『将臣、誕生日おめでとう』

いつも俺の一歩前を行くお前が、俺から離れる事なんて無かった。

『ああ、サンキュー。お前もな』

去年まではずっと目の前に居たってのに、今年は――。



恋慕の胸中



俺達は双子で、赤ん坊の頃から傍に居た。いや、正確には生まれる前からになるのか。ガキの頃からずっと。望もうと望むまいと、傍に居るのが当たり前だった。多少の違いがあっても、進む速さと方向はいつも同じ。お互い手の届かない位置に居るなんて、有り得なかったんだ。つい半年前までは。俺がここへ辿り着くまでの間に、お前は先へ進んだ。進むしか、無かった。何度誕生日を迎えても隣に並べない、そんな所まで。

◆◇◆◇◆

いつからだったか……毎朝扉越しに声を掛けられるようになったのは。遊び部屋と勉強部屋、寝室だった部屋を一人ずつに宛がわれて、それからか。

「将臣、早く起きないと先に行くよ?」

ノックの後に聞こえるのは毎朝同じ言葉で、俺の返事も毎回同じだった。扉の向こうで階段を下りる音が小さく聞こえると、ぼんやりした頭で伸びをしながら起き上がる。そんな毎朝だった。

「――んん?ああ……直ぐ行くって」

遅刻しない程度の時間を見計らったみたいに毎朝同じ時間に繰り返される儀式みたいな遣り取りが、誕生日だけは違った。ノックの後に続く言葉は俺の真上で聞こえて、時計を見れば六時ジャスト。夏休み半ば頃。盆休みが絡んでも始終仕事で飛び回ってる親達が家に居る事は珍しくて、誕生日には兄弟三人ってのがお決まりのパターンだった。それがあの時、あの場所で逸れてから変わっちまった。現実には在り得ないような変り方で。

「将臣、誕生日おめでとう。……で、何を?」

これまでとは違い過ぎる誕生日の朝。いい加減見慣れた姿のから告げられた言葉。

「見りゃ判るだろ?!」

俺の返事も、これまでとは違ってた。これ以上離れてしまわないように。お前を見失わないように。ただそれだけの為に、必死だった。

『次の戦――――将臣を、連れては行けない』

が何を考えているのか、それぐらい解らない訳じゃない。あいつなりの配慮だと解っていても、その言葉を撤回させる。どこかでケリをつけなきゃいけないんだ。あいつ等の事も、俺自身の事も。ギリギリまで諦めたくない。それだけの事だった。その期限が、偶々今日になっちまった。

「約束、忘れんじゃねえぞ」

「当然」

漸く馬に跨って交わした言葉と表情は、これまでで一番他人染みたものだった。

◆◇◆◇◆

この世界に流された次の日、夢を見た。最初は半信半疑だったが、何度も繰り返される内に疑いようが無くなった。夢の中での遣り取りは夢じゃなく、確実に近付いているんだと。けど、それから暫くしてに会った時。俺は目を疑った。俺にとっての何日かがにとっての数年だったなんて。そんな事、誰が思う?大人びた雰囲気、伸びた背と髪、男の格好。どれだけ変わっていても、俺が見間違う筈がない。あいつがどれだけ人違いだと言っても。夢の中では、いつもあの時のままの姿だった。だから、危険な目に遭う前に見付け出したいと思ってた。それが間に合わないなんて思いもせずに。俺が来るまでに何があったのか、は滅多に話さない。かといって、俺から聞ける筈もない。戦の続くこの世界に放り込まれたが、平家の武将として生きてきた。元の世界に居た頃には想像も付かなかったような生き方をしてきたって事ぐらい、聞かなくても判る。自分が生き延びる為に他人を傷付け、時には殺す。そいつは決して褒められる事じゃないんだろうが……だからって、それを誰が責められる?ここは、そういう世界なんだ。自分が生き延びる為なら、俺もと同じ事をするだろう。

「大体、カッコつかねえだろ」

「何?」

「別に?何でもねえよ。まだ着かないのか?」

いくら経験の差があってもに守られなきゃ生きて行けないなんて……。そんな状況、情けねえだろうが。

◆◇◆◇◆

漸く辿り着いた山の麓で、やけに真剣な顔で告げられた勝負法に拍子抜けする。ガキの遊びと変わらない……いや。規模のでかい真剣勝負の鬼ごっこだな、こりゃ。しかし、随分とハンデをくれたもんだぜ。

「将臣が山に入った半刻後、二人が後を追う」

「お前は見学か?」

「私はずっとここに居る。将臣が一人で無事戻れるかどうかを確かめる為に」

俺が勝つ方法は二つ。あいつ等から逃げ切っての所へ戻るか、陽が落ちるまで無事に逃げ切るか。

「動けなくなるような怪我をしたらゲームオーバー」

「だろうな」

「致命傷になる箇所に矢を受けてもゲームオーバー」

細工済みの矢は、防犯用のカラーボールと同じだとか言ってたな。線が付くのは良いが点が付くのは駄目、か。点が付けば、致命傷ってか?要は当たらなきゃ良い。

「『参った』と言った人間は、その時点で戦線離脱」

「誰が言うかよ」

「ふふ、そう願いたいものですね」

「クッ。どこまで保つやらな」

ずっと黙っていた二人の笑い声に釣られて顔を見れば、どっちも目だけは全然笑ってなかった。

◆◇◆◇◆

馬で逃げ切れれば儲けもの。ま、そう簡単には逃がしちゃくれねえだろうが。少しでも距離を取って、隙を衝いて戻るのが妥当だろうな。伊達に半年も扱かれた訳じゃない。あの二人から日暮れまで逃げ切るってのは無理だ。参ったと言わせるのもな。上へ上へと進んで川を渡り、方向が判らなくなる前に馬を放した。付け焼刃がどこまで通用するかなんて知ったこっちゃねえ。後は邪魔な狩り装束を破り捨てて、麓を目指して歩くだけだ。

「とっとと戻らねえとな」

碌に風も吹かない蒸し暑い山の中。鬱陶しいぐらいに鳴く蝉。馬じゃ通れないような崖を伝うように歩いて、それが途切れた所に隠れた。そこから見下ろしながら思う。逃げる事すら難しいままじゃ、俺はあいつの傍には居られないんだと。これから戦が起こる。それが平家を滅ぼす為の戦なら、俺達も無関係じゃいられない。この世界に来たが平家に拾われて、武将として生き続けてる。世話になったという、重盛との約束を果たす為に。だったら俺も、俺達を拾ってくれた平家で生きるまでだ。

「ま、もうちょっと鍛えないと拙いだろうけどな」

太刀を持って戦に出る。その戦に勝とうが負けようが、生きて帰る為には戦わなきゃならない。死なずに戻る為に。譲と望美もこの世界に居るかも知れないんだ。あいつ等を見つけた時の為にも、少しでも強くならなきゃ駄目なんだ。それが人を斬る事だとしても、それで生きていけるのなら。腹這いのまま、崖の下を過ぎる二人を見送って何時間か経った頃。太陽の色が濃くなったのを見て、麓へ走り出した。命懸けの鬼ごっこを勝ち抜けるって事を証明する為に。

◆◇◆◇◆

「お帰り、将臣」

「ああ、戻ったぜ?」

少しだけ笑うお前を見て思う。離れたくない、と。知らない間に大人になっていたお前を見て感じるこの思い。恋慕と言うのはおかしいんだろう。俺達は――兄弟なんだから。

「疾風を放した?」

「ん?ああ、あの馬なら放したぜ。拙かったか?」

苦笑いを浮かべながら大丈夫だと言うは、朝とは違って昔のままのだった。俺の考えてる事なんて、少しも気付いちゃいないだろう。

「疾風は誕生日プレゼントのつもりだったからね」

「はあ?」

「戻って来るよ、主の元へ。利口な奴だから」

完全に陽が落ちる頃。呆気に取られた顔で俺を見る二人が疾風を連れていた。あれだけ苦労して乗ったのが嘘みたいに、帰りは大人しく俺を乗せる。の馬、迅雷の兄弟馬だという疾風を駆って、どう言ったら良いのか判らない思いは胸の中にしまい込む。今はまだ、余計な事を考えたくない。ただお前と一緒に戦って、生き延びる。それだけで良い。そうとしか出来ないのが、今の俺達なんだから。



     

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(壁紙:薫風館/杜若さま)

「思慕の背中」と同じ状況、京で迎えた初めての誕生日です。
もう1本、主人公編は将臣編の別視点になっています。
次回の番外編更新時に。





橘朋美







FileNo.106 2007/8/10 ※2010/10/9修正加筆