敵対している筈の人間がいきなり目の前に現れれば、当然どんな反応をするかなんて限られてくるわけで。……間違っても、こんな状況にはならないと思うんだけどなぁ?
「そんな!……どうしても、駄目なんですか?」
「ごめんね」
お互い助け合う事が出来るんじゃないかって言う望美ちゃんは、私の姿を見ても、これまでと変わらない態度で接してくれた。
「……あなただって、戦いたいわけではないのでしょう?」
「そうだね、出来ればみんなとは戦いたくないよ」
源氏側につけないんだとしても戦わなくていい関係になる事を選べないのかって聞く朔も、それは同じだった。
「は、違う道を行くんだね」
「――きっと、どれだけ近くても違う道しか進めない」
そして、白龍も。初めは驚いてたけど、こうして話し始めてからはずっと穏やかな笑みを浮かべている。
二人の龍神の神子は、私を敵だと思えないって言う。だからこちらに来て欲しい、戦わずに済む立場に居て欲しいって。私だって戦いたいわけじゃない。だけど、どこか一つの勢力に肩入れするわけにも行かない。望美ちゃんたちの傍に居れば源氏に。将臣達の傍に居れば平家に。嫌でも加担する羽目になる。だから今、私はこうしてるんだ。
「違う道を行く以上、みんなと戦う事になるかもしれない。でもね――」
並んだ二人の手を取って悲しそうな目を見ると、この子達には嘘を吐けないかもしれないと思う――ああ、違うかな。変に誤魔化すよりも、素直に話しておいた方が良いんじゃないかって思える。九郎達みたいに私を敵だと割り切って行動出来ないから、きっと余計な負担をかけるだろうし……。何より、確実に術の効果を上げられる人が必要だ。この二人なら信用出来るし、きっと信用してくれるだろうから。
「私は最後までそれを避ける。だから……」
もしも何かあった時には、私の事を思い出して。直ぐに、なんて約束は出来ないけど、絶対に助けに行くから。どれだけ怪しいと思ってくれても良い。だけど、ほんの少しだけ信用して欲しい。私は、みんなを死なせたくないだけなんだ。
腕に、小さな温かみが宿る。今袖を捲くれば、きっと二つの牡丹に色が着いてるんだろう。望美ちゃんと朔を表すような、綺麗な色が。これで、後は九郎とリズヴァーンだけだ。まあ、その二人が難関なんだけど……。今の所はこっちの動きに気付かれてもいないみたいだし、素早く動けば何とかなりそう。次はどっちを――なんて考えていたら、横から聞こえた声に気が削がれた。
「?あなたは今、」
「白龍。前に頼んだ事、覚えてる?」
言葉を止めた白龍は、一瞬不思議そうな顔をしてから――少し間を置いて、綺麗に微笑んだ。
「うん、覚えているよ。の願い。私の誓いも」
「――ありがとう。その時が来たら、宜しくね」
私は単に、何をしているの?って聞かれるのを止めようとして咄嗟に口にしたんだけど、願いとか誓いなんて言われて面喰ってしまった。大袈裟というか、何というか……何となく、照れくさい。
「さて、と。あまりゆっくりもしてられないし、もう行くよ」
「さん――また、」
この戦が終わるまでは、会わないでいられると良いね。そう言って部屋を出たのと、また会えますよね?っていう小さな声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
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「……神子に用があったのではないのか?」
声を掛ける前にそんな言葉を聞いて、先にこっちへ来たのは正解だったかもしれないと思った。私達がここに来ている事に気付いてもそれを邪魔せずにいたリズヴァーンは、目の前に現れた私を見ても冷静なまま。別に驚いて欲しいわけじゃないけど、小さな頃の事を思うと随分成長したんだなって、少し頬が緩んだ。
子供の頃から何年も一緒に暮らしていた私達を、多分リズヴァーンは人じゃないって感付いていた筈だ。でもそれを口にした事は一度も無くて、明らかにおかしいと判っている今でさえ、昔と同じように接してくれる。
「そっちはもう済んだから。ねぇ、リズヴァーン……」
もう立派な大人だね。と言いながら、手を伸ばす。頬の痕をマスクの上から覆うように触れると、ほんの少しだけ、表情が変わったような気がした。こういう事にはかなり鋭いリズヴァーンの事だから、もしかしたら気付かれたのかもしれない。そんな不安は直ぐに消えてくれたけど、別の不安が湧いて来る。
「お前が何を望んでいるのか……私が知る術は無いのだろう」
頬に触れたままの手に添えられた大きな手の平は温かいのに、その表情はどこか冷たいような……。いや、冷たいと言うより――辛そう?苦しそう?表情なんて殆ど見えないのに、見下ろす目が、それを雄弁に物語ってた。
「だが――。それが神子に害を成すなら、私は……」
「リズヴァーン?」
微かに震えた声を聞いて、揺れる瞳を見て、やっと気付いた。リズヴァーンも不安だったんだろうって。初めて出会った時。まだ小さな子供だった頃から、望美ちゃんを守れなかった事を悔やんでいたリズヴァーン。白龍の逆鱗を使って、彼女を助ける為に何度も時空を行き来して来た筈。宇治川で会った時、あの時リズヴァーンは、白龍の逆鱗は役に立ってるか判らないって答えた。という事は、今でも望美ちゃんを助けようとしているわけで。それを私が邪魔するのなら、私と戦ってでも――と思っているんだろう。
「大丈夫だよ。そんな事しないから、安心して?」
昔みたいに抱き締める事は出来なくて、その首にぶら下がるみたいに腕を回して呟いた。いくら成長したからって、昔と変わらない所もある。周囲に鬼と呼ばれて恐れられていても、みんなに先生なんて呼ばれて慕われていても、あの頃と同じ。哀しい優しさを持つリズヴァーンが、そこに居た。
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風が撫でるように離れる、その腕の温かさ。私の不安は消えたというのに、九郎の元へと行かなければならないと言う。何故、今そのような事をしなければならないのか。それを問うても必要だからと答え、ただ穏やかに微笑む。
「じゃあね、リズヴァーン」
そのまま立ち去ろうとする姿を見送る事が出来ず、その腕を掴む。振り返ったは、不思議そうにこちらを眺めていた。止めようと思ったわけではない。ただ、知りたいだけなのだ。私は一体、どうすればお前を助けられるのか。…………どうすれば、お前を見捨てずにおける運命を辿れるのかを――。
「――、お前は何を……望んでいる」
今まで、多くの運命を巡って来た。幾度も同じ運命を繰り返し、時に新しい運命に翻弄され。数え切れぬ運命の果てに、神子はあるべき世界へと帰った。だが――、私の心は満たされる事がなかった。そして私は……お前を探し、何度時空を越えただろう。漸く出会えたお前は、この時空にしか存在しないのだと言った。
「……私はただ、未来が欲しいだけだよ」
ここで死んではならない、神子を……助ける為にも。そう促され逃げた、先の知れぬ未来。この運命の結末を、私は知らない。見た事が無いのだ。お前が無事である、この世界を。
「未来……?」
「……そうとしか言えない。じゃあね、リズヴァーン」
感情を表さない、人前での顔とは違う。気のおけぬ者達に向ける親しげな顔とも違う。その顔は――今まで見た事の無い、辛苦を滲ませていた。
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「?!何故ここにお前が……」
師匠と弟子って、どこか似て来るものなのかな?滅多に無いリズヴァーンからの質問には少し動揺したけど、今はまだ、立ち止まってる暇は無い。そのまま九郎が居る筈の庭に向かった私は、また同じような質問を投げられて――。
「お前の目的は何だ」
刀に手を掛けた九郎の前で、小さな溜息を一つ零す。教えられない事を聞かれても答えられないのに、って。勿論そんな事は言えないから、心の中だけで。
「少なくとも、今ここで戦う事じゃない」
警戒心剥き出しでこっちを睨み付けている相手に、どうやって触れれば良いんだろう。手荒な真似はしたくないし、金縛りにでもしないと駄目かな?なんて考えながら一歩近付けば、九郎は躊躇い無く刀を構えた。
「お前は源氏の敵だ。それを見逃すわけにはいかん!」
言い終わると同時に振られた刃を避けて背後に回り込むと、九郎は一瞬で振り向いた。けど、もう遅い。両肩を掴むと同時に動くなと念じて、小さな結界を張った。ここで騒がれて、他のみんなが来たら面倒だから……。
「くっ、――術か。卑怯だぞ」
「……ふふ。卑怯、ねぇ?」
別に、何て言われても構わなかった。目的を果たす為には、手段を選んでる暇なんて無いんだから。そして――移し身の術をかける間、私は喋り続ける。物事を上手く運ぶ為に必要なら、卑怯だろうと何だろうと構わない。その時一番有効だと思える手段を使うのが定石で、それは源氏も同じなんじゃないのかって。暗に偽の和議の事を指していたそれに、思ったとおり九郎の顔は歪む。馬鹿みたいに真っ直ぐな九郎にしてみれば、痛い所を衝かれて言葉も無いんだろうね。
「お前が、――俺を殺すのか」
「は?」
もう術は掛け終わる。そんな時になって聞こえた呟きに、思わず素に戻ってしまった。これまでだって、これからだって、私にそんなつもりは無い。九郎達全員を死なせない事が、私の目的に繋がるんだから。敵対したからって、絶対にそんな事はしない。
「好きにしろ。だが……他の奴等は、」
「勘違いも程々にして欲しいね」
敵対する者は全て殺すのが、この世界――源平の兵士達の常識なんだとしても、頼朝がそう命令しているんだとしても。私にとって、敵対者は殺すべき人間じゃない。私の目的を阻まないのなら、相手が誰だろうと殺す必要なんて無い。
「だがお前は、」
「お喋りはここまでだよ」
手を放した瞬間、後ろに跳んだ。急に自由になった九郎はよろけた身体を立て直して私を見てるだけで、何も言わなかった。けど、間の悪い事に塀の向こうに感じるのは弁慶の気配で……幸いと言うか何と言うか、多分、まだ九郎は気付いてない。時間をかけ過ぎたのが拙かった、直ぐに逃げないと面倒な事になる。慌ててそのまま守人達と合流しようと思ったら、小さな声が聞こえた。
「、お前は――俺の敵じゃなかったのか?」
変幻した風牙を見付けて走り出していた私が咄嗟に答えたのは、たった一言。どれだけみんなを騙していようと、それが――――それだけが、事実だった。
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西へ逃げる平家を討ち、三種の神器を取り戻す。その為の戦が目前だというのに、俺は冷静で居られなかった。
『今はね』
の残した言葉と、その時の表情が頭を離れない。敵であるなら太刀を交えるのは当然の事、それが生死を分けるのも。なのにあいつは、俺を殺そうとしないどころか、太刀を抜きさえしなかった。俺はあの時、本気で太刀を抜いたというのに。いや、あの時だけではない。初めて会った頃もそうだった。修行をしていた頃も、手を抜いた事は無かったんだ。それにあいつは、これまで幾らでも俺を殺す機会があった。俺が兄上を信じているのなら敵になると言ったあいつには。なのに何故――?
「……ですし、――聞いているんですか?九郎」
「あ。ああ、悪い。兄上までお出でなのだ、しっかりしなければな」
鎌倉殿の名代として、平家追討を命じられた身として、兄上の御前で醜態を曝すわけには行かない。兵達の士気は充分に上がっているんだ、俺がしっかりしなくてどうする?
「鎌倉殿、ですか。何事も無ければ良いんですが……」
「ああ。だが、心配する必要は無い」
兄上のいらっしゃる船は後方だ。もしもの為にと景時が傍に控えているし、何があっても俺がお守りする。そう答えた時。弁慶はあの時のとよく似た表情で、そうですねとだけ言った。
「申し上げます!」
前方に船影が見えたという報せが入ったのは、その時だった。戦に於いて、将が心を乱してはならない。常に冷静であらねばならない。現状を把握して迅速且つ的確な行動を執らなければならないのだ。師の教えを忠実に守り、この戦に勝たなければ。心の隅にある不安を置き去りにして、俺は皆の元へ向かった。それでも――ここにが来ないようにと願いながら。

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三章終了まで後ちょっとー。
橘朋美
FileNo.029 2011/5/24
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