paraphrase
0
-2



ピアノ専攻で、腕は確かだけどコンクールの類には出ない。音楽科の生徒なのに女バスのレギュラーで、何事に関しても適当なくせに結果は不思議と良い。それが高校三年生になった私、の風評。適当イコールいい加減って訳じゃないんだけど、他人から見ればそんなものなんだろうな。他の事だって事実だし、聞かれもしないのに態々説明したいと思うほど暇じゃない。ずっとそんな態度で過ごしていたら、いつの間にか一人で居る事が多くなった。

「おはよう!ちゃん」

そんな私にも、気兼ね無く接する事の出来る友達は在る。その内の一人が、入学当初に知り合った彼。ま、和樹君の場合は殆どの人間が気兼ねなんてしないんだろうけど。おはようと挨拶を返せば、間髪入れずに次の言葉が飛んでくる。

「ねえ、掲示板見た?おれもう嬉しくって!」

さっきまで外に居たから見てないんだけど、何かあったの?と尋ねれば悪戯っ子みたいに微笑んで、掲示板、見ておいでよ。おれ今から金やんのとこに行かなくちゃいけないんだ。一気に答えて走り出す。ホント、いつも元気が有り余っているみたい。


■□■□■

授業が終われば、直ぐに教室を出る。隣の教室で女子に囲まれている友達に声をかけられたり、購買に向かう和樹君に転ばないように注意したりしながら。ああ、そういえば掲示板を見ておいでって言われていたんだ。昼休みの廊下はいつにも増して賑やかで、自然と人垣から聞こえる会話に耳を傾けていた。

「学内コンクール〜?まあ、俺達には関係無いよな」

「そうだな。でも、普通科からも参加するヤツがいるみたいだぜ」

どうやら、学院の名物とも言われる学内音楽コンクールの参加者が決定したらしい。数年に一度、不定期に開催されるとは聞いていたけれど。今回は、一体どんな人達が出るんだろう?立ち位置をずらして張り紙を覗けば、見慣れた名前が幾つかある。ああ、そうか。出場者に選ばれて大喜びしていたんだ。普通科でコンクールってのは……へえ、女の子か。よっぽど巧いんだろうな。

「誰だろう?この普通科の子」

「さあ?私も知らな〜い」

それにしても、まさか卒業するに前コンクールが開催されるなんて。……運が良いのか悪いのか。ま、自分が出る訳じゃないんだから楽しめば良いか。今日は天気も良いし、派手な気分になれる歌を歌いたい。屋上へ向かう足で、そんな暢気な事を考えていた。明日には珍騒動に巻き込まれるなんて事、思いもしないで。

■□■□■

「やあ、こんにちは。ちゃん」

月水金とオケ部の練習に顔を出すのは、大学に入った頃からおれの習慣になってる。モスグリーンのスカートを翻して校門前を走り抜けて行く女の子に短く挨拶すると、嬉しそうに駆け寄って来る、おれの後輩。

「こんにちは!王崎さん。今日もオケ部の指導ですか?」

彼女と知り合ったのは、もう三年以上も前。おれが学内コンクールに出場するって決まった直後の事だった。あの頃よりも随分大人びたけれど、その言動は変わらないまま。

「うん。君は?随分急いでいたみたいだけど、部活に行くところだったのかな?」

彼女がおれの後輩だった時間は存在しなくて、オケ部に所属している訳でもない。知り合ったのも、学院じゃなかった。だからいつも思うんだ。人の縁というものは不思議なものだって。

「ええ。あ、そうだ。オケ部のみんな、今頃大騒ぎだと思いますよ。じゃ、また!」

大騒ぎの原因を聞く暇も無いまま、走り去る彼女に手を振る。本当に変わらないな。元気なところも、綺麗に笑うところも。まるで娘の成長を見守る父親みたいだなんて考えながら、おれはオケ部へ向かった。

■□■□■

部室で着替えてまたダッシュ――でも、やっぱり間に合わなかったみたい。

「こら。遅いよ、

桜館から正反対にある体育館までって、結構時間がかかるんだよね。私以外の部員は全員が楓館からだから、どうしても遅れがちになってしまう。ごめんごめん、途中でOBと会ってさ。そそくさとウォーミングアップに加わりながら謝ると……。そういえば、音楽科はよく卒業生が来てますよね?なんて、新入部員が口にする。話題の切り口としては、ありふれた一言。

「先輩のアドバイスは貴重だよ〜、色々とね」

私がバスケを始めたのは、父の影響を受けたからだと思う。スポーツマンで社会人バスケの選手をしていた事もある父は、私にもスポーツ選手を目指して欲しかったらしい。残念ながら、私は運動よりも音楽に興味を持ってしまったのだけれど。水泳やマラソンは体力作りに良いと言って教えられ、庭にあるゴールポストを使って1on1で遊んで育った。私の指の力が強いのは、その所為かもしれないって先生が言っていたっけ。

「マンツーマン、一年生は三年生とペアで!一時間後に交代で試合ね」

音楽科の生徒がバスケ部に入部届けを出した。ただそれだけの事で、入学直後から私はいきなり変人扱い。担任やクラスメイトに散々言われたな。指を痛めたらどうするつもりだって。そりゃ怪我をするのは遠慮したいけど、小学生の頃からバスケ部だっていうのに。本当は……今度こそ、水泳部に入るつもりだった。けど、中学卒業と同時に先生とのレッスンを止めた以上、出来る限りの時間をピアノの為に使いたかったから。

「よし、じゃあカットからやろうか」

妥協案とはいえ、もう諦めたくないんだ。

■□■□■

森の広場を抜けて校門へ向かえば、運動部の部員達が同じように歩いていく。夕焼け色の空にお疲れ様と言う声が行き交って、今日も学校での一日が終わるんだって気がする。少しだけノスタルジックな雰囲気に浸る瞬間、それをぶち壊す呼び声が……。

先輩!」

あっという間に追い付いて横に並ぶ影。流石はサッカー部、足の速さは伊達じゃないんだなー。なんて思いながら返事をする。こんな風に声をかけてくる事は珍しいから、つい……ね。

「お疲れ様。何か面倒事でもあったの?」

何でそうなるんだ?とか何とか、ぶつぶつ言いながらも用件を話す君。学科も違うし、部活も違う。親同士が知り合いでも無ければ、ご近所さんでもない。それなのに縁があるのは、凄く不思議な気がする。

「……って事なんだ。そっちの部長にも伝えておいてくれ」

もう少し早ければ直接部長に伝えられたのに。なんて言っても仕方が無い。了解、伝えておくよ。と返事をすれば、サンキューというお礼の後に雑談が始まる

「んー…まあ、それなり。夏には引退だし、もう少し調子を上げたいトコなんだけどね」

校門前から緩い坂道を下って、大きな交差点に差し掛かるまで。時間にすれば数分のお喋りは、大概お互いの部活の事。私達には共通点なんて無いから、自然とそうなってしまうんだよね。でも、音楽科の生徒とは部活の事なんて話さないから……それが楽しい。

「じゃあな。さっきの件、頼んだぜ」

返事をしてじゃあねと手を振りながら道を折れれば、沈む夕陽が街並みを照らす。明日は小テストがある曜日だし、練習は少し復習してからにしようかな。今日は何を弾こうか?なんて考えながら家路を急ぐ。そんな平凡な毎日が終わりを迎えたのは、翌日の事だった。



     

************************************************************

さて、そろそろ前置きは終わりにしないと。先へ進めませんねぇ。





橘朋美







FileNo.002 2009/5/26 ※2010/10/14修正加筆