浮き輪とビーチボールは定番!と、望美は大きくてカラフルな浮き輪に揺られながら、スイカ柄のビーチボールを膨らませていた。譲はその横で楽しそうに笑っていて、将臣は、暢気に浮きながら空を見上げている。綺麗な海で潜りたい、と呟きながら。私は、何となく沖に向かって泳ぎ始めていた。修練の癖が付いているのかもしれない。今日は自由に遊べるっていうのに。どれくらい泳いだのか、周りには誰も居なかった。ちょっと離れ過ぎたかもしれない。戻った方が良いだろうな。そんな事を考えながら、ゆっくりと身体を沈めて空気の無い海中を進む。奇妙な音と光に包まれるのは心地良い。あまり綺麗な海ではないんだろうけれど、こんな状況は他では楽しめないから。何度目かの息継ぎに波間へ戻ったら、聞き慣れた声が飛んできた。
「あ、バレた」
「もう!心配したんだよ?また変な人に捕まってるんじゃないかって」
「バレた。じゃねえだろ!んなトコで逸れんなよ」
「全く…姉さん、いい加減にしないと首に縄付けるぞ?!
「隷属させる気?」
「「そういう意味じゃないだろ?!」」
「そういう意味って??」
「く…ふふふっ……望美は解らなくて良いって」
額に手を当てて必死で笑いを噛み殺そうとしても、中々止まらない。こんなに思い切り笑ったのっていつ以来だろう?凄く久しぶりだ。
「面白がってんじゃねえよ……ったく」
「っと、そうだ。先輩、姉さんも戻ってきた事ですし、ビーチバレーやりたいって言ってたじゃないですか」
「あっ、そうだね。ビーチボール使ってやろうよ」
「っ、ふふ……そう、だね」
「いつまで笑ってんだよ…で、どう分かれるんだ?」
「男女で分かれたら、先輩達が不利だろ?」
「うーん……そうだね、ジャンケンで決める?」
「だったら望美と譲が組めよ。俺達の強さ、思い知らせてやるぜ?」
「それじゃ兄さん達が圧倒的に有利じゃないか」
譲……もしかして、望美と同じくらい鈍いんだろうか。せっかく将臣が御膳立てしてるのに墓穴掘って。イマイチ融通の利かない真面目な性格っていうのは、こういう時に損をするんだろうな。
「じゃあ、私と将臣君、ちゃんと譲君?」
「そうなるね」
「ま、好きにしろよ。俺は誰と組んでも良いぜ」
「俺も……それで良いよ」
◆◇◆◇◆
将臣と私は容赦無い。望美は体力的に一番弱くて、譲は精神的に望美に弱い。結果、こうなる事は当然なんだろう。岩陰に座って声援を送る二人とは違い、私達は足跡で消えかけた線を目標にスイカ……ではなく、ビーチボールを打ち返す事に躍起になっている。お互いの性格も災いして、勝負は中々着かないでいた。
「人事だと思って気楽に言って、くれるぜっ」
「ほん、とっ」
「甘いぜ?ほらよ、っと」
「じゃ、失礼!」
「ちっ……あ〜、くそ!!」
ラリーを途切れさせた将臣は、心底悔しそうだ。興に乗れば、いつもこんな感じ。始める時はそうでもないのに、途中からは本気になるんだよね。ニッと微笑みながら将臣を見ると、横からお褒めの言葉が飛んできた。
「やった!ちゃん、凄い!」
「先輩……負けたのは兄さんですよ?」
「うん、判ってるよ。だからちゃんが凄いんじゃない!」
「負けた方のチームが、何か好きな物を奢る約束でしたよね」
「あ……そうだった。将臣君、負けちゃ駄目じゃない」
「途中でバテた奴が文句言うなよ」
「ふふふっ、残念でした」
「お疲れ様、姉さん」
今更罰ゲームに気付いた望美は何だか唸っているけど、別に本気で奢ってもらおうと思っているわけじゃない。
「望美、私が出すから気にしないの」
「姉さんが勝ったのに?」
「そうだよ、ちゃんと私達が出すよ!」
「ま、負けたのは俺だしな。出しといてやるよ」
「じゃ、勝者の権限って事で」
「姉さん、権限って……」
「優勝者の特典?」
「命令だろ?」
ほんの少しだけ声を低くして、口の端を上げて。そ、とだけ言った瞬間。三人とも観念したと思ったんだ。
「拒否権は無し。三人とも黙って奢られる。将臣は敗者だからパシリ。譲と望美は脱落者だから口出し無用。ほら……将臣、全員分ジュース買って来て。私はミネラルウォーター。後は?」
「じゃあ、私はオレンジジュース」
「俺は、ストレートティーにするよ」
「おい、ちょっと待てよ」
あ、まだ観念してなかった。やっぱり将臣はしぶとい。
「拒否権は無し」
「判った。行けば良いんだろ」
表情を抑えて、もう一度言ってみたら、漸く観念して海の家へ走って行った。ちょっと強引な手だったかな。
「ねえちゃん、お金出さなくて本当に良いの?」
「そうだよ。自分の分は自分で出すから…」
「脱落者達は口出し無用」
この二人も諦めてなかったのか……。みんな結構こういう事を気にする性質なんだろうな。元々私は他でお金を使う事なんて殆ど無いし、大した額じゃないんだから本当に良いのに。
「でも……そんなの悪いよ」
「悪くない」
「何でだよ?そこまで意地にならなくても…」
「意地になってるのはどっち?四人の中で一番余裕のある人間が出すって言ってるんだから良いでしょう?将臣だって目的があってバイトの掛け持ちまでしてるんだから、余計な事言わないの。さっき言った私のバイトみたいなものは、それなりの利益があるんだよ。高校生じゃ稼げないほどのね。ああ、けど他の人――当然、将臣にも言わないで」
近付いてくる気配に気付いて、無理矢理話を終らせた。けど、それはもう間に合っていないんだとも気付いていた。
「うん、解った」
「……解ったよ。本当に頑固だな」
「解れば宜しい」
直後、飛んできたのは声と水。
「!」
キャッチボールでもしてるのかと思うような投げ方。やっぱり聞こえていたんだろうな。かなりご機嫌斜めみたいだ。
「姉さん!」
「危ない!」
勿論、これくらい受け止められない訳じゃない。当然、将臣だって当たるとも思っていないだろう。
「サンキュ、将臣」
「兄さん「将臣君危ないでしょう?!」じゃないか!!」
「何がだよ」
「当たったら危ないじゃない!」
「中身の入ったペットボトルだぞ?!当たれば大怪我してもおかしくない!!」
「信用無いね、将臣」
「みてーだな」
「日頃の行い?」
「それをお前が言うか?」
「ご尤も」
取り敢えず、今ここでどうこう言うつもりは無いらしい。いつ言うつもりなのか……言われたらどう逃れるか。そんな考えは、何故平然としていられるのかという望美と譲の声で掻き消されてしまった。私が日常茶飯事だからと答えれば、将臣はそこまで頻繁じゃないと言う。
「じゃあ、当たり前の事?」
「ま、そんなトコか」
「そうなの?」
「そんなの初めて見たよ」
「昔は外す事も多かったけどね」
「小学生の頃の話だろうが」
「そんなに小さな頃からやってたの?!」
「……信じられないな」
長引きそうな会話に、私はまた終止符を打つべく声を出す。何だか今日は調子が狂う一日だと思いながら。
「もう良いでしょう?咽喉も潤った事だし」
「ああ、そうだ。、釣り」
ヂャラリと投げられる数枚の硬貨も、纏まっていれば落とす訳がない。投げられた硬貨を掴むと、拍手付きで喜ばれてしまった。
「二人とも凄い!」
「確かに凄いけど……二人とも、お金で遊ぶなよ」
「はいはい」
「へいへい」
「ほんと、息ぴったりだね」
「そうですね。兄さん達は、双子だから……」
そんな事は有り得ない。私は……私だけは本当の兄弟じゃないんだから。ただ、お互いに息が合うだけ。何となく、感覚が判るだけ。散々遊んで、お腹が減って、陽が傾き始めたには浜に戻った。三人にバレないように動いてくれるかな?と多少心配しながらの張った結界に近付いていくと、さも駐車場から出てきましたという風で荷物を持って来てくれた。取りに行く車は無いから当然なんだけど、上手くやってくれて良かった。
「じゃあ俺は帰るよ。あまり羽目を外すんじゃないぞ」
「判ってるよ」
「ありがとうございました」
「助かったぜ。サンキュ」
「おかげで助かりました」
「ああ。じゃあ、気を付けて遊んでろよ」
「何それ?」
いつもなら人前に出る事を嫌って極力早く戻ろうとするが……ご機嫌。と言うか、本当に愛想が良い。珍しい。もしかして、台風でも来てるんだろうか?
「妙な虫を寄せ付けるなって事だ。なあ、弟君達」
「余計なお世話だ」
「あなたにに言われるまでもありません」
「ちょっと将臣君!譲君も!」
解った。おちょくって遊んでるんだ。将臣と譲を。荷物番がそんなに暇だったのか……納得。
「ははは、頼もしい護衛だ。じゃあな、」
「ああ、うん。またね」
◆◇◆◇◆
その後。弁当を広げて和やかに夕食を、とはいかなかった。何故か不機嫌なままの将臣と譲。食べるか喋るかどちらかにしなさいって、子供の頃母さんに散々言い聞かされた事を忘れているんじゃないだろうか?
「あいつ、何かムカつくヤツだったな」
「姉さん、本当に信用できる人なのか?」
「悪い人には見えなかったよ。あ。譲君、この卵焼き美味しいね」
「ありがとうございます。まだ沢山ありますから、どうぞ」
「ああ、まあね。あいつも結構変わってるから」
「あいつって……そんな呼び方してんのか?お前が。譲、こっちにもくれ」
「いや?普段は」
「、何て名前の人なんだ?」
「名前が。ん?この唐揚げ、中華風だね」
「ああ。姉さん、それ好きだろ」
「え?そうなの?ちゃんが名前で呼ぶなんて、珍しいね」
「そう?譲、おにぎり頂戴」
「ああ。おかずもまだあるよ」
「うん。私達三人以外の人は苗字で呼んでるでしょ?ちょっと悔しいかも」
「ふふふ……本当に、誰か恋人でも出来たら大騒ぎしそうだね」
朝の会話を思い出してそう言った私に、そんなのまだ駄目だって間髪入れずに返す三人。……いつになったらOKとかあるんだろうか?何だか三人とも、口を揃えて父様みたいな事を言ってる。あの時は、母様が宥めていたんだっけ。もう随分前の事なのに、覚えてる。ここには宥めてくれる人は居ないけど、それでも私は……幸せなんだろう。
「虫が寄る隙なんて無さそう」
「無くて良いんだよ!ちゃんは、まだ誰にもあげないんだから」
「何だそれ。はお前の物じゃねえぞ?」
「そもそも物ですらない。将臣、お茶取って」
「いや、そうじゃないだろう姉さん。先輩、姉さんは女ですよ?」
「ほらお茶」
「そんなの当たり前でしょ?!ちゃんの相手は、私達よりずっと凄い人じゃなきゃ駄目なの!ちゃんより強くなくちゃ駄目なんだよ」
「サンキュ。うん、冷たくて美味しい」
「姉さん「より強い?!行き遅れるぞ?」ますよ?!」
「……っぐ、げほっごほ――っ」
のんびりとお茶を飲みながら傍観しようとしていたら、失礼な一言で咽た。三人とも、私を何だと思っているのか。そもそも、人の結婚相手を自分が決めるつもりなんだろうか?
「わ、大丈夫?!」
「っく、はぁ……。二人とも随分姉思いな言葉だね」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ。でも、事実だろ?」
「あ。ごめん、姉さん。大丈夫か?でも、姉さんだって否定は出来ないだろ?」
「譲君、それフォローになってないよ」
「は敵に回したくねえツワモノだからな」
「そうだな。味方なら心強いだろうけど」
「うん!そうだよね」
「褒め言葉だと思っておく」
私がこの三人の敵になるなんて事は有り得ない。あるワケがない。そう思っていた。普通に暮らしていれば、私のやっている事とは無関係な所で生きていけるんだから。
「褒めてんだろ。そろそろ花火買いに行くか?」
「ああ、そうだな。暗くなる前に戻った方が良いだろうから」
「たくさん買って来ようね」
「そうだね」
夏の夕方は、まだ夕方とは呼べないくらいの明るさだ。それでも陽は西へ傾いていて、確実に今日の終わりへ近付いていく。私の夏休みが終るまで、あと数時間。出来ればこれ以上何事も無く、平穏無事に終って欲しかった。

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(壁紙:PLUS+/coloさま)
ラストが長過ぎて読み辛かったので、全三編だった話を分割して四編にしました。
文章自体は少々加筆しただけで、大して変わっていません。
橘朋美
FileNo.101_03 2006/8/12 ※2010/10/7修正加筆 |