paraphrase
0
-4



一騒動終えた翌日。校門前に居る何人もの生徒達が、――その殆どが音楽科だったけど――どうやっても非難にしか聞こえない類の噂話で持ち切りだった。

「おかしいわよね。他の参加者って有名な人ばかりなのに……」


「普通科からも男女一人づつ選ばれたって事は、よっぽど……」

多分、聞こえないようにしようとすら思っていないんだろうな。土浦君や日野さんも気の毒に。なんて思っていられるほど、私の周囲も静かじゃなかった。


「あの人、人前では殆ど演奏しないんじゃなかったかしら」

「ええ、そうよ。だけど柚木様や月森君と親しくて……」

教室に入れば何かしら言われると思っていたけれど、正直うんざりする。確かに、これまで私はこういった発表の場に立った事は無い。だけど、蓮君や梓馬君は関係無い。強いて言うなら他の追加参加者二人が……なんて、言えるわけもないんだよね。

「おはようちゃん。見たよ見たよ〜掲示板!コンクール、一緒に頑張ろうね!」

「火原、もう少し静かにしないと。やあ、おはようさん。君も参加者に選ばれたんだね」

天然と策略。どちらにしても辺りを黙らせてしまう二つの声が聞こえたのは、今更考えても仕方のない事が頭の中を占めようとしていた時。ホント、二人ともタイミングを見計らったようにして現れるんだよね。だけど、今はそれが嬉しい。元々コンクールに参加したかった訳じゃないとしても、やると決めた以上は悔いを残したくない。一緒に頑張るにしても、互いに競い合うにしても。

「それより火原。さんにって、金澤先生から伝言を預かっていたんじゃない?」

「あ、そうそう!金やんがね、部活が終わってからで良いから職員室へ来るように。だって」

要点だけを簡潔に伝えてくれた和樹君の話を聞いていると、どうやら日野さんとは面識があって、土浦君とは知り合いらしい。蓮君の事は知っているけど、一年生の参加者二人は顔も判らないとか。

「で、参加者の顔合わせをしようって事になったんだ」

「君と土浦君は部活があるから大変だろうけど、宜しくね」

単なるお喋りだと思っていたのは、放課後に集まる事になった経緯の説明だったらしい。HRのチャイムが鳴り始めた直後。席に着こうとする生徒達を縫って出て行く友人達に、ほんの少し呆れを込めた感謝が湧く。

「ほら。やっぱり、柚木様とは……」

「でも、家同士のお付き合い……」

だけど、もしあと少しでも先生の登場が遅かったなら。私は、彼女達に意見していたのかもしれない。幸か不幸か、そうならないまま……煩わしさは増していった。


■□■□■


昼休みが始まって直ぐ、私は森の広場へ向かおうとしていた。廊下の向こう側で、妙な集団を見かけるまでは。この学院には二つの科があるけれど、音楽科で普通科の制服を見る事は滅多に無いし、それは逆でも言える事だと思う。音楽科の女子が三――四人かな?タイの色は見えないけど、一年生じゃなさそう。それに、あの普通科の女子は……。

「こんにちは、日野さん。コンクールの事で呼び出しでも?」

「え?あ、はい。ちょっと……」

そうじゃない事なんて一目で判る、この状況。近付いてみれば、そこに居たのは親衛隊と呼ばれる人達ばかり。しかも、揃って三年だなんてね。いくら自分と関わり無いとはいっても、情けないと言うか何と言うか。私が来た事で話を遮られたのが気に入らないだろうに、まだ話の途中だと言うのを更に遮ったのは、更なる第三者だった。


「おい志水、また参加者が追加されてるぞ」


「あ、本当だ。二人……。どんな演奏をするんだろう。楽器は……」

それは、名前も知らない一年の男子。一人は面識が無いけど、一人は……何て言ったら良いんだろう?こういう場合。顔だけは何度も見たから覚えているけど、向こうはそれすらも怪しいかもしれない。何せいつも寝ているか寝惚けているかで、まともな会話なんて碌にした事が無いんだから。けど今……しみずって――もしかして、参加者の志水君?話しかけようとしたその時。その言葉を受け流せなかったのは、積もりに積もった苛立ちの所為だと思う。

「そういえば、あなたも追加参加者なんでしたわね?さん」

「一年生といい普通科といい、女子の参加者は何を基準に選ばれたのかしら」

棘があって、うんざりするくらい嫌味な言い方。並んでいる日野さんと一緒に、値踏みするような視線で見られる不快感。なんて幼稚なんだろう。彼女達の言っている事は止む事を知らない雨みたいで、単なるやっかみでしかないと判っていても……つい挑発に乗ってしまった。土曜日の十時、講堂で。数分の間に、気の乗らない演奏会が決まっていた。

■□■□■

「すみません」

森の広場で昼食を済ませて、ただぼんやりとしていた。いつもなら、人の居ない場所で歌おうか?それとも音楽室でピアノを弾こうか?なんて考えながら歩いていたんだろうけど……今日はそんな気分になれる訳が無かった。コンクールへの参加はもう決めた事だから、これ以上何も言う事は無い。けど、コンクールに参加する事でこんな煩わしさが募るなんて冗談じゃない。誰であろうと、選ばれたのは自分自身の希望でじゃないのに。特に追加参加者は、あの妖精――リリの独断で決定されたのだから。

「すみません。ちょっと……。良いですか?」

それをまるで不正行為の結果みたいに言って自分達を納得させるような演奏をしてみろだなんて、横暴にも程がある。大体、日野さんも黙っていないで何とか言えば良いのに。あんなに好き放題に言われて、悔しいと思わないんだろうか?

土曜日か……セレクション用に選曲した曲は弾きたくない。かといって新しい曲を練習している時間は無いし、彼女達の為に態々そんな事をするつもりも無い。と、なると――――っ!!

「すみません……」

声も出ないくらい驚いて思い切り振り向くと、相手は私より驚いたらしい。一瞬目を見開いて申し訳無さそうな表情になる――あの子だ。何の用なのかと首を傾げつつ尋ねてみれば……。肩に置かれた手はそのままに、妙な質問が返ってきた。

「さっきの話、本当ですか?」

さっきも何も――――訳が解らない。まともに話したのは数ヶ月振りで、名前すら知らないのに。この子が”さっき”と呼ぶ瞬間は、一体いつの事を指しているんだろう?あの……と、答えを催促するような口振りには、何も気にしている様子が無い。

「えーっと……さっきの話って何?私、君と話していた覚えは無いんだけど」

「はい。僕じゃなくて……あれ?ええと……どこかでお会いした事、ありましたか?」

これは……会話になっているんだろうか?詳しく話す必要も無いだろうし、何度か顔を合わせた事はあるね。と答え、再度質問を繰り返せば漸く会話が成り立つようになった。けど……やっぱりこの子、不思議だ。

「さっき、掲示板の所で……ええと。土曜日、講堂で演奏されるんですよね」

それを自分も聞きに行って良いか、なんて……。別に聴衆が増えたところで問題は無いし、彼女達だけの為に弾く事を考えれば、単に興味があるから聞きたいというこの子が来てくれた方が、寧ろ張り合いも出る。

「ありがとうございます。土曜日、楽しみにしてます」

それは、天使の微笑みとでも言えそうなくらい可愛らしい笑顔。寝顔やぼんやりとした表情しか見た事が無かったけど、笑うとそれ以上に可愛いなんて……女としては羨ましいような気がするなぁ。さようなら、と言って歩いて行く後姿を見送りながら、そんな事を考えていた。それにしても、気の乗らなかった演奏会がこんな出会いを招くなんてね。ああ、そういえば王崎さんがよく言ってたっけ。人との出会いは、とても不思議で素敵なものだって。確かにそうかもしれない。あの子と……あ。

「名前……また聞きそびれちゃったな」

こっちも名乗っていなかったけど、あの子は気にならないんだろうか?もしかして、さっき掲示板の前で話していた時に知ったとか?……そうかもしれない。何せ土曜日の事を聞く為に追いかけてきたくらいなんだから。って事は、やっぱりあの子が志水君なのかな。コンクール参加者に聞かせるとなれば、余計に慎重な選曲をしないと。セレクションの候補に挙げられるような楽曲はパス。かといって、難易度の低い曲を披露する気にはなれない。

「なんだ、こんな所でサボりか?あんまり教師の仕事を増やさんでくれよ〜?」

だったら……と。思い付いた曲の旋律に重なったのは、何だかやる気のなさそうな間延びした声でのお小言だった。

■□■□■

微妙な雰囲気のまま顔合わせが終わった後、その場に残っていたのは私だけじゃなかった。一年生の冬海さん。日野さんよりも――というか、こんなに脅えている人なんて初めて見た。まあ確かに。あの面子の前なら気の弱い一年生の女子が小さくなってしまうのも無理は無いだろうけど、これは……。

「いえ、私は後で……。その、すみません。先輩のお話を先に……」

まるで小動物を追い詰めている肉食獣にでもなった気分。特に機嫌の悪い顔をしているつもりは無いし、顔合わせの時に怖がらせるような事をしたつもりも無い。なのに……何故だろう?私の話は長くなるかもしれないから、冬海さんの話を先に。そう言っても、先輩が先に……の一点張り。案外頑固な子なのかもしれない。

「どっちでも良いから早くしろ〜。陽が暮れちまうぞ?」

手を組んだまま呆れたように急かされて、結局先に用件を伝えたんだけど……。やっぱり面倒だとか言い出すんだよね、この先生は。とにかく土曜日の午前中、講堂の舞台を使えるように許可を下さい!両手で机を叩くと、漸く書類を取りに席を立つ。その背中は仕方が無いと言わんばかりだったけど。

「やれやれ、自主練習か。若人は偉いねえ……ほれ。当日、この書類を書いて持って来い」

受け取った書類を確認すると、そのまま鞄に入れる。これで取り敢えずの準備は出来た。だけどセレクションの事もあるし、土曜日までは練習量を増やさないと。どちらの曲も弾きこなす自信はあるけれど、セレクションで演奏する曲は編曲も必要だから……。少し急がないと、仕上げが間に合わないかもしれない。さっさと帰って練習しようと足を踏み出した時だった。

「あの……先輩!」

一瞬、誰の声なのかと思った。胸の前で握り締められた両手は震えていたけれど、表情はさっきと打って変わって真剣そのもの。何事かと思えば、練習を見学させて欲しいって……。結局、一年生のコンクール参加者二人ともが聴衆になってしまった帰り道。日野さんと話していた和樹君に呼び止められて、更に聴衆が増えていた。

■□■□■

金曜日。本当に長く感じた一週間が、そろそろ終わりを迎えようとしている朝。出来れば顔を合わせたくない人達が、校門前に立っていた。向こうはそうでもないって事か。なんて、皮肉じみた事を考えながら足を進めると案の定。

「ごきげんよう、さん。明日の練習は捗っているのかしら?」

全然ご機嫌良くないんだけど。心の中でそう呟きながら、以前よりも人数が増えた誰かさんの親衛隊員達に目をやる。もしかして、プレッシャーをかけるつもりで朝早くから待ち伏せしていたんだろうか?随分と暇な人達なんだね。なーんて……面倒事の火蓋を切って落とすような事、口が裂けても言えやしない。

「約束の時まで待てないほど楽しみにしていてくれるなんて光栄だね」

けど、真面目に返事をするほど良い子じゃない。皮肉った返事が彼女達の気に入る筈も無いんだけどね。口々に非難する様子は、甲高い声を上げて人の神経を逆撫でする鳥に似ている。まったく……どっちが失礼なんだか。付き合い切れないとばかりに肩を竦めて通り過ぎようとすれば、――本当に見計らっているんじゃないだろうか――後ろから呼び止める声がした。無視する訳にもいかずに、おはようとだけ返す。

「おはよう、さん」

そこに居た彼女たちの声は、ナイチンゲールかカナリヤか。とにかく、さっきとは比べ物にならないほど可愛らしい声に変わっていた。挨拶される度、それに見合った表情で返す卒の無さ。ああいう所は見習うべきなのかもしれないと、ふと思う。

「ああ、ごめんね。話しの邪魔をしてしまったかな」

そんな事は微塵も思っていないだろう台詞に別れを告げて、今度こそその場を立ち去ろうと歩き出そうとすれば……。そうは問屋が卸さない、とばかりに会話が続けられる。しかも、全く思ってもいなかった方向に向かって。

「そういえば、明日はさんの演奏を聞かせてもらえるそうだね」

何を言い出すのかと警戒している私を余所に、彼は喋り続ける。僕も彼女の演奏を聞かせてもらえる機会が中々無くて、残念に思っていた一人なんだ。君達の進言で演奏会を開くと聞いけたど……その打ち合わせ中だったのかな?そうそう。僕からも、お礼を言わせて欲しいな。ありがとう、素敵な機会を与えてくれて。私は――。舌の数を確かめたくなるくらいの鮮やかさに感心して、聴衆が増えた事を驚く暇も無かった。

■□■□■

そしてまた、昼休み。

先輩、明日の演奏会についてお聞きしたい事があるんですけど!」

果敢にも音楽科三年の教室に飛び込んできた天羽さんの一言で、更に聴衆が増えるだろう事は確実だった。噂とは、巷に雨の降る如く広まってしまうものなのだから。





     

************************************************************

えー…序章は四節で終わらせる予定だったんですが、何だかまた一節分オーバーしてしまいましたねぇ。
ま、予定は未定!と開き直って次を書き進めますか。





橘朋美







FileNo.004 2009/8/25 ※2010/10/14修正加筆