相生
序章十一



夢で会った二人の先祖姫。石橋山の戦いで私を知っていた女。闇守一族と星の一族の関係。この世界へ来てからが姿を現さなくなった理由。これまでずっと、尋ねたくても尋ねられなかった事。

「聞きたい事が山ほどある」

「俺の知る事なら全て答えてやろう」

あの得体の知れない男、リズヴァーン。以前、闇守の力を使って意識を失った事。この世界は過去なのか。何故私と将臣がこの世界に流されたのか。判った事は多かったけれど、判らないままの事も残った。

「お祖父様とお祖母様が……?それで、か」

「ああ。呪いを施したのは星の姫、――お前の祖母だ」

譲が生まれた頃。私が八葉ではないと確信したお祖母様が、私の星の一族としての力を封印したという。星と闇。両一族の力を持った私が、この世界で何を仕出かすのか恐ろしかったからだとか。

八葉でもなく龍神の神子でもないというのに、京へ呼ばれるのは妙だと。せめて片方の力を封じれば、災禍を免れるのではないかと。それは、この世界に来た時点で意味を失くしてしまった。

御伽噺だと思っていた寝物語は、この世界で起こった真実の記憶。京、鬼、星の一族、龍神、神子、八葉。私と将臣が生まれたばかりの頃、八葉として戦うと言っていた。あれはお祖母様の持っていた星の一族の力、先見だったのだろうとは言う。それが正しいのなら、将臣と譲は八葉として。望美は龍神の神子として、この世界へ呼ばれている。けれど、私だけは何故なのか判らないまま。判ったところで、如何こうする事もない。……私は、平家を落ち延びさせるだけ。

「じゃあ、望美と譲もどこかに居るの?」

「ああ、恐らくはな。だが、この世界に居るのならば京に現れる筈だ」

が姿を見せなかったのは、お祖父様とお祖母様があちらの世界へ行くまで意識を閉じていたからだという。同じ者が同じ世界に同時に居ては、均衡が崩れてしまうからだとか。

そして石橋山で対峙した女、北条政子は恐らくの知っている女だという。その力は、闇守の持つ力と似通っているとも。二人の先祖姫は、お祖母様と紫姫という数代前の当主だったらしい。その紫姫を守る為に百年ほど前、闇守は星の一族に雇われたんだそうだ。

、あんた何者?紫姫と関係があったって聞いたけど」

「我等は人ではない。お前も薄々理解しているのではないのか?」

我……等?

「闇守一族は人じゃない生き物だと?」

「そうだ。元より我等の住まう地は、人の領域ではなかった」

領域?元々この辺りに住んでいなかったという事だろうか。

「お祖父様と父様も……人じゃなかった?」

「お前の父を生み、死んだ女もそうだ」

だから……お祖母様は私を恐れた?

「私は人じゃ、ない?」

「そうだ。お前は神を狩る一族、闇守の血を継いだ者だ」

私の知りたかった事は、知らなくとも構わない事までをも知らせた。あの頃からずっと、全てが現実離れしていた。それを受け入れられたのは、私の血が拒まなかったからだろうか?事切れていて当然の状況で息のあったお祖父様。既に息が無かっただろう筈の父様と母様。いつまでも姿の変わらない、得体の知れない場所での修練。

人ではない。そう聞いても驚きはしなかった。ただ、漸く納得出来た。平穏な時間を過ごしながら感じていた煩わしさが、何の為だったのか。私が馴染めなかった日常は仮初めのものだったのだと、理解した。

「これまでの事を、恨みたいとは思わない」

誰を恨む必要がある?父様達の仇を討てたのは、私が闇守としての力を持っていたからだ。寧ろ感謝しても良い。

「これからの事を、嘆きたいとも思わない」

寧ろ喜んでも良い事だ。私が個人的に接触出来る、唯一の手勢が現れたのだから。何を嘆く必要がある?

「闇守一族の力、利用させてもらう」

そう言った私に投げ掛けられたのは、子供の頃から見慣れていた満足気なの微笑だった。

◆◇◆◇◆

傷の回復は早かった。いつもよりずっと。未だに里から出られず苛ついている私を余所に、闇守の里に居るからだと、は嬉しそうに笑っていた。

、いつになったら里を出られるの?!」

「そう焦るな。里を出れば、傷の癒える時期は遅れる」

このところの日課とも言える会話が今日も繰り返され、私はまた眠る。傷を癒す為とはいえ、もう一週間。意識のはっきりしていなかった時の事を考えれば、それ以上になるのかもしれない。

里に来て最初の夜。あの夢を見た時、将臣がこの世界に居ると知った。あれから毎晩夢を見る。山を歩き、川を伝うようにして進む将臣の夢を。見知らぬ世界に放り出されて、誰にも助けを求められず彷徨う。あれもきっと現実。それがまた、私を苛立たせる。

「暢気に寝ている暇は無い」

「回復しなければ結界は抜けられん」

押し問答はいつも同じ結末を迎える。里に張られた結界が無ければ、私はただの怪我人だとは言う。この世界に来てしまった将臣を探さなければいけないのだと、私が言う。そして私が里を出ようとすると、決まって結界に弾かれる。結界を解く事も出来ず、仕方なく里の人間達との手合わせを繰り返す。うんざりする程、何度も。術にせよ、太刀にせよ、体術にせよ、腕を鈍らせる訳にはいかない。たとえほんの僅かでも、それは死に近付く事を意味するから。そんな日常に明け暮れていても、ここは心地良い場所だと思う。何がそう感じさせるのかは判らないけれど。思い煩うことの無い状況だったのなら、ここで暮らしたいと思えるほどに。けれど、今は駄目だ……絶対に。

「覚醒すれば回復も早まるんじゃないの?」

「覚醒させたいのか、闇守の力を」

あの女、北条政子には狩られるべき神が憑いているのだと聞いた。一族の者は、成長期に覚醒するのだとも。人の血を持つ闇守というのは例が無いから、私が覚醒出来るかは不明。――判らない。覚醒すれば力が増すのだとしても、その為に命を賭けなければならないまでの力が必要なのか。

「いつか……必要になるのかもしれない」

「ならば決断しろ。お前自身の為にも」

覚醒する為には、一度死ぬ覚悟をしなければならない。水の中で眠るのだから、呼吸が出来なくて死ぬのが普通だろう。呪いという枷を失った私は、闇守の力を無尽蔵なまでに発揮出来るらしい。星の一族の血がそれを邪魔するのは、人の身体を持つからなんだそうだ。私に人の血が流れているから、覚醒が成功するかどうかの判断が出来ないのだという。ここで死ぬ訳には行かない。まだ先は長いのだから。それでも、更なる力を手に入れるには覚醒が必要になる。堂々巡りを途切れさせたのは、の一撃だった。

「っく……つぅ」

「今日はここまでだ」

表情も変えずにそう言い放つを見遣り、既に陽の沈んだ空を仰ぐ。今日もまた、あの夢を見るのだろうかと。私の声は将臣には届かないのに、将臣の声は私に届く。どれだけ近寄っても触れられない。気付かれない。会話も出来ず、弱っていく将臣を見ているだけの夢を。

、覚醒を……泉へ連れて行って」

可能性があるのなら今の内に試すべきだと判っていた。死ぬかもしれないという不安が、決心を鈍らせていただけ。何かあってから……悔やむような状況になってからじゃ遅いんだ。覚醒すれば、直ぐにでも里を出られるかもしれない。将臣を探して、平家へ……戻れるかもしれない。どんな方法にもリスクはあるんだから、これ以上迷うのは止めよう。

「……着替えて来い」

数十分後、里外れの小さな泉が血で染まっていくのを見ていた。本来は最も力の強い両親や祖父母の血を使うのだと静かに告げるとは裏腹に、私は動揺していたんだと思う。僅かな血が泉に落とされただけで、その全てが血の色に染まっていく。透明な水に満たされていた筈の泉が、深紅の血の池になっていた。

「これは……なんなの?」

「血の継承だ。身を沈めれば、浮かばぬまま眠る」

血を混ぜる事で、血に変化する泉。その中で眠り、泉の水が透明に戻る頃には覚醒する。覚醒出来る――筈。

「死んだ時は……将臣を探して伝えて」

「……判った。成功を祈る」

足を伸ばして座っても肩まで届かない泉にゆっくりと横になりながら、髪すら浮かない血の中に浸り切る直前に言った言葉。そんな事になる筈が無い。そう思いながら最後に見た物は、朱色に輝く欠けた月だった。

◆◇◆◇◆

山の中を歩き続けて何日か経った。水には困らないが、食い物は中々あるもんじゃない。それでも、何とか口に出来る果物なんかがあっただけマシなんだろうな。

「ま、秋ってのはラッキーだったな」

歩けるだけ歩いて、疲れたら横になる。そんな日が何日か続いてた。いい加減、まともな飯を食ってまともな場所で寝たい。そんな事を思いながら眠ったら、またに逢った。いや、逢ったんじゃない。夢を見ただけだ。あいつが……寝込んでる夢を。俺がどれだけ呼んでも反応しないままで、触れる事も出来なくて。ムカつく夢だった。

「冗談キツイぜ」

少しでも早く、を見付け出したかった。山を下りて直ぐ村に入る事にも、今度は躊躇わなかった。遠巻きに見てる奴や逃げていく奴。の事を聞こうにも、どいつもこいつも話になりゃしねえ。うんざりしながら食い物を分けて貰えないかと大声を上げた時、妙な奴等に捕まった。

「貴様、何者だ」

この村の人間じゃないだろう。馬に跨った男が二人、俺を見下ろしていた。珍しい物を見るような、品定めをするような目付きで。

「兄弟を捜してる。俺と似た女を知らないか?」

格好からすれば、それなりの身分だろう。武士よりは貴族っぽい。供もないまま出歩けるって事は、下級貴族か?なんでも良いか。やっとまともに話の出来る人間に会えたんだ。

「邸で伺いましょう。宜しいですね、兄上」

「好きにしろ」

「随分とお疲れのようですが、暫く辛抱して下さいね」

こいつ等も兄弟か。見た目はともかく、性格は正反対だな。そんな事を考えながら、気を失っていたらしい。よっぽど疲れてたんだろうな、俺も。

◆◇◆◇◆

ダイニングは、家の中でも一番好きな場所だった。食事の為にみんなが集まる、温かな家族の集う空間。父さん、母さん、将臣、譲、私の家族。

「家に……なんで?」

夢だと気付いたのは、なんの気配もしなかったから。

「やっぱりお前も来たのか」

椅子に腰掛けて笑う将臣は、昨日までとは違っていた。

「何かあった?」

単姿で寛ぐ光景なんて妙だけれど、事態が好転したのだという事は判る。

「ああ。話の出来る奴等に拾われた。邸に運ばれる途中で眠っちまったけどな」

苦笑いを浮かべながらも、いつもの調子で喋る。目が覚めたら、何か仕事を見付けて私達を探すと。お互いどこに居るのか判ったら、直ぐに知らせよう。どこかで待ち合わせて、望美や譲を探して、全員で帰る方法が無いか探そうと。私は帰れない。そう言ったら……どうなるんだろう。帰るどころか、このまま会えなくなるかもしれない。そう言ったら――。

「おい、どうした?……何か、拙い事になってるんじゃないだろうな」

「何も…大丈夫、ちゃんと生きてるよ」

汚れてもいない制服で向かいに座って話していても、どこか変だった。ガキの頃から妙な事は多かった。に関する事ばかりが。いつも何かを隠したままで、どこか俺達とは違うものを見ているみたいな奴。両親にさえ遠慮して生きているように思えちまう程。こんな世界で離れ離れになっても、それは変わらないままなのか?無事に会う事が出来たら、変わるんだろうか。

「お前の”大丈夫”は、アテにならねえんだよ」

返される言葉は、嘘じゃないだろう。

「信用無いね。大丈夫。きっと……また会える」

だとしても、真実でもないだろう。

「当たり前だ。居場所さえ判れば、直ぐに会える」

お前が何を隠しているのか。昔みたいに、聞いても答えないんだろうか。

「将臣。元気で……生きて」

いきなり告げられた言葉は、まるで死に際の台詞だ。問い質そうとして立ち上がった俺は、夢から醒めてた。翌日。当分この邸で世話になると決まった時、目の前に居たのが清盛だった。

◆◇◆◇◆

朝陽を浴びて凍える身体を抱き上げてたのは、だった。

「思ったより早かったな」

特に何も感じないまま暖かな部屋に運ばれて、身体を調べられた。

「完璧だ、問題は見当たらない」

傷が塞がったのなら、直ぐにでも里を発とうと思っていたのに。

「幾日かの辛抱だ。それまでに仕度を整えろ」

口を開く事すら出来ないほど、私は疲弊していた。

「心配するな。瞬きの間に戻れる。お前は覚醒したのだからな」

それから――。動けるようになるまでに情報収集の得意な者を集め、動けるようになってからは飛身を覚え、結局里を出る事が出来たのは年の瀬の事だった。

◆◇◆◇◆

「ここで散れ。何かあれば直ぐに知らせを」

「はっ」

消える闇守達が使う術、飛身。瞬きの間に飛び、消えたように見える。人の気配を探るのは面倒だけれど、いざという時には役に立つ。久し振りに戻った邸は、何かに追われているような慌しさだった。狩衣に着替えて兄上を訪ねてみれば、清盛に呼ばれているという。

「戻ったのですね、羅刹殿。無事で何よりです」

「只今戻りました、兄上。御心配をお掛けし、申し訳ありません」

弱々しげな微笑は変わる事無く、それでも私を気にかけてくれるこの人が居なければ、今の私は在り得ない。そう考えると、感謝してもし切れない。

「これからお祖父様の元へ参るのですよ。疲れているでしょうが、あなたも共に来てくれますか?」

正直、気が進まなかった。将臣を探し出し、星の一族か闇守の里へ身を寄せさせる。その為に数日を費やしてきたというのに。けれど、兄上に請われれば無碍には出来ない。私の為に無理をさせてしまったのだから。

「はい。では、衣を替えて参ります故…」

「そのままで構いませんよ。私もそうでしょう?」

「そうですか。では、このまま供に付きましょう」

あからさまに安堵する兄上を見て、厄介事なのだろうとは思っていた。だけど、清盛が会わせたいと言った客人が将臣だとは思いもしなかった。そこに居たのは昔のままの将臣。知盛と重衡、清盛と尼御前までが居た。見えなくとも判った。兄上の後ろで、素知らぬ振りを通そうと決めたのに。

「っ?!お前、何で……」

慌てて駆け寄る将臣に返せる言葉は、他に無かった。

「初めまして、羅刹童子と申します。羅刹とお呼び下さい」

納得出来ないままの表情で、それでも将臣は引き下がった。訝しげに尋ねる清盛に、知り合いに似ていたからだと言って。父上に似た将臣を客として迎えたと言う清盛にこれまでの経緯を聞かされ、宴の最中に退出を願い出た。

「大丈夫ですか?

「大丈夫」

「あれが、弟なのだろう?」

人気の無い庭の隅で、空を仰いでいた。将臣を助けた二人に、何を恨む事がある?頷くだけで、涙が零れた。嬉しいのか、悲しいのか、判らないまま。

「ならば何故、それを告げないのです。ずっと探していたのでしょう?」

「私は……ここに来た時、将臣と同じ年だった」

「そうか。ならば……好きにすれば良い」

将臣を巻き込みたくなかったとは言えない。これから平家かどうなるのか、知らないのが普通なんだから。

「知盛、重衡、話が……、っ――?!」

「……なんだ?」

「明日にして頂けますか?」

まだ、間に合うかもしれない。平家との関わりが深くなる前に。私が何をしているのか、知られる前に。

「お前等……に何をした?!」

「客人、私は…」

!俺が間違えると思ってんのか?!」

何もかも、遅かったのかもしれない。それどころか、私がどうこう出来る問題ですらないのだろう。将臣達は、この世界に必要とされて……呼ばれてしまったんだから。

「将臣殿、落ち着いて下さい。この方は、亡き重盛兄上の息子なのです」

「ふざけんな、こいつは……だ」

「本人は、認めぬようだが……?」

「なら、何で泣いてんだよ。じゃない?冗談だろ?何とか言えよ……!お前が誰だか判らないほど俺は馬鹿じゃない。……そうだろ?」

「私は羅刹童子。父上に救われ、名を受けた」

昔とは違う服装、髪型、体形、所作、顔つき。それなのに、何故判るのか。昔より近くにあるその目が零す涙は、貫き通せない嘘を融かしてしまう。絞り出すように悲愴なその声は、その場から逃げる事すら許してくれなくて――。

「――だったら、本当の名前は……覚えてない訳じゃないんだろ?」

「私は……。有川、

何年も前、こんな事があった。まだこの世界に来る前に。あの時も、将臣は私の嘘を見破っていた。それが何故なのかは判らないけれど……私の嘘は、将臣に見破られてしまう。

「遅くなって……ごめんな、

「――将臣が謝る事じゃ、ない」

肩に感じる重みは、昔よりも軽くて暖かく、優しかった。清盛が亡くなる三ヶ月前、治承四年師走。漸く将臣に会えたその時。私がこの世界に来てから、既に三年以上が過ぎていた。



     

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やっと…やっと将臣と会わせられたー!!(お前が遅いからだろ?)
相生序章は、これにてお終い。次回からは一章平家陣編!(これまでとどう違うってんだよ?!)
暫くの間、平家三人衆+αで話が進み…あ、また3年分の話になりますね。(殆ど変わってないんじゃねえか?)

相方は口の悪い将臣でした!(誰の所為だよ?!ったく…ま、あんま気にすんな。またな?)





橘朋美







FileNo.011 2007/8/10 ※2010/10/2修正加筆