も終わった。あとはもう、ひたすら弾き込むだけだと朝から練習室へ向かう途中。

「華やかなるもの、華やかなるもの――うーん……」

いつもなら勢い良くトランペットを吹き鳴らしている和樹君が、珍しく頭を抱え込んでいるのを見かけた。聞こえてきた言葉に驚いて声をかけてみれば、まだセレクションで弾く楽曲を決めかねているなんて。だけど、悩みながら次々に上げられる楽曲は、きっと彼らしい伸びやかな演奏を期待出来るだろうものばかり。トランペットを始めたのは中学からで学科は苦手だと聞いていたけど、感覚でその曲の本質を掴むのが得意なんだろうな。幾つもの曲を編曲して、それらを全部練習する。私には真似出来ない芸当を、彼はしていた。

「だって、どうせならこれだ!って思える曲を演奏したいじゃない」

そう言って、奏で始める。真剣な顔付きで。それでもどこか、楽しそうに。トランペットが好きだ。音楽が好きだ。声高らかに、歌い上げるように演奏する和樹君が……少し、羨ましかった。


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今の自分があるのは自分で決めた事なんだから、仕方が無い。そんな事を考えていた時。

「まったく……なんて顔をしてるんだろうね」

不意に流れ込んできた低い声の主が何を言いたいのかなんて、聞かなくても判る。君が私を煽るような事を口にする時は、いつも決まっているんだから。私が、今を悔やみそうになっている時。昔の私を取り戻したいと願いそうになっている時。その言葉や態度には優しさの欠片すら感じられないように思えるけど、それこそが私のプライドを刺激する。それが彼なりの気遣いなんだと気付いたのは、まだお互いに幼い頃だった。そうなのかと尋ねても否定されたけど、それ以来この関係が続いている。

「火原、少し休憩したらどうだい?さんも心配しているようだし」

心配させてしまったのかと慌てて謝る和樹君が、微笑ましく見える。いつの間にかカフェテリアでの団欒に巻き込まれていたのも、苦にならない。

多分、彼等は私の理想とする素質を持っているんだと思う。失くしてしまったものと、得られないものを。未来を目指して今を楽しむ和樹君と、過去を割り切って今を楽しむ梓馬君。演奏スタイルや個人のタイプは違うとはいえ、二人に共通するのは人を惹き付ける華やかさだ。そう思ったら、自然と口にしていた。

今回のセレクションテーマ、二人にはかなり有利に働くだろうね」

「……それは、僕達だけに言える事じゃ無いと思うな」

割り切れない過去と、目指すものの無い未来。ただ今を過ごしていただけの日々。それが少しづつ変わり始めている事に、私はまだ――気付かなかった。

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昼休みに森の広場で知った顔を見かけるのは、大して珍しい事じゃない。珍しい事じゃないんだけど……。

「志水君?!ご、ごめん!大丈夫?」

「…………?はい。多分、大丈夫だと思います」

チェロケースに寄り添って寝ている人って、かなり大きな障害物なのに。それに躓いて転ぶ人がいるなんて、こんな珍しい場面に立ち会ったのは初めてだった。そこまでぼんやりしていた日野さんが気になって声をかければ、一瞬表情が引き攣ったのに「何でもないんです」って――。明らかに”隠し事をしています”と言わんばかり。

「先輩達も、練習ですか?良ければ聞かせてくれませんか?」

「え?いや、私はほら、ピアノが無ければ無理だし」

そうでしたね……と、心底残念そうに呟くのを見ていると、ピアノが気軽に持ち運べない楽器なんだという事を忘れていたんだろうと思えてきてしまうから不思議だ。

その後。せっかくだから私も日野さんの練習を聞かせてもらったんだけど、土曜日よりも確実に弾けるようになっているのに、何て言うか――。

「土曜日よりも、ミスが多いです」

「うん……そうだね」

そう。圧倒的に初歩的なミスが多いんだけど、それが技術不足の所為だとは思えないんだ。集中出来ていないのが一番の原因だと思う。お礼を言って歩き始めた志水君を余所に、もう一度聞いてみる。何かがあったからこそ、気が散っているんじゃないの?話せば楽になる事もあるだろうし……と続けるその先を遮ったのは、耳慣れた声。

「やあ、どうしたの?日野さん。何だか深刻そうだけれど……僕で良ければ、力になれないかな?」

「ゆ、柚木先輩?!――いっ、いえっ、何も!」

その遣り取りで何があったのか想像が付いたのは、腐れ縁の賜物とでも言うべきなのかな?梓馬君にしては珍しいなと思いながら、日野さんには同情に似た視線を向けて。大丈夫だよ。とだけ言って、私は教室へ向かった。



     

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火原=彩華+彩華
柚木=彩華+清麗
=彩華+愁情

というのが、paraphrase三年トリオの曲調イメージ。





橘朋美







FileNo.006 2009/11/17 ※2010/10/14修正加筆