相生
序章五



その夜。宛がわれた部屋に結界を張り、を呼び出してみた。何度呼びかけても反応は無く、使い魔の青黒い住処が冷たく煌めくばかり。腕輪さえあれば何処にでも現れたまでもが居なくなってしまった。闇守一族の事。星の一族の事。この世界の事。聞きたい事は山積みだというのに、問い質すべき存在が居ない。生まれて初めて、独りになった事を知った――闇の中で。

◆◇◆◇◆

狩の誘いに邸へ赴けば塀の向こうが騒がしく、賊が入り込んだとの事。外を固めている兵は無く、二手に別れたその先に現れたのは得体の知れない少年――だと思っていたのですが。

「髪を落とさずとも、戦う事は出来ますよ」

「短い方が男に見えるのでは?」

「いいえ。首筋を晒す方が、女性だと気付かれるでしょう」

重盛兄上を父上と呼んだ後、突然彼女が言い出した事に驚愕した。貴族の姫には劣るものの、その長い髪を落とすと言う。なんとか思い止まらせれば、次々と不可解な事を口にし始めた。

「暇がある限り、弟達を探します」

「御自分で……ですか?」

「それが一番確実ですから」

世話をする女房達どころか、外出時の護衛の者すら要らぬなど。女性でありながら太刀を扱うのだとしても、それは危険極まりない事。兄上達は、説得を試みる私を楽しそうに眺めるばかりで。

「兄上達からも仰ってください」

「そうだな。道の案内に一人は連れて行くのだぞ?」

「はい、父上」

根本的解決には至らなかった問題に再度説得を始めた時、発せられた知盛兄上の言葉に耳を疑った。その後、四半刻も経たぬ内に――私は己の眼までをも疑う羽目になる。

◆◇◆◇◆

「重衡はお前の太刀を…知らぬか」

「兄上?何を…」

「見せてやれよ……お前の姿を」

「残念ながら――私には太刀がありません」

臆する事も無く立ち上がり、目を射る視線。暗く、鋭く、深く。抉るように心地良く。睨み付けるその色とは真逆の――滾る血の如き、緋色の意思。太刀があれば、戦う事に異議は無い……か。

「では…兄上、一振り御貸し願えますかな」

「良いだろう。だが、程々にな」

「兄上!は女性なのですよ?!そのような事…」

「重衡殿、私は構いません」

空に浮かぶは……朧なる立待月、か。それが仄かに照らすのは、悪鬼羅刹と修羅の者。それを、程々に――とはな。まあ、兄上の仰せだ。――殺さぬ程度にしてやるさ。

「御相手致そうか――。羅刹童子殿?」

「知盛殿、参る」

変わらぬ視線、隙無き構え。虎視眈々と狙う時は……月が薄雲に覆われる瞬間か。クッ……楽しませてくれそうだ。お前の太刀を浴びるか…お前が太刀を浴びるか。

◆◇◆◇◆

仄かな月明かりが翳りを増した時、動いたのは二人同時だった。

「ほう…?逃げ足は早い―――っ?!」

そして、その直後。さっきまでの居た場所には、知盛殿と……。その足元には、幾重にも重なった衣だけがあった。

「この程度で御褒め頂けるとは光栄の至り」

その言葉と共に絹を裂く音が聞こえたのは、松の枝。

「っ?!いつの間に……あれが、の力量なのですか?」

悠々と枝に腰掛け、張袴を膝下で切り落とすなんて。

「いや。やはり、本領を発揮するつもりは無いと見える」

傍観する者達を余所に、二人の攻防は再開される。間合いを取れば機を見て斬り込み、懐に潜れば打ち込む。互いに繰り出す刃は悉く受けられ、流され、避けられ、又は返される。

まさか…………。本当に?あれが本気じゃ無いって……じゃあ、あの子は知盛殿と互角以上に戦えるっていうのか?二人とも掠り傷一つ負いもせず、それから――ただ淡々と剣戟が繰り返される事一刻余。それは、一本の白刃が折れ飛んだ事で漸く終幕となった。

「残念ながら、これまでのようですね」

「ふっ。……次は、本気を見せてもらいたいものだな」

折れた刃と裂いた裾を拾い上げ、こちらに近寄るには……嬉しそうに、楽しそうに、心配そうに、只一心に。四つの視線が注がれていた。

◆◇◆◇◆

迂闊と言えば迂闊だった。

「……どうしようかな」

「お早うございます。お目覚めでしょうか、羅刹童子殿」

ここには服が無い。前の部屋に置きっぱなしだ。単姿で表に出ても良いんだろうか?パジャマで表に出る事は無かったけど、庭に出る事はあった。それに、呼んでいるのは昨夜の男。知らない人間じゃないなら、まあ良いか。

「羅刹童子殿?御身体の具合でも…」

「おはよう。取り敢えず、着替えを貰えるかな」

「え?……っ、申し訳ありません!」

松から落ちた時の私のような格好から、平伏した…?着替えを忘れたのは私なんだから、向こうが謝る必要は無い筈。何だか落ち着かない。しかもこの人、脅えているように見える。余程恐ろしい人間だと思われているんだろうか。

「謝る必要は無いと思うけど、話は部屋で聞こうか」

「ですが、それは…」

「この格好じゃ寒い。早くして」

秋の澄んだ空。風は無くとも早朝の空気は冷たい。堪えられない程ではないけれど、この格好ではとても男には見えない。晒を巻いておいた方が良いかもしれない。ぼんやりと、そんな事を考えていた。

◆◇◆◇◆

仰せ付かったのは馬術や情勢、様々な日常の事柄についての指南。重盛様の息子となった羅刹童子殿……異世界から来た有川という少女。何か怪しい動きが在れば報告を。それも同時に役目となった。

「――失礼致します」

「着替えも欲しいけど、暗くて濃い色の晒も貰える?」

「はっ。直ちに」

単姿で部屋から出て来て……しかも、そのままオレを部屋に招き入れるなんて。彼女にとっては、当たり前の事なんだろうか?この状況を人に見られたら……。そう思うと、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

「名前は?」

「は?」

「名を教えてくれない?私の名は知っている筈でしょう?」

意味が解らなかった。重盛様から聞いているものとばかり思っていたから。確かに、この少女の名は知っている。真名と、素性を隠す為の通り名。知る者は極一部で、それこそが不信感を煽っている。

「梶原……梶原平三景時と申します」

「呼び方は景時で良い?」

「は、御随意に」

初めての会話で、彼女の事が益々解らなくなった。平家一門を支える方に見出され、その子となり、いずれは将となる。そんな立場に居る人間とは思えない行動。……この役目、かなり大変そうだな。

「暫し御待ちを。御前、失礼致します」

そんな事を考えながら、オレは彼女に言い付けられた品を揃える為に、その場を退出した。

◆◇◆◇◆

あれからもう二十分も経っただろうか?此方に向かう複数の足音が聞こえた。衣擦れの音が、これほど大きいとは思わなかったな。二人……違う、三人か。女房でも連れて来たんだろうけど、私を知る人間を増やしたくない。恐らく、昨日の女房達を連れて来たんだろう。状況を判っている人間なら、そうする筈。

「違ったら拙いな……」

最悪、景時に協力してもらうしかない。コツさえ判れば直ぐに自分で着替えられるようになるだろうと暢気に考えていた。その少し後、現れたのは昨日の――どころか、女房ですらなかった。

「羅刹殿、着替えをお持ちしま…」

「入るぞ」

「兄上!断りもなくそのような…」

まあ、この三人なら自分の正体を知っている人間ばかりだ。噂好きな女房達と関わるよりはマシ……なんだろうか?それぞれ手にしている物が気になるけど……嫌な予感は得てして当たるもの。

「重盛様に御伺いをと思いましたが、既に六波羅へ向かわれた後で…」

深く濁った紺、緑、灰色の……巨大なバームクーヘンのような晒。口に入れれば食中毒必至ってところだけど、なんで三本も?

「替えを幾つか持って参りました。お好きな物をどうぞ」

色取り取りの鮮やかな山から覗くように微笑み掛ける重衡は、直ぐに知盛への小言を再開する。幾つかって……触れたら雪崩れそうな量だ。

「フン。……余計な気遣いをすれば、素性が知れるだろう」

無造作に投げ寄越したシンプルな着物は、知盛と同じタイプの物みたいだ。この三人で一番冷静なのは、この人だろう。危険度も一番だけど。

◆◇◆◇◆

騒々しく着替えを済ませた頃には、太陽が空高く昇っていた。この世界にも案外面白い人間が揃っているものだと感心しながら、一人きりとはいえ父上に拾われた私は強運の持ち主なんだろうと思った。たとえこの先、歴史と同じ未来が待ち受けていようとも。それを変える事が出来るかもしれない。私の知る歴史通りの未来ならば尚の事。それが罪なのだとしも、受けた恩くらいは返したい。自分の使える全てのものを有効に使い、せめて何人かでも落ち延びさせる事くらいは……。その程度の事、理不尽な別れに対する代償になら許されても良いでしょう?

「たとえ許されなくても――私はやる」

秋の陽だまりで小さく呟いた声を拾うものなど一つも無く。乾いた一陣の風が、それを攫うようにして吹いて行った。



     

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立待月=たちまちのつき・十七日夜の月
張袴=はりばかま・十二単などと合わせる袴

何とか意思疎通完了…してるって事にしといて下さい。(随分振り回されて疲れてしまいましたが…仕方ないですね)
着替える時の騒々しさは、打ち込む毎に莫迦騒ぎするこの4人なんて組み込めなくなってしまって、結局消去。「気になる!」と言う方がもしいましたら、教えてください。番外編という事で書いてみようかと思います。(その様な方がいらっしゃるのですか?) (いや、今んトコ全然)
あああ、序章中に後3人出さねば〜。何とかいけそうな位の捏造年表も出来た事ですし、張り切って次行きます!(捏造…ですか。無茶な事をなさいますね)

相方は、偶に黒さが滲む重衡でした!逃げろ〜〜〜。(失礼な…あ。いえ、御気になさらず。また会いに来て下さいますね?)





橘朋美







FileNo.005 006/9/23 ※2010/10/1修正加筆