遍く昼



朝、自分の声で目が覚めた。夢の中で何かを話していたのに何も覚えていなくて、少し寂しい気がする。あの時、兄さんは何を言っていたんだっけ?

「ふ、ぁ〜あ。やっぱり……眠いな」

ぼやけた頭で伸びをしながら考える。怒られていたのか、励まされていたのか、嘆かれていたのか。二度も失敗しているんだから、怒られて当然かな。

「お嬢っ、紋様が!」

変幻姿で大きな声を出さないようにっていつも言ってるのに。叱り付けようと思って近付いたら、袖に噛み付いてぶら下がるなんて。何をじゃれているのかと呆れ半分で睨み付けたんだけど。

「えっ?なんで……光ってる」

最後に望美ちゃん達を見付けてから一度も変化しなかった牡丹唐草が。肩まで袖を捲り上げると、紋様全体じゃなく花だけがぼんやりと。小さな星みたいに、その存在を主張してるみたいだ。

「お嬢、もしかして……天帝に会ったのかい?」

人界に降りられない筈の兄さんに、どうやって?聞き返す前に、夢渡りだよって答えが返ってきた。あれが夢渡りなら、この光り方は……私の考えている事と無関係じゃないのかもしれない。でも――。

「じゃあ、兄さんと会った所為でこうなったってこと?」

肯く風牙には悪いけど、使い方の判らない電化製品を貰った気分。しかも説明書は破損してる。なんて暢気な事を考える間に、何となく判った。片腕にある牡丹は七つ。光っていたのは三つだけだったから。

++++++++++++++++++++

寒い季節とはいえ、穏やかな昼下がり。頼みたい事があると言って、一言一句噛み締めるようにして喋り始めた。揃ってぽかんとした表情の三人。何かの罠か冗談だとでも思っているのかもしれない。逆の立場なら、私もきっとそう思うだろうな。

「莫迦莫迦しい」

「それであなたの憂いが晴れると仰るのですか?」

「ただの夢なんだろ?」

どうにか説得して、どれが誰なのかって事だけでも判れば。そんな考えは楽観的だったのかもしれない。なんて考えあぐねている間に、思いもしなかった相手に話を持ち掛けられた。

「では、あなたにも私の願いを聞いて頂けますか?」

「はい?」

「私の願いを聞いて頂ければ、の願いも聞いて差し上げましょう」

穏やかな表情のまま、交換条件というものです……って。そりゃ確かに見返りがあれば状況は変わるものなんだろうけど、重衡の出す条件がどんなものか判らない以上、軽々しく返事は出来ない訳で。

「ほう?良い案だな」

「ええっ?!」

「まさか、重衡だけ……とは言うまい?」

説得するのに一番厄介だろうと思っていた知盛まで交換条件を呑むっていうのは……正直、凄い魅力的なんだけど。知盛の場合、出される条件が判り切っているからこそ困るんだよね。

「交換条件つってもなあ」

「そうだよねぇ」

「ああ、直ぐには思い付かないな。まあ、思い付いた時でも良いんだろ?」

ちょい待ち君等――私は交換条件を呑んだ覚えは無いんだけど?!将臣まで油断出来そうに無い事を言い始めて、思わずそう口走った。返って来たのは、揃いも揃って性質の悪い返事ばかり。

「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」

「ならば……諦めるんだな」

「ま、無理にとは言わねえから安心しろ」

こうなったら……選択肢は残されていないも同然。交換条件を呑むしか道は無いって訳ね。溜息混じりに呟いたら、良い笑顔が並んでくれた。知盛は予想通り。重衡はそんな事で良いのかと思うくらい。将臣は……いつ何を言い出す事やら。何にせよ、無理難題を吹っ掛けられなくて済んだ事にほっとした。

++++++++++++++++++++

その時あなたが何を思ったのか私には知るべくも無く、私がその時何を思っていたのか、あなたは知る由も無い。

「お前等、随分簡単な交換条件を出したもんだな」

「桜舞う頃、か。……巧く言ったものだ」

「ええ。ですが、嘘を申した訳ではありませんから」

将臣殿は御存知無いだろう。同席なされた事は無いのだから。が知る筈も無く、兄上は気付かぬ方が不思議というもの。

「はぁ?何言ってんだよ」

「それで、が手に入る。……とも思えんが」

「勿論です。それでも、今より傍に在れましょう」

私の願いは……桜舞う頃、が私と共に舞う事。一門の者達が集う桜見の宴で――男女の二人舞を。

++++++++++++++++++++

あいつが今は話せないって言った以上、答えを急かす事は出来ない。無理に良い答えを貰っても意味は無い。大体俺の傍に居ろって言っても、あいつはそれは無理とでも返すだけだろうしな。

「将臣殿は、に望む事は無いのですか?」

「あ?今は無いって言っただろ」

「クッ……暢気なものだ」

平家を滅ぼさせたくない。を手に入れたい。この世界で俺が望むのは、大き過ぎる願いばかりだ。

「私共の手前、口にし辛いのかと」

「そんなんじゃねえよ」

「精々悩め。死の直前まで」

歴史を引っ繰り返して、強風に乗った花弁を掴む。どちらも成功すれば、俺の辞書からは不可能って単語を消せそうだな。

++++++++++++++++++++

夢呪いなどに、興味は無い。それを気にしたが何を望もうとも、俺には関わりの無い事。

「俺がを斬る時と、どちらが早いだろうな?」

は気が乗らぬようでしたが」

「そりゃそうだろ。知盛と本気で斬り合うなんざ、正気じゃねえからな」

こいつ等は……知らぬのだろう。が本気を出した事が無いという事を。俺の身体が疲労を覚える頃には、太刀を収めるという事を。

「ならばにも……狂って貰うまで」

「兄上、そのような事を仰っては……。は女性なのですから」

「そういや、あいつが負けるトコって見た事が無いな」

何を今更。女だとて、あの太刀筋。敵であれば……。本気になればさぞ美しく、血が沸き立つだろうに。

++++++++++++++++++++

「お嬢」

「何?」

「何?じゃねぇだろう?!」

何かしようとしている事には気付いていたけれど、まさかあんな……。人である彼等に自身を分け与えるだなんて。それはきっと、最も有効な手段だろうけれど、それによってお嬢の負担は増す。今までよりも確実に。

「解っているのかい?」

「さあね。判らないからこうしたのかも」

「絶対的な忠誠の証とも言える術を人如きに使ったんだぜ?!」

もう何年も前、平泉で数年を過ごした時だった。あの時――。俺達は嬢と共に在る事は出来なかったから仕方無く、俺達自身と直結する力を嬢に埋め込んだ。守人の仕える者を護る為に。それが俺達を襲う事は無く、安穏とした日々が過ぎた時。その力は俺達に返された。

「そう。あの三人は人でしかないんだよ?」

「風牙、炎尾。私も元は人だったんだよ」

「だからって!あいつ等は神力を操れないんだぜ?!」

私はあの三人に私を埋め込んだ。前も、その前も、あの三人だけが見付けられなかったから。いつ、どこで、何があっても。ほんの一瞬、私を思い出せば良い。そうすれば、それは私に降り掛かって……私にそれが判るから。他のみんなにも何とかして術をかけないと。頭の中は、そんな考えで一杯になってた。

「彼等がお嬢に術を返せない以上、君は彼等が死ぬまで庇護する事になってしまうんだよ?」

「大丈夫だよ。その所為で死ぬことは無いだろうからね」

「そういう問題じゃない。あいつ等が死にそうになった時、嬢は依代になっちまうんだぞ?あんたは無茶ばかりし過ぎなんだよ!」

私自身の事は、正直どうでも良いんだと思う。この世界へ来る前と同じ――何も出来ない自分でいるのが嫌なんだ。あの子達を護らなければならない。約束を守りたい。それが私の生きている意味になるから。

「それでも私は、寿命以外で死なないんでしょう?」

指先から抜け出た私は、きっとあの子達を護る。袖を捲くれば、仄かに色と熱を持つ牡丹が三つ。暗い赤は将臣へ、鮮やかな赤は知盛へ、薄い灰色は重衡へ。確かに繋がっているこの熱は、あの子達が生きている証。これで良いんだ、きっと。だから兄さんは私にヒントをくれたんだろと思う。傷は……受けたとしてもその内治る。けど、失った命はどうしたって取り戻せない。たとえどれだけ傷を受けようとも、失うくらいなら……堪えられるから。

「ねぇ風牙、炎尾。私さ、もう失敗したくないんだよ。私を護り続ける君等みたいに、私もあの子達をちゃんと護りたいんだ」

そう言って笑うあんたに、これ以上何を言える?

風の如く、陽の如く、遍く包むが如きその笑みを。

ただ曇らせたくないが故に。共に護り、共に在ろう。



     

************************************************************

(壁紙:十五夜/ちゃちゃ様)

実はヤキモチ妬きな守人達





橘朋美







FileNo.108_02 2008/2/17 ※2010/10/5修正加筆