桜散る
一章十



これは参眼。天帝のもつ神力の源。そして……私の神力の源でもある。開けば膨大な神力を放ち、敵味方どころか全てのものを巻き込む。その力を制御するには、開かなければ良い。開けないし、開かない――筈だった。それが勝手に開くまでは。

「つまり……開いた以上は制御しようが無いっての?!」

「参眼は持つ者の精神そのものと言える。一度箍が外れれば…その後は容易く開かれる。それを御し得るのは強い精神のみ」

なんで……一体いつそんな事が?――石橋山?あの時、茶吉尼天の力に対抗しようとした所為だとしか思えない。でも、あの時は何も起こらなかった筈。……何も?あの時は意識が失くなって――気付いた時には季節が変わってた。

「茶吉尼天にやられたから?」

「違うよ、そうじゃない。あの時は神力が暴走しただけで、参眼は開いていなかった。君は参眼が開く前に、意識を失ったんだ」

じゃあ、どうして……?さっきの怨霊なんて大して強くもなかったのに。茶吉尼天の時は平気だったのに、あの程度で勝手に開いたなんて……ヒノエが傍に居たから?違う、あの時だって景時が居た。守人だって同じ。私が何かしたって事?

「私が余計な事をした?何か……しちゃいけないような事を」

「なあ、もう話しちまえよ」

「炎尾!お前、余計な事を……っ」

「しょーがねぇだろ。それとも、話さずに納得させられるのか?」

やっぱり、守人達は何か知ってたんだ。私が気付かなくて、私だけが何も知らなかっただけ。私は……何をしたんだろう。それは取り返しが付く?今からでもなんとか出来る事なら……それでも良い。

「引き下がらないからね、今回は」

「話す他無い…か。堰を切った水を…今更戻せはしない」

「……そうだね。ただ、俺達も全てを知っている訳じゃない」

「話して。知ってる事、全部」

覚悟はしてた……つもりだった。なんとなく、想像もしてた。それでも、そんな事がある筈無い――そう思い込もうとしてた。土砂降りの雨が五月蝿くて、鳴り響く雷が鬱陶しくて、閃光に浮かぶ守人達の姿が霞んで見えるのが、とても哀しかった。

「お前が初めて参眼を開いたのは――あの者達が皆…死んだ時だ」

みんなが死んだ時――やっぱり、私は失敗してたんだ。護ろうとしていたものを、何一つ護れないで。淡々と続く霧鎖の説明は、何を聞いても認めたくない事ばかりだった。まだ会ってもいないあの子達も火に巻かれて、その時の私が神力を暴走させて……参眼を開いていたんだ。

「じゃあ、ここは過去なの?」

過去とも言えるけれど、繰り返される現在でもある?私が戻ったのではなく、私が戻した場所??――訳が解らなかった。守人達が知っているのは、参眼が開かれた後に世界が消えて現れた事。その世界の時間はリズヴァーンに出会った時にまで遡っていて、自分達の記憶は確かなのに私の記憶は失われていた事。――神でも人でもないモノには、代償が必要なのかもしれない。私は……自分の記憶がよっぽど大切らしい。

「お嬢……。君はね、もう二度も自分自身で参眼を開いているんだよ」

自分の不甲斐無さに呆れた。最初は全員。削り取られるように次々と……。前回は三人が助かったらしい。その度に私は参眼を開いて、破壊と再生を繰り返したって。人界に存在する全てが、参眼の……私の暴走に巻き込まれたんだ。そして――今参眼が開いているのは、繰り返された参眼の暴走によって箍が緩んでいる事と、私の感情が昂ぶっている事が原因らしい。

「私はもう……二回も失敗してたの?」

全員が暗い表情で肯いて……短い肯定を口にした。ここ――今私が居るのは、三度目の同じ時空なんだと。

「あんたは――参眼を開放する度に、それまでの記憶を失くして来た」

だからいつも違和感を感じてた?ずっと前――。人界に来て、リズヴァーンに会ったその時から。

「この世界の…最後の時空を消さぬ為。その神力を…最大限に利用してな」

約束を守れなくて、あの子達を護れなくて?だから――やり直す為に、参眼を開いて神力を使ってた?

「二度目は止めたが、あなたはそれを拒んだ。」

私を止めようとしたって……なんで?諦め切れない。だから――見っとも無く悪足掻きしてるんだ。

「これ以上新しい時空を作り出す訳にはいかない。って言ってね」

私が時空を遡れば、また一つ新しい時空が生まれて。結果的には三人が時空を歪める事になる。そうなれば、時の狭間にある混沌の闇は崩壊を呼ぶ。だから――この世界を再構築した?

「馬鹿みたい」

それで私は?失敗出来ない筈の事を失敗した挙句、周りの全てを巻き込んでやり直しても上手く出来なくて。中途半端な記憶で神力を操る私は、またここに居る。これが三度目の正直になるのか、二度ある事は三度あるのか。何回やり直せば、あの子達を死なせずに済むんだろう。

「それでも諦めたくねぇんだろ?」

「当り前でしょう?!」

「ならば…この状況を受け入れるしかない」

「うん、そうする」

「これまでの記憶は戻ったのか?」

「一応、ね。でも、全部なのかは判らない」

「そう……なら、行くんだね」

「行くよ。行かないと――これまでして来た事の意味が無くなる」

そんなのは、自分自身が許せない。行かなきゃ始まらないし、終わらない。これで全部なのかは判らないけど、覚えていた事を思い出してる。一人ずつ居なくなって、動かなくなった身体を埋めた事。その度に怒りが募った事。最後の望みが消えた時、それが爆発した事。崩れていく世界を眺めながら、来たばかりの世界を思い浮かべていた事。

「ここまで足掻いて来たのに、今更……諦められますかっての」

見っとも無くても良い。守人達は私を見捨てずに、ずっと傍に居てくれた。出来の悪い主の、我が儘な行動を見守りながら。悪足掻きでも良い。あの子達を死なせない。その約束を果たす為に、先へ進む。私は――行くんだ。

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降りしきる雨。轟き落ちる鳴神。崩れる怨霊。この先に更なる怨霊が居るだなんて……僕達以外、誰もが信じられずにいた。

「景時!何か手掛かりになるものはあったか?」

「ちょっと待ってよ、九郎。今式神に探らせてるところだから」

「兵達は帰した方が良いでしょう。怪我をしている者も居ますから」

我先にと逃げるように撤退するのも無理はないのだろう。怨霊が相手では、雑魚とはいえ俺達ですら苦戦を強いられるのだから。

「それにしても、最近怨霊の数が増え続けてるよね」

「ええ。恐らく、怨霊の復活が早まっている事が原因でしょう」

「一刻も早く平家を倒す。だが、先ずは宇治川……木曽だ」

オレの祓った怨霊は一旦姿を消すけれど、この先に居るかも知れない怨霊は、さっきまでの怨霊とは比べ物にならない力を持っているらしくて……。

「かなり時間が掛かってしまいましたからね。もしかすると……」

「ああ。既に決着が着いているかもしれないな」

「そう、だね……なら大丈夫だと思うけど」

もしかしたら。かもしれない。なら。まったく、どいつもこいつも。が殺られたんじゃないか――なんて、思いもしないとはね。

「益々手に入れたくなるね」

京を目指す木曽を源氏が。その裏では平家が。それぞれの思惑を抱えて集う場所は――宇治川。

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「ここは、一体?……先輩っ、どこに居るんですか?!」

見付けた。もう少しで全員が見付かる。もう違和感は感じない。あの子が十一人目。異世界へ飛ばされた、将臣の探してた弟。平家と源氏、兄弟、仲間、否が応でも戦う運命にある子達。

「先輩!……兄さん!――――二人とも、居ないのか?」

この前の怨霊は、平家の手の内。多分、ここで使うつもりだったんだろうな。その代わりに随分と雑魚が居る。じわじわと近寄ってくるのは、低級な怨霊達。普通の人間相手なら、質より量って考えるのは無理も無いか。

「これは……なんでこんな格好をしているんだ?」

慌てているのか冷静なのか。パニックを起こさないだけ冷静なのかな?けど、怨霊を見たらどうなるか……。その前に話しておく方が良いかもしれない。どうやって声を掛けようかと思いながら近付くと、その必要が無くなった。

「あの……!すみません。ここがどこなのか、教えてもらえませんか?」

その質問に答えられなかったのは、怨霊が真後ろまで来ていたから。私が太刀を抜いた瞬間に青褪めるこの子は、冷静なんじゃなくて冷静でいようとしてるんだろう。そんな事を考えながら、最後の怨霊を斬り捨てた。

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「今のは一体……。あなたは?」

「ここは戦場だからね。のんびり話している暇は無いよ」

何もかもが唐突で、信じられなくて、それでも否定出来ないのが現実で。先輩も兄さんも居ないのかと振り返った時、この人が居て。俺が、ここがどこなのか尋ねた途端……刀を抜いた。悪い夢だと思いたかった。映画に出てくるような化け物や、それを次々斬り捨てる人。見渡す限り建物や電線が見えないような場所に居るなんて、普通じゃ考えられない。

「ぼやぼやしていれば怨霊に囲まれる。行こう」

「行くってどこへ……。それに、俺は……」

何も判らないままこの人について行くのは、危険かもしれない。それに、先ずは先輩を探さないと。けれど、自分が何処に居るのかも判らない状況で先輩を探せるんだろうか。迷っている俺に追い討ちを掛けたのは、小さな虎……?だった。

「そう……解った。君の探している人はあっちに居るって」

「えっ?」

「こいつが妙な衣を着た人間を見たらしい。どうする?」

「行きます。そこへ――案内して下さい」

妙な服、怨霊、刀を振り翳す人、戦をしている世界、小さな虎。もうこれ以上驚く事なんて無い。そう思ったのは間違いだった。俺達が向かった場所には、女性と小さな男の子が先輩と一緒に居て――。先輩が刀を振り翳した後ろでは、怨霊が襲い掛かろうとしていたのだから。

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「先輩っ!!」

「神子……っ」

「望美?!」

「ちっ、退けっ!」

私の神子、対の神子。私が守ると思ったのに……。人を模した小さな身体では、怨霊を退ける事も出来ない。神子を――助けて!八葉が、近くに居たから。私は呼んだ。

「あなたは誰?」

「今は囲みを破って。後ろは私が引き受ける」

八葉は、来た。けれど、八葉ではない……人も一緒。人の気を感じるのに、神の気も感じる人。初めて感じる、懐かしい気を持つ人は――とても強かった。

「あの、危ない所をありがとうございました」

「度々すみません。助かりました」

「あなた、ひょっとして……」

私達が怨霊と戦っている時、それ以上の怨霊が滅した。怨霊に蓄えられていた、五行の力。龍脈へ戻らず、そこから消えた。大きな力に抗えず、掻き消されて――無になってしまった。

「久し振りだね、朔。覚えているとは思わなかったよ」

「やっぱり……」

「悪いけど、急いで行かなきゃならない所があってね。これで失礼するよ」

少しだけ驚いた人は、そのままどこかへ行ってしまった。けれど、八葉の居る所へ。私の神子達は、歩き始めた。京へと戻るまで、たくさん叱られて。……その人を知ったのは、ずっと後。

「ねえ、白龍。宇治川で会った人って、八葉じゃなかったのかな?」

「あれは八葉ではないよ、神子。八葉は、その身に宝玉を持つものだから」

暗闇に浮く黒い雲。鳴神を呼び、地鳴りと共に蠢く世界。人の姿を模した私が、人の館で初めて過ごした夜。始まりを知らせるものが、とてもたくさん溢れていた。

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神子は九郎の元へ行き、いつもと変わらぬ運命を辿っている筈だった。怨霊を散らす、あの姿を見るまで。幾度時空を巡ろうと、現れる事の無かったあの人が……ここに。

、何故……」

「それは……私の台詞、なんだけど」

こちらを向く事もなく、次々と怨霊を斬る。その姿は、あの頃から然程変わらぬまま。いや、寧ろ凄味を増しているようだった。始めは福原。二度目は吉野で倒れ、私は別の時空へ。

「リズヴァーン、あの欠片は――役に立ってる?」

「何を……言っている」

息も乱さずこちらに歩むその後ろには、昔と同じくあの男達が居る。私の持つ、逆鱗を知っているだろう者達。だが、それは定かではなく……逆鱗のもつ力に関しては、尚の事。

「子供の頃、言ったでしょう?本当に必要だと思った時に使いなさいって」

「知っていたのか、逆鱗の力を」

「一応、ね。もう一回聞くよ?リズヴァーン、白龍の逆鱗は役に立ってる?」

「それは…………判らない」

神子はあるべき世界へと戻った。それを思えば、役に立ったのだろう。その時、はそこに居なかった。それを思えば、役には立っていないのだろう。そうだ――私の巡った全ての時空の終わりに、が居た事は一度たりとも無かった。幾度となく繰り返した運命の中で、の居た時空へと辿り着いたのは二度だけだ。そして、そのどちらでも……私は消えた。共に太刀を振るっていたお前達を残し。

「あーあ、流石に早いなぁ。お互い長居は出来ないね」

、お前は何故……。お前は、この時空にしか存在しないのか?」

「…………そうだよ。またね、リズヴァーン」

「何故……待て、っ!」

人と馬の押し寄せる音を耳に、飛ぶように駆けるその背を追った。やっと見付けたお前の存在するこの時空で、漸く追い付けたのだと思っていた。その姿を見失った時、未だに並ぶ事も出来ないのだと悟るまで。

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惟盛の側近以外は怨霊ばかりだったけど、雑魚が消えた今なら源氏が有利。景時と九郎が居れば、何とか出来る筈。白龍達には弁慶が付いてるし、リズヴァーンとヒノエは心配する必要も無い。となると――あとは平家、か。

「あれこれ考えても仕方がないよね……」

「天姫、行くのか?」

「平家か…気を付けろ」

ずっと気拙さを抱えたままで居られる訳が無いし、このまま会わずに過ごせる訳も無い。覚悟を決めて福原へ走る。会うべき人達に会う為に。これから先、私が二度と失敗しないようにする為に。

「そうだね。気を付けて行くよ」

「嬢、無理はするんじゃねぇぞ?」

「何かあったら直ぐに発つ。……良いね?」

降り積もる雪が桜吹雪に変わるまで、福原で過ごした。平家を後にする時、何もかもが始まってるんだって実感した。これから……あの子達が戦い始める。それが終わるまで、誰一人死なせないように。最後の時を迎える前に、この運命を終わらせる為に。

今度こそ……私は最後まで護り抜く。



     

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何とか、10節目にして一章完了です。書き足りない部分が多いですね。番外編で書こうかと。(もう少し…計画を立てた方が良いと思うんですが)
白龍・譲は余裕か要望があれば。平家三人衆は番外でUPします。(はぁ…頑張ってください)
朔と景時の話も書きたいんですけどねぇ。何せ色々と溜まってるので、確約は出来ないです。(だったら、わざわざ言わない方が良いんじゃ…)
二章からはゲームの時間軸と被った話になりますが、捏造は相変らずです。まだ先は長いですが、御付き合い頂ければ幸いです。(俺からもお願いします)

相方は譲でした!(これから宜しくお願いします。また遊びに来てくださいね)





橘朋美







FileNo.017 2007/6/29 ※2010/9/28修正加筆