相生
序章一



暖かくて居心地の良い世界で、私の全ては作られた。くぐもった音だけが聞こえる世界で、聞き取る事の出来た声が――。

「ほら、反応したでしょう?」

「本当だ……。じゃあ、気に入ってるのか」

二つ。

「きっとね。他の名前には反応しないもの」

「ならこの子は、自分で名前を決めたっていう事になるな。利口な子だ」

生まれる前から親馬鹿なのね。と、柔らかな優しい声が響く。次いで響いた穏やかな声は、まるで恋焦がれているかのように甘やかに。

、か。お前は女の子なんだな。きっと美人になるぞ」


二つの声は、とても優しい。

二つの気は、とても安心する。

二つの傍は、とても心地良かった。


時折り意識が遮られる事もあったけれど、それらは一度も消える事無く、私と共に在った。

「まあ!ふふっ。今からそんな風だと、お嫁入りの時が…」

「嫁になど行かせない!」

時折響く荒々しい声は普段の穏やかさを微塵も感じられなかったけれど、くすくすと楽しそうな声で窘められると、必ず困惑したような響きに変わってしまった。

「成長したにそんな事を言えば、きっと恨まれてしまうわよ?」

「っ――じゃ、じゃあ、そうだな…………相手を婿入りさせる」

私は、この二つの存在に愛されている。そう形容するのが最も相応しい状況にある。幸福な時を揺蕩う揺り籠の中で、それを感じていた。

「父様がこんな調子では、生まれてからが大変そうね?

も母様も俺の家族なんだから、いつまでも傍に居たいんだよ」

その二つは、いつも楽しそうで幸せそうだった。私はずっと、この心地良さに包まれているのだと思っていた。

◆◇◆◇◆

それが叶う筈もなく、居心地の良い世界から外へと出されたのは――八月十二日、午前三時。夜が明けるにはまだ遠く、夜と呼ぶには疾うに遅い。静まり返った真夜中の事だった。

「俺は父さん達に知らせてくるから、ゆっくり休みなよ」

「ええ、お願いね。お義姉さんも来ていたのでしょう?」

「ん?ああ、そういえばそうだったな。じゃあ、義兄さんにも伝えておくよ」

心地良い世界から放り出された私は、父様と母様に抱かれた後、どこかへ運ばれそこに置かれた。さわさわと肌に触れる感触は初めて知るもので、これまで聞こえなかった辺りの騒々しさに驚いた。どれくらい経った頃か。同じようにして隣へ連れてこられたのは、声を張り上げて泣き喚いている私のような人だった。視線を巡らせてみると何故か知っているような感じがしたそれは、あの居心地の良い世界に居た頃に感じた事のあるものだった。

◆◇◆◇◆

暫くして、父様が慌しく出入りするようになった頃。母様が、お祖父様と呼ぶ人が来た。けれど、その人は二人分の気配をさせていた。

「荷物は先に持って帰ったから、あとは身の回りの物だけだ」

「ああ。お前はを抱いて行け。それは私が運ぼう」

、どうしたのかしら?様子が変ね」

父様や母様とは違う。勿論お爺様とも。そこにはそれ以上人の姿は無いのに、気配は四つ。私は、それの在る場所を凝視していた。

「私は、荷物を置いたら菫さん達の手伝いに行って来よう」

「ああ、判った。じゃあ、正面に車を回しておくから。君はとロビーで待っているんだよ?炎天下の車は温室以上に暑いからね」

そう言ってどこかへ行ってしまった父様を待っている間にやって来たのは、お祖父様達。共にこちらへ来たのは、お祖母様、伯父様、伯母様、従弟だと紹介されていた。不思議な事に、その時に感じたお祖父様の気配は一つだけだった。

「同時に二人の孫が産まれるなんて、私達は幸せ者ですわね」

そう言ったお祖母様の声はどこか哀しげで。

「そうですね」

一言で返したお祖父様の声はどこか苦々しくて。

「こんなに小さいのに、結構似てるものねえ」

伯母様は疲れた声をしているのにとても楽しそうで。

「そりゃ血が繋がってるんだから、似ていて当然だろう?」

伯父様はとても嬉しそうにしていて。

「ほら、判るかしら?将臣君よ。仲良くなさいね?」

母様は、以前私の隣で泣き喚いていた人の顔の方へ私を近付けながら、とても幸せそうに微笑んでいた。

◆◇◆◇◆

着いたのは伯父様達の家。母様と伯母様はゆっくりしなさいと言われて横になっていた。私と将臣はお祖父様とお祖母様に抱かれ、父様と伯父様がお祝いの準備だと言って外へ出た後の居間へ。

「この子達は……星の一族の力を持って生まれたようですわ」

そこでお祖母様が、ぽつりぽつりと話し始めた。

「将臣の力はあまり強くはないようですけれど、の力は――産まれ立ての赤子にしては強過ぎます。それと……この二人は、京へ呼ばれるかもしれません。恐らく、神子様に関わる者。八葉として戦う事になるのでしょう」

「この二人が――八葉、ですか?それでは……」

京という言葉で二人の表情が強張るのが判って、その顔が少し恐いと、私は感じていた。お祖父様は、八葉という言葉に何か感じていたらしい。

「ええ。きっと、この時代に神子様もおいでなのでしょう。私達は、早過ぎる時に辿り着いていたのですね」

お祖母様は小さな声で、確かめるようにしながら話を続けている。お祖父様は押し殺したような声で、時折り返事を返す。まるで、聞かれてはいけない事を話しているみたいにして。

「ですが……あの頃に辿り着かなければ、この二人は存在し得なかった」

「ええ。ですから、必然だったのですわ。――――には、いずれ星の一族としての務めを話そうと思います。」

「そう、ですか。――では、出来る限り此方に伺わせましょう」

「そうですね。そのように……お願い致します」

お腹が減ったと騒ぎ始めた将臣の泣き声で母様と伯母様がこちらへ来た途端、お祖父様とお祖母様の会話は途切れてしまった。そしてそれから先、私がその話を聞く事は二度と無かった。

◆◇◆◇◆

次の日の夕方。お祖父様と父様は仕事があるからと言って、帰って行った。京都にある、有川の家に。

「週末には会いに来るからな。、俺の事を忘れるんじゃないぞ?」

「では…二人の事、宜しく頼みます」

それから私は二ヶ月程、鎌倉の有川家で過ごす事になった。その日の夜中。母様が眠り、私が暗闇を見上げていた時。何の前触れも無く現れた人のようなものは、どこかで感じた気配とよく似ていた。それは楽しそうに私を持ち上げて――。

、俺は。今この時からお前の目付けとなり、お前の使い魔となる者。宜しく頼むぞ?生まれながらの頭領よ」

そう言って満足げに微笑むと、その誰かは私を下ろして消えた。

◆◇◆◇◆

何日か経って、父様に会った時。父様の顔は、とても怖いものになっていた。

「お前は女の子なのに――。どうして闇守の頭領になんて」

私に話し掛ける声はても低くて、辛そうで。

「闇守として生きるのは……男だけだと思っていたのに」

絞り出すかのような声は…小さく震えていた。

まで俺達のように――人を、殺すのか」

私はまだ話す事すら出来なくて、人を殺す事の意味すら知らなくて、どうして父様を怖いと感じのか全く判らず、只じっとしていた。父様は、会う度に哀しそうな声で同じような事を繰り返す。母様は父様を心配して、仕事が忙しいのなら休んでいてと。そんな言葉を何度も繰り返していた。以前の楽しそうで幸せそうな会話はいつの間にか失われ、哀しそうで辛そうな会話に摩り替わってしまっていた。

◆◇◆◇◆

伯父様の家で何度目かに父様に会った時、家に帰るのだと言われた。

「動けるようになったら遊びに来いよ?」

「もっとこっちに居られたら良いのにねぇ」

私達は、人の言葉にならない音を発して会話をする。その内容は、人の言葉を発する大人達には判らないらしい。

「ほら、将臣君にさようならって」

「お世話になりました」

一人だけ外出する事に狡いとか、置いて行かれる事につまらないとか言っている将臣。私は私で、家に帰るだけだとか仕方ないでしょと返す。

「皆…気を付けて――いきなさい」

何故か言葉に詰まったお祖母様を不思議に思ったけれど、その日、私達家族は鎌倉に別れを告げた。そして夕方。辿り着いた家には、お祖父様と――あの時見た人のような誰か――が待っていた。

、お祖父様よ。あら、どうしたのかしら?」

お祖父様は厳しい表情で父様を見ていて、父様は怖い顔でお爺様達を睨み付けていた。私は近付いて来たが”お帰り、”と言うのを聞いて、お祖父様から感じた違う人の気配がだという事を確信し、ここが私の帰る場所なんだと知った。そこが無くなってしまうなどとは思いもせずに。

◆◇◆◇◆

家に帰って三度目の朝。今日は少し遅くなる。九時までには帰るけど、眠かったら無理しないで先に寝てるんだぞ?お祖父様と父様は、そう言って出掛けた。私はいつものように母様と二人で過ごすだけ。お昼寝しましょうかと言う母様と一緒に座敷で眠りに落ちたのは黄昏時で、最悪の目覚めを齎したのは――聞き覚えの無い男の声。

「ガキは放っておけ。家と一緒に燃やせば良い」

気分の悪くなる臭い。嫌な感じと、好き勝手に歩き回る幾つかの人影。そいつ等が消えた途端に現れたのは、だった。

っ……無事だな。一体どちらの不手際だ?!」

が私を抱き上げた時。ぼっ、と弾けるような音がした。それと同時に辺りを熱が満たし、炎が渦巻いて。

「やはり跳ぶしかないようだな」

次の瞬間、に抱かれたまま鎌倉の有川家に居た。そしてその時。私達の前に現れたのは、お祖母様だった。

?では――やはり皆……。貴方は?」

「ほう、まだ俺が見えるとは話が早い。お前の娘は殺されるだろう。闇守一族の前頭領とその息子――現頭領の父親もな」

殺されるという言葉を聞いた時。お祖母様は以前別れた時と同じ表情をしたけれど、まるでそれを知っていたかのように小さく頷いた。

「現、頭領?もしや――がそうだと言うのですか?」

「そうだ。気付いていたのだろう?星の姫。俺は痕跡を消してくる。その間、の世話は任せよう。だが、正体は伏せろ。俺は必ず迎えに来る」

私は何も判らないまま、お婆様へと渡されるところで泣いた。火がついた様にして――連れて行けと。から手を離さずに。言葉を話せない私は、只管泣いた。

「俺は闇守一族の頭領に仕える使い魔だ。の命に従おう」

そう言って私を抱き直したを、お祖母様は何も言わずに見ていた。でも――まるでこれから何が起こるのかを全て知っているかのように、静かに告げた。

「必ずここへ――戻るのですよ。何があろうとも、必ず」

◆◇◆◇◆

が向かったのは倉庫のような場所だったんだろう。だだっ広い所に、父様達は居た。近付くにお祖父様が気付き、視線が向けられる。

、か。を…たの、む――――」

だけど、短く呟いた後。そのまま動かなくなってしまった。母様は、が何か呟いた後。漸くこちらを見てくれた。

――無事だったのね……良かっ、た」

途切れ途切れに涙を流しているのは確かに母様なのに、それはいつもの母様ではなかった。歪んだ唇、腫れた頬、切れた瞼、血塗れの髪、色を失った肌。

を…。お願い、母さんと……兄さん達の、と、こ…――」

言葉途中で口を閉じてしまった母様を尻目に、は壁に吊るされていた父様に近付いて行く。そして父様を睨み付けた後、私の手を父様の口に付け……苦々しい声で吐き捨てるように……。

「こいつと話したいと願え」

恐ろしい形相で、そう言った。

父様と話したい。私がそう願うと少しして、冷たい父様の唇が動いた。目は開いているのかすら定かではなく、乾き切らない血が身体中を染めている。

?やっ、ぱりお前が助けて……焼け死んでなんて、いなか…っ。――誰にも負けない強さを身に、付けろ。…を――」

父様も、母様のように言葉を止めてしまった。血の滲んだ涙を一粒零して、直後。がくりと頭を落とした父様を見詰める私に降り注いだ言葉は、これまでに聞いたどんな言葉よりも冷たく、強く、耳に響いた。

「忘れるな、。お前の二親と、その父を。お前を守り抜き、死した者達があった事を」

忘れない。絶対に忘れたりなどしないと、強く思った。

「っ?!……お前がやったのか」

その時、私は初めて闇守の力を行使したようだ。周囲を嘗め尽くすようにして拡がった炎は、瞬時に父様達を呑み込んで行った。これが私の……一番古く、一番強い記憶。

「もう良い、戻るぞ。星の姫が、お前を案じているだろう」

そして、その翌日から。私は京都の有川家長女ではなく、鎌倉の有川家長女。将臣と三時間違いで産まれた双子の姉として生きる事になった。



     

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ごめんなさい。 いきなりとんでもない事になってる主人公ですが、実はこれ、書き直した話でして…元々、後半が凄く残酷なんです。打ち込んでいる内に、”これじゃ、あまりに…”と良心が咎めまして。(姉さんにそんな酷い事を?!)
一応、原本も保存してありますが、日の目を見る事はないでしょうね。その内、我慢出来なくなったら裏部屋でも作るかも。(我慢しろよ……そんなに酷い事なら)
序章の内は記憶の話が多いので、端折ることが多いです。初っ端からネタばらしてますが、今のトコ全て知っているのは主人公と。生い立ちを知るのは、鎌倉の有川家大人達だけです。この先どうなる事やら…気長に見守ってやってください。(気長にって…じゃあ、俺はいつになったら出てこられるんだ?)

これから宜しくお願いします。相方は今回出番の無かった譲でした。では。
(え?質問の答えは…あ、すみません。あの人に聞く事があって…失礼します)





橘朋美







FileNo.001 2006/8/12 ※2010/9/30修正加筆