年の瀬も迫った頃。満足げな笑みを浮かべて、が戻って来た。お祖母様に預けてあった腕輪を受け取り、私を抱いて断言した事の意味はよく理解出来なかったけれど。
「十五年だ、。十五年でお前を育て上げる」
その時のお祖母様の表情は、とても言い表せない。悲しみなのか怒りなのか、不安なのか諦めなのか。その全てのようであって、そのどれでもないようで。ただ、幸せな感情とは無関係なものだという事だけはよく判った。そして――。それからというもの、は片時も私の傍を離れなくなった。それだけではなく、起きている私の邪魔をした。何をするにも、煩く手と口を出して。
◆◇◆◇◆
梅雨が明け、暫くしてから。私と将臣に、弟と一緒に帰ってくるからと言い聞かせた父さんと母さんが出掛けて行った。お祖母様はきっと大丈夫よと微笑んで、私達が眠る時には御伽噺を聞かせてくれた。
「これは、私の大好きなお話なのよ」
何日か経って、父さんが母さんを連れて帰って来た。ただいまと言った母さんの腕の中では、新しい家族……譲が眠っていた。が時折お祖母様と話しているのを見掛けるようになったのは、この頃。いつも重苦しい雰囲気で、何かを隠しているような感じで……少し恐かった。
◆◇◆◇◆
弟が増えた次の年。私達の誕生日が過ぎて夏もそろそろ終わりに近付いた頃。斜向かいに引っ越してきた家族が挨拶に来た。父親に抱かれた女の子は随分恥ずかしがっていて、中々顔を上げなかった。
「ほら、望美?ちゃんと将臣君と譲君ですって。ご挨拶は?」
母親に言われた言葉に反応したかと思うと、そのまま顔を伏せてしまう。それから何度も、会う度に同じような事が繰り返され――。いつからか望美は、私達の妹のような存在になっていた。
「良かったわね、望美。兄弟が出来たみたいで楽しそう」
私は、この頃から闇守一族についての知識を叩き込まれるようになった。何を生業とするのか、その為に必要とされるのは何か。闇守は存在しない一族。他者に漏らしてはいけない危険な存在。そして私はこの世界の闇守の頭領であり、最後の闇守なのだと。
◆◇◆◇◆
私が正確な発音で言葉を喋れるようになった頃。は新しい事を始めた。呪を真似るように言われ、それを暗記するまで繰り返す。それはとても簡単な事で、大して日を掛けずに終わった。その直後に術を学ぶようになり、最初に覚えたのは式神の使い方。紙の形代に自分の姿と情報を与え、命じる。成功すれば、より強い形代へ移る。それを繰り返し、血の一滴で式神を作れるようになった頃。私の日常生活は激変した。
◆◇◆◇◆
幼稚園へ通うようになって初めての夏休み。親達の盆休みに合わせ、有川家と春日家揃ってキャンプ場へ。当然私も一緒に二泊三日のキャンプへ行く事になっていた。お祖母様は行ってらっしゃいと静かに手を振り、留守番を。その代わりにという訳ではなく、さも当然といった感でが来た。修練を休む事は無く、寧ろ好い機会だとばかりに鍛えられ、森と湖があれば生きていけるのではないかと思えるほどに。――その頃、もう一人の私は大きなテントの中で大勢で眠っていた。水遊びで疲れた後は、おやつを食べて昼寝をしていた事も。夜になれば花火をして過ごしたりもした。将臣と、譲と、望美と一緒に。両親達と共に、充分な夏休みの思い出を記憶する為に。
◆◇◆◇◆
「桜が満開になる頃には小学生になるんだぞ〜」
父さんは楽しそうに喋りながら、私の頭を撫でてくれた。
「あなた!髪が解けてしまうでしょう?」
母さんは、慌てて髪を結い直してくれた。将臣は鎧兜を着せられて、赤い幟旗を掲げて撮影中。先に着た紋付袴よりは、気に入っているようだった。譲はお祖母様に抱かれて興味津々といった感じでそれを見ていて、私は薄い藍色のワンピースを着て、束の間の休息日を満喫していた。
「やっぱり、普通の服のが動き易くて良いよな」
笑っている将臣と一緒に最後の写真を撮った時、違和感を感じたのは何故だったんだろう。
「うん。この服可愛いけど、ちょっと動き難い」
春日家との待ち合わせ場所である八幡さまへ向かう途中。お祖母様の様子が可笑しいと気付いたけれど、それが具合の優れない所為ではないと、この頃には気付かなかった。苦々しげに呟くの様子が、理解出来なかった。
「直に……か」
諦めたような溜息と共に零れた言葉の意味を知ったのは、少し先。
◆◇◆◇◆
小学生一年の梅雨時。珍しく晴れた日に、お祖母様は将臣と譲に言った。
「二人とも、望美ちゃんを守ってあげなさいね」
違う言葉で同じ返事を返した二人の頭を撫でながら私を見たお祖母様は、悲しげな表情を浮かべるばかり。私には、それがどうしてなのか解らなかった。
「あなたには……いつか解る時が来るのでしょう」
「お祖母様。私には、何が解っていないの?」
そう聞いた瞬間。ゆっくりと私の頬に手を伸ばしたお祖母様の口から、呟くように、諭すように紡がれる言葉。
「守られる事を拒む必要は無いのです。そして、あなたを守ろうとする人を拒む必要も――また無いのですよ」
そう言って涙を零した何日か後。しとしとと小雨の降る、薄曇りの朝だった。私は四人目の死を――見送った。
◆◇◆◇◆
「もう半分が過ぎたか」
修練の最中、が立ち止まって喋りだした事があった。その頃の私は、の後を辿る事ばかり繰り返していた。それは、小学生になって直ぐに始められた修練。足場の悪い河原を歩く事から始まり、見通しの悪い森、平坦な地面など無い岩山、果ては崖っぷちまでを歩いた。歩ければ走って、走れれば跳んで。それを離される事無く出来るようになったばかりの頃だった。
「お前が俺を捕らえられたなら、次は武器の扱いを教えるとしよう」
そう言ったを捕らえたのは、翌朝一番の時だった。早く強くなりたい。もっと強くならなければいけない。その一心で、私は武器を手にした。父様の、最後の言葉を胸に。
◆◇◆◇◆
「得物は何を望む?」
武器全般の扱いに慣れた頃。そう聞かれたけれど、自分では判らなかった。扱い易く、威力の大きな武器が無かったから。
「銃は使わないの?」
「単独で使えない武器は駄目だ。弾丸の切れた銃は石と変わらない。匕首の方が余程役に立つ」
思い付きの言葉に溜息と共に告げられたのは、私が一番に習った小さな武器の名前。その時の私は小さくて、扱える武器は少なくて――もどかしかった。
「私は大太刀を使いたい。けど、今は小太刀しか使えない!」
「そういう意味では無かったんだが。頼もしい事だ」
悔しくて、拳を握り締めながら怒鳴った。なのにはからからと楽しげに笑った後、何か呟いた。その後差し出されたのは、私の最初の得物。朱鞘に金糸で巻かれた柄の小太刀を、私は握り締めていた。
「今はこれに慣れろ。もっと育った頃に――お前の望む得物をやろう」
◆◇◆◇◆
私が学校へ行き、同級生達に会う事は滅多に無かった。式神を通して送られる情報は、私の日常生活とは違い平穏そのもの。
「――――。ふぅん、そんな事があったのか」
望美が算数の授業で解けない問題に当たった。
譲が理科の実験の時にビーカーを割った。
将臣が体育の時間に膝を擦り剥いた。
「でもみんな、楽しそう」
その中に、私の情報は殆どと言って良い程無かった。授業内容と周囲の情報を確認し、記憶して眠る。朝食後に着替えながら式神を作り送り出すと同時に、に抱えられてどこかへ跳ぶ。日が暮れるまで武器を使っての修練に明け暮れ、それを終えれば家に戻って式神と入れ替わる。その繰り返しが、私の日常だった。
◆◇◆◇◆
五年生になって時間割で部活選択をする時。剣道部、柔道部、弓道部のどれかに入部しようと思っていた。はそれを許さず、結局何の役にも立たないような家庭科部に入部。私の中にあった早く強くなりたいという気持ちは焦りにも似たものになっていたから、武道部なら少しでも修練の役に立つんじゃないかと反論した。
「大会に出場する部など駄目だ。極力目立つような事は避けろ。どこかで名を知られるような状況を作るんじゃない」
けれど、は至極真面目な表情で釘を刺した。何も、世界に名を馳せるような有名人になりたいと言っているわけじゃない。名前を知られたくらいで何が起きるんだろうか?の考えは大袈裟過ぎる。そう思っていた私がその意味を思い知るまで、そう長くは掛からなかった。
◆◇◆◇◆
小学生最高学年の夏休み前。母さんが、私の事で先生に呼び出されて学校へ行った。それは式神の情報には無かった事で、私は酷く慌てた。その夜聞いた話を喜んだのは、父さんと母さん。面白くなさそうな将臣と、驚く譲。先生の話は偏差値の高い私立中学への推薦入学の事で、その原因は――私の成績と素行の良さ。
「そんな――――どうして?」
私は、私の全てに誰からも指摘されないよう式神に命じていた。授業は真面目に。テストは完璧に。でしゃばらず、交流は浅く広く、目上の者には逆らわず、弱者には思いやりを。そうすれば、私の邪魔をされる事は無いと思っていたのに。その話は当然拒否したけれど、最後には教頭や校長まで説得に加わって――私は最後の手段を取った。とはいえ、それは単なる家出。に話し、家へ戻らず修練を続けた。五日後。流石に着替えをと家に戻った時、三人に見付かった。
「あっ、待ってちゃん!」
望美が私を説得しようとしてこちらへ歩いて来た時、キレそうになって逃げ出した。それで将臣と譲も引き離せると思ったのに。
「!何で逃げるんだよ?!」
父様達の言葉を忘れられない。母様の微笑を忘れられない。お祖父様の目を忘れられない。私の家族を奪われたあの時の事を、全てを忘れられない。父さんも、母さんも、私を実子として育ててくれている。将臣や譲と同じように可愛がって。それだけの恩を受けているのに、その意思に逆らうような事は出来ない。なのに、それでも私は――今の家族と離れたくない。
「戻ってきて……!お姉ちゃんっ!!」
そう叫ばれて、キレた。私はただ、家族と離れたくないだけなのに。あんた達は何も失っていないのに。……私の邪魔をしないで。二人を見据え、酷く冷たく低い声で暴言を吐いたのは初めてだった。片手で自分を弾き飛ばした私を見て、二人共脅えて。最悪だった。こんな事をして、今まで通りに暮らす事が出来なくなるんじゃないかと思った。どうして良いのか判らなくなって、望美までもが追い付きそうになった時。踵を返して走り出していた。
「嫌なら行かなきゃ良いんだ!!」
それを止めたのは――全く同じ言葉の、二つの声。その後――――三人と共に家へ帰った私を見て、父さんと母さんはその話を断った。娘を寮へ入れ、家族が離れ離れに暮らす事と引き換えに得られるほどのものは、その学校には無いと言って。そして私は、夕食を食べ終えてから散々お説教される事になる。兄弟という名の二人に庇われながら、両親という名の二人に。けれどもその時間は、嬉しくて温かなもので私を満たしてくれた。
◆◇◆◇◆
中学生になった私は、全てに於いて手を抜くよう式神に命じていた。勉強、運動、部活、生活態度。適当に、程々に。良くも悪くも人目に留まらないようにと。
「何処に目を付けられるか判らないものだな」
鬱陶しそうに言うに、もう反論は浮かばなかった。もう二度とあんな真似をしたくない。私は、それだけを考えて式神を操っていた。
◆◇◆◇◆
「、明日からはこれを使え」
渡されたのは濃紺の鞘に銀糸巻きの柄。成長した身体で、漸く自在に扱えるようになった大太刀。私の得物。でも――右肩から背負うと少し大きかった。
「その内慣れる。これも……お前の物だ」
太刀にしては長い、大太刀の対のような一振りを差し出した。二本なら。と、大太刀を左肩に背負い直す。その状態で長い太刀を左腰に佩いてみると、――どうしてか、しっくりと馴染んだ。
「これは――?」
お祖父様と父様の使っていた太刀だと告げるの表情は、厳しくも満足気なものだった。そして、その翌日から。修練は実戦を想定したものへと変わり、の容赦は無くなった。
◆◇◆◇◆
「これがお前の初仕事になる」
一枚の新聞記事を渡されたのは、進路相談で進学を決めた頃。載っていたのは、政治家の汚職疑惑記事と一枚の写真。
「その禿だ」
なんとも判り易く説明された人物を覚え、同時に手を離す。呪いと共に記事は灰となり、跡形も無く消えるだけ。
「闇守一族頭領の健在を知らしめる。その為の標的だ」
「依頼者が居ないのに殺るの?」
嫌だなんて言うつもりは無かったけれど、意味も無く殺るのは気が引けた。の返事を聞くまでは。
「十五年前の契約だ。依頼者は七人。皆、先代の認めた者達だ。これが成功すれば、全員との顔合わせが待っている」
十五年前……覚えている。忘れる筈もない。父様と母様、お祖父様が死んだ時。私が初めて、闇守の力を使った時。
「この依頼、決行は命日に」
「無論」
その秋私は、初めて己の意思をもって人を殺した。私の家族を奪った人間と、それを命令した人間を。
◆◇◆◇◆
十五年前の依頼完遂後は、七人からの依頼が殺到した。それらを全て終らせた頃、私は十六になる少し前。八ヶ月間休み無く行動を重ねた所為か修練の調子は悪く、身体の重みが増したような感覚を覚える事があった。
「この後始末が済んだら休息をやろう」
「鬼か夜叉だね、は」
誇らしげに笑うに返す私も、自然に笑みが零れていた。夏休み序盤と、誕生日を含む五日間。依頼も修練も無く過ごした休日。私は、たくさんの初めてを経験した。まるで、慌てて思い出を作ろうとしているかのようにして。
◆◇◆◇◆
去年の忙しさが、嘘のように鳴りを潜めていた。訝しげに尋ねると、十五年分の仕事が溜まっていたからだと、あっさり返された。つまり、異常事態だったらしい。確かにそう頻繁に依頼があれば、どんなボンクラ頭でも気付くだろう。本来依頼は年に一、二度だと言われ、そういうものかと納得した。闇守の生業を始めて二度目の夏。十七回目の誕生日の朝、奇妙な念を感じた。とても切実な、何かを希うような念を。
「どうかしたのか?姉さん」
悪い念ではないのだから……。気にしない事にして譲と一緒にスポンジを焼き、望美と一緒にデコレーションをした。味は極上とは言えないけれど、甘さを抑えた自分達好みのケーキは、どんな店でも買えない最高のケーキだった。
「ったく……主役がパシリかよ」
じゃんけんに負けてジュースの買出しに出ていた将臣は、ぶつくさと文句を言いながら大量の荷物を抱えて戻った。
「こっちは俺達の分だ」
そう言って冷蔵庫へ直行した分が甘いカクテルだったのは、その夜の秘密になった。夜まで騒いで、父さんと母さんも加わって。明け方までぶらついて――楽しくて幸せな誕生日が終わった。それが最後の誕生日パーティーになるなんて、誰も思いもしないままで。

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京に流されるまでを一気に連ねたら、こんな状況になってしまった。(えらく断片的だな、おい)
ちょっと気に入っている処は、きっと番外編が出来ます。というか、これを書く前に一本出来てしまいました。でも、まだ幾つか書きたい処があるので、弾けたい時にがちゃがちゃと打ち込んでみます。(がちゃがちゃって…お前のPCどんな使い方されてんだよ?)
次回からは、京での暮らし…というより、不法侵入者騒動か捕り物騒ぎ?かな。(何だよそれ?俺の姉貴だぞ?!あんま無茶させんなよ)
という事で、相方は将臣でした。お終い。(勝手に終るな!返事しろ!悪ぃな。俺、あいつとっ捕まえてくる。じゃあな)
橘朋美
FileNo.002 2006/8/19 ※2010/10/1修正加筆、及び分割 |