結局、手持ち花火は煙が多いからという理由で少しだけ。殆どが打ち上げ花火ばかりでそれなりに値が張る事になった結果、昼間と似たような事態になってしまった。
「何でお前が払ってんだよ」
「別に良いでしょう?」
「二人とも止めてよ」
「兄さん、落ち着けよ」
昼間揉めたばかりだっていうのに、また揉めるなんて。割り勘にしておいた方が良かったんだろうか?でも……譲や望美は小遣いしか収入が無いし、将臣のバイト料だって高が知れてる。しかもそれを遊びに使っているならともかく、あまり使わないようにしている。何の為だかは判らないけど、貯めているお金を使わせるのは悪いと思うから私が払ったのに。将臣はそれが気に入らないらしい。
「お前等も、何で黙ってに払わせてるんだよ」
「私がそう言ったから」
「何だよそれ」
「譲、花火全部持って。望美と先に行ってて」
「ちゃん…?」
「姉さん?」
不安げな顔をした二人には悪いけど、流石に立て続けじゃ誤魔化せそうにない。将臣は子供の頃から勘が良いから侮れないし、ここでちゃんと話をしておかないと拙い事になりそうだから。
「こんなんじゃ楽しめないからね。将臣が納得したら行く。遅いようなら先にやってて。駄目なら将臣に電話させるから」
「勝手に決めてんじゃねえよ」
「私は携帯を持ってない。こんな状態で待たせた挙句、放って行くつもり?」
「ちっ、解った。譲、望美、先に行ってろ」
「うん……でも」
「判ったよ。行きましょう、先輩」
◆◇◆◇◆
二人になって海沿いの道を歩く。機嫌が悪いのは判っていたけど、更に悪くなるとはね。何も言わずにゆっくりと歩いていたら、数歩先を歩いていた将臣が振り返りもせず訊ねてきた。
「で?どうやって納得させるつもりだ?」
「言いたい事があるのは将臣なんじゃない?」
「…………」
沈黙は肯定だ。にそう教えられたそれは、強ち間違いじゃない。少なくとも、今の将臣には言いたい事が山ほどあるだろう。
「昼間の話、終りがけから聞こえてたでしょう」
「気付いてたのかよ」
当然。とだけ返せば、振り向いた将臣の表情は不思議なものになっていた。怒っているのとは違う。困っているのでもない。悲しいというのも違うような……複雑な顔をしていた。
「何なんだよ、譲と望美には言えるのに俺に言えない事ってのは」
「将臣に言う必要はないと思ったし、二人を納得させる為には必要だったから」
「だったら!……俺も納得させるんだろう?言えよ」
「将臣は甘えないからね」
そう。譲も望美も、ある程度は甘えてくれる。でも将臣は――私に対して甘えない。甘えた事が無い、と言うのが正しいのかもしれない。
「どういう意味だよ」
「譲や望美は私が強く言えば甘える。けど、将臣は甘えないでしょう?」
「当たり前だろ。譲は弟で、望美は妹みたいなもんだ。けど俺は、」
「私には将臣も弟だよ。譲は下の弟で、望美は……末っ子かな」
本当は、そういう事にしておきたいだけなのかもしれない。家族の中に組み込まれた私という存在が、そこに居る為に。姉という立場を確立しておきたいだけなのかもしれないけれど。
「大して違わないだろうが」
「まあね」
「だったら何でお前は甘えないんだよ」
「甘えてる」
「どこがだ?!ガキの頃からずっと……。俺達だけじゃない。父さんや母さんにだって碌に甘えてないだろうが」
「父さんや母さんには、充分甘えてる」
「嘘だ。お前はいつもそうやって壁を作る。何でだよ?!」
「壁、ね」
それを壁と言うのなら、間違いじゃないのかもしれない。自分が何者なのかを知っているからこそ、些細な事で疎外感を感じる。それを覚られない為に、私はポーカーフェイスを続けている。
「違うとは言わせねえ。何年兄弟やってると思ってやがる」
「じき、十六年」
「そうだ。記憶に無い頃を抜いても十年以上、ずっと違和感があった。何度も問い質そうと思った!」
私にとっては十六年間。ずっと父さんや母さんに甘え続けて生きてきたも同然。そうでなかった時の方が少ないのだと知ったら、将臣はどうするだろう。潮風と熱気に纏わり付かれて、思考回路が錆付きそうな気がする。
「私はそれを――させたくなかった」
「だから黙ってたんだよ。今日だって、荷物の事がなけりゃバイトの事も黙ってるつもりだったろ。俺は……っ、俺達はそんなに頼りないのか?」
今にも泣き出しそうな顔は、近付いたと思った途端に見えなくなった。さっきまで錆付きそうになっていた思考に一瞬混乱が加わって、それでも状況を把握しようと高速回転を始めていた。
「っ、将臣……暑いよ」
「甘えてんだよ。お前がそう言ったんだ――我慢しろ」
頬に掛かる髪、抱きしめる腕、涙声で呟く……私より、余程大きな――弟。巻き込みたくない。家族を失うのはもう御免だから、知られたくない。だから上手に嘘を吐く。
「知りたいのなら聞けば良い。……言える事なら言うから。お金は……滅多に無い事だし、私が一番楽に稼いでいるから。気に障ったのなら謝るよ。仕事の事は……ごめん、説明するのが面倒だったからね」
「ふっ。面倒って何だよ、それ」
「細かい話、嫌いでしょう?」
「ああ、そうだな」
「納得した?」
「そうだな。今は納得しておいてやる」
「ありがと」
いつもなら爪先立ちしてやっと届く位置の頭に手を伸ばし、硬くて癖のある将臣そのものとも思える髪を梳く。小さな頃にこうされるのを嫌がられてから、触れる事をしなくなったそれに。
「……頭」
「嫌?」
「いや、偶には良いかもな」
大きいのに、小さな姉。背中に回した腕は余るほどで、抱く力を込めたら簡単に折れちまいそうな細い首。俺を抱きしめるには小さな身体と、髪を梳く長い指。そんな小さな細い身体で、何を隠してるんだ?生まれた時から一緒に居る俺にまで。俺の――姉さん。お前は、いつになったら本当の事を話してくれるんだろうな。
◆◇◆◇◆
将臣が何を考えているのか、何となく見当が付く。いつまで誤魔化せるのか。今ですら何かを薄々感付いているんだろうから。誤魔化しきれなくなった時、私は――。
「お待たせ」
「なんだ、結局待ってたのか」
「ちゃん!」
「っと……望美、そんな風に抱き締められたら暑いよ」
「良かった、仲直りしたんだな。遅いから心配していたんだぞ」
「モテるなは」
「弟と末っ子にね」
「え?……それって、私が末っ子なの?」
「当然」
「姉さん……あんまり先輩をからかうなよ」
「からかうなら譲にしとけってさ」
さっきまでの事はもう忘れたみたいにして軽口を叩く。これ以上譲や望美に心配させたくはないから。きっと将臣もそうなんだろう。
「ちゃんの妹なら良いかも」
「どちらかの弟嫁になれば、義理の妹にはなれるよ?」
将臣なら満更でもないだろうし、譲なら狂乱するほどだろう。まあ今の所は冗談でしかないけれど、強ち悪い案じゃないと思う。将臣は呆れたような声で。譲は焦った声で私を呼ぶけど、頬を染めたまま怒ってたんじゃ説得力が無い。二人とも、昼間とは裏腹に迫力が無いんだから。
◆◇◆◇◆
それからは、四人揃って騒ぎながら色んな花火をした。大きな吹上型花火を並べて一気に火を点けて見惚れてみたり、ねずみ花火に追い掛けられて叫んでみたり、手持ちの打ち上げ花火を持って振り回してみたり、線香花火で競ってみたり。散々騒いで、普通に休日を楽しんで。全部の花火が終って片付けを済ませた頃には、十時を回っていた。
「本当に楽しかったね」
「随分注目されてたけどね」
「あれだけ騒いでいれば仕方ないだろうな」
「別に良いじゃねえか。あんなトコで花火やってりゃ、人目を引くのも当然だろ」
見世物じゃない。と言いたい所だったけど、そんな事は気にならないくらいに楽しかった。滅多に無い自由な時間が充分に自分を満たしてくれたから、また明日からも普通に過ごして行ける。
「ねえ、来月の花火大会も、また皆で行こうよ」
「別に良いよ」
「ええ、俺は構いませんよ」
「別に良いぜ」
実際に私が行けるかどうかは判らないけど、式神を使えばどうとでもなる。それは、これまでも……これからも同じ事。少しだけ寂しいと思わないでもないけれど、それでも記憶だけは得られる。
「やった!ね、みんな浴衣で行こうね」
まるで当然とでも言うような望美の発言は、私達三人にとっては衝撃的なものだった。ただ、それぞれ意味は違ったみたいだけれど。
「そんなに驚かなくても良いじゃない」
「動き辛い」
「暑いし面倒じゃねえか」
「この二人を説得するんですよ?」
「私も説得するの手伝うから!」
「浴衣で行くの?」
「決定かよ?!」
そうだよ!と力強くハモった声に、私と将臣は力無くハモって返す。勘弁してくれ、と。それを聞いた譲と望美が楽しそうに笑って説得を始めると、私達は苦笑いを浮かべるしかなくなって――逆らい切れる筈も無く、徐々に懐柔されていく事になる。そして抵抗空しく……浴衣で花火見物計画が実行されたのは、また別の話。
「じゃあね、お休み!」
近所のファミレスでお喋りをして、十二時間近に帰宅して。元気に手を振る望美が家に入るのを見送ってから、玄関の扉を開ける。私達の、家に帰る為に。
「ただいま」
これが私の……違うかな。これは――有川家の、ある日常。

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(壁紙:PLUS+/coloさま)
ほんのちょっと加筆して全4編に調整。
橘朋美
FileNo.101_04 2006/8/12 ※2010/10/7修正加筆 |