相生
一章二



漸く京へ戻った俺達を出迎えたのは、赤毛の派手な子供だった。見た事の無いその子供が清盛だって?怨霊として甦ったなんて、そんな話信じられるかよ。周りの奴等から経緯を聞いて、そう思った。喋り方だけは生きていた時と同じままの清盛が、俺達に話し掛けるまでは。

「そなた等も御苦労だったの。今は亡き重盛も喜んでおろうぞ」

「お前、本当に清盛なのか?」

その返事を聞いた途端にの表情が変わった事に気付いたのは、きっと俺だけだ。人の多い宴には滅多に顔を出さないし、顔を出したとしても直ぐに席を外す。それを不審に思う奴は居なかったし、文句を言う奴も居なかった。重衡が引き止めるような顔で見てたが、こっちはそれどころじゃない。

「おい、どうしたんだよ」

「何か用でも?」

横に並んだ俺に構いもしないで、無表情なまま真っ直ぐ前を向いたまま歩く。けどそれは、俺に対して機嫌が悪いって訳じゃない。何か……いや、あの子供が清盛だと判った途端にこうなったんだ。確かに俺も驚いたが、こいつは驚いたと言うより。

「清盛が甦ったのが気に入らないのか?」

「御名答。あれはもう、以前の清盛公じゃない」

表情は冷たくて、皮肉る声は低かった。なのに目だけはやたらギラついてる。これがとは思えないくらいに。俺は、何も言えずにその目を見ていた。話があると言った時には無表情に戻っていたが、その話が俺達の間に溝を作った。

◆◇◆◇◆

信じられなかった。あれが清盛だとは信じたくなかった。だけど、現実は甘くない。尊大な物言い、権力の座にある者の所作。そこに含まれる全てが、アレを清盛だと告げていた。

「どういう意味だ?」

「そのままだよ」

死返の術は一度失敗した。人ではない者として甦ると判っていたのに。それを知っていても尚、清盛は甦る事を望んだのか。既に傾いていしまった平家一門の栄華にしがみ付く為?そんな事、馬鹿げている。

「俺は清盛に助けられた」

「私は重盛に助けられた」


都を制し、平家一門の者によって統制するのが清盛の意志。

無用な戦乱を避け、穏やかな暮らしを齎す事が父上の遺志。


「死んじまった奴に義理立てするのか」

「死んだまま甦った者に従えとでも?」

生きていた頃でさえ、清盛と父上の意思は相容れないものだった。清盛が怨霊として甦った今、それは相反するものに変わってしまう。平家一門の栄耀栄華は、更なる戦乱を引き起こした先にしかないのだから。このまま清盛に従っていては、受けた恩すら返せない。

「だったら説得すれば良いじゃねぇか。重盛の言ってた事を話してさ」

「無駄だね。清盛が平家を率いている以上、戦は避けられない」

実の息子の話ですら碌に聞かなかった人間が、得体の知れない養い子の話に耳を傾けたのは一度切り。それが自分の益にならないと判断されてからは、口にする事すら禁じられた。将臣が居ない間の経緯を話して得たものは、いずれ敵対するかもしれない人間が一人増えたという事実。そして、いつか感じた以上の隙間だけだった。

◆◇◆◇◆

あれから一ヶ月。とは碌に顔も合わせてない。太刀や馬の扱いを習って、清盛の娯楽に付き合う。あいつが何をしているのか知らないまま、そんな毎日を過ごしていた。デカい邸に豪華な着物、充分な食い物や飲み物。源氏との戦や朝廷との諍いに気を揉んでいるとはいえ、平家での暮らしは不自由なものじゃなかった。少なくとも、まだこの時は。

「……、最低四人は揃えて――。……将臣、何か用でも?」

「別に」

偶然とはいえ、聞いちまったもんはしょうがない。小さな溜息と同時に振り返ったの顔は、ここで再会した時よりも他人めいていた。いつまでもこんな状態を続けたい訳じゃないんだが、話す切っ掛けすら無いままだ。今だって何の為に人を揃えているのか、聞いたところでこいつは答えないだろう。

「ああ、そうだ。……もう良い。戻れ」

「俺に聞かれちゃヤバいってか?」

声を落としたと話していた男が立ち去って直ぐ。何気ない振りをして口走った言葉で、自分がどれだけ苛ついてたのかが判った。この世界で過ごした何年かが、お前を変えちまった。見知らぬ男、解らねえ言動、無責任な噂、食い違った意見。何もかもが、無性に腹が立つ。

「別に。どうという事も無いよ」

「だったら、なんで俺を避けるんだよ」

明確な答えが欲しかったんじゃない。ガキの頃みたいに、いつまでも傍に居られるなんて思っちゃいない。けど……離れていこうとするお前を、引き止めたかったのかもしれない。返ってきた言葉は、思っていたよりキツかった。怒りもせず、慌てもしねぇ、誤魔化しですらない言葉。まるで無関係だとでも言うように。

◆◇◆◇◆

「私の言動を逐一報告する義務でも?」

「失礼。将臣殿、父上が探しておいでです。急ぎお戻りを」

直ぐに将臣が退いたという点では良いタイミングだったけど、闇守の里へ行く事を悟られたという点では悪いタイミングだった。これまでにも、何度か忠告は受けているのだから。

「十日もすれば戻るよ」

何も言わずに横に並ぶ影を見ながら呟くのは、充分に面倒をかけているという自覚があるからだ。私に関われば関わるだけ、立場が悪くなるのを知っているのに。

「止めても無駄なのでしょう?」

相手が清盛の息子。いや、重衡でなければ状況はもっと悪かった筈。重盛の後釜を狙っていた義理の息子が、幾度も邸を空けては何某かの品を持ち帰っている。馬鹿な流言は実しやかに囁かれる。

「何もしなければ、平家も飢える」

獣を口にしない上品な舌を持つ者達は大局を見極めようとせず、民草と呼ばれる者達はあらゆる物を搾取され死んでゆく。現代では経験する事の無かった飢えが、間近にある。それを見ようとしない人間が、平家には多過ぎる。

「ですが、あなた一人が力を尽くしたところで…」

平家に於いて、羅刹童子に従う者はない。それが馬番だろうと、厨女だろうと。確かな口添えと得られる物の益があってこそ、少数の者がそれを受け入れる。

「判ってる。けど、諦められない。悪いね、重衡」

少しでも足しになれば良い。その為に重衡を利用しているとしても、それを重衡が知っているのだとしても。汚い噂を流されようと――無視すれば良い。

「私では力になれませんか?」

出来る事なら、平家の協力者が欲しい。けれど、それは無理な話だった。里の結界は、闇守の血を継がない人間を拒むのだから。

「余所者を受け入れない土地だと言ったでしょう?それに……、そうだ」

都外れの隠れ里、異類異形の住処在り。
雲煙模糊たる深山は、見えはすれども立ち入れず。
そを求めむは数あれど、春風秋雨の果てに消ゆ。


「その歌は…?」

「私の手懸りになる筈」

私の消息が掴めなくなれば、闇守の謡は手懸りになる。本当は将臣に教えておきたかったけれど、それはもう無理だろう。譲も居ない今、他に伝える人も居なかった。

「危険な真似はしないと仰っていませんでしたか?」

「念の為だよ。石に躓いただけでも、死ぬ時は死ぬから」

◆◇◆◇◆

事が済み次第戻ると言い残し、が邸を発った真夜の事。将臣殿は不機嫌極まりない様子を隠そうともせず現れた。

「重衡、はどこに行った ?」

「さあ?私もそこまでは」

たとえ知っていたとしても、お教え出来かねます。そう加えたところで舌を鳴らし、眼前に腰を下ろす。諦めの悪さは流石に姉弟、と言ったところでしょうか。の手勢となる者の存在を知ったのは、東国より戻って間もない頃。相談があると呼ばれた折には将臣殿に関する事かと落胆し、他の誰でもなく、私に打ち明けてくれた事に喜びを覚えた。

「判る事だけで充分だ。教えてくれ」

「それは困りましたね。お教え出来る事は無いのです」

たとえ血を分けた者であろうと、相反する考えを持つ者には教えられぬ。はそう考え、私に頼ると決めたのでしょうから。

◆◇◆◇◆

戦で男手を無くし、農耕に手が回らなくなるのは当然の事。年寄りや女子供が働き通しに働き、疲れ果てた挙句に死んでゆく。収穫高は減るばかりだというのに、税収が緩くなる事すら無い。

「ここも……か」

旱魃による収穫高の減少が見られると聞いたのは、去年の秋。極端に雨が降らなくなって、もう一年近く。鄙びた山里の田畑は、最早収穫の望めるような状態ではなかった。乾いた土、萎びた苗、疲れた人、重なる骸。生きている人間には、死者を埋葬する気力すら残っていないのだ。戦場で死体を見るのとは違う。力尽きた女の腕に、ふくよかさの欠片も見当たらない赤ん坊。貴族や武門では有り得ないような死に様。一月前よりも荒れた里は、この先の惨状を暗示している。

「戻ったか」

に里を任せ、食料の調達に人手を割くよう命じたのは墨俣へ発つ前の事。長引く悪天候を前にしては、闇守の里にも余裕は無かった。自給自足が当たり前のこの時代。里の者達が生きる為に得られる物は、獣、野菜、穀物、魚、木の実。それらを他所へ渡せば、共倒れになるのは目に見えていた。それでも私は、それを命じた。乾した野菜や穀物、木の実や干物を平家へ。埋め合わせは多くの獣。

「異常が無いのなら直ぐに出る」

迅雷を厩に預けた頃には、人手も揃っていた。鶉、鳩、雉、兎、狸、狐、鹿、猪、熊、どんな獲物でも良い。天上人の言う卑しい舌を持つ者達は、それで生きてゆけるのだから。血や内臓で薬を調合し、毛皮で防寒具を作り、骨は砕いて肥料とし、肉を干して糧とする。時に狩る獣を変え、時に狩り場を変え、何度も狩りへ。五人小隊で役割を分担し、効率良く獲物を里へ。里に残る者達は田畑を耕し、木の実を集め、魚を釣る。年寄りや子供は、それらを次々加工して行く。幾日かを山で過ごして里へ戻れば、その成果は充分な物になっている。

「お前……何やってんだよ」

そうやって月の大半を闇守の里で過ごし、将臣の姿すら見掛けない。狩りから戻った私がその声で迎えられたのは、そんな日々が三ヵ月も続いた頃だった。

◆◇◆◇◆

キナ臭い噂が流れてるってのに何日も邸へ戻らない。どこで何をしているのか、教えてくれるような奴も居ない。後を付けようとして、何度撒かれたか判らねぇ。

「その言葉、そのまま返したいんだけど」

今回は調子良いかと思えば、山ん中で見失った。どれだけ歩いても変わらないような景色に流石に遭難したかと思ってたら、が見えた。槍を手に、弓矢と何かを背にして……血塗れで。周りに居る見た事の無い男共は殺気立っていたが、こっちも大して変わりは無いだろう。だが、本当に驚いたのはそれからだった。先に里へ帰れと命令すると、素直に従う男達。手渡されていたのは、血の乾いていない動物。

「ったく、なんなんだよ」

後姿を見ながら、どれくらい歩いたか。訳を説明するかどうか、ここでは決められない。そう言って連れて行かれた場所は――崖の上だった。



     

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遙かでモンハンをやってみたいという野望を実現するのなら、きっと可笑しな具合のストーリーになるんだろうなぁ。
連載が落ち着いたら、書いても良いですかね。





橘朋美







FileNo.013 2008/9/17 ※2010/10/3修正加筆