あの夜から、知盛や重衡と一緒に居る時の気まずさは大きくなるばかりだった。その気まずさから逃げたくて勝浦を離れると決めたのは、数日後の事。勿論、その為だけって訳じゃなかった。本宮を目指している筈の望美ちゃん達がどうしているのかも気になってたし、熊野の協力が取り付けられなかった場合の動向も以前のままなのか、確かめたかった。後を追う為に彼女達を探してきて欲しいと頼んで炎尾を空へ放した直後、出来れば顔を合わせたくなかった二人の声がした。
「あれがお前から離れるとは……珍しい事もあるものだ」
何だか含みがあるように聞こえるのは、気のせいじゃないと思う。足元に居た風牙が威嚇するみたいにして前に出たのも、多分その所為なんだろうなぁ。なんて、暢気に考えていたんだけど。
「もしや――また、発たれるのですか?」
これまでにだって何度もあった事だし、私は平家の人間じゃない。当然、引き止められる理由なんて無かった。だから、今回も同じ事を繰り返すだけだと――気にも留めてなかった。この二人が、この先私をどう扱おうとしているかなんて。ああ、でも違うかな。……少しだけ、そんな気がしてたかもしれない。だからもう、またねなんて言えなくて。さよならだけを残して、二人と別れた。
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まさかこんなトコでとまた会うなんてな。この世界は、案外狭いらしい。
「随分気が立ってるみたいだね」
俺は、世話になった里一つ守れなかった。戦が野盗を生み、それが貧しい奴等を襲うなら。戦を止めなきゃならない。だが、どうやって?鎌倉――いや。頼朝は、一人たりとも平家を見逃しはしないだろう。和議を持ちかけても無駄なら、後は――。どれだけ追い込まれようとも、まだ終わっちゃいない。俺は、ここで諦めるわけにはいかねえんだ。少なくとも、平家の奴等を落ち延びさせるまでは。
「だとしたら何だってんだよ」
相変わらずマイペースなの一言は、俺を驚かせるよりも先に苛立たせた。
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将臣は、会った途端から喧嘩腰だった。私は以前、失敗したんだと思い知った土地に来てからずっと、イラついていた。だけど……それは私にとって一番大きな感情じゃなくて、表に出される事が無いまま少しずつ薄くなっていくのが判った。
「別に。単にそう思っただけ」
ここで景時に見付かって……。リズヴァーンに時空を越えてでも逃げろと言って、私は守人達と京を目指したんだ。裏切ったのは景時で、捕らえられたのは九郎と弁慶、ヒノエに敦盛。そして、それを助けようとしていた泰衡。深手を負ったリズヴァーンの事は心配だった。でも、龍の姿に戻っていた白龍と、元の世界に戻った望美ちゃんや譲は無事な筈だと、少しだけ安心もしていた。その時将臣は知盛と重衡のように行方知れずで、三人の行方を追うには手掛かりが無くて――私はそれを諦めた。今は他のみんなを助けるのが先決だって思ったから。急げばまだ間に合う。誰も死なせずに済む。そうして茶吉尼天の力を避けながら向かった先、鎌倉で。私が見たモノは、晒された五つの首。その下に転がる景時と朔の身体は、もうピクリとも動かなかった。そして、それを確認した私は…………再び参眼を開いて、破壊と再生を繰り返した。
「人は――いつも矛盾してる」
守りたい物の為に何かを壊して、それがまた戦いを生む。
「何が言いたい」
二度目は三人の者が助かった。霧鎖はそう言ってた。だからきっと……君も、知盛も、重衡も、リズヴァーンですら。ここではないどこかで、死んでしまっていたんだ。私の知らないどこかで。
「……別に。ただ、そうとしか思えないだけ」
何が正しいのか、誰が間違っているのか。それを決められるのは、きっとそれぞれでしかない。神様にだって覆せない、その人だけの正義があるからこそ。人は戦いを生んで、憎しみを育てながら、大切な何かを守ろうとするんだと思う。私のしている事も、きっと同じだ。天界と人界を救う為になんて言っても、やっぱりそれは大義名分でしかない。
「まあ良いさ。お前が何を考えていようと――。俺の邪魔さえしなけりゃな」
そして、君のしようとしている事も。きっと同じで、誰にも止められない。止める事が出来ないのなら、無理にでも流れを変えるしかないんだ。
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一人にしてくれと言い、その場を立ち去った将臣が戻ったのは明け方の事だ。まだ薄暗い畦道を、今しがた着いたばかりだというと二人で……。
「そうか、行くんだな」
共に行動出来るのはここまでだと言う将臣に別れを告げ、俺達も京へ戻る為に吉野を後にしようといていた。俺はも共に来るものだと思っていたんだが、ただ確かめたい事があってここに来ただけだと言う。それが済めば、もう用は無いと。その用件を手伝おうと望美は言ったが、俺達には、こんな所で余計な時を費やしている余裕は無い。熊野の手を借りられなかったんだ。急ぎ戻ってそれを報告し、先の対策を立てなければ。
「九郎。用があるのは、君になんだよ」
だから少し時間をくれと言うの顔は、いつか見た――それがいつだったのかまでは思い出せずにいたんだが。冷たく見えるその目に正反対の熱さが感じられた。だからだろうか?出発の刻限を一刻ほど延ばし、俺はの後を追った。それを機に、互いが敵対する事になるなどとは思いもしないまま。
「いくらお前でも、これ以上兄上を愚弄するのは許さん!」
単刀直入に聞くと言ったの言葉は、今更何をと思うようなものだった。院宣の為だけじゃない。兄上が新しい国を作る為にも、平家追討を諦めるなど有り得ん。父上の仇をとり、兄上の悲願を叶える。それが俺の役目だ。それを――兄上が俺を裏切るとしてもだと?奥州に向かったあの時から、俺は兄上の為、源氏の為に尽くしてきた。兄上もそれを認めて下さっているというのに……馬鹿馬鹿しいにも程がある!!大体、これまで協力的だったお前が何故今更そんな事を言うんだ。どれだけ言葉を連ねても黙ったままだったが口を開いた時、俺達の会話は終わりを告げた。
「九郎、私は昔から源氏でも平家でもない。でも、次に会った時……。もしその時になっても、君が頼朝を信じているなら。私はきっと、源氏の敵になる」
そう言って背を向けたは、初めて会った頃の姿を思い出させた。氷炎鬼という二つ名を持った、得体の知れない人物だった頃を。
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夏の熊野は、私の周囲に大きな変化を齎した。源氏方である九郎達とは、次に戦場で会えば敵同士になる。それは、平家にいるあの子達を死なせない為に必要な事だから。かといって、平家方である将臣達とも一緒に行動出来ない。中途半端な戦いや逃亡をさせない為には、それを阻止しなきゃいけないから。平家方にしてみれば、源氏側の人間としか思えないだろうし……。
「ねぇ風牙、茶吉尼天に弱点は無いの?」
宇治の庵に戻ってから何日か。守人達の集めた情報を聞きながら、簡単には入り込めない鎌倉の事を考えてた。茶吉尼天が頼朝に力を貸しているなら、それをどうにか出来れば戦況を変えられるんじゃないか。弱体化した鎌倉勢なら、平家の――還内府の和平案を蹴る事は出来なくなる筈。単純な考えだけど、それが一番手っ取り早いんじゃないかって思ったのに。
「うーん……悪いけど、俺も茶吉尼天について詳しい事は知らないんだ」
本当にあっさりとした返事が返ってきた。そりゃまぁ神様の端くれなんだし、簡単にどうこう出来る相手だとは思ってないけど。あんまり簡単に返されると、つい反論したくなるんだよね。大体、大概の事には奥の手とかがあるのがセオリーなんだし、神様とはいえ無敵って事は無いでしょーよ。
「じゃあ、茶吉尼天じゃなくて――西の西方将神に弱点は無かったの?」
私としては、西の天帝に聞けば茶吉尼天の力を封じる方法があるんじゃない?って意味で言っただけだったのに。一斉にこっちを向いた守人達の顔は怖いぐらいに真剣で、ああ、これはまた揉めそうだな〜なんて考えが頭を掠めていった。
「――……無くはない。だが、私は反対だ」
こんな時には一番に小言を言い始める筈の雷矢がきっぱり言い切ると、霧鎖や風牙だけじゃなく、炎尾までもが次々に同意する。全員に意見を聞けば、いつも何かしら食い違った答えが返ってくるのに。こんなに意見が一致している守人達なんて、初めて見たかもしれない。これは、もしかしなくても――。
「それだけの…危険が伴う」
直感でしかなかった疑問は、四つの短い肯定の言葉に真実味を帯びる。天界に居た頃、守人達の言葉は私の重荷になるようなものばかりだった。それを素直に受け入れらるようになったのは、きっと一緒に過ごしてきた時間のお陰だ。どれだけ危険な判断をした時でも、守人達は私を追い詰めたりしなかった。自分に嫌気が差していた時でも、守人達は私を見捨てなかった。
「こればっかりは、いくら嬢が喚いたって賛成出来ねぇな」
参眼を操れるようになりたいと言った時、無理を言って説き伏せた事を思い出す。あの時みたいに説得出来るような雰囲気じゃないのは、一目瞭然だった。けど……方法があるのなら、知っておきたい。その方法を使うのは、最後の手段にするから。この時の私は、本当にただ次善の策を作っておきたくて必死だった。無言で拒絶していた守人達が唸るような返事をして渋々折れたのは、それから何時間も後の事。
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源平に分かれたみんなと敵対する羽目になった夏は、そろそろ終わろうとしていた。弱点を知っても茶吉尼天を狙う事も出来ないままで。
「お嬢、本当に――このまま行って良いんだね?」
戦装束を身に着けて庵を出れば、ずらりと並んだ――ってのは言い過ぎかな?昔は邪魔な壁みたいに見えた四人が、今は最強の砦みたいに見える。
「今更止めようとは思わぬ。だが…無茶はするな」
これから先、どれだけ大変な事が待っているのか。頭では判ってるのに、それでも心は穏やかでいられる。それはきっと、この四人のお陰。
「ヤバくなったら一気に離脱させるからな」
やるべき事を残したままじゃ、きっと私は死なない。だから、あの子達も――もう死なせない。その為に、今は敵になろう。
「あなたが無茶をすれば、我等は命に背く。そう肝に銘じておけ」
信頼は交流が生み、時間が育むものだ。昔どこかで聞いた時は胡散臭いと思っただけの言葉が、今は信じられる。
「うん、じゃあ行こう」
大きな力が動いた先。和議の申し入れを受けた筈の鎌倉が、偽者の使者を向けた福原へ。あの子達の、邪魔をする為に――。

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これで何とか終わりが見えてきた!…ような気がしないでもない。
一応は簡単なプロットを作っているのですが、範囲内に収まらない事も儘あるんですよね
ま、取り敢えず二章はこれでお終い確定です。
橘朋美
FileNo.025 2010/3/28 ※2010/9/29修正加筆 |