夜も更けた頃。宿の一室に待ち受けていたのは……。おかしな雰囲気を醸し出す、この二人。良い酒に酔った者のする顔には、とても見えん。
「有川は戻らず、お前が来るとはな」
暫く宿に滞在しろという言伝の為だけに、が来た。それは無いだろう。邪魔をしたかという問いに、否と返したのも。珍しく不機嫌な重衡の顔を見れば、何があったかなど凡その察しはつくが。これ以上探るのも……面倒、だな。
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居た堪れなくなって外へ出れば、欠け始めた月が辺りを照らしていた。まるで、全ての嘘を暴き出そうとしているみたいに。あんな重衡は……初めてだった。いつもの余裕のある悠然とした態度と違って、まるで追い詰められたような感じがした。本気だっんだ――きっと。
「どうして――」
、私はあなたを愛しています。あなたが兄上に連れられて、六波羅に来られて以来。石橋山でその身を隠した時も、再び六波羅に戻られた時も。その姿を見る度に、思いは募る。ですが、あなたはそうではない。あなたには心に決めた人はいない。たとえそれが誰であろうと、あなたは決して心を許しはしないのですから。そして私は、あなたを愛すると同時に……疑ってもいる。平家の為には、決して心許してはならぬ人だと。ですが、その思いも……そう遠くない内に泡沫と消えるのでしょう。いずれ平家は滅び、その時には私も――。
「そんな事、私は……」
私を疑っているのに好きで、その思いを遂げたいというのは本気だと。それを忘れずにいてくれと言った重衡に、何を言えば良かったんだろう?死を覚悟して生きている人間に、生きろと言うのは残酷なんだろうか?
「っ?!……、つぅ」
私のしている事は単なる自己満足で、あの子達にとっては迷惑なだけなのかもしれない。兄さんとの約束を果たす為。混沌の闇に呑まれない為だなんて大義名分に縋って、自分にとって都合の良い解釈に酔っているんだろうか?腕に痛みを感じたのは、そんな事を考えていた時だった。
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「……随分と、無用心じゃないか」
「斬りかかってきた本人が言うべき言葉じゃないね」
この気配……一人ではなかろう。夜に舞う鷹に、闇を走る虎。あの式神も潜んでいる……か。少なくとも、の命が下るまでは。
「重衡の願いは、聞いたんだろう?」
「は?――何を、っ?!」
あれは、己が本心を伝えられただけで満足だと言った。フン……莫迦莫迦しい。真実欲しいものを、手に入れようともせずに諦めるとは。
「俺の願いも聞いてもらわねば割に合わん、だろう?」
「だから何を……知盛!」
漸く太刀を抜いた、その目。その視線が――俺を虜にすると言えば、お前はどうするのだろうな?呆れるか、憤慨するか。少なくとも、喜びはしないだろう。
「夜半には……無粋な声を出すものじゃないぜ?」
「ふざけるのも大概に……、本気で殺し合いたいの?!」
クッ……今更、何を言うかと思えば。この先、お前と対する時は更に減っていくだろう。ならば今――。この時を逃すほど、俺は愚かではない。その腕から繰り出される一太刀一太刀が、生と死の狭間を作る。今ここで、その太刀を浴びて倒れようとも……生きたと思える瞬間を味わえるのなら、悔いも残らぬだろう。
「そうだ。お前は……そうして太刀を振るえば良い。俺に向けて、な」
「――ふざけるんじゃ、ないっ!!」
軽く、浅く、斬り裂く野太刀と。重く、深く、衝き破る大太刀と。その暗い刃のどちらもが、鮮烈に……鋭さを増す度に、良い目を見せる。これで終わりかと思うと、惜しいほどに……な。
「勝負有り――だね」
「……何故、殺さん」
死なせたくないと言うその顔は、刃を衝き付けた者のする顔ではない。怒りも無く、強さも無く、慈愛や悲哀さえも無い、木偶の如く。ただ、その目だけが……勝者の笑みを湛える。
「一つ……私の望みも聞いてもらおうかな」
「……ックク。好きにすれば良いだろう?」
勝者が敗者をどうしようと、それは戦の常。生きたまま裂かれようと、水底に沈められようと。是非も無い――だろう?
「知盛……私が死ぬなと命じた時、君は死んではいけない」
「?……ふざけた事を言ってくれる」
だが、いつ姿を現したのか。の肩には鷹。腕には蛇。足元には虎に――亀、か?そこにある五対の目が、俺に向けられた時……意識は闇に呑まれた。
「良いね?私が死ぬなと命じた時、君は死んではいけない」
「はい――――あなた様の、仰せのままに……」
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いきなり斬りかかってこられた時には驚いたけど、それは私にとってのチャンスになった。重衡の事を何とか出来ないのなら、今出来る事をするのが一番だ。致命傷を負わせないように。でも、戦えるほどの余力を与えずに……追い詰めた。
「?……ふざけた事を言ってくれる」
「……オン シャキャラヤ ソワカ」
絶対に気付かれない呪いをかけて、記憶を封印する。それ以外、知盛を死なせずに済む方法は無いと思ったから。それが卑怯な手だとしても、今更だ。知盛は、きっと私を思い出さない。それは多分、どんな時でも。目の前に居なければ、その内存在さえ忘れてしまうんじゃないかとさえ思う。だから、私の事を忘れていたとしても良いように。その場に私が居なくても良いように、強い呪いを。
「一つ……私の望みも聞いてもらおうかな」
「……ックク。好きにすれば良いだろう?」
そして、その上に偽りの記憶を重ねていく。本当の事とは違って、どうでも良い事を上塗りして。守人達は随分怒っているけれど……これで良いんだ。私がその所為で死ぬなんて事は、きっと無いんだから。
「もうこれ以上、君のお遊びに付き合うつもりは無い。良いね?」
「フン……仰せのままに」
鼻で嗤った後の言葉が守られないとしても、それで構わない。それは私の本当の望みじゃないから。もし本当の事を知ったら……知盛、きっと君は怒るだろうね。
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翌朝。どうにも二人と顔を合わせるのが気まずくて……陽が昇った今になっても、部屋から出る気になれないでいた。部屋の外には雷矢と炎尾の気を感じるし、風牙や霧鎖の気も近くに――というか、知盛と重衡の居る部屋辺りにある。多分、昨日みたいな事が無いようにだと思うけど……心配性にも程があると思う。
「二人とも、あれで納得してくれたのかなぁ……」
「何をでしょう?」
覚悟を決めて部屋を出た所で鉢合わせるなんて運が悪い。そのまま回れ右!と行きたい所だけど、当然それは止められる。にこにこと微笑みながら、今日の予定を聞いてくる重衡によって。重衡は、まるで何も無かったように振舞ってる。多分、私もそうしなければいけないんだろうな。でも、そうしたくないと思っている自分が居る。解ってもらえないのだとしても、言っておかなきゃならない事があるんだ。それでもし、重衡が完全に私を敵だと思うようになったとしても。
「ねぇ、重衡」
「はい。何でしょう?」
私は平家にとって有益な人間じゃないし、場合によっては仇になるかもしれない。けど、今の戦続きが終わった時には、重衡にも生きていて欲しいって思う。だからどれだけ望み薄だとしても、自分から生きる事を諦めないで欲しい。一気に言い切った後も穏やかな表情は変わらないままで、解っていますよと言う。
「そのような事を仰るあなただからこそ、愛しいと思わずにいられないのですから」
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次々に知らない事ばかりが起きて、重衡には覚えている事を望まれて、知盛には忘れる事を強要した。源氏と平家の思惑が熊野で叶わないまま、夏の終わりが近付いてくる。もう少し日本史の勉強をしておくんだったという無駄な後悔と、これまで失敗した事を無駄にするものかという思いを抱いて。そして、吉野の里で――私は完全に敵対する事になる。平家と源氏の両軍と。

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これから主人公は単独行動が多くなり、割とキツイ立場に。
あ、でも御心配なさらず。いずれ和解しますよ〜。
じゃないと話にならないですから。
橘朋美
FileNo.024 2009/8/28 ※2010/9/29修正加筆 |