あの年の夏、私は酷い怪我を負っていた。それが癒え、闇守一族の行方を捜そうと決意した時。力になってくれたのは他でもない。まだ日の昇る前の空に薄く残る月と、兄上だけが私を見送ってくれた。互いに蟠りがある事を承知していて……それでも尚、あの人は優しかったのだ。
そして数ヵ月後。漸く邸に戻った私を待っていたのは、血の繋がらない兄弟との再会だった。戻って間も無い私を供に兄上が向かったのは、清盛の元。そして、そこに居たのは――三年以上も離れ離れになっていた弟。清盛の庇護を受ける事になった将臣と、重盛の養子である私。それが兄弟だと知った時、兄上がどんな心境だったか。
その後。平家に関わらない自分の手勢を得た私は、それを利用し、少しでも多くの情報を集める事にした。この世界に居なかった筈の人間が二人に増えたのだ。それも、平家の中枢に関わる事になる位置に。それが私の知る歴史にどれ程の影響を及ぼすのか知りたくて。けれど情勢に大きな動きは無く、歴史どおりに清盛が亡くなった。そしてこれから戦が起こると知っている以上、いつまでも闇守の里には居られなかった。
平家に戻った私が兄上に告げられたのは、出来れば避けたかった事態――将臣の参戦。それは平家に世話になっている以上、避けられない事。それは東国、墨俣の戦い。軍の編成は大きく二つに分かれ、将臣は重衡によって私の部隊に加えられた。将臣の初陣。負ける要素は無く、兄上の隊とも合流して無事に京への道を辿っていた時。兄上の一言で、既に私達の仲は修正出来ない所まで壊れているのではないかと感じた。
『あなた方お二人は、私より余程優れた武将なのですね』
そう言ういつもの困ったような寂しい微笑みに、辛さが滲み出ていたから。
◆◇◆◇◆
京へ戻れば、また戦に備える日々が待っている。気を抜いている暇は無いと思っていた。勿論それは間違いではなかったけれど……。私達を待っていたのは、それだけじゃなかった。甦った清盛と、将臣との諍い。闇守の里にまで来た刺客。男のなりをしている私は、将臣とよく似ていた。その所為で、どちらも殺せば良いと判断された時……先に斬られたのが将臣だ。その刺客を放ったのが兄上の腹心だと知った時、私は腹を括った。たとえ父上に恩を受けていようとも、兄上の立場を悪くしようとも。これ以上、犠牲を増やしはしないと。
私がその刺客を放った人物を斬った後。清盛の厳命によって、この時から将臣の立場は確固たるものになった。平家の棟梁、清盛の賓客。太刀を手に、平家の為に力を尽くす者。少なくとも平家に居る以上、将臣の身の安全は保障される。私のした事に対する褒章は、それだけで充分だった。どこに居ても刺客に気を張る日々を、多くの者達に受け入れられずに過ごす。そんな目に遭うのは、私だけで充分だろう。
けれど、それによって兄上の立場は悪くなってしまった。少なくとも、私には兄上と争うつもりは無いというのに。元より数えるほどしか会った事の無い六代殿の顔を見る事も無くなったのは、この時からだ。そして翌年の春、軍を脱走した兄上が――那智へ身を投げた。私の目の前で。
◆◇◆◇◆
それまで何も言わずただ話を聞いていた六代殿が顔を上げ、私を見詰める。まだ幼い子供に聞かせたい話ではなかったけれど、それを望んだのはこの子だ。だから私は、何一つ隠さず……ありのままを伝えた。
「聞くのが辛ければ……話すのを止めましょうか」
そう言ったのは、私としても聞かせたい話ではなかったからだ。特に、この先の事は……。
「……いいえ。続きを――聞かせて下さい、殿」
兄上とよく似た顔、潤んだ大きな目。食い縛るように結ばれた唇、胸の前で握り締められた両の手。それでもこの子は、父親の事を知りたいと望むから。
「解りました。ならば全てを話しましょう。私の知る、兄上の事を」
私の横で、膝を抱えるようにして座ったまま小さく頷く。その前で蹲る山羊に目を移して。
「はい……」
泣きたいほど悲しいのだろうか?それとも私を憎いと思っているのだろうか?六代殿が何を思っているのか判らないまま、私は話を続けた。

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(壁紙:WhiteWind/星田さま)
かなり短いですが、二節はこれで終了です。
次節からは、惟盛が怨霊として甦った後の話。
橘朋美
FileNo.114_02 2009/11/25 ※2010/10/10修正加筆 |