秋を過ぎ、進路の決定を迫られる冬。卒業後の進路は 、恐らく自由業かフリーターという事になるだろう。以前のような誤魔化し方よりも周到に準備をしてお く必要があると考え、依頼者達にも協力を頼もうかと思っていた頃。以前感じた事のある念を、頻繁に感じるようになっていた。に話してもそれが何なのか判らないらしく、害は無いのだからと放っておいたのが拙かったんだろうか。
「おはようちゃん、譲君。将臣君は?――あ、来た」
久し振りの休息日。 どんよりとした空に覆われた日の登校は、暗くて鬱々 とした気分になりそうだ。それでも、四人揃って話しながら登校するのは楽しかった。
◆◇◆◇◆
「ふー…漸く物理が終ったか。眠かったよなぁ」
「確かに。でも、将臣は殆ど寝てたようなものでしょう?」
「二人共、そんな事言いながらテストの成績は良いんだよね。羨ましい」
追試常連者としては、愚痴の一つも言いたくなるのだろう。望美は見事に膨れっ面になっている。
「ま、ヤマ張るのは得意だから。いざとなったら教えるよ?」
「ま、ヤマ張るのは得意だからな。いざとなったら教えてやるよ」
「ほんと?お願い!期末が終ったら、楽しい冬休みにしたいもんね!」
こっちを見て何か言っている生徒も居るけれど、それも式神の記憶にあった。別段気にする事じゃ無い 。
「受験前最後の長期休暇なんだし、どこか旅行にでも行きたいな」
さっきまでの一種悲愴な雰囲気はどこへ行ったのか。あっさり次の話に切り替えた望美は、随分と楽しそうに喋り出す。
「どこか知らない 遠くの土地とか!行ってみたくない?」
「そうだね、そういうのは嫌いじゃない。無人島とか静かな所が良いね」
「お、そういうの嫌いじゃないぜ。無人島とか人の居ない所が良いよな」
「そんなんじゃなくて!外国とかだよ。無人島なんて遭難しちゃうじゃない」
「そう?気力と体力があれば何とかなるよ」
「そうか?気力があれば何とかなるだろ」
小さな忍び笑いと、ひそひそと聞き取れない程度の噂話。どれだけ目立たないように気を付けていても、今ではあまり意味が無い。存在感のある将臣や何かに付けて頼られる事の多い譲、交友関係の広い望美と一緒にいる事が多ければ当然の事だ。だけどやっぱり、それを少し煩わしく感じる。そんな風に感じるようになったのは、ここ数年の事。そして、規則的な機械音に急かされて教室が慌しくなるのはいつもの事。
「次は体育か」
「うん!今学期中はバスケットで終わりだって」
「バスケか…面倒だね」
「バスケか…面倒だな」
「そんな事言って。始めればムキになっちゃうのに?」
「そうでもないよ」
「ん?何か言ったか?」
「え〜っと、四時限目は自習だったよね?丁度良いや!お弁当食べよっと」
これが誤魔化しているつもりなら腹も立つだろうけど、望美の場合は天然過ぎる程の天然。小さな頃からずっと。私も、将臣も、譲も知っている幼馴染の性格。
「望美、お腹減ってるの?」
「放課後が辛いぜ〜?」
「う……だって今日、朝ご飯食べそびれちゃったんだよ」
「じゃあ、帰りに何か食べていく?」
「だったらさ、美味いカレー屋知ってるぜ?」
「帰りにカレー食べたら、夜ご飯食べられなくなっちゃうよ?!」
まただ。――この念、だんだん強くなっている。確実に、この近くで誰かが…。
――シャラ…ン――
この音、何かを……呼んでいる?
「ねえ……今、何か聞こえなかった?」
「え?」
「何も聞こえねえぞ?」
私には聞こえない音を望美が聞いたのなら。それが念の持ち主の発したものだったら。それは――もしかしたら女にしか感じ取れないものなのかもしれない。その仮説を、に話す暇は無かった。
「うーん……確かに音が聞こえたのになあ?」
「それより体育館に行こうぜ。遅れたら五月蝿いからな」
当然これが私達を呼ぶ者からの徴だと気付く訳も無く、それに抗う事が出来る筈も無かった。
「ねぇ、今年のクリスマスケーキは手作りにしようよ!」
「望美の??」
「冗談だろ?!」
渡り廊下を歩きながら、クリスマスの爆弾計画を発表した望美。クリスマス、か……。この調子じゃ今年もどうなる事やら。休息日だったとしても、平穏な一日にはならなそうだ。
「私一人で作れる筈ないじゃない!譲君やちゃんにも手伝ってもらうんだよ」
「胸を張って言う事じゃないね」
「どっちが手伝うんだか」
噂をすればなんとやら。渡り廊下の反対側から、何人かの男子と譲が歩いて来るのが見えた。このまま行けば、あと数分後には――。きっと望美が譲を捕まえ、クリスマスの手作りケーキ計画が実行される事になるだろう。将臣が諦め半分の表情で此方を見ているのは、多分同じ事を考えての事。
「あ、丁度良かった。譲君!」
「どうしたんですか?先輩。兄さん達が、何か仕出 かしたんですか?」
「譲、それが姉に対する見解?」
「譲、それが俺に対する見解か?」
将臣と一緒に譲を睨み付けた時。あの念が、頭の中で 声になっていた。
――― み つ け た ―――
五月蝿いほど大きく響いた声に頭がくらくらして、立っていられない。気付いた時には、その場に手と膝をついて項垂れて。
「っく――…うぅ」
「あれ?…あの子、どうしたんだろう?」
それと同時に何かに気付いたらしい望美が、外へ出ようとしているのに気付く。
「?! おい、大丈夫か?」
「先輩、どうしたんですか?」
将臣が傍に来て……なのに答えようとしても、上手く口が回らない。一人で歩いて行ってしまった望美を引き止 めたくても、それを追おうとする譲に警告したくても。ぐるぐると目が回っているようで、上手く立てないんだ。
「望美、どうした?」
「姉さん?!体調が悪いのか?」
駄目だ。何か、拙い。離れちゃいけない。それを言わなきゃならないのに――声にならない。
「ねえ、どうしたの?…君、迷子?」
いつからか降り出していた雨が、少しずつ望美を濡らしてゆく。あの声と念の持ち主も一緒に。雨音が五月蝿くて、声が出せなくて、身体が動かなくて、思考が空回りする。
「 あなたが……私の…」
「え…なぁに?」
「…―――神子―――」
その時。只管に何かを求めていた念が、喜びと達成感で溢れたかのように弾けた。 瞬間、渦巻くような大きな波が襲いかかる。流れが激しくてまともに泳ぐ事も出来ないまま、私達はそれに呑まれていた。
「何これ?!嫌っ!! …譲君!将臣君?!ちゃん!!」
私からは、三人が見えていた。望美は私とは逆の位置でみんなを見ていて、将臣と譲には、望美しか見えていないんだろう。
「望美!……は?どこだ?!…くっ」
「先輩っ!!くそっ、姉さん!どこに居るんだ?!」
それが、次第に三人と離 れてゆく。私に見えるのは将臣だけになってしまって、望美と譲の声だけが届いていた。どうしてこんな事になったのかなんて判らない。でも、離れ過ぎるのは拙いという意識だけが大きくなって、必死で流れに逆らって……。逸れると思った時には、叫んでいた。
「将臣!譲!望美!出来るだけ離れないで!私が探すから…っ、――」
「っ!!」
「姉さん?! 」
「ちゃんっ!」
流れに飲み込まれる直前、皆の声が聞こえた気がした。私の言葉は、ちゃんと聞こえていたんだろうか?意識までもが呑み込まれそうだと感じた時、そんな事を心配していた。
◆◇◆◇◆
意識が戻ってからも、ずっ と考えていた。あの流れに何処へ運ばれるのか、どうやってみんなを探すのか、あの念の持ち主は何だったのか。答えは――何も判らない。
「ああ、これは――夢なんだ」
私が居たのは、懐かしい有川家だった。だからこそ、夢だと断定出来る。生まれてからたった数日暮らしただけの我が家。疾うの昔に無くなった、京都の有川家。その座敷に座っている私。だけではなく……綺麗な着物を着た、お姫様としか言えないような女が二人。妙な夢。父様達が居るのなら解る気もするけど、この人達は誰なんだろう。
「この方が私の……いいえ。星の一族の末裔なのですね」
ずっと昔に聞いた名前。可愛らしい人形のようなお姫様の方は、どうやら星の一族――私の先祖らしい。
「私達の末でありながら、闇守一族の頭領でもあります」
何故この人が闇守を知っているのか。 凛とした美人のお姫様も、私の先祖。と、いう事は……私は既に死んでいるんだろうか?
「闇守の?!ではもしや、殿と私の…?」
の事まで知っているなんて有り得ない筈。この人、もしかして……。
「いいえ。あなた方の御子は星の一族として生き、死にました。この子は、その血と闇守一族頭領家の血を継いだ子です」
やっぱり―― の奥さんなのかもしれない。だから、星の一族の人間が闇守一族の事を知っている?それなら、有り得ない事じゃない。
「二つの一族から力を継いだのですね。そして、闇守の力を――より強く」
「あんた達、星の一族の 先祖?で、闇守一族の何?」
「きゃぁ―――っ」
最大の疑問を投げた私に向かって化け 物でも見たのかと思う程の驚きよう。御先祖様とはいえ、それはあんまりな態度じゃないだろうか。それとも私は、本当に死んでいるんだろうか?
「し、失礼致しました。私達の事が解って……いいえ、見えておられるのですね」
散々喋っておいて何を今更。
「解らない。けど、姿は見えるし声も聞こえる。それが何か?」
もう一人のお姫様は声も出せない程驚いているのか、口を半開きにしたまま震えている始末。そこまで私の事が恐いんだろうか。
「いいえ、何でもありませんわ。私達の考えが甘かったのでし ょう。どうやら本来の力を取り戻しておられるようですわね、当主殿」
この人が……星の一族の当主?どうも逆に見えてしまうのは口調の違いからか、それとも話の主導権を握っているのが可愛らしいお姫様の方だからなのか。割とどうでも良い筈の事を真剣に考えていた私に、聞き捨てならない言葉が。
「なんという事でしょう。私の呪いが……消えてしまったなんて」
ま じ な い ?今初めて会ったばかりのこの人が、何故私に術を施す必要があるのか。夢も現実も解らない事だらけで、頭の中が混乱しそうだ。
「何だか妙な事に巻き込まれた気分なんだけど。今の状況、説明してくれない?」
何やら相談を始めた御先祖様達。……それでは、しかし、ですが、ましょう。途切れ途切れに聞こえる声では、何か揉めているという事くらいしか判らなかった。当主殿を宥めるようにして、可愛らしいお姫様が喋りだ出すまでは。
「あなたには、星の一族の力を封じる呪いが掛けられていたのです。ですが、あるべき世界へ戻った為に、その呪いが消えてしまったのでしょう」
星の一族の力?そんなもの、私は知らない。お祖母様からは、結局何も――聞かされていないのだから。それに、あるべき世界って一体?
「本来――呪いが消えていなければ、この夢の中のあなたは私達と話す事は出来ません。夢逢瀬が叶うのは、星の一族の力を持つ者の夢の中だけなのです」
ここが現実ではなく夢ならば、何故私は目覚めないのか。話しているのが 私の夢の中に居る人物だというのなら、何故私は現実で話すようにこの人達と話しているというのか。
「これはあなたの夢であり、現実でもあるのです。あなたは直に目覚めるでしょう。そして目覚めた後、この世界で――星の一族と闇守一族を探すのです」
夢でもあり、現実でもある。それが本当だとすれば、ここは私の知る世界じゃない。この世界に私以外の闇守一族が居るのなら、確かにその人達を探すしかないんだろう。少なくとも、何も手懸りが無いよりはマシだろうから。
「ですが……宜しいですか?決して双方の当主、頭領に会ってはなりません。この事だけは、必ず守って下さいませ」
穏やかに続いていた言葉が一転。厳しい顔に変わり、両手を胸の前で握り締めるようにして告げられた言葉は、私が真っ先にしようとしていた事を完全に否定した。探すだけで会わなければ、何の意味も無いというのに。
「探さなきゃいけない人が居る。この世界に闇守が居るのなら…」
「なりません!それだけは……絶対に。星の一族当主と闇守一族の頭領。二人が居る内に両一族の元へ行けば、あなたと……あなたの弟君達は――」
叫び声と泣き声を混ぜたような声。……私だけじゃなく、将臣と譲にまで何か起きる?それは――それだけは駄目だ。絶対に。怒りで震える声を絞って、最低限の知りたい事だけを尋ねた。
「当主と頭領が居なくなれば、私が姿を見せても良いと?」
「はい。お二方が消えたとの確証が得られた時ならば。……その時は、迷わず両一族の者にお会い下さい」
それだけ聞けば、もう聞く事は無い。向こうにも、もう言う事など無いだろう。後はを呼び出して問い質すまで。どうせ碌に答えはしないだろうけれど……。そう思った瞬間、周囲が薄らいだ。目が覚めるんだ――。そう思い最後に二人のお姫様を見遣ると、それまでずっと黙っていた当主殿が何かを投げて寄越した。
「両一族の元へ行く時には、あなたの持つ腕輪とその扇をお持ちなさい。良いですね、――どうか…――」
当主殿の声を最後まで聞き取る事は出来ず、夢から覚めた私の手には檜扇が握られていた。

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元々は序章二の後半部分だったものです。
あまりに長かったので、全面改装の際に分割しました。
橘朋美
FileNo.003 2006/8/19 ※2010/10/1修正加筆、及び分割 |