目覚めた場所は松の枝。眼前に広がる景色は――時代錯誤も甚だしい。どこもかしこも、目の前にある豪邸の部類に当て嵌まる一目瞭然のそれも。
「何だろう、ここ。テーマパークには見えないけど」
ぐるりと見渡せば、ビルも無く車も無い。それどころか……電柱や道路も無い。いや、道路はある。あるにはあるけれど……。舗装されずに土が剥き出しのままなんて、どんな世界だろう。
「おい、そこで何をしている」
そんな事を考えていたら、奇妙な服を着た人が声を掛けてきた。下に降りようと視線を落としたら、私の着ている物も制服じゃない。服じゃなく、着物?しかも、平安時代くらいのものに見える。
「賊にしては随分と暢気だな」
制服ではない服をマジマジと見ている時。穏やかじゃない単語を耳にして、拙い立場になってるような気がした。手にしていた檜扇を懐にしまい込み、取り敢えず降りて説明をと、いつものように飛び降りた――のが間違い。
「っ――?!」
飛び降りた瞬間。誰かに引っ張られたような違和感を感じて、袖が裂けた。そのまま猫のように宙返りして、どうにか無事に着地した――と、言えるんだろうか?左の手と膝を地に着けて、立てた右膝の上には右腕が。まるで時代劇の中で将軍に呼び出された時の御庭番のような姿勢のまま顔を上げた瞬間、声を出す事が困難に思えるほどの至近距離に突き付けられた刃。咄嗟に飛び退いたのは、子供の頃からに鍛え上げられたが故の条件反射でしかなかった。
「ほぅ、中々腕が立つようだ。何者だ?」
そう言ったその人の後ろから、七、八人の武士らしき人間の声。重盛殿、お下がりを!小松殿を狙うてきたか?!信じられない名前を聞いて、今度は間髪入れずに声を出していた。
「重盛?小松……?小松内府――平重盛?!」
正面に居たその人の顔は、父さんとよく似ていた。
◆◇◆◇◆
妙な夢から覚めて二、三時間後の現在。私の前に居るのは三人の有名人。本来なら目の前に居るなんて事は在り得ない筈の、歴史上のその人達。一人は興味津々で、一人は射殺さんばかりに。残る一人は柔らかな鎖のような、三者三様の視線。それらを浴びせられている私は、邸に忍び込んだ賊として捕縛されていた。
「その言葉を信じろと?」
この人が平重盛なのかと思い、叫んだ時。周囲に居た武士達は即座に襲い掛かって来た。武器も無く、人が大勢居る以上は呼べず、刀を避けるだけ。何とか話を聞いてもらわなければと考えていたけれど、暫くすると邸の奥から増援の気配がして……その場を逃げると決めた。続け様に二人の武士を倒して刀を奪い、後は只管相手を倒し続けた。殺される訳にはいかなかったから。生き延びる為に、何十人も斬り捨てた。
「フン……くだらんな」
出入り口がどこかなんて事が私に判る筈も無く、塀を飛び越えて逃げようとした。そこに斬りかかって来た男。二刀流の武将、平知盛。知盛、斬るでないぞ。そう重盛の言葉が飛んでいなければ、腕か足の一本は落ちていただろう。その一振りで、周囲の武士達とは桁違いの腕だと判断出来た。獲物を追い詰める肉食獣のような男。敵に回せば厄介だろう。そんな事を思いつつ、塀を越えた。
「何か証が有るのですか?」
塀を越えた向こう側に着地し、体勢を整えた時。私は既に、この男に槍を突き付けられていた。左胸、心臓の辺りに。左右には刀を構えた警護の武士達、急所を捉えた切っ先。絶体絶命というのは、こういう時の事を指すんだと実感した。重衡…か、そいつを連れて来い。後ろから聞こえた低い声で、どの道殺されると覚悟した。槍使いの武将、平重衡。平知盛の弟。
「先に言った通り。これ以上言うべき事も、証明する物も無い」
平重盛が生きているという事は、平安末期から鎌倉初期。お蔭で、私以外の闇守が居たとしてもおかしくないという事だけは解った。その後は刀を捨て、後ろ手に縛り上げられ、今に至る。
「ふむ――――」
その場で殺されなかったという事は、逃げる機会を窺えるという事。取調べの後処刑されるのだとしても、十秒もあれば逃げられる。下手に言い繕う必要も無いけれど、星の一族と闇守一族について伏せたのは本能からだ。ここではない世界で何かに呑み込まれた事。気が付いた時には松の枝に座っていた事。一緒に居た弟達を探さなくてはならない事などを有りの儘に話した。信じられない事でしょうが、虚偽りはありませんという前置きと共に。当然投獄されると思っていたけれど、それで充分だったのに。
「知盛、重衡。悪いが狩りは取り止めだ。暫く獲物の番を頼んでも良いか?」
「はい」
「畏まりました」
そんな私に与えられたのは、獰猛な番犬付きの生活。――最悪だ。腹の中での悪態を億尾にも出さずにいられたのは、きっと修練の賜物だったに違いない。
◆◇◆◇◆
それから暫くして。重盛が出掛けに汚れた服を替えるように言い、一揃いの着替えが届けられた。今着ている服と同じような物だというのは判るけれど、浴衣や着物ならともかく平安時代の服なんて……脱ぐ事は出来ても、着る事が出来ない。
「着替えられない」
「なんだと?」
「どういう意味ですか?」
「こんな着物は着た事が無い。脱ぐ事は出来ても、着る事が出来ない」
………………無言で睨み付けられても困る。私だって、返り血で汚れた服なんてさっさと着替えたい。だけど、向こうには着替え方を教えてくれるような気配は無い。それも当然か。自分の着ている服を着替えられないなんて事、誰が信じる?本音を言えば、着替えるよりもお風呂に浸かりたい気分だった。飛び散った返り血が髪にまでこびり付いて鬱陶しい。なんて――今は悠長な事を考えている場合じゃない。直ぐにでも逃げたいところだけど、この二人に見張られていては術が使えない。眠ってくれれば良いんだけど……夜まで待つしかない、か。
「放っておけ」
私に近付いてきた重衡を止める、気だるそうな声。大してやる気が無いように聞こえるのは、興味が無いという事なんだろう。
「兄上……。ですが、あのままではあまりにも…」
「気に入らなければ――、自分で着替えるんだな」
それとも試しているつもりなんだろうか?どうであろうと好きにすれば良い。出来る事なら関わらずにいてくれた方が安心だと思う二人に見張られたまま、夕方になると小さな部屋に移された。着替えの着物と、やっぱり見張り付きで。
「…………おかしな状況だな」
食事は普通に与えられ、部屋はさっきまで居た所と比べればかなり小さいと言っても十畳以上ある。見張り付きでも上等そうな着替えまで与えられて……殺すつもりは無いという事なんだろうか?誰も私の話を信用していないのに?だとすれば――手駒として使う気か。どういう類の手駒かは判らないけれど、状況によってはそれに乗るのも良い。三人を探すのなら、このまま逃げるよりは。そう結論付て、大人しく見張られること五日。重盛と再会した私は、あの日のままの格好だった。
◆◇◆◇◆
待っていたのは三人。重盛と知盛、あと一人――何者?
「さあ、重盛兄上の御前へ」
促されて奥へ進みながら、見た事の無い一人を観察する。明らかに違和感のある服装は貴族には見えず、かといって一介の兵とも思えない。一介の兵なら、ここに居る筈も無い。何か命じられる為にそこに居る事は確かで、中央から外れた位置に座る姿は…。
「何故着替えておらぬ。あの程度の衣では不服か?」
思考を中断させたのは、どこか憮然とした表情の主。貴族からすれば、不愉快極まりないだろう姿。汚らわしい無礼者、とでも言いたいんだろうか。髪に付いていた返り血は、こそぎ落としただけ。服は返り血で染まってたまま、赤黒く乾いた染みを作っている。破れた袖は邪魔で、疾うに引き千切った。まるで落ち武者の姿だ。
「いいえ。着替え方が判らなかっただけです」
そう返せば、一瞬その場が沈黙に支配された気がした。
「ふっ…く、ははははっ――!」
だからって、爆笑されても対応に困る。
「正しく異界からの客人か」
その程度で納得して良いものなのかと思いきや。この五日間、人を使い私の素性を探っていたらしい。情報は皆無、結論は全てに於いて謎。――当然だ。この時代に私を知っている人間なんて、居る筈がない。刺客や間者ではないと判断されたのは、運が良かったと言えるだろう。得体の知れない者として殺される可能性の方が高かったのだから。
「寄る辺の無い身だと言うのなら……我が子となり、戦う気はあるか?」
唐突に発せられた言葉に驚きを隠せなかったのは、私だけじゃなかった。知盛と重衡も初耳だったようだ。けど、端に座る男は平然としている。重盛の言った事を最初から知っていた、という事か。この話、断れば身の保障はされないだろう。受けるにしても平安末期、戦乱の最中。それでも生き延びて三人を探すなら。
「有象無象になる気はありませんが?」
伸るか反るかの賭け。
「我が子にと望む程の者の力、見極められぬ愚か者ではないつもりだ」
勝敗が付くのは、いつになるのか。
「兄上。本気、だと仰るのですか?」
そもそも、この賭けは成立するのか。
「重盛兄上、お戯れも程々になさいませんと」
弟達二人は当然反対、か。
「本気だ。この者を我が子とし、将に据える。明日、父上に知らせに参るぞ」
重盛の養子……将って事は、兵を率いるという事になるのか。まさか平清盛にまで出てくるとはね。ま、今更か――でも、問題が一つ。
「将と言われても、私は馬に乗った事はありませんが」
「はははっ……は?」
「なん…だと?」
「え?!」
「馬に乗った事が無いと言っているんです。乗れるかどうかすら判りません」
乗馬どころか、間近で見た事すら無い。
「構わん。乗れるようになれば良い。その為にこの者を付けるのだからな」
そう言われて、ずっと黙っている男が頭を下げた。教育係、指南役ってとトコか。随分手際が良い。それにしても――平重盛といえば温厚という単語が浮かぶけれど、目の前に居るこの人は豪快という単語で表す方が似合いだと思う。からからとよく笑う、行動的な小父さん。養子にされるのなら父親か。私の、三人目の…………この時代なら父上と呼ぶのが妥当なんだろう。
「お前をなんと呼べば良い?なあ、羅刹童子よ」
他の三人が顔を顰めたまま、ピクリと反応を示した。名前、か。念の為、過去に名前が残るような事は避けた方が良いんだろうな。
「らせつどうじ とは、どのような意味です?」
「その小柄な身体で先日の戦い振り。幼き羅刹と呼ぶに相応しかろうが」
要するに、小さくて強い者という意味か。確かに、お宅等に比べれば小さく見えるだろうね。私の年で163cmなら普通だと思うけど、ここでは小さいのか。ん?確か――昔は栄養状態やら食物摂取類の違いで男でも背が低かった筈。なのに私が小柄?史実の全てが事実じゃないという事なんだろうか?
「名を名乗れぬ、と?」
睨み付けられるのは良い気分じゃない。
「通り名の方が都合が良いのでね」
顔も見ずに言い放つと、尤もな意見が飛んで来る。
「名も知れぬ不審者を受け入れるなど……皆、納得出来ないでしょう」
それはそうだろう。
「あなた方にまで隠すつもりは無い。ただ、表向きは通り名だけを使いたい」
本当の理由を言う事は出来ないけれど。
「それは構わん。元より無理強いするつもりなど無い」
ははは……ホント、豪快な人だ。
「私の名は有川。以後は――」
「えっ?!」
一瞬にして固まってしまった有名人達とは逆に、一人だけが声を上げて目を瞠った。人の話は最後まで聞いて欲しい。それにしても……あの男、一言どころか一音しか喋らなかった。驚いた顔は随分幼く見えたけど、私よりは年上の――恐らく貴族ではない男。表向きは指南役。とはいえ、裏でどんな指示をされている事やら。偵察兼暗殺――そう考えるのが妥当だろう。
◆◇◆◇◆
狐に摘まれたような呆気に取られた顔をした四人は、私を男だと思い込んでいた。態々言う必要も無い事だと思っていたけれど、私の着ていた服が男物だった事と、戦い振りで男だと思い込んだらしい。それはまあ、別に構わない。だけど、その後が大変だった。娘が出来たと喜ぶ重盛と、驚いて表情を変えた知盛。そして、槍を向けた事を大袈裟に謝る重衡。その話を聞いているだけでも動揺しているのが判った指南役。その後、今後の事を話し合う前に身支度を整えるよう言われたのは真昼の事だった。なのに、今はもう夜で……尚且つこの状況は――。正直、勘弁して欲しい。
「よく似合っておいでですよ、。きっと兄上達もお喜びになる事でしょう。さあ、参りましょうか」
手を差し伸べる重衡は極上の微笑み。対する私は諦め顔。何人もの女房達に身奇麗にされて、夢で会った御先祖様のような格好にされた。重くて動き難いだけなのに。まさか女房達を殴り倒す訳にもいかず、散々弄繰り回された挙句に解放された。
「おお、昼の姿からは想像も付かぬ美しさだな」
満面の笑みで迎えられ、揶揄いの表情を受ける。指南役の男といえば、今度は一人で固まっている。酒と肴を前にして、着飾った私に何をしろと言うのか。今後の事を考えれば、この場に居る人達の機嫌を損ねるのは避けたい。それでも、貴族の姫として鎮座させられるのは御免だ。動けないのなら――逃げた方がマシ。
事に当たるのなら。
「あなたは私を子とし、将として迎えると仰り、羅刹童子という名を下さった」
腹を括れ。
「私は弟達を探す為、己の身の安全の為に」
目を逸らさず対峙しろ。
「有川という名を表沙汰にしない事と引き換えに、羅刹童子という名の武将として扱って下さるよう願った」
生き延びたければ決して怯むな。
「それを違えねば、私はあなたを父と仰ぎ、あなたの懐刀として存分に戦うと誓いましょう」
それが出来なければ、即座に殺られる。
先ほどまでの雰囲気は消え、静寂に包まれた室内。塗り替えられたかのように様変わりした空気が、冷たさを増した気がする。誰も口を開かず、しかしこちらを見たまま。数秒の時間が、数十倍にも感じられた。そして、その沈黙を破ったのはやはり――。
「取引き出来る立場と思うておるのか?」
平重盛の養子になり、戦場へ出るのは構わない。間者だと疑われ、監視を付けられるのも構わない。だけど、どうしても。これだけは譲れない。
「いいえ、私は確認しているまでです。あなたは確かにそう仰った。これは私の思い違いではありますまい。それを貫き通して頂けないのであれば、たとえどのような手段を使ってでも――私はここを出ます」
重盛は黙り、その近くで咽喉を鳴らすようにして笑った知盛が口を開く。
「脅しにもならんな。くだらん虚勢だ。それほどに…死に急ぐか」
…カツン――と、硬質な音が響いた。その手は恐らく、盃の代わりに剣の柄を持ったのだろう。衣擦れの音が止まり、背後の気配が増える。殺せという重盛のたった一言で、この二人は躊躇せずに私を殺すだろう。そうなれば――手の内を曝してでも消えるしか、手は無い。こんな所で死ねない。闇守の術を見られても、死ぬよりはマシ。
「その名は我等のみが知る…か。良かろう。我が息子として生きるが良い」
「――はい。有難う御座います、父上」
この時、私は自分自身の意思で選んだ。有川ではなく、羅刹童子という名を持つ平重盛の子として生きる事を。
忘れるな、。闇守の頭領として生きる者、それがお前だ。
子供の頃に聞いたの言葉が頭を過ぎったけれど、星の一族に関しても、闇守一族に関しても、このままでは探す事すら出来ないだろう。それに――今の私には、生きる為の場所を確保する事こそが重要だった。

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辞書を引きつつ設定を決めたのに、一年ずれると判明……所々、急遽変更しました。そもそも史実に沿って作られてないんだから、平家連中と軍奉行の年代のずれかたが大き過ぎ!今以って考察中なので、纏まったら設定に加えます。(何を言っている…可笑しな奴だ)
通り名候補に「修羅童子」もあったのですが、異花で使う「修羅丸」と被るので「羅刹童子」を採用。格好良い名前が好きです。考えるのは難しいけど。(お前の趣味…か)
序章中に登場するのは、あと数人。年代をしっかり決定せねば…。あ、番外編もあるな。話が増えまくりで首を絞めてるかも……あははは…。暑さに弱い=思考能力低下=話が進まない――早く涼しくなって欲しいよぉ。(ククッ、騒がしい女だ…な。秋になれば…筆が進む、とでも?)
相方は、いつでも涼しい顔の知盛でした!ではまた。(気が向けば…相手をしてやるさ。では、な)
橘朋美
FileNo.004 2006/9/2 ※2010/10/1修正加筆 |