それは、今までに無い事だった。私の剣を肩に受け、その上で己の太刀を突き付ける事など……これまで一度たりとも。ここで……何かが変わったというのか?
「これ以上は無駄でしょう。邪魔をしないで頂きたい」
咄嗟に勢いを殺したとて、止められる筈など無かった。その肩先に埋まる刃に、僅かな望みを抱く。初めて辿るこの運命の先に、お前が存在しているのではと。
「解った。だが、手当てが必要だろう」
気遣いは無用だと言うを抱え、庵へ。結果、鬼の里から遠ざける事になっていた。それこそが最大の変化を齎し、運命を変えたなどと思いもせずに。
◆◇◆◇◆
怪我の具合なんて、今はどうでも良かった。日頃から晒と帷子を着けているのは、性別を隠す為だけじゃない。少しでも死ぬ確率を下げる為なのだから。
「どういうつもりです?!先程の場所へ戻して頂こう」
「手当てが済めば送ろう」
一瞬の事だった。曲刀を鞘に収めたリズヴァーンに抱え上げられ、次の瞬間には小さな庵の中に居た。何故こうも私の邪魔をし、挙句助けようとするのか。
「手当てなど必要ないと言っている!……?ここは……どこだ」
「私の暮らす庵。鞍馬だ」
鞍馬?!とんでもない距離。しかも、まるで正反対の方向に一瞬で。いや、そういう問題じゃない。さっきの山と似た感覚があるんだ。なのに、ここは端とはいえ京。ここにも誰か……何かがあるんだろうか。
「あなたは何者なんだ……?あの場所について、何を知っている」
「答えられ…」
「ならば質問を変えよう。何故あの場所とこの庵に同じ気配を感じる?!あなたがどちらにも……縁のある人間だから、ではないのか?」
「そうだ」
「そして私を知っている」
「ああ」
「ならば、あなたは……私と同じ一族の者、なのか?」
「違う。肩を……見せなさい」
「私に、近づくな。誰とも知れぬ輩の、世話になるつもりは――無い」
この男が、何かを知っていると思った。恐らくは闇守の事を。その言葉を信じるのなら、無関係。半端な情報では信用など出来ないのだから、女だと知られる訳にはいかない。
「傷を放っておけば、後に障る」
「あなたには……関係、無い」
睨み付けた目は、逸らされる事も無く私を見据えていた。
「私はお前を知っていると言った筈だ」
「私の、何を……知っている、と?」
挑発に乗るようなタイプの人間ではないだろう。
「それは…」
「答えられない、のでしょう?」
言い淀むと同時に視線を逸らしたリズヴァーンの隙を衝いて、戸口へと駆けた。左腕を捉えられ、痛みに声を漏らした時。その口から出た言葉に耳を疑い、その慌てた様子に目を疑った。
◆◇◆◇◆
「っ、待ちなさい!」
「っぐ……ぅ」
逃げようとしたその手を掴み、引き戻したのは間違いだったのか。真名を口にした事に気付かぬではない。
「何故、その名を……」
血を失い、意識が定まらぬままに問い質すその姿。幾度も似た光景を見てきたというのに、何故心が乱れるのか。
「答えられない、以外の答えを……」
晒から滲み出る血と、口から絞り出される言の葉。その量は相反するばかりで……もう迷っている暇は、無かった。
「それが、私の知るお前だからだ。傷を見せなさい」
「それでは……答えになって、いない」
足元すら覚束ぬ様子に身体を抱え上げようとすれば、血の滴る腕を下げたまま、もう一方の腕で払われる。
「…………らば、…………答えよ―――…」
「?何を……。っ、お前は?!」
「そいつに触れるな。死にたくなければな」
不意に現れた者は、ここに在り得ぬ筈の見知った姿をしていた。だが、幼さの欠片も残らぬその顔は……私の知る者ではない。
「……っ、遅い」
「すまない。傷を見せろ」
攫うようにを抱き上げた後、振り返ることも無く消えた。鬼の一族ではなく、八葉でもない男。あれは……一体?
◆◇◆◇◆
やっと――ただ、そう思った。何年も前から現れなくなってしまっていたが、私の呼び出しに応じて姿を現したと知って――。痛みで強張っていた全身の力が、抜けていった。
「暫く辛抱していろ。ここでは碌な手当ても出来ん」
夢現の中で、懐かしい口調が響いていた。私を…有川を知っていて当然の存在が、一つ。その時は、それだけで良かった。
「手酷く遣られたものだな」
舌打ち交じりの呟きを聞いたのと最後に、意識が落ちた。と言うよりは……潜ったと言う方が正しいのか。暗くて温かな、水の中へ。
◆◇◆◇◆
海で泳ぐ……いや、潜るって言った方が正しいか。そんな感じだった。
「どう考えても夢だな、こりゃ」
制服を着たまま生温かい水の中に潜ってるなんて現実、在り得ねぇ。息苦しくもなく、声まで出せるってんなら尚更だ。
「山ん中に海があるとも思えねえしな」
水越しに見える景色は、あいつ等を探してうろついてた鬱蒼とした森。夜になって、いい加減疲れていた俺は一眠りしようとしてた筈だ。
「夢の中でも、居るのは俺一人なんだな」
歩き出そうとした身体は、俺が思うほど前には進めなかった。身体を取り巻く何かから抜け出せずに、どうせ夢だと無防備に横になる
「夢も現実も変わらねえってか」
山を下りて目にした物は、時代劇さながらの光景。月明かりだけが頼りのその中に、入り込む事は出来なかった。
「ま、現代じゃないって事だけは確かだな」
馬鹿馬鹿しいが、認めるしかないんだろう。実際に街灯も車も無けりゃ、電線やアスファルトすら無かったんだから。
「――――……どうして」
不意に聞こえた声で、飛び起きた。聞き間違う筈が無い。生まれた時からずっと傍に居たんだ。昨日まで、ずっと。
「?!お前……。夢じゃなかったのか?これは」
「夢だよ。けど、多分現実でもある。前に――似た夢を見た」
温かな闇の中。懐かしい記憶。見間違いじゃない。生まれる前からずっと近くに居たんだ。……数年前までは。
「そう、か。それならやっぱり、あれは現実って事か」
汚れて乱れた制服と、疲れを滲ませる表情。それに、さっきの呟き。将臣が何を言わんとするのか、察するには充分だった。
「タイムスリップ、ね。将臣、望美や譲は……逸れた?」
一緒じゃないの?とは聞けなかった。この世界には危険な事が多過ぎて、不安が大き過ぎる。それを口にする事が憚られるほどに。
「ああ。二人揃って迷子かもな。けど、お前もここに……居るんだな」
苦笑いを浮かべ、真顔に戻るまではほんの一瞬。最後の一言で、私の願いが完全に打ち砕かれていた事を知った。
「そう。将臣も……。今、自分がどこに居るのか判る?」
村の名前と凡その方角さえ判れば、探し出せる。そこが平和な土地ならば、会うだけ……いや、無事な姿を確認するだけでもいい。
「どこって聞かれてもな。山ん中で気付いてから、お前等を探してる」
厭きれたように笑いながら肩を竦めるその癖も、見た目もあの頃のまま。とはいえ、続く言葉に愕然としたのは……当然の事だろう。
「大体、一日やそこらで把握出来る状況じゃねえだろ?」
一日――?私は…………一体もう何日経っているのだろう。何も出なかった。涙も、言葉も、溜息さえも。ただ呆然と、立ち尽くしていた。
◆◇◆◇◆
妙な夢だった…筈なんだが。あいつは、現実でもあるって言ってたな。急に黙り込んじまったに声を掛けようとした時、周りが揺らいで。
『っ!また逢えるんだろ?!』
自分の叫び声で目が覚めた。寝るには丁度良いと入り込んだ洞窟は薄暗いままだったが、入り口から差し込む光は――行くべき場所を示してるみたいだった。
「行くしかねえよな」
どこかに居るんだ。望美や譲の事も、どうしてるのか気になる。何か手掛かりがあれば……だがそれも、探すしかない。少なくともだけは、この妙な世界のどこかに居る。
「夢で逢えるぐらいだ、現実でも会える。絶対に」
その時を少しでも早く、確実にする為にはどうすれば良いか。あいつが俺みたいに彷徨う羽目になる前に。人の居る所へ――それだけを目指して歩きだした。
◆◇◆◇◆
もうどれくらい、ここで過ごしてきただろう。そんな事を思っていた時、将臣の叫び声を聞いて目が覚めた。見覚えの無い天井。たった一つ馴染みのある気配と、警戒心剥き出しの複数の気配。ゆるりと頭を巡らせると、自分がどこに居るのかが判った気がした。地名は判らないけれど、やっと……確かなものを見付けた。
「気付いたか。暫くそのまま寝ていろ」
思考が纏まらないのは、傷口が炎症を起こしている所為かもしれない。冬が近いというのに、熱くて身体の自由も利かないままだ。
寝ている間、母様の中に居た頃のように何かに隔てられたまま、将臣と話をしていた。ここへ来たばかりの時に見た、あの夢……星の一族の先祖姫と同じ。聞きたい事が多過ぎる。二人の先祖姫とその夢。あの女……北条政子の言葉。突然現れなくなったのは何故なのか。ここが――どこなのか。
「長を呼べ。それ以外は表へ出ていろ」
僅かな動作で一斉に消える気配。人の居なくなったこの部屋で、の気配が少しづつ変化している。これまで一度も……違う。一度しか感じた事の無いが、そこに居た。何故そこまで……何に対しての怒りがあるのか。新しい気配を感じては聞く事も出来ずに、長と呼ばれたその人が口を開いた時。その怒りの意味を知った。
◆◇◆◇◆
ここへ連れて来るしかなかった。たとえここがにとって危険な場所だとしても、それ以上に安全な場所でもあるのだから。
「ほう?その小童が、我が一族の頭領だと仰るか」
野心を隠す事すらせず、秘すべき一族の力を多用するこの男。これが頭領家の血を受けているのかと思うだけで反吐が出る。
「闇守の頭領に仕えるが我が使命。長よ、その頭、振れば音でもするか」
俺が仕えた男は子を成し、そしてその子が俺の仕えるべき子を成した。闇守一族、頭領家直系の最後の血を継ぐ者を。
「莫迦莫迦しい。そのような小童に一族を預けられるものか!」
前頭領の異母弟。星の姫と頭領が消えてから、己の思う儘に振る舞って来た愚か者。富と権力を好み、守るべき星の一族をも利用しようと画策する下衆な輩。
「ならば預けずとも良い。我が仕えるは唯一人。最たる闇守のみ」
己の置かれた位置を、に知らしめる為に。敵は敵として見なす者以外に、一族の中にもあるのだと知らしめる為に。
「兄者が消えた今、最たる闇守は私だ!お前が仕える主は私なのだ!!」
「愚かな男よ。それほどまで言うならば、覚悟は出来ておろうな」
このような者、下級とはいえ使い魔としても役に立たぬだろう。だが、を邪魔立てするとあれば……朽ち果てるまで使役されるが良い。
「その死に損ないと呪戦をしろとでも?」
「、何を……?」
指差し嘲笑うが良い。お前の力など、足元の砂ほどにも及ばぬ。その力を見極める事すら出来ぬ、愚かな己を悔やむが良い。永劫に……。
「動くな。そのままで良い。合図と共に俺を呼べ」
「皆、聞くのだ!これより呪戦を行う。そこに臥す若造と、この私がな!」
戸を開け放つと同時に喚く、浅ましき者よ。床に臥す者に敵わぬとは思いもせぬか。ならば、その身をもって知るが良い。の――闇守の頭領たる者の力を。
◆◇◆◇◆
長だという男が、私を邪魔だと思っているのは判った。私は闇守を統べたい訳じゃない。知りたい事があって、力を借りたいだけ。の口にした呪戦が何を意味するのかも、薄っすらと感じていた。
「静まれ!この二人、我が仕えるはどちらか……祭司よ、合図を」
「一族を統べる者よ、その力を示す時ぞ。魔を使う可く、呪を唱えよ!」
ざわざわと届いていた声はの声で静まり、ただ静かに風の通る音だけが聞こえる。低く響く祭司の声を合図に、私はその呪を口にした。
「使い魔ならば、我が声に答えよ――」
微かに聞こえた断末魔の悲鳴は、押し寄せる歓喜の声に呑まれていった。それが少しだけお祖父様と似た気を持つ人だった事など、私には関係ない。あれが、判断を誤った者の末路だという事なのだから。
「この者こそが我が主、最たる闇守ぞ」
が宣言した途端、多くの気配が私を迎え入れた事を知る。ここが私の辿り着くべき場所だった。それなら、傷が癒えるのを待てば良い。あの男を探るのは、それからでも遅くはないだろう。どこかに居る筈の将臣とも、いずれ会える。そう確信したまま、眠りに落ちていた。

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なんとか京へは戻って来たものの、未だ将臣とは再会ならず。(俺が戻っただけでは、足りないとでも言うのか?)
ま、次回こそは再会出来る。……筈です。それと共に相生の序章も終わり、一章へ突入しますよ〜。(随分と待たせているようだがな)
相方は三年以上も行方知れずだったでしたー!
(誰の所為だと?!…逃げ足の速い奴だ。待たせたな、。いつでも俺を呼べ)
橘朋美
FileNo.010 2007/6/2 ※2010/10/2修正加筆 |