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あちこちで飛び交う挨拶の所為なんだろうけど、朝の校門前広場は活気に満ち溢れている気がする。ただ……今朝の雰囲気はいつもと随分違う。妖精像の横では普通科の男子が興味無さげにとはいえコンクールがどうこうって話をしているし、花壇の傍では音楽科の女子が何人か、声を潜めて喋っている。良くも悪くも、この学院に通っている以上コンクールの事を知らずにはいられないんだろうな。そんな事を思いながら通り抜けようとした時だった。

「ねえ、お願い!ちょっとしたコメント、ホント一言だけで良いんだ」

「ええ?!そんな事言われても……」

聞き覚えのある声と初めて聞く声。聞き覚えのある方は、天羽さんに間違いない。運動部の試合があると、結構な確率で取材に来る報道部の女子。そうじゃない方は……制服からして普通科の女子だ。天羽さんの取材攻撃を受けているって事は、運動部所属なんだろうか?おはようと声をかけ、そこを通り過ぎるだけの筈だった。その子の頭上で騒いでいる妖精を見るまでは。こんな風にはっきり見えたのは久し振り。

「おはよう、天羽さん。もしかしてその子、普通科からのコンクール参加者?」

「えっ?あ!おはようございます、先輩。そうなんですよ〜」

相変わらず元気な彼女に紹介されたのは、掲示板で見た名前の子だった。天羽さんほどじゃないけど明るそうな感じだし、ぱっと見ただけでも充分に可愛い。でも、気になるのはその目。おどおどして、自信無さげで、とても演奏者とは思えない。態度や口調は割とはっきりしているのに、何だかアンバランスな感じ。

それと、時々あの妖精に視線を移すのも気になる。まさかとは思うけれど、この子にも見えているんだろうか?「頑張れ」だの「我輩の目に狂いは無い」だの騒いでいるアレが。

■□■□■

妖精が見えてるの?なんて――当然聞けないまま彼女達と別れて少し練習室に寄ってみれば、あちこちから覚えのある名前が聞こえてくる。やっぱり、当分の間はコンクールの話題で持ち切りなんだろうな
。幸い空いていた一室を押さえてそこへ向かうと、見覚えのある後姿。練習熱心な彼にここで会うのは珍しい事ではないけれど。

「おはよう、蓮君。君もこれから?」

「――ああ、君も練習か。おはよう」

声をかけた瞬間というか……振り向いた彼の表情はかなり険しいもので、どうしたのかとつい聞いてしまった。すまないと謝りながら気まずそうな表情に変わるところを見ると、誰かと勘違いしたんだろう。それも、思わず腹立たしくなるような相手と。となると、態々聞かなくても見当は付く。

「コンクール、楽しみにしてるよ。良い演奏をね」

「聴衆に恥じない演奏を心がけるのは当然だ。だが……ありがとう」

詳しく聞くような真似をすれば、互いに嫌な気分を味わう事になる。余計な事を言うつもりは無いし、元々そんな風に気を回せない。だから、思ったままの事を伝える。ただそれだけ。自分の志すジャンルで有名な母親をもった事を不幸だとは思わないけれど、七光り的な扱いを受けるのは……正直、堪らなくなる事もあった。彼の母親は現役なのだから、私以上に不愉快な思いをしているんだろうな。

■□■□■

昼休みになってもイマイチ気分が乗らないのは、多分、噂話の所為だ。本命は誰だとか、参加者の選抜には疑問が残るとか。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。そんな雑音から逃れるようにして森の広場へ行けば、片隅にあの子が居た。

「とにかく俺は出ないからな!」

一緒に居るのは――――土浦君?何だ。二人とも知り合いだった……にしては、どうも様子がおかしい。そのまま近付いて声をかければ慌ててどもる二人と、その間で抗議の声を上げる妖精が一……匹?

「おお!久し振りなのだ。やっと我輩を見てくれたのだな、!」

その瞬間、二人の視線が救いを見付けたように飛んできた。正直、驚いたのは私もだったんだけど……。この状況で妖精が見えるのかと問われれば、そんなものは見えないと言ったところで信用されないだろう。

「お前はいつも、我輩の事が見えない振りをしてきた。酷いのだ……」

まったく――訳が解らない。何度か見かけた事があるだけの妖精に難癖を付けられ、今朝初めて会ったばかりの子はオロオロするばかり。何があったのか、見知った後輩はやけに不機嫌。

「はぁ……。解るように説明して欲しいんだけど」

呆れて零したその言葉で、その日の昼休みは潰れてしまった。日野さんの諦めと、土浦君の自棄とも言える決断。しかも彼の、こいつにもお前が見えるみたいだが?という一言で、何故か私までがコンクール参加者として追加されるという決定を残して……。

■□■□■

コンクール担当教師が金澤先生だと聞いた時には、何の因果だろうと思った。それでも直談判に行ったのに、結局それも無駄に終わってしまった。仕方無しに音楽準備室を出て、校門へ。途中で会った和樹君に話す気にもなれなくて、ただ家へ帰ろうと足を動かしていた。でも……。ふと妖精像の前で足を止めると、キラキラと輝く光の粉が夕日に滲んでいるように見える。その中心に浮かぶ、自分勝手で強引な上にやたらと陽気な妖精と一緒に。

「満足そうだね。リリ……だっけ?」

忌々しさを隠し切れないまま声をかけたら、初めて見た時のように反り返る。お前は満足ではないのかという問いにどうしてそんな事を聞くのかと返せば、返ってきたのは意外な言葉だった。でも、それは強ち間違っていないんだと思う。確かに私は、この転機を喜んでいたのだから。

「出る以上は頑張るよ。少なくとも、後悔しない程度にはね」

ザッと目を通したプリントに書かれていた、演奏順とテーマ。それを念頭に、何を弾こう?どう編曲しよう?なんて考えていた。学内コンクールなら私の母を知る人が聞きに来る事もないだろうし、自分の力量を知りたいという思いもあった。何より……あの人と同じ舞台を踏む事が出来る。偶然とはいえ、そのチャンスを棒に振るのは惜しかったんだ。

■□■□■

お前は音楽が好きだ。音楽を愛しているのだ。だから幼い頃、お前は我輩を見た。それは紛れも無いジジツなのだ。お前がこの学院へ通うようになった時、我輩達を見ずに過ごし始めた時。我輩、とても悲しかったのだ……。音楽の祝福を受けた筈の人間が、音楽によって苦しんでいると知ったからな。

だが、今こそそれを正すのだ!

。コンクールで演奏する事で、昔のように心から音楽を愛し、楽しむ事を思い出して欲しいのだ。それは、きっとお前の幸せに繋がる。だから頑張って欲しいのだ!

「学内コンクール、か……」

人は、いつまでも子供のままではいられない。けれど、その頃の思いを忘れてしまう訳じゃない。もしも私が、子供の頃のように音楽を楽しむ事が出来るようになれば。その時には、この蟠りも消えるんだろうか?出窓に座って月光を浴びながら、そんな悠長な事を考えていた。



     

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コルダ2アンコールf、やはり出ましたか。
衛藤も出している以上、更に先が長くなる事は間違いありませんね。
くー……頑張らねば。





橘朋美







FileNo.003 2009/7/12 ※2010/10/14修正加筆