夜が明ける少し前。荷物を積んだ迅雷の手綱を引いて里を出ようとしてた。と一緒に。
「今日も暑くなりそうだな」
この世界に来てから半年以上経った今、やっとまともにお前と過ごせるようになった。そう思えたのは、束の間でしかなかった。
「そうだね。早いトコ……将臣っ?!」
感じたのは、一瞬の痛みと斬られた傷の熱さだ。太刀に手をかけようとしても、腕の感覚が無い。膝が落ちて、崩れる。俺は――死ぬのか?
「お前等……昨日、の」
を追って山に入ろうとした時だ。入れ違いに山から下りてきた奴等……間違い無い。それを伝えようとしても、声が出ない。
「追え!一人として逃すな……生きたまま連れて来い!!」
人の走る音と、キレたお前の声。お前が心配でここまで来たってのに、俺が殺られちまうなんて。はは…っ、くそ。こんな所で……死んで堪るか。
「、将臣を里へ――早く!!」
お前が――泣いてる?声が……そっか、そんなにヤバい状態なのか。俺はまた、お前の涙を拭いてやれないまま……。
「何も考えるな。これ以上、死に近付きたくなければな」
ったく……事ある毎にムカつく奴だぜ。そんな事、一々言われなくても直ぐに何も考えられなくなるさ。もう、あいつの声さえ――聞こえない……。
◆◇◆◇◆
その瞬間、私は咄嗟にそいつを斬り捨てていた。見送りに出てきていた数人に逃げた奴等を追うように命じ、直ぐに将臣を抱き起こしたけど……。傷の深さも大きさもかなりのもので、私ではどうにも出来なかった。将臣はに任せるしかない。解っている。けど、心が軋む。感情が沸き立つ。音と気配を頼りに奴等を追えば、既に追い立てられた獣のように逃げる姿ばかり。そうだ。そうやって無様に逃げれば良い。一人残らず――。
お前達の死ぬ場所へ
反撃する間を与えず、致命傷を負わせない程度に攻撃を仕掛ける。じわじわと追い詰められた男達は、山頂へと向かう。獲物が獣以下の人間だという事を除けば、狩りとそう変わらない。仲間の全てが追い詰められたと知り、それでも無駄に足掻くのは人の性なんだろう。
殺してやる
太刀を振り翳して向かってくる男達を前に、そう思った瞬間。父様や母様が殺された時に感じた力よりも、更に大きな力を感じた。だけど、今の私はあの頃のように無知じゃない。土の気を操り岩の剣で突き上げれば、被害は最小限で済む。そう。こちらもあちらも、最小限で。
◆◇◆◇◆
死ぬのが怖くないと言えば嘘になる。だが、それよりも……。
……――。
お前を一人にしたくない。
ずっと一人で居たお前を、また一人にしちまうのが辛い。
「聞こえるか、将臣。黄泉路を帰れ」
帰るも何も、俺はここに居るじゃねぇか。
血塗れで、身体も自由に動かせないまま――。
無事なのか?――は。
お前を一人にするなんて……冗談じゃない。
◆◇◆◇◆
殲滅した奴等の顔には多少の見覚えがあった。私を付け狙い、数日前には里近くに姿を現した連中だ。小さな結界を張り、引き摺られてきた男を引き入れる。
「答えろ」
左右から押さえ付けられ怯えた表情で跪く男は、指揮を執っていた。だからこそ生かしておいてやったんだ。誰の手によるものか、里のある場所を特定出来たのは何故か。私ではなく、将臣を狙った意図は……。全てを知るまで、死なせてやるつもりは無い。
「答えぬのなら――答えたくなるようにしてやろう」
だんまりを通す男の右手を匕首で地面に縫い付けてやれば、一声叫んだ後で口を開いたが……。人に頼まれただけ?何も知らない?ここを通りかかったら偶然私達が見えた?馬鹿馬鹿しいほど真実味の無い言葉に左手も同じようにした後、足を押さえろと命じて匕首を踏み付ける。
「私の耳は嘘を嫌う。真実を言え」
恥も外聞も無く叫ぶ男はそれでも口を割らず、私の我慢は最早限界に達していた。見知らぬ世界に一人で飛ばされ、必死になって生き残る為の道を探してきた。自分の守りたい人達を守る為に、犠牲に出来るものは全て犠牲にしてきたつもりだ。その結果が、これだと?
「案ずるな、殺しはしない。真実を喋るまではな。膝を曲げろ――片方だ」
次は何をされるのか覚ったのだろう。哀れなまでに許しを請う様は、私には煩いだけ。力を殺して垂直に脛を蹴り付ければ、骨の折れる鈍い音に一瞬遅れて男の悲鳴が上がる。将臣は、今頃それすら出来ずにいるというのに。
「泣き叫ぶ事が出来るだけ有り難いと思うがいい。――次だ」
ショック状態で過呼吸でも起こしかけているのか。時折りビクリと痙攣する男が小さな声で”喋るから”と言ったのは、その直後。だが、懇願だろうと哀願だろうと、今の私には効かない。完全に四肢の自由を奪われた瞬間、辺りをつんざくような悲鳴を上げて蠢くばかりの男に最後の警告を与える。これが仕上げになるだろうと思いながら。
「お前の声は痛みを感ずれば大きくなるようだ。次はどこを望む?」
短く息を詰まらせた後、男は大声で捲し立てるようにして真実を告げた。男を主の下へ丁重に届けろと命じ、私は将臣の元へ急ぐ。遣り切れない気持ちを抱えて。
◆◇◆◇◆
「将臣は?!」
何だよ、お前にしちゃ騒々しいじゃないか。そんなに慌てなくても俺はここに居るって。……っつ、触るなよ。結構痛いんだぜ、それ。
「毒性は無かったようだ。しかし傷が大きく、完全には血が止められん」
外に出たお前の、次々に命令する声が聞こえる。有りっ丈の血止めを持って来いだの、気付けを煎じろだの。暫くして戻ってきたお前の声は、切羽詰ってた。
「将臣は――死なせない、絶対に」
そこまで……。やっぱ拙い状態なんだろうな。何せ自分の寝てるトコが見えるぐらいだ。戻れと言われても、戻りたくても、戻ろうとしても、戻れないまま。
「手は尽くす」
◆◇◆◇◆
薬に詳しい者達を集め、血止めと気付けを作れと命じる。そんな事しか出来ない。現代に居るのなら、数時間の手術で助かるだろうに。袈裟懸けに斬られた背中から、今も少しずつ滲み出す血。せめてこれが止められれば。傷を塞ぐ手段があれば。助けたい。死なせたくない。私の頭には、それしか無かった。
「、将臣を覚醒させる事は出来ないの?」
闇守の血を継いでいるのなら、もしかして。一縷の望みを抱いて口にすれば、それは呆気無く否定された。可能性が低いだけでなく、今の将臣では耐え切れないだろうと。
ならば……反魂術なら?闇守の中でも、それを使えるだけの力を擁する者は数人だと聞いていた。術者の寿命を喰らうという事も。
「反魂術は死者に施す術だ。将臣はまだ生きている」
そんな事判ってる!自分が平静じゃない事も、助ける手段に乏しい事も。ムカつくくらい今の状況を解ってるからこそ……。何でも良い。将臣を死なせずに済む方法があるのなら、手段は選ばない。思い詰め、苛立ちながら換える晒は――その度に赤い染みを作っていた。

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えー……実は、原作では唯一死んでしまうルートの無い将臣を死なせてしまいそうになるのも、相生を書く理由の一つに数えられるのです。
主人公の持つ冷静さやその裏にある残虐性を表に出すのも目的ではあるのですが、過去に死んでしまっていた可能性があるのなら死亡ルートが無くても納得出来そうだと思った訳で……。
手段を選ばぬ奴で申し訳ない。
橘朋美
FileNo.015 2009/5/26 ※2010/10/3修正加筆 |