相生
一章八



兄上を死なせてしまった。それは私の胸に痞えたまま、次第に重みを増していった。あの時――知盛が私の横に来た瞬間、その場に駆け込んできた者が清盛に何かを伝えた。その直後、私は牢へ入れられる事が決まり、清盛に意見していた将臣や重衡は黙らされた。

以前は敦盛が閉じ込められていた座敷牢。作りが硬く呪法を施されたそこへ見張りも置かれないまま入れられた私は、ただ考えていた。これから自分がどうするべきかを。最初はただの交換条件でしかなかった。自分が生きる為。みんな探すのに、より良い状況を得る為に。日が経つにつれ、それは自分の思いと重なっていった。そして、父上が死に際に残した言葉と共に――今はもう、この願いが父上の遺志なのか自分の意思なのか。判らないほどに強くなっている。

平家が絶えたわけじゃない。守りたいものが消えたわけでもない。なのに何故、私はこんな所に座っているのか。清盛の怒りが収まるまで、大人しくしているしか方法はないのだろうか。転機が訪れたのは、一昼夜を過ぎた頃だった。

◆◇◆◇◆

が牢に入れられた翌日。惟盛の遺体が六波羅に運ばれて、蘇った。俺や重衡は何度も清盛を説得していたが、清盛はを許さないまま、二ヶ月近くが過ぎてた。

「将臣殿、お話ししたい事が……」

珍しく切羽詰った顔の重衡に清盛を説得する手でも見付かったのかと聞けば、人に聞かれては拙いとか言って牢へ連れて行かれた。中には、どこを見てるのか――相変わらず胡坐を組んで背筋を伸ばしたままのが居る。

私の事は心配しなくて良いから

閉じ込められる時にそう言ってたが、それ以来、声をかけても碌に喋らねぇ。惟盛が蘇った事を知らせた時も、眉一つ動かさなかった。食事は運ばれてるが、こんな所に何日も居りゃ身体も鈍ってるだろうし、少しでも早く外に出してやりたいと思ってたんだが……。

「はあ?!だったらこれはの影武者だとでも言うのかよ」

重衡が言うには、ここに居るじゃないらしい。どう見たってにしか見えないってのにだ。確かに惟盛の事を聞いても反応しなかったのはおかしいと思うが。立て続けにショックを受けてるんだ、その反動って事もある。

嘘を吐く必要が無いとか、ここに居るのは式神だとか、前に似たような事があったって言われてもな。そんな眉唾物の話を聞かされた所で納得出来るかよ。それならこれがかどうかしっかり見ておけと言った重衡は、を呼び寄せて格子越しに――キスしやがった。

「如何ですか、将臣殿。これがあなたの知るだと?」

俺が掴みかかるよりも先にそう言った重衡にはかなりムカついたが、確かにおかしい。こんな状況でが何の反応もしないなんて有り得ねえ。だとしたら、が居るのはあそこしかない。俺達は、そのまま六波羅を出て闇守の里へ向かった。

◆◇◆◇◆

里に戻った私はすぐさま闇守達に命じ、兄上の遺体を捜させていた。その時にはもう、死返の儀が終えられていたとも知らずに。牢に置いてきた式神が表へ出されれば、それは即座に伝わる。それまでに何としても供養を終え、次の戦までに清盛の怒りを静めなければと。万が一に備えて不動の力で里の結界を強固にし、万全の構えで。

けれど、他にも気にかかる事は山積みになっていた。飢饉による食糧難は未だ続き、飢えに苦しむ集落は数を増す。その劣悪な環境は疫病の蔓延を呼び、極限状態に陥った者達は手段を選ばなくなる。各地で略奪と破壊が繰り返され、死者は増すばかり。そして、苦しみ、虐げられ、嘆き悲しんだ死者達は、蘇る。

「まったく、手間をかけさせてくれる」

以前より頻繁に、あらゆる場所で怨霊が見られるようになった。かつてそれは闇に潜み、様々な姿で人々を脅かしていたものだ。けれど今では、場所どころか昼夜すら問わず惨劇を繰り返すまでになっている。普通の人間ならば逃げる事も難しいような力をもった怨霊までもが。そしてまた死者が増え、更には怨霊も……まるで死の螺旋だ。

里の周辺にも、当然の如く怨霊は現れた。闇守の力をもってしても怨霊を消す事は出来ず、その場その場で消滅させるのが精一杯なのが現状という有様。それも、よほど力のある者でなければ――。

「私は良い。傷を負った者の手当を優先しろ」

里の結界近くに強大な怨霊が現れたと知らせがあったのは、一昨日の事。偵察に行った男の話では、これまで頻繁に見られたような雑魚ではないという。ならばと精鋭による小隊を組んで来たものの、消滅させるのがやっとの事だった。人を喰らう姿はまるで口の化け物だとは、よく言ったものだと思う。

怨霊の姿が消えた辺りを睨みながら、いずれあれも復活するのだろうと耽っていれば、すっと辺りの気配が変わる。異類異形と謡われる闇守は、その崇める神を見えずとも感じるらしい。他の者達もその気配を感じ取ったようで、一斉にこちらへ視線が集まった。暫くそのまま休んでいるように告げ、私は一人、場を離れる。怨霊と同じく時も場も問わずに現れる、無遠慮な神達と話す為に。どこまで行くつもりだと尋ねる声に足を止め、今度は一体何の用だと短く返す。

「そなたに伝えておくべき事がある」

あの日――座敷牢に現れた鳳凰は、呆けていた私に言った。そなたは神を狩る一族の長なのではなかったのか。我の力を身に受け、我等を呼ぶ者となったのではなかったのかと。その後。私は式神を作り、この神の力を使って牢を脱した。

いつになく真剣な表情の神達は、先ほど倒した怨霊が神だったものだと告げる。詳しい説明を求めれば、神とは大小様々なものが居るらしい。草木や鳥獣、風や火に至るまで全てのものに宿る神々が負の念に犯されて怨霊と化し、強大な力をもって荒れ狂っている。私は今、それを狩ったのだと。そして、その数は更に増すと聞いた所で言い争う声が聞こえ、彼等は姿を消した。

◆◇◆◇◆

人を探しに来たのだと告げようと、敵意は無いと告げようと、彼等はそれを認めようとはしなかった。何故ここに入ってこられたのか、どこの者かと詰め寄るばかり。

「だから敵じゃないっつってんだろうが?!おい重衡、お前も何とか言えよ!」

心当たりがあると言う将臣殿の後を追って辿り着いたそこは、人の住むような家屋らしき物すら見当たらない山の奥。どれほど歩けど人と会う事は無く、次第に不安を感じるようになった頃。

「悪い、迷ったかもしれねえ」

以前訪れた時とは風景が違うと零す将臣殿に少なからず呆れながらも思い出したのは、に聞いたあの歌。確か、手懸かりになる筈だと言っていた――。

都外れの隠れ里、異類異形の住処なり。
雲煙模糊たる深山は、見えはすれども立ち入れず。
そを求めむは数あれど、春風秋雨の果てに消ゆ。


一言一句覚えている。私だけに伝えられたその歌を口にすれば、不意に景色が揺らいだ。目に映る物は何一つ変わっていないというのに、先ほどまでとはどこか違う。

「おい、今のは一体……何だったんだ?」

私にも判りませんが、道が示されたのやもしれません。確信も無いままにそう答え、再び歩を進めたその先。何者かと戦ったのか、負傷した男達が幾人か。

「ん?お前等、もしかして――」

そう将臣殿が声をかけた途端、彼等は一斉にこちらへ。無闇に剣を向けるわけにも行かず、かと言って捕らえられるわけにも……。仕方なく思いながらも意を決して柄に手をかけた私を止めたのは、涼やかな一声。

◆◇◆◇◆

腹が立つほど冷静な声は、そこに居た全員の動きを止めた。

「太刀を収めろ」

直ぐに惟盛の事を知らせてやろうと思ったんだが、口にする前に俺達も止められた。話は後だと男達に命令するは、普段と違って俺達には口出し出来ないような雰囲気だ。最初は満足げにを見てた重衡も、その雰囲気を感じたんだろう。気が付けば、やけに真剣な顔になってやがった。が俺達に向かって口を開いたのは、闇守達が全員姿を消した後だ。

「何があったの?私が牢で殺されでもした?」

さっきまでの雰囲気は消えて、何でもねえ事みたいに聞く。俺達がここに来る事も計算の内だったってわけか。色々言いたい事はあったが、今はそんな場合じゃない。惟盛が蘇った事と、平家の事情が悪化してる事を知らせに来たんだ。それを聞いたがどうするか、多少不安はあったが。黙っていても、いずれ知られちまうだろう。

「冗談。兄上が――本当に?」

そしてそのまま、俺達は三人で平家へ戻った。

◆◇◆◇◆

六波羅に戻った私達は、計画通りに事を進めた。私は牢に残した式神を消し、再びそこに。将臣は清盛を、重衡は兄上を説得する。それが功を成したのは、夏の始めの事。

「良いか羅刹、そなたを許したのは平家一門の為だと覚えておくが良い」

清盛がそう告げれば、居並ぶ重鎮達も口々にする。お前は惟盛殿の情けによって許されたのだ。その命尽きるまで平家に尽くし、恩に報いよと。恭順の意を示せば、更に声がかけられた

「では一つ、私からお願いをしましょう」

雨乞いの儀に出席し白拍子として舞を奉納しろというその顔は、これまで見た事が無いほど楽しげな笑みを浮かべていた。それが生前の兄上だったなら、どれほど嬉しかったか。不安ではあったけれど私に選択肢は無く、それから数日後――。

「流石に腕は衰えておらぬようだの。見事なものよ」


その光景を目にして、漸く気付いた。ここに私が連れて来られた意味を。

羅刹殿。私は、父上のように武を誇れるあなたが妬ましい

あの時、兄上はそう言っていた。それより以前から、ずっと――。

私があなたに教えて差し上げられる事など、他にありませんから

何度もそう言っていた。私は、それだけ兄上に疎まれていたという事か。


「ほう、そなたが?ならば、早う舞って見せい」

父上自慢の白拍子だという嘘は簡単に周囲を納得させ、私は逃げ場の無い袋小路に追い込まれたも同然だった。どうするべきか、悩まなかったわけじゃない。けれど、私は舞うしかなかった。

「ほほう!なんとも見事な舞ですな」

たとえどれだけ兄上の怒りを買おうと、ここで失敗するわけにはいかない。平家に対する心証を悪くするような事だけは避けなければいけない。それに――。馬鹿馬鹿しくもあるけれど、舞で雨が降るというのなら、それは旱魃に苦しむ全てのものを救える可能性にも繋がる。

「うん?――雨が!」

煙る霧雨の中で鳳凰の力を感じながら、ただ舞い続ける。この馬鹿げた茶番が早く終われば良いと願いながら。次第に勢いを増して行く雨を含んだ衣は、重過ぎる。肌に纏わり付く髪も、周囲の視線も……全てが煩わしかった。



     

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静御前が舞ったといわれる雨乞いの儀。

本編で主人公に舞わせるなら、ここしかないかと思って書いてみました。





橘朋美







FileNo.019 2010/4/27 ※2010/10/3修正加筆