「何故そう無茶をするんだ!」
弁慶を連れて行った雷矢が戻ったのは、少し後。誰でも構わないから守人を傍に置け。これ以上移し身を増やすんじゃない。相手が誰であろうと自分を守る為に戦え。散々説教を喰らっているけど、頭の中には全然入ってこない。
「なんで弁慶が……。私、また何かヘマした?」
弁慶が私に興味を持ったのは、私が怨霊を消し去る事が出来るからだ。これまでにこんな事があったなんて記憶も無い。私が忘れているだけなんだろうか?どれだけ考えても判らない。リズヴァーンは人型の全員。将臣は人型の雷矢と、変幻姿の風牙と炎尾。泰衡は雷矢の変幻姿。弁慶には今、人型の雷矢を見られた。小さな変幻姿の風牙と炎尾は全員が知っているけど、それは式神だと思っているから平気な筈。でも、これ以上――特に朱雀の二人には余計な事を知られたくない。だから……人目に付く所に居る時には、守人達と離れているのが一番安全なんだ。
「聞いているのか、天姫?!」
「!見付けた。……あなたは誰?青龍ではない。でも、よく似ている」
ほぼ同時に思考を遮った声は、お互いに関心を持ったみたいだった。他のみんなはともかく、白龍になら守人達の事が知られても平気だろう。そもそも兄さんの生み出した神なんだから、昔から知っていてもおかしくない。そう考えて、走り寄ってきた白龍の目線に腰を落として話し掛けると、不思議そうな顔をした。
「この人は雷矢。東の守人なんだよ」
「東の、守人?、守人って……何??」
てっきり白龍も天界の事を知っていると思ったら、全く知らないらしい。簡単に……といっても、かなり時間が掛かったけど。天界の事を話して、守人達や天界の事は内緒にして欲しいと頼んだ。
「うん。約束する」
「力を失おうとも龍である事に違いはない、か。白龍、天姫を頼むぞ」
いくら相手が神様だからって、私が白龍に護られていたら本末転倒なんだけど?運良くお説教も免れたみたいだし、いい加減宿へ戻らないと真っ暗だ。雷矢に別れを告げて、白龍と手を繋いで歩きながら道を急ぐ。繋いだ手から伝わって行くのは、私の移し身。今は確認出来ないけど、きっとまた、牡丹が一つ色付いている筈。
「白龍、もう一人で外へ出ちゃ駄目だよ?みんなが心配するからね」
「ごめんなさい。この地の気脈が歪むのを、感じたから」
時空の歪みが大きくなっているのかもしれない。再構築を繰り返したのが拙かったのかもしれないと、本気で焦った。けど、よくよく聞いてみたら……私が雷矢を呼んだ所為だったらしい。
「そっか。私が守人達を呼ぶと、白龍にも判るんだね」
「うん。龍を呼ぶ声は、気脈を伝わる。だから、私にも聞こえた」
次からは間違えないから大丈夫と言って、無邪気に笑う。神の筈が人の姿を持つモノと、人の筈が神の力を持つモノ。似ているようで似ていない。けれど、どちらも中途半端なのは同じ。
「白龍、宿へ戻ったら一緒に温泉に入ろうか?」
「と?神子と朔、”一緒に入るのはいけない”と言ったよ?」
そりゃまあ、相手が年頃の女の子じゃあね。苦笑いしながら私は良いんだよと言った途端に、弾けるような笑顔で返事をする。白龍と一緒に居る私は何者でも構わなくて、誰と居るよりも落ち着けた。残酷な事を頼んでしまったのは、その所為なのかもしれない。いつか私が、みんなと顔を合わせられなくなってしまった時の為に――。
「ねぇ、白龍。もしいつか、私が消えてしまったらで良いんだ。その時は、私の秘密をみんなに話してくれるかな?」
「うん、判った。その時は、みんなに話すよ。でも――が消えないよう、私は助力する。雷矢とも、そう約した。それに私は、に消えて欲しくないから」
どこまでも真っ直ぐな瞳でそう言った白龍を連れて、宿へ戻った時。その場に弁慶が居ない事を確認して安心した私は、そのまま露天風呂へ向かった。久し振りの湯船と嬉しそうな白龍に癒された心と身体が、ほんの短い時間で疲れ切ってしまうなんて……そんな事、一体誰が思っただろう。
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神子達と共に熊野へ向かう途中、に会うとは思わなかった。何日も歩き続けていれば、疲れも溜まってしまう。時折水のある場所で休息を取り、また歩を進める。それを何度か繰り返した水場で。を見付けたのは、白龍だった。
「神子、が居る……水の中に」
「えっ?水の中って――白龍、待って!」
「望美?白龍!一人で行っては駄目よ!」
慌てて駆け出した二人を追って皆も水場へと急いだが、私は動けずにいた。……に合わせる顔が、無かったのだ。人としての正気を失っていたあの時。三草川で……私はを襲い、結果的に助けられ、神子に会い。その後――平家を捨てたのだから。
「放っておけば直ぐに乾くから」
「莫迦を言うな!人前に出られる格好じゃないだろう?!」
「そうだよ。そのままじゃ……ちょっと待ってて、替えの羽織があるから」
「まったく……。とにかく火を熾しますから、ちゃんと身体を乾かして下さい」
「、これを」
慌ただしく戻ってきた皆が口にする事の意味が判ったのは、神子と朔殿に庇われるようにしていたが此方へ出て来た時だった。直視する事は出来なかったが……。恐らく、水浴びをしていたのだろう。薄い衣といつも高く結い上げている髪は、身体に張り付いたまま雫を落としていた。
「―――?暑気中りとか……敦盛、大丈夫?」
「っ、ああ。すまない、大丈夫だ」
「敦盛は、これから湯に入るの?」
夜更けならばと露天へ来てみれば、あの時のような姿をしたが白龍に衣を着せていた。私は驚き、声も出せずに立ち尽くしてしまっていたのだ。慌てて謝れば、ゆっくりしておいでと言って白龍と共に外へ。その後、湯に中ってしまった私を助けてくれたのはリズ先生だったらしい。その頃何が起こっていたのか、私が知る事は無かった。
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「どうしちまったんだろうね、まったく。オレらしくもない」
の――あの腕が欲しい。熊野を守る為に。オレの傍で、あの腕を揮って欲しい。最初はただ、それだけの筈だったんだけど。初めて知った時から、いけ好かないヤツだと思っていた。妙な力を持つ、得体の知れない年嵩の女。知ろうとすればするほど、謎は深まるばかりで。
「オレが欲しいのは……」
弁慶もの力を欲しがってる。だから慌てて行方を捜したっていうのに。二人とも宿の付近には見当たらなくて、だんだん焦りが募っていく。けどそれは、腕の立つ人間を横から攫われる事に対してだけじゃない気がした。だったら、その意味するものは――なんて、考えるまでも無い。何が切っ掛けだったのかなんて、オレには判らない。けど、オレが欲しいと思っているのはの腕だけじゃなくなってる。
「ここにも居ないとなると……一旦、宿へ戻ってみるか」
夏とはいえ、宵の口を過ぎれば辺りを見渡す事も出来ない。この際、他のヤツの手も借りた方が良いだろうと思って宿へ急いだ。もしかしたら、もう戻っているのかもしれない。戻っていれば良い。それは当たっていたけれど、そこに居たのはあいつだけじゃなかった。いつも望美かの傍に居る白龍はともかく、珍しく声を荒げる景時と、それを軽くあしらう弁慶が一緒だなんて――。
「どう考えも厄介事だね」
こんな時は、関わらずにいるのが一番だ。これまでもそうだったし、多分これからも変わらない。たとえどんなに身分の高いヤツに請われたとしても。熊野を率い、守っていく為に必要な事以外に気を取られてる暇なんて無い。なのにがそれに関わっているってだけで、見過ごせなくなる。そして、たとえが拒んでも……オレはそれを乞うんだ。
「やけに賑やかだね。オレも交ぜてくれるかい?」
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景時が見付けたのは虫刺されの跡じゃなかった。その原因である弁慶は……言わなくても良い筈の事を言った。二人の剣幕に驚いた白龍は、訳も解らないまま私を後ろに庇った。最後には、それを見ていたらしいヒノエまで言い争いに加わっていた。
何故このような事になっているのか……。私は、この諍いを知らない。
飛び交う言葉は、次第にお互いを牽制するようなものじゃなくなっていく。私が何を言おうと、みんながみんな聞きゃしない。使い古された陳腐なメロドラマの修羅場みたいな状況に厭きれた笑いすら浮かべられないまま、私はその場を去ろうとした。
「?待って!」
「逃げても無駄ですよ、」
「……オレ、本当に君の事を守りたいんだよ」
「オレは、簡単には諦めないぜ?覚悟しておきなよ、」
飛び付いてきた白龍の頭を撫でながら、怒りで震えそうになるのを堪えた。私を手に入れる?私が欲しい?私を守る?私を助ける?なんでそんな事になるのか。私は君達を護る為に、ここへ来たのに。それが仲間割れを起こす原因になっているのなら、なんの意味も無い。
「いい加減にしなさい」
感情をコントロールしなきゃいけない。こんな所で参眼を開けば、事態はもっと酷くなる。そんな風に思いながら冷めていく頭の上で、声がして――。声と同じように厳しくて静かな目を見た時、私は卑怯な手段を取った。リズヴァーンなら、余計な事を言ったりしないって確信していたから。

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随分と間が空いてしまった。
火竜狩りやらオロチ退治に明け暮れていました。
遙か4発売後も、恐らくこんな調子になるんじゃないかと。
夢浮橋発売後も…以下略。
橘朋美
FileNo.022 2008/5/29 ※2010/9/29修正加筆 |