自分の行動が招いた結果は、最悪のものになるところだった。声を掛け、頬を叩こうと何の反応も示さない敦盛を抱き抱え、最期を看取るつもりでいた。それを覆したのは、会わせる事は叶わないだろうと思っていた張本人。

「病人を連れ回すのが平家の療養法なのかい?」

「私が敦盛を連れて来たかっただけだ」

「敦盛があんたの酔狂に付き合えるような状態じゃないって事ぐらい判らなかったのかよ?!」

自分の友人を蔑ろに扱われた事で怒りを露にしている少年は、烈火の如く。理由を説明しようとは思わなかった。敦盛の望みは、きっと叶えられたのだろうから。意識を失っていようとも、ここは敦盛の思い出が眠る土地なのだから。

「敦盛は容態が落ち着くまで預かる。あんたには任せておけないからね」

「それは構わないが、敦盛を連れ帰るのが私の役目だ」

「帰るかどうかを決めるのは敦盛だろ?帰りたきゃ、あんた一人で帰りなよ」

ここに着いてから、何故か敦盛の容態は安定した。微かに呼吸を繰り返していた筈が穏やかな寝息に変わり、安静にしていれば容態も落ち着くだろうというのが薬師の見解。出来るなら、ここに留まらせたい。ここが熊野ではなく、私達が平家でなければ。

◆◇◆◇◆

優しく静かな風を感じていたように思う。とても心地の良い……懐かしさを感じながら。私が目覚めた時。最初に目にしたものは、記憶に残る姿より大人びた友だった。やはり再び会う事は叶わず、黄泉路を辿ったのだろう――そう思っていた。

「よう、敦盛」

「っ?!……ヒノエ、なのか?」

「他に誰がこんな顔してるんだよ?」

「何故――。ここは一体……?まさか…」

「本宮か田辺に連れて行った方が良いんだろうけどな」

見渡せば、見覚えのある品に囲まれていた。幾年前、確かに暮らしていた邸。山の中から海を望む事の出来る……懐かしい、思い出の残る土地。幼き日々を過ごした熊野のあの邸に、何故。

「ヒノエ、私と共に……その…」

「ああ、あいつなら対の屋を使ってるぜ」

「そうか。あの方に、私は無事だと伝えてくれないか」

「は?平家の猛将、羅刹童子がお前を攫った張本人なんだろ?」

「何故、羅刹殿の事を……いや。だが、私は攫われた訳ではない」

が私を連れ出したのは……兄上が態々見送りに来て下さったのは…。私を慮り、せめて熊野でと――そういう事だったのだろう。私はいつも御二人に慈しまれ、何の役にも立てずに甘えてばかりなのだろうか。

「どういう事だよ?あいつは自分が連れて来たかっただけだって言ってたぜ?」

「だが、兄上も見送って下さった。行き先を知らされてはいなかったが、攫われたわけではない」

「何だよそれ。じゃあ、あいつの言った事は嘘だったのか?」

「羅刹殿は何と?」

「自分が敦盛を連れて来たかっただけで、お前を連れ帰るのが自分の役目だってさ」

私が意識を失った後、どのような事があったのか。何故ヒノエがここに居るのか。何故、がヒノエを知っているのか。ヒノエから聞いた話は、その全てを明らかにしてくれた。

◆◇◆◇◆

まったく冗談じゃないぜ。何だってこう面倒な事が次々と。源氏と平家に熊野の三山。争いの収まらないまま時が過ぎているだけでも充分厄介だってのに、おかしな奴等を探ってみれば顔見知りとはね。

「そうか。では、敦盛の容態が落ち着き次第ここを出る」

「待てよ、帰るかどうかは敦盛次第だろ?あんたが決める事じゃ…」

「ここが熊野で私達が平家である以上、長居は無用。違いますか?湛増殿」

「どういう事だよ……あんた、何を知ってるんだ」

「今は大事な時でしょう?平家と熊野が関わったとあれば、ただでは済まない」

熊野を一つに纏め上げる。それを知っている人間は多くない筈なのに、こいつがそれを知ってる?素性の知れない平家の将。名は羅刹童子――平重盛の養い児。平家に潜り込んでいる烏からの情報はそれだけで、二年以上前の事はどんな噂も無い。いきなり降って湧いた者の名を知らしめたのはその戦功で、平家一門でも勇猛果敢と謳われた三将の一人、平重盛に代わる猛将。

「あんたが誰で、どこまで知っているのか……是非教えてもらいたいね」

「名は知っている筈。私が知っている事も判っているのでは?」

「オレを甘く見てもらっちゃ困るぜ、羅刹童子殿」

「軽んじているつもりはない」

「だったら洗い浚い話してもらおうか」

こいつがいくら強くても、武器すら持たない状態でオレ達に敵う筈が無い。五対一での睨み合いが終った時、相手を甘く見ていたのはオレの方だって漸く気付いた。投げ掛けられた言葉に、サイテーの気分を味わいながら。

◆◇◆◇◆

まるで品定めをするかのように向けられていた視線が、短い口笛一つで敵意に変わった。間者としての訓練を積んでいるのだろう男達の数が四つと、それを従える小柄な少年。だけど――太刀は無くとも殲滅する事は簡単。それが出来ないのは、たった一人の為だった。

「敦盛の友人を手に掛ける事は出来ない」

「大した余裕だね。けど、脅してもムダだぜ?」

「はぁ……。ここでは敦盛に知れる。せめて声の届かない場所にしてくれ」

「ふぅん、逃げようってんじゃないだろうね?まあ、逃がしゃしないけど」

「敦盛を置いて逃げるなど有り得ない」

邸の建つ裏、崖に向かう雑木林を通り過ぎようとした時。嫌な気を感じたのは何故なのか、この時は判らずにいた。戦闘直前の緊張感と、傷を負わせずに勝たなければならないという義務感。それがいつもと違う所為なんだろうと思っていた。

「ここなら文句は無いだろ?」

「ああ、構わない」

「やめるのなら今の内だぜ?」

この時代のこの国には珍しいジャダマハルを着けながら、挑発的な言葉を投げ掛ける。敦盛の友人にしてはタイプが正反対の少年。少しだけ私と望美の関係に似ているような気がして、羨ましく思えた。行方の知れない人を探すのと、居場所を知っていても会う事が出来ないのでは、一体どちらが幸せなのか。そんな事を思いながら淡々と続ける攻防が、酷く煩わしかった。

「私は……死ぬ訳にはいかない」

「?!……くそっ」

「誰も殺してはいない。その内気が付く」

「なんで……あんた一体、何がしたいんだ?」

訓練されたというのなら、私も同じ。それが人によるものか、そうでない者によるものか。その違いが能力の差を作っているんだろう。人を相手にした戦闘ならば、何の問題も無かった。そう、相手が人間なら。

「私は……敦盛をここに連れて来たかっただけだ」

「それが本当の事だなんて、誰が信用するって?」

「信じろとは言わない。ただ、邪魔をしないで頂きたい」

「あんたがオレ達の邪魔をしなければね」

「邪魔をするつもりで熊野へ来たのなら、こんな茶番をしている暇は無い」

何らかの力を持つ勢力が動きを見せれば逐一報告が入る。それは、熊野だろうと平家だろうと同じ事。どこの勢力だろうと間者を放ち、間者が潜んでいるのだから。その情報を的確に読み解く事に長けているかどうかが、大きな違い。情報の量、読み解く質、共に長けるのが熊野の烏。平家の得た情報には大したものも無く、歴史を知らなければ気付かなかった。記憶と現実を照らし合わせて導き出された答えは、熊野三山の統一。だからこそ、その渦中にあるヒノエを敦盛に会わせる事は叶わない。そう思っていたのだから。

「だったら、どうして敦盛を熊野へ連れて来る必要があったって言うんだ?」

「ここが、敦盛にとって大切な場所だから」

平家である事、熊野に向かう事、身体が保つかどうか。その全てが危険だと解っていても、そうしたかった。優しく幸せな思い出の場所で、最期の時を迎えられるだけでも充分だと思っていた。出来る事なら、ヒノエに会わせてやりたい。叶うとは思わなかったそれさえも叶ったのだから。私に出来る事は、諍いを避け、敦盛を無事連れ帰る事だけ。

◆◇◆◇◆

春の風を感じられるようになった頃。私の隣には、いつもかヒノエが居た。散策の時も、笛を奏でている時も。六波羅のように華やいだ雰囲気の暮らしではなく、優しく静かに流れ行く日々が続いていた。死して後、再び現世に生まれる事があるのならば――こうありたい。そんな暮らしは、長くは続かなかった。

「判った。御苦労だったな」

「何か、あったのだろうか?」

「あんたにだってさ」

「私に……か」

書状を受け取った途端に厳しい表情に変わった。そして、それを渡したヒノエの表情までもが曇っているのは、何も聞かずして良くない知らせが届いたのだと告げていた。六波羅で何か起こったのか、戦が始まろうとしているのか、私達がここに居る事でヒノエに災いを招いているのか。そのどれでもない事実に、寧ろ安堵した。

「敦盛、本当に良いのか?」

「ああ」

「世話になったな。ありがとう」

「あ、ああ。じゃあ、道中気を付けろよ」

「そうだな。ヒノエ、またいずれ――機会があれば」

「ヒノエ、ありがとう……会えて良かった」

「ああ。今度は酒でも飲もうぜ」

人目に付かない場所まで送ると言うヒノエに幼い頃よく遊んだ雑木林で最後の別れを告げ、来た時と同じ道を辿り、六波羅へと馬を駆る。寒さも和らぎ、暖かな陽に照らされ、遠ざかる風景を目に焼き付けて。最期の時まで、この思いを忘れずにいられるように。

…熊野へ連れて来てくれて、感謝している」

「敦盛…」

「私の願いを叶えてくれて――とても嬉しかった」

「そう。……良かった」

「兄上にも、お礼を言わなければ…」

来た時とは違い、色々な話をしながら六波羅へと辿り着く筈だった。京に入り、休ませる事無く走り続けていた馬を止めた時。が零した言葉は、最悪の事態を告げるものだった。

、どうかし…」

「先に戻って経正に伝えて」

暗闇に紛れて姿を現したのは、何十体もの怨霊で……とても逃げられる距離ではなかった。どれほどが強くとも、怨霊が相手では敵う筈もない。あまりに危険過ぎる策に声を掛けようとした時には、馬を走らされていた。

「戻りなさいっ、一人なら逃げ切れる!」

「な、……うぁっ?!」

離れていく声に振り返る事さえも出来ず、馬にしがみ付いたまま怨霊の群れを通り過ぎる。そこは、辺り一面が瘴気に覆われていた。脳裏に響いていたのは、戻りなさいという言葉。戻って、兄上に伝えなければ……それだけが、私の意識を保っていた。

◆◇◆◇◆

もう敦盛の事を心配している場合じゃなかった。京にへ近付くにつれて熊野で感じた嫌な気が大きくなっている事に気付いてはいたものの、何が原因なのかは見当も付かずにいた。一刻も早く六波羅へと向かう先に、蠢く怨霊が群れを成していた。数体なら未だしも、瞬時には数え切れない程の数で。逃げ切れない――。結論に達した時、より安全な策を執った。私一人なら、戦いながら逃げる事も出来る。けれど、敦盛を守りながらでは無理。ならば囮になれば良い。馬で駆け抜ければ動きの鈍い怨霊は手出し出来ないのだし、乗せているのが敦盛だけなら迅雷の速度も上がる。そう思って鞭を打った。その後、怨霊を引き付ける為に群れの中へ走り出した時。そこに瘴気を振り撒く怨霊が居る事を知った。

「くっ、敦盛……っ」

健常者でも、瘴気に触れればただでは済まない。身体の弱い敦盛がどうなるかなど、考えるまでも無い。漸く体調が落ち着いたばかりの身体で、どこまで保つのか。斬り付けた程度では倒れる事も無い怨霊相手に太刀を振るいながら、逃げる手段を考えていた。私自身が、瘴気に塗れた身体で。

「やるしかない……か」

思うように身体が動かせない以上、物理的な攻撃を続ける事に意味は無い。この世界では闇守の術を使うのは初めてで、の居ない状況で使うのは生まれて初めて。成功するのかしないのか、一か八かの賭けだった。

「水 木 育み 木 火 熾し給う…」

その失敗は死を意味するもの。

「壬葵子丑寅 甲乙卯 辰巳丙丁 午未申」

どちらにしても最後の手段だった。

「炎」

術が放たれた時、身体中の力が抜けていくのが判った。まるで何かに吸い取られていくかのように、急速に。それが何を意味しているのか考える暇も無く、業火に焼き尽くされ灰と散った怨霊の只中に倒れていた。

◆◇◆◇◆

揺さ振られる身体を起こすと、見覚えのある銀の髪が目に入る。馬上で抱き抱えられている事に気付いたけれど、思うように身体を動かす事が出来なくて……漸く顔だけを上向けた。

「漸く、お目覚めか」

「ここは……、敦盛は無事?」

「さあ、な。衰弱が激しかったようだが?」

「邸へ、急いで」

「人の事より、自分の事を気遣ったらどうだ?」

一人では身体を起こすのがやっとの事だった。何故こんな状態になっているのか解らず、あの時に感じた脱力感が原因だという事だけが判っていた。違う世界に居る所為なのか、が居ない所為なのか。それとも――他に何か、原因があるのか。

……お前は何を、した?」

「何?」

「怨霊の群れに何をした。と、聞いている」

「さあね」

「言えぬ、と?」

言える訳が無い。闇守の術は、人に知られざるべきもの。人に知られる事が意味するのは、あちらでもこちらでも変わり無いだろうから。その力を誰かに利用される事があってはならない。――力を持つ者になら、尚更。

「まあ、良い……。何某かの術を用いた、とでも言っておけ」

「そうだね」

「ほう?素直な事だ」

死なずに済んだ事を喜んではいられない。もしまた同じような状況になった時、さっきと同じように倒れてしまったら。誰かに見咎められて、知盛のように受け流す事無く問い詰められ、その力を利用しようとする人間が現れたら。朦朧とした意識で邸の門を潜った時。出迎えた顔は経正のもので、告げられたのは――敦盛の容態だった。



     

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(壁紙:NEO HIMEISM/雪姫さま)

水木育み木火熾し給う=みず き はぐくみ き ひ おこしたもう
壬葵子丑寅甲乙卯辰巳丙丁午未申=じんきねうしとら こうおつう たつみへいてい うまひつじさる
炎=えん
こんな感じの呪を読んでいます。無駄にこういう細かい所に凝る性分なもので。
えーと…微妙な所で終らせました。 後編で終われるように努力します。
これでも熊野の辺りは、かなり省いたんですがねぇ…特にヒノエとの遣り取り。
弟は敦盛メインですからね。機会があればヒノエの短編でも…。





橘朋美







FileNo.103_02 2006/12/2 ※2010/10/8修正加筆