が来てから二十日以上経つが、特に何も無いまま……か。ま、そう簡単に尻尾を掴めるとは思っちゃいなかったが。あいつを信用出来るかと言われれば、今のところ答えはノーだ。出来れば自分で見張っておきたいところだが、今はそれどころじゃない。少しでも可能性があるなら、手を打っておかなきゃな。
「還内府殿ー!」
「よう。相変らず元気だな」
最近は忙しくて中々構ってやれなくなっちまったが、こいつも俺が何をしているのか薄々感付いてるんだろう。昔と比べて、随分と我が儘を言わなくなった。赤ん坊の頃から帝なんて役目を背負ってるんだ。普通の子供とは違うんだろう。こいつの為にも、余計な気を回さずに暮らせる場所へ。
「うむ。還内府殿もな」
「ははっ。当たり前だ、俺が元気じゃない時なんてあったか?」
方法が無い訳じゃない。そう信じたい。戦わずに済むのなら、それが一番良い。その為になら、使える手は何だろうと使ってやる。だが、俺の知ってる歴史の通りなら。それは失敗する。戦いながら落ち延びる為の手段を確保するのが、一番確実な手なんだろうな。
「そうであったな。氷炎殿にもそうあって欲しいものだ」
「お前……、氷炎と会ってるのか?」
冗談じゃない…。何でがこいつに近付けるんだよ?!周りに居る奴等が近寄らせる訳が無いと思ってたのに。知盛と重衡にも目を離すなと言ってある。十日くらい前に会った。雪遊びをした。その頃から日に日に顔色が悪くなってる。それを聞いての所へ向かったのは、夕方だった。
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少し離れたい。けど、離れる訳にはいかない。眠りたい。でも、上手く眠れない。やらなきゃいけない事があるから…ここへ来たのに。
「いい加減、見切りを付けたらどうなんだ?」
風の吹く場所で陽に当たりたい。そう言ってここへ来たのは、昼頃だったかな。誰もこんな所には来ないから、人目を気にせずに居られる。
「まだ駄目」
頭の横から聞こえる声に短く返事をすると、お腹の上からも似たような質問が聞こえてくる。自分でも、このままじゃ拙いって判ってるんだけどね。
「だけど、ここでは只でさえ身体が辛いだろう?」
それも解ってるんだけどね。今帰ったら、ここへ来た意味が半減する事も判ってるから。私は味方じゃないかもしれないけど、敵じゃない。それをちゃんと解っておいてもらわないといけない人が、まだ居る。それに、話しておかなきゃいけない事もある。
「そうだね。だから、陽と風の恵みを分けて」
目を閉じて、陽の温かさと風の心地良さを感じる。肩先で凭れるように羽を閉じた炎尾と、お腹の上で伏せた風牙に護られて……そのまま。
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の使ってる部屋には誰も居なかった。どこかふらついてるのかと、夜まで待った。だが、暗くなっても戻らないままだ。
「還内府殿、やはりどちらにも見当たりません」
「判った。何かおかしな事があれば直ぐに知らせろ」
手の空いてる奴等全員で邸中を調べても、何も変わった事は起きちゃいない。誰もが無事で、が居なくなっただけだ。
「ご自身の邸へお戻りになられたのではないしょうか」
「経正か。どうだろうな」
あいつが何の約束も無いまま居なくなるのは、いつもの事だ。けど、あいつが黙って姿を消した事は一度も無い。少なくとも、これまでは。
「邸内の警護を増やしてくれ。警戒を怠るなよ」
「御意」
真夜中になっても見付からないまま。それでもあいつはここに居る。自分でもどうかしてると思うが、俺に黙って姿を消すなんて有り得ないと思った。
「はは。我ながらどうかしてるぜ」
「還内府殿、裏手に!」
知らせが来たのは、随分気温が上がった頃だった。邸の裏、山側にある人の形をした不審な雪の塊。それを獣が守ってる。悪い冗談だと――思いたかった。
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夢を――見てた。小難しい顔をした兄さんが喋ってるのに、氷月ちゃんが泣いてるのに。その声が聞こえない。守人達に囲まれた私は、身動き一つ出来ないでいる。何が起きてるのか判らないのに、夢だっていう事だけは判る。私は、動けないでいる私の身体を見ていたから。
何してるんだろう?
暫く見ていても誰も動かなくて、声を掛けてみても誰も答えてくれない。あの時兄さんに見せられたあの夢と似てる。違うのは私が私を見てるって事と、音が聞こえないって事。この夢は誰かに無理矢理見せられたんじゃなくて、私が見てるって事。
変な夢だなぁ
でも、夢を見てるって事は私は寝てるって事。風牙と炎尾に手を貸して貰ったんだから、これで良い。これで、また眠れなくなっても堪えられる。だからもう少し、このまま寝ていたい。そんな風に思いながら寝ていた私を起こしたのは、眠れない原因の大部分を占めてる張本人だった。
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「くそ、邪魔すんなっつってんだよ!!」
ある程度まで近付くと、鳥と獣に襲われて進めない。そう言われた場所で待っていたのは、確かに獣だった。野犬のような大きさの猫だって?的を得ちゃいるが、あれはあの虎だ。って事は、あっちの鳥もか。瞼と首が傷だらけになった奴等が騒ぐが、傷は致命傷どころか掠り傷みたいなものばかりだ。それでも狙うのは急所だけ。完璧に威嚇だな。あの虎が守ってるなら、それは絶対にだ。昔、まだこっちに来たばかりの頃。あの時もこんな季節だった。腹が減って、何も判らなくて、凍えちまいそうなくらい寒くて。冷たい潮風の入り込む牢獄の中で、意識を失い掛けてた。あの時の俺みたいに。いや、雪の降る夜に外で倒れたまま眠っちまうなんてもっと悪い。俺はあの時からお前に助けられてばかりだってのに、お前を見てる事しか出来ないってのか。
これ以上近付くな
近付くのなら容赦はしない
俺等が護る
手出しはさせない
頭の中で、声が聞こえた気がした。あいつを守る?だったら、なんであいつが雪の中に倒れてるんだ。もう死んじまってるのか?それを確かめたくて、そこから一歩を踏み出した瞬間。あの虎と鷹が、目と首を狙って襲い掛かって来た。周りの奴等が一斉に射掛けた矢は、あいつ等の直前で勢いを失くして落ちていく。
なんで邪魔するんだよ?!が倒れてるなら助けたいだけだ。俺はあいつが無事かどうか……っ?!
音が…しない。風の音も、人の声も、なんの音も無い。あいつ等に襲われた辺りから、ほんの二三歩の距離。小さな傷が幾つも出来て、それでも前に進んで気が付いた。雪が降った時の静けさじゃない。無音の静寂の中で、雪の白だけが煩いくらい眩しかった。
「おい、っ――……」
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目が覚めた時、そこにあったのは将臣の顔だった。起き抜けに人の顔がドアップで見えたら……普通驚くよねぇ?しかも、人が来るなんて思えない場所で寝てたんだから。
「おはよう、将臣。久し振り」
「お前……久し振り、じゃねえだろ?!」
「同じ敷地内で寝起きしてる割には久し振りだよ」
「そういう意味じゃない。判ってないのか?」
「意味も何も……。解るように説明してくれないと判らない」
「……。ああ、しっかり説明してやる。大体お前は、」
気の抜けた顔で溜息を吐かれても困るんだけど、まともな答えが返って来ないってのもどうかと思うよ?だからって、朝っぱらからお小言喰らうってのも嫌なんだけどさ。
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雪を払い除けて出てきたのは、やっぱりだった。抱き起こそうとした瞬間に、またあいつ等の声が聞こえた。今度は、さっきよりもはっきりとした敵意を持って。
触るな!
お嬢の眠りを妨げるんじゃない
お前は嬢を苦しめる
退くんだ
音が戻ったのはその時だった。目を開けたがやけに驚いた顔で暢気な挨拶を口にした瞬間、あいつ等はに褒めてと言わんばかりに寄り添った。
「そっか。じゃあ、将臣は私が死んでると思ったわけだ?」
眠れなくて疲れていたから、屋根の上で陽と風に包まれて眠りたかった。 これは私を護る者達だから、私を結界に入れて守ってただけ。俺が状況を説明した後、そう言ったが最後に聞いた。
「態々ここまで登ってきたって事は、急用?」
肩の上で蹲るようにして羽を休める黒い鷹。膝の上で丸まったまま尻尾を揺らす虎。苦笑いと共に肩を落とす俺。
「お前、そこからして判ってなかったのか」
きっと、こいつは敵じゃない。敵なら余程の馬鹿だ。疑心暗鬼に取り憑かれていた俺も、人の事は言えないんだろうけどな。

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(壁紙:薫風館/杜若さま)
章間平家編、中盤三番手は(管理人的)真打将臣に。
趣味思考が判り易いね。
橘朋美
FileNo.107_03 2008/1/24 ※2010/10/5修正加筆 |