凍てつく夜



が現れたのは夜だった。小さな灯りだけが頼りの夜の庭で、雪と髪だけが揺れてる。あの急襲で姿を消して以来、一度も顔を出さなかったってのに。

「久し振りだな」

「元気そうだね」

まるで、親戚を訪ねてきたみたいな挨拶をしながら近寄ってきやがる。初めて会った頃から変わらないそのマイペースぶりは、俺を落ち着かせる事もあれば苛立たせる事もあったが。

「ああ、お前もな。惟盛と……遣り合ったらしいな」

「流石に情報が早いね」

今日の俺は、疾っくに苛立ってた。惟盛が無茶な出陣をした事には違いない。それでもあいつは平家の人間で、俺が守りたい奴等の一人で。お前が平家の――俺の邪魔をするなら、俺はお前を倒すしかなくなるってのに。何を考えてるのか知らねえが、平気な顔でここに居る。

「お前、何考えて…」

「ほう?珍しいな」

「やはりあなたでしたか」

返答によっちゃ只じゃ済まさねえ。そんな流れを邪魔したのは、いつもと変わらない態度の奴等だった。この状況で談笑するこいつ等の神経が、俺には解らない。

「丁度良かった。君達にも会っておきたかったんだ」

「にも、とは?」

「敦盛にも会っておきたくてね」

「敦盛殿ですか。夜が明けてからの方が宜しいでしょうね」

「そう。状況は良くないみたいだね」

「お前等……」

敦盛がに懐いてるって事は知ってる。こいつが敵じゃなければ、いつ何度会わせようと構わない。だが――。

「状況が判ってんのか?」

興味が無いとでも言うように嘲笑う。
落ち着けとでも言うように微笑う。
予想通りだとでも言うように苦笑う。

こいつが敵ならこの場で……そんな覚悟を決めてるってのに。それでも、そこに現れた警護の奴等からを隠すようにして部屋へ押し込んだのは俺だった。

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再び氷炎という名で平家に滞在する事になったと将臣殿との間に、一体何があったのか。以前と似た感情が湧き上がり苛立ちが募るのは、私の知らぬ間にが姿を消してしまったからなのでしょう。あの時お二人が厳島に居たのは単なる偶然でしかなく、私がその場に居なかったのも……また偶然でしかないのだから。

「あなたはいつも黙って行ってしまわれるのですね」

「ごめんね、伝えようが無くて」

少しだけ困ったように微笑を浮かべるは、あの頃から変わらぬまま。何かを、誰かを探して旅をしていると知った時。その誰かをどれほど羨んだか。今も尚、あなたは誰かを探し続けているのでしょうか。その為に、惟盛殿率いる怨霊達を滅したのでしょうか。今ここにあるのもその為ならば、私達は敵となるしかないのでしょう。互いに望まぬ事であってもそれを避ける事は出来ず、敵とあらば容赦は無用。それが、たとえあなたであっても。

「本当に……御無事で何よりです」

「重衡もね」

「それで?何故、ここに来た」

これで解らぬ女ではない。昔を懐かしむ為に、などと言う女でもない。素性の知れぬ者を疑れば、行き着く答えは一つ。この時世、間者を送り込むのは当然の事。これほどの者がただの間者とも思えぬが、そうでないとも言い切れん。

「君達と会う為に」

「それだけ……か」

見据える目には塵ほどの悪意も見出せず、動かぬ身体には殺意の欠片も無い。たとえそれが見せ掛けだとしても……それを表に出すような女でもない、か。ふらりと現れては消える、その繰り返し。源氏ではないと言ったあの戦場で会ってから、幾年過ぎようとも変わらぬ姿。何を奪うでもなく、何かを与えるでもなく。ただそこに居るのが当然の如く座するのみ。平家、源氏、全ての時勢に与せず漂う女。何を目的として生きているのやら。

「まあ、他にも色々。確かめておきたい事があってね」

「それはそれは……。お忙しい事で」

「その言葉、信じて良いんだな?」

出来る事なら、こいつを平家に置きたい。剣の腕が良くて怨霊を消せるって事もあるが、何より俺が――こいつを敵に回したくない。

「随分と信用が無いんだね」

「疑われて当然だろうが」

こいつに助けられてから、何度もおかしな目に遭った。いつも妙な生き物を連れて、得体の知れない男を部下みたいに扱う。いきなり姿を晦ましたり、突然姿を現したり。挙句の果てには俺達を脅かすような真似をする。

「少なくとも……今は君達の敵じゃないよ」

「そりゃどういう意味だ?」

敵じゃないとしても、味方でもないだろう。今は?なら、これから先はどうなるか判らないって事なのか?こいつの言い回しはいつも不確かだ。嘘を言っていないとしても、全てが真実を言っている訳でもないんだろう。

「敵だと思ったら、捕らえるなり斬るなり好きにすれば良いでしょう?」

「……判った。じゃあ、その時はそうさせて貰うぜ」

これ以上話を続けても、何の意味も無いだろう。こいつが暫くここに居るってんなら、目を離さなきゃ良いだけの事だ。何かあれば――直ぐに始末出来るように。

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平家内で怨霊が増えてるってのは、本当らしい。実際ここには、昔とは比べ物にならないほど人じゃない者の気が多い。

「……――敦盛は辛いだろうね」

宛がわれた部屋の前。小さな階段に腰掛けて、腕の中で寛ぐ風牙を撫でながら漏らした溜息。

「寒くて凍えそう」

庭を覆い尽くした雪と、空に浮かぶ滲んだ月。吐く息と一緒に言葉まで凍ってしまうんじゃないかと思うくらい、その夜全部が冷たかった。



     

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(壁紙:十五夜/ちゃちゃ様)

状況としては、1184/1・宇治川の戦い以後から1184/4・三草山の戦い以前までの3ヶ月弱。
本編一章(十)と二章(一)の間の話。





橘朋美







FileNo.106_01 2008/1/9 ※2010/10/5修正加筆