『譲、誕生日おめでとう』

その一言で、少しだけ追い付いたような気持ちになれたのに。

『ああ。ありがとう、姉さん』

今年は素直にそう言えない自分が、もどかしかった。



思慕の背中



俺は、子供の頃から追い掛けているんだと思う。姉さんと、兄さんを。どうしようもない事だと解っていても、追い付きたいと願う気持ちは年を追うごとに大きくなるばかりだった。そんな俺が、誕生日を迎える度に同じ年になる。一ヶ月にも満たない間だけ、姉さんや兄さんと同じ年に。ほんの短い夏の間だけ、二人に少し追い付けたような気分になっていたんだ。

◇◆◇◆

子供の頃からの習慣っていうのは、不思議なものだと思う。部屋を出てすぐだったり、階段を下りてすぐだったり。朝一番に顔を合わせた時、姉さんが口にする言葉。

「おはよう、譲」

それは正月だろうとクリスマスだろうと変わらなくて、一年に一度だけ違うものになる。その時以外は、俺の返す言葉もいつも同じものだった。

「おはよう、姉さん。兄さんは……まだ寝てるのか」

そんな毎日が終わりを告げたのは、半年以上も前の事。俺と先輩、姉さんと兄さん。みんな同じ世界に来ていたのに。あの時。あの激流に呑み込まれて、離れ離れになってしまって……。久し振りの再会は、つい最近の事だ。熊野水軍の協力を得る為に京から熊野まで来て、宿泊先の民家に先輩が連れて来たのは二人の男女だった。確かに面影はあったけれど……信じられなかった。その二人が、見違えるほど大人びた姉さんと兄さんだなんて。けど、間違う筈が無い。信じられないんじゃなくて、信じたくなかったんだ。

「譲、誕生日おめでとう」

そして今。まだ見慣れない姉さんから告げられたのは、年に一度の言葉。その一言で、今日が自分の誕生日だと知った。

「えっ、今日?だったのか」

この世界にはカレンダーなんて無くて、誕生日を祝う習慣も無い。そんな状況でもなかったから、考えた事すら無かった。

「ま、忘れてても仕方ないだろうな」

この世界に来てからも、二人は毎年誕生日を祝っていたんだろうか。同じ日、同じ時に生まれた事を……毎年二人で。

「今日は朔と望美に任せてのんびりしろってさ」

「先輩達が?」

「しっかし、兄弟水入らずで出掛けろって言われてもな」

確かに、この世界では俺達が居た世界のように遊びに行くような場所はない。それに……姉さんは七年、兄さんは四年近くも年を重ねてしまった。ずっと追い付けなかった二人が今では更に遠く感じてしまって、兄弟水入らずと言われても、どこか他人事のように思えてしまう。見た目は変わってしまったけれど、ふとした時に見せる表情や仕草は間違いなく姉さんと兄さんなのに。一人だけ変わらないままの俺は、どうしても疎外感を感じてしまうから。

「特に行く所も無いし、そんな気を遣わなくても良いよ」

だからそんな風に返すしかなかったのに。結局、景時さんや九郎さんにまで勧められて、三人で市へ行く事になってしまったんだ。。

「譲君。明日は別当と会う手筈になっていますから、あまり遅くならない内に帰って来て下さいね」

弁慶さんには念を押されたけど…。宿を出て、いつの間にか二人の後ろを歩いている自分に気付いた時。あの悪夢を思い出していた。

◆◇◆◇◆

大勢の兵達が取り巻く中心に居るのは先輩と兄さんで、離れた場所には俺と姉さんが居て。兄さんの太刀は先輩に向けられていて、姉さんの太刀は俺に当てられていた。先輩と兄さんが何を話しているのかは聞き取れなくて、姉さんは――。ずっと前、姉さんが家出した時と同じような酷く冷たい声をしていた。

『弓を下ろせ。殺されたくなければな』

ただその一言だけを俺に告げて、兄さんを止めてくれと頼む俺の言葉には耳を貸してくれない。冷たく濡れた刃と敵を射殺すような視線が外された後、姉さんは兄さんを追って行ってしまう。何度叫んでも、振り返らずに遠ざかって行く二人。俺一人だけが、その場に取り残されて……。

『行かないでくれっ!!姉さん!兄さん!』

悪夢はいつもそこで終ってしまう。夢の中で叫んだ自分の声に驚いて、汗まみれになって目が覚める。何度も何度も繰り返され、鮮明になっていく悪夢から。

◆◇◆◇◆

「顔色が悪いね、譲。将臣、この辺りで少し休もう」

「え?」

「そうだな。こっから下りれば河原に出られそうだぜ?」

気が付けば二人に促されるような形になっていて、俺は仕方なく河原で横になっていた。夏とはいえ、河原の木陰に吹く風はひんやりと心地良くて……。いつの間にか眠ってしまった俺が見た夢は、あの悪夢だった。――だけど、そこには叫び声に振り返った二人が居た。

『譲、あんたは望美を守って』

『俺は平家とを守る。お互い、それで良いだろう?』

俺たち以外誰も居ない海岸で、それだけを言い残して。何も言えずに立ち尽くした俺は、いつまでも二人の背中を見ていた。まるで、それが永遠の別れになるんじゃないかと思いながら。それでも、それを覆す事は出来ないと解っていたんだ。

『姉さん……、兄さん。俺は――』

二人の進む道は俺には辿れないもので、俺の進む道と交わる事もなくて、それを途切れさせない為に何かを決意していた。悪夢の中で見付けた、小さな希望だけを胸に。

◆◇◆◇◆

「……ったく。二人揃って暢気に寝てんじゃねえよ」

目が覚めた時、真上から見下ろす兄さんが居た。その言葉に辺りを見渡すまでもなく、俺の隣では姉さんが寝息を立てている。

「ごめん、兄さんは起きていたのか」

「幾らなんでも俺まで寝ちまったら拙いだろ。が起きたら帰るぞ」

「ああ、判った」

「そうだ。これやるよ。俺とからだ」

そう言いながら兄さんが差し出したのは、どう見ても小振りの刀だった。帯を解いてみると鍔に小さな石が括り付けられていて、チャリチャリと涼しげな音がした。

「お前にも必要だろうって。――がな」

「姉さんが?」

「ああ。で、その石は御守りだって言ってたな」

青と赤と緑の小さな音を立てる御守り…か。子供の頃、何かを買う時は同じ物なら色違いにと。母さんが選んだのは、いつもその三色だった。

「俺達も、同じもんを持ってる……兄弟揃ってな」

「御利益あるよ?長年生き抜いてるからね」

いつの間に起きたのか、寝転んだまま視線だけをこっちに向けてる姉さんとからかうように笑う兄さんは、やっぱり昔のままの二人で。

「ありがとう。大切にする」

今朝とは違って、素直にそう言えた。いつか、離れ離れになる時が来る。元の世界だろうと、この世界だろうと……確実に。それでも、俺達が兄弟である事には変わりない。一緒に居られなかった時間があったとしても、それは同じで。

「さてと。んじゃ、帰るとするか」

「そうだね。譲、行くよ」

そう言って歩き出した二人を追い掛けて、その背中を眺める。こうして思慕に駆られながら。追い付く事が出来なくても、せめて見失わないように。



     

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(壁紙:十五夜/ちゃちゃ様)

譲の誕生日SS。ぱっと思い付いたネタを使ってみました。
本編はまだここまで進んでいませんけどね。





橘朋美







FileNo.105 2007/7/17 ※2010/10/8修正加筆