桜散る
二章一



源氏に加わる形になった白龍の神子、望美ちゃんは不思議な女の子だった。ここは、彼女にとって初めての時空。彼女は何も知らない筈なのに驚くほど前向きで、先へ進む事を止めない。そんな彼女との再会は、神泉苑でだった。何人もが連れ立って歩いている様子は奇妙な団体にしか見えなくて、つい苦笑いを浮かべる。小さな子供が一人。若い男女が二人ずつ。着ている物が普通の着物だったら、ここまで奇妙な団体には見えなかったんだろうけどね。

「あっ!神子、が居るよ」

はっきりと姿が見える前に駆け寄ってきたのは、白龍だった。まだ力が足りないままの、小さな白い龍神。兄さんがこの世界に送った、神の一柱。

さん!こんにちは」

、突然居なくなってしまって……心配していたのよ」

天真爛漫と言うのがぴったりな、白龍の神子。子供の頃から落ち着いていた、黒龍の神子。

「あなたは……。宇治川ではお世話になりました」

「やはり君だったんですね、

譲と弁慶は、ぎこちない笑顔と作り物の微笑を浮かべていた。地の朱雀と天の白虎。炎尾と風牙の眷属から加護を受ける八葉の二人。

「久し振りだね、みんな。散策の途中?」

九郎との約束の為にここへ来たという事は、知っていた。前もそうだったから。リズヴァーンに会う為に景時を探す内に桜花精を倒し、仲間を増やして三草山へ出陣するんだ。

「ええと……。神泉苑の桜を使って、剣の練習をしようと思ってたんです」

「私にも何か手伝える事があれば良いのだけれど……」

「僕達は外しましょうか。望美さんの気が散ってはいけませんから」

「そうですね。先輩、無理はしないで下さいね」

「神子。に教えてもらうのでは、駄目?」

白龍にとっては何気ない一言だったんだろうけど、本人以外の全員が呆気にとられた。何を言っているんだろう?って顔に書かれてるよ、みんな。それに、私が望美ちゃんに花断ちを教えるってのは出来ない相談だ。刀で桜の花弁を斬る。それ自体は、私にとって難しい事じゃない。だけど、それをしてしまったらリズヴァーンと出会う事が難しくなってしまうだろうから。

はとても、強いから。神子も、きっと花断ちを覚えられる」

「白龍。花断ちが出来るのは、九郎とその師だけなんですよ」

どう断ろうかと考えている間に、話は決まっていた。譲は弁慶と朔に聞きたい事があるからと言って三人で。私は白龍と一緒に辺りを散歩する事になって、改めて白龍は神なんだって思った。

。あなたは何故、人ではないものの気をもつの?」

判り易くて答え難い質問。どう答えたら良いのか判らない。白龍は誤魔化せないんだと思う。兄さんの力で生まれた神なんだから、きっと私じゃ誤魔化せない。だからって、本当の事を話してしまっても平気なんだろうか?

……。これは、聞いてはいけない事?」

少し悲しそうな顔で見上げるその姿は、小さな子供でしかないのに。世界を見通すような目は、何もかもを見破っていそうに見える。多分、見破ってる。じゃなきゃこんな事、聞きっこない。

「そうじゃないよ、白龍。でもね、他の人には内緒にして欲しいんだ」

誰にも言わない。と、小さな声で答えながら肯く小さな白い龍神。見た目ほど子供ではなくて、神とは思えないほど素直で。話せる事を全部話し終わった時。私に向けられた言葉は、優しくて温かなものだった。

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「ええ、本当に……。兄上ったら、どこへ行ってしまったのかしら」

鞍馬の結界は張られたままになってるみたいだった。リズヴァーンはあそこに住んでいる。多分、あの時からずっと……一人で。私達が人の多い所で暮らすのは結構面倒だから、ああいう場所に住むのが丁度良い。だから私も宇治の庵へ帰ろうとしたんだけど……。神泉苑から戻る時に景時の邸へ招かれたまま、何日かが過ぎてた。今はリズヴァーンの結界を解く為に景時を探しているらしい。景時の術は昔からかなり強いものだったから、多分リズヴァーンの張った結界なら解けるんだろうなぁ。

「明日は西の方を探してみましょうか」

私はといえば、邸でのんびりとしているばかり。雪見御所に居た頃には、こんなにゆっくりしていられなかった。あの子達が集まっていくのを待つだけの、表面上は暢気な生活。


平泉には泰衡が。

福原には将臣と敦盛、知盛と重衡が。

京には残りの全員が。


それぞれの立場で、それぞれの思惑で動いている。それを止める事は出来ないけれど、だからと言って傍観している事も出来ない。みんなを死なせるわけには行かないんだ。

「あら、どこへ行くの?」

「ちょっとね。散歩」

それは決して嘘じゃなかった。ここに居ると、嫌でも思い出す。前に会った時は碌に話す時間も無くて、そのまま別れてしまった。私が昔、どこに居たのかを知っている人間。少しでも早く会った方が良い。けど、どこに居るのか判らない。私を平家方だと思っていて、それを九郎や弁慶に伝えられてしまえば……。収拾がつかなくなってもおかしくない。

「判りました。でも……先輩、あんまり無理はしないで下さいね」

譲の声がした方を見れば、望美ちゃんが素振りをしていた。庭を過ぎる譲と擦れ違い、門へ向かう途中に九郎が居た。久し振りに見る顔は、以前と変わらないままの笑顔。どうしてここに居るんだと驚きながら、屈託無く話し掛けてくる。まだ、私の動向は知られていないんだ。弁慶ならともかく、九郎がここまで巧く態度を装える筈がない。

「入れ違いでは無さそうだが、どこかへ行くところだったのか?」

久し振りに手合わせをしたいと言う九郎と一緒に邸を出たのは、まだ陽が傾き始める前。散歩には丁度良い。なんて、暢気に邸を出た。これを境に慌しい時間を過ごす事になるなんて、思いもしないで。

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、聞いても良いか?……お前は何故、強くなったんだ?」

「は??」

木刀を下ろして河原に座り込み、未だ衰えぬの強さの秘訣を尋ねたつもりだった。素っ頓狂な顔で俺を見るは、冷酷さの欠片も感じさせなかったのに。あんな風に豹変してしまったのは、何故だったのか。

「いや、だからだな――」

望美が軍に同行したいと言った時、花断ちを見せて諦めさせるつもりだった。習得するなど女人の出来る事ではないと、俺は高を括っていたんだろう。久し振りにと手合わせをして、それが間違っているのかもしれないと思ったんだ。

「お前がそれほど強くなったのは、何の為だと聞いているんだ」

「護りたいものがあるからだよ」

「周囲の者達は、反対しなかったのか?」

戦に出れば弱い者は殺される。それが誰であろうとだ。だから、戦えない者、戦力にならない者、女子供が太刀を持つ事を認めない者は多い。それなのに、誰もそれを止めなかったんだろうか。――それを聞いたところで、なんになるというんだ。俺が望美を同行させたくないのは戦力にならないからであって、が何の為に強くなったんだろうと俺には関係ない筈だというのに。

「女人が戦に出れば、真っ先に死んでもおかしくないんだぞ?」

「……九郎、何が言いたいの?」

「お前も望美も、太刀を振るう必要など無いだろう?何故、」

女兵は簡単に倒せる。殺さずとも、使い道はある。そう考えるのが定石で、戦場で女を守りながら戦う余裕など無いも同然だ。なのに何故、ああまでして同行しようとするのか……。俺には理解出来ん。ほどの強さなら、戦場でも後れを取る事は無いだろう。だが、もし俺がの親兄弟であったなら。戦場に出たいと聞けば反対するだろう。危険だと判っている場所に行かせるなど、許せる筈がない。

「私は――それが必要だからこそ強くなった」

?……っ?!」

「誰であれ、何であれ、要不要は自分で決めるものだよ」

冷たく言い放ってその場を立ち去るの背が、薄闇に紛れていく。その目に見据えられた時。まるで敵を射殺そうとしているかのような視線が、あの字名を思い浮かばせて……俺をその場に止まらせていた。

++++++++++++++++++++

解ってる。時代も違えば考えも違う。兄さん達とも全然違う。けど、私は自分の進むべき道を自分で決めた。誰が何と言おうと、それを変えるつもりは無い。九郎の言ってる事も、解らない訳じゃないけど――。

「違う」

私は失敗してきた。それを指摘されてるみたいで、腹が立ったんだ。私も望美ちゃんも、自分の居た世界とは違う世界に連れて来られた。それぞれの神に乞われて、時間と空間を越えてこの世界へ。そしてどちらも失敗して、それを成功させたくて足掻いてる。

「ちょ〜っと痛いかも……って、?!」

今更考えても仕方の無い事を考えながら、ふらふらと歩いていたのが悪かった。間が良いのか悪いのか、踏み込んだのは景時の張った結界の中。しかも……怨霊を追い払っている所だったらしい。術を放つ瞬間に私だと気付いて止めようとした景時と、結界の外から隙を衝いて斬りかかろうとしていたその部下達を止めたのは突風で、濃霧に散らされた術の名残だけが、ちりちりと耳に響いてた。

「ええっと……久し振りだね、

思わず苦笑いを浮かべたのは景時に対してじゃなく、自分自身の迂闊さに。雷矢と霧鎖が助けてくれなかったら、絶対に面倒な事になってた。油断しちゃいけない。咄嗟の判断を間違えば、大惨事になってもおかしくないんだから。焦っちゃいけない。私はもう……これ以上、失敗したくないんだから。

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あちこちに現れた怨霊の調伏に追われている間、気になっていたのはの事だった。あの時……。石橋山で源氏に寝返った俺は、平家の者からすれば裏切り者でしかない。直前まで一緒だった筈のがそこで消えてしまって、数ヵ月後には、あの場に居た兵は全員が死んでるって聞かされて……哀しかった。だけど、少しだけほっとしていたのも本当だったのに。オレの裏切りを、には知られずに済んだと思っていた。なのに弁慶に連れられて来た時のは、まるで何も無かったみたいに元気だったんだ。

「景時、少し話す時間を取れる?」

最初はオレを追って来たんだと思った。裏切り者を探し出して、制裁を加える為に。けれど、それはオレの勘違いで……。不思議に思って調べてみれば、平家にという武将は居なかった。あんなに目立つ姿で、あんなに強いのに。それがまるで知られていないなんて、有り得ないのに。九郎の旧知で、弁慶とも知り合いで。二人にそれとなく聞いてみても、オレを……源氏を狙っている訳じゃないみたいで。直接聞きたくても聞けなかった事を、聞かなくちゃいけない。そんな風に思ったのは、に尋ねられてからだった。

「うん。オレも……オレもね、君に聞きたかった事があるんだ」

人の居ない所でと言って、薄暗い舞台の上に出るまでは無言のままで。漸くが口を開いた時、オレの不安は消えてくれた。石橋山で深手を負って、今はその傷も癒えて人を探している途中で、オレが源氏方に居るのも承知の上で、無事で良かったって言ってくれた。昔みたいにオレの話を聞いてくれているだけで、胸に痞えていたものが融けていくみたいで……。だからつい、言ってしまったんだ。あの時と同じ事を。でも、それはオレの独り善がりでしかなくて。少しも表情を崩さないまま告げられた言葉は、オレに対する拒絶としか思えなかった。

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「私は源氏にも平家にも属さない。誰に言われてもね」

どこにも加担しちゃいけない。それはきっと、そこに居ない人と自分を窮地に追い込むから。源氏でも、平家でも、熊野でも、平泉でも。私が動く時は、どこの人間とも一緒に居ちゃいけない。慌てて気にしないでと繰り返す景時に、そっくりそのままの言葉を返した。景時が嫌いだから断ったんじゃない。これからずっと騙し続けるのは君じゃなく、私の方なんだから。謝らなきゃいけないのは、きっと私なんだろうから。

「当分の間はいつでも会えるよ。それも、かなり気楽にね」

気拙い空気を和らげようと思って口にした言葉は、思ったより効果的だった。どうしてそうなったのか、何故もっと早く教えてくれなかったのか。矢継ぎ早に聞いてくる景時とのお喋りは、辺りが暗くなるまで続いた。直に邸に帰れるからと言う景時と別れて、そのまま邸へ戻る筈だった。夜遅く、あまり人も見掛けないような時間だっていうのに……やけに武士達がうろついていると思ったのは、気の所為じゃなかった。どこかの邸に忍び込んだ盗賊でも追っているんだろうと思ってたのは間違いだったけど、追われているのが自分の知っている人間だなんて――全く思いもしなかった。

「っ?!あなたは……。まさか、なのか?」

暗闇で感じた気は独特のもので、間違う筈なんて無い。追われる理由はあるけれど、京に来ている理由が解らない。でもそんな事を考えている暇は無くて、何も言わずに手を引いた。どこか人目に付かない所へ――そうして目指したのは、六波羅。木を隠すなら森の中。とは言っても、こんな目立つ格好のままで長居出来る場所じゃない。馴染みの品買いに金を握らせて小さな部屋を借りたけど、夜明け前には京を出なきゃ拙い。手っ取り早く事情を聞こうと振り向いた時。目に入ったのは、まだ乾き切らない血の痕だった。

「世話を掛けて……すまない」

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危険だと言う事を承知で京へ入り、人目を憚りながらここまで来たというのに。追っ手に見付かってしまい、これで終わりなのだと思った。この笛を返す事も出来ず、捕えられてしまうのだと。だが、闇の中で私の腕を捉えたのは源氏の武士ではなく、だった。それは、私にとっては幸いだったのだろう。追っ手の目を掻い潜って辿り着いた邸の一室で傷の手当てをしている時には、封印が弱まっていたのだから。その時共に居た相手がこの封印を施した人でなければ、どうなっていた事か……。

「封印が解け易くなってるみたいだね」

誤魔化す事無く事実を告げられ、私の不安は思い過ごしではないのだと知る。いつ解けるか判らない。始めから……そう言われていたのだ。それが今なのか、少し先なのか。何れにせよ、私が完全に私ではなくなる時が……確実に近付いて来ている。私は、遣るべき事を遣り終えたのだろうか?以前、私はその為に存在しているのだとは言った。まだその時期ではないから、存在し続けていても良いのだと。ならば私は……時が来れば、消える事が出来るのだろうか?

「敦盛、行こう。夜が明ける前に」

真夜には京へ来た経緯を聞かれ、暁を過ぎた頃。私は笛を手にしたまま、と共に六波羅を後にした。戦で失われなくとも、奏でる者が居なくなれば楽の音は失われる。青葉を奏でるべき者は私なのだと言った、の言葉を胸に。

「そっちは駄目、こっち。この先からなら、怪しまれずに京を出られる筈」

来た時とは異なる人目に付かぬ細い街道に入り、先を急げと促された。道を外れなければ、見覚えのある場所に辿り着ける筈だからと。時折哀しそうな顔をしていたのは何故なのか、聞けないまま。聞いてはいけない事なのだと……感じていたから。

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これだけ目まぐるしく状況が変わるのは、天界へ行った時以来かなぁ。敦盛を送って直ぐに引き返した京で、待っていたのはヒノエだった。後を付けられていた事は気付いてたけど、待ち伏せてるとはね。六波羅に潜めば、ほぼ間違い無くヒノエの耳に入る。それはあの時ヒノエと再会してからの何日かで、守人達が調べてきた事だった。それでも他に行く所は無かったし、邪魔されるとも思わなかった。その憶測は当たっていたけど……ここで待ち伏せる理由は?

「有明の つれなく見えし 別れより あかつきばかり 憂きものはなし……なんて訳じゃなさそうだね」

自慢じゃないけど、和歌やら短歌やらなんて殆ど意味が解らない。なさそうだね……なんて言われても、聞かれている事の意味なんてさっぱりだ。学生の頃、受験勉強の為に覚えた程度の知識じゃこれが普通だと思う。問題は歌の意味が解らない事じゃなくて、ヒノエが何の為に現れたのか。これまでも近くに居た事はあったのに、姿を見せる事は無かった。大方私の事を探っているんだろうけど、何かを掴まれたんだとしたら。

「ねえ、お前は何を企んでいるんだい?」

それを話す事は出来ないし、もし気付かれているのなら……その記憶を消すしかなくなる。出来ればそんな事はしたくない。記憶を無くすのは、自分の一部を無くす寂しい事だから。それに……無理矢理閉じた意識から、どこかに亀裂が出来てもおかしくない。私みたいに――。私は何も答えず、ただヒノエを見ていた。夜でも薄っすらと浮かぶ赤い髪を。表情は見えないのに、気が騒いでいるのだけは判るから。私に対して良い感情を持っていないのは確かなんだ。

「そもそもお前は……っ。悪い、余計な事だったね」

それ以上は言うな。そういう雰囲気を感じたんだと思う。急に大人しくなったヒノエは、随分幼く感じた。自信満々の表情は消えていて、叱られた子供みたいな顔だった。いつか……話せる時が来る。多分、君達全員が生き延びていれば。私の遣るべき事が終るまでは、これ以上知られる訳にはいかない。だから、誤魔化すようにして酒に誘ったんだ。教科書真似の歌を使って。

「ああ、そうだね。行こうか、人目に付かない良い所がある」

六波羅の一角にある古びた大きな邸で、月と桜を眺めながら酒を酌み交わす。それはとても不自然な事なんだと思う。けど、誰にも言えない事を共有している人間には似合いの酒盛りだった。辺りが明るくなってきて、取り止めのない話も尽きた頃。月と一緒に消える……とかなんとかいう歌を口にしたヒノエ。一体あれは、なんのつもりだったんだろう?私は何も気付かないまま、明るくなった道を歩いていた。



     

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やっとこ二章の始まりです。ゲームに関する場面は、さらさらっと進めようかと。
晩夏から忙しくなった事で少々ペースは落ちてますが、終わってません。
まだまだ先がありますからねぇ……ま、ぼちぼち書き進めます。





橘朋美







FileNo.018 2007/10/23 ※2010/9/28修正加筆