時が過ぎる毎に京へ戻る回数は減っていたけど、また戻って来たんだと思うと懐かしくて穏やかな気分になれた。筈なんだけどねぇ、いつもは。
「では、僕は少し寄る所があるので失礼しますね」
にっこり。って音が付きそうなくらいに微笑んで、また明日と付け加える九人目。京へ戻るという弁慶に付いて来たのは、牡丹唐草が熱を増したから。熊野から遠ざかる毎に、弁慶が九人目だっていう事に確信が持てた。
「どう考えても胡散臭いよねぇ?」
『人を探しているのなら、一緒に京へ行ってみませんか?僕も、少しは御役に立てると思いますよ』
私の疑いが晴れたから安心して熊野を出られる。って言われてもね……。何か思惑があっての行動としか思えない。でも、私を京に連れて来る必要って――何かあったっけ?
「ま、丁度良かったんだけどね」
十一人目はここに来る。眼鏡をかけた男の子、将臣の弟が。探しても見付かる筈がないんだ。まだ、ここに来ていないんだから。またその時まで、暫くの間……待つだけ。
「あ……れ?」
何かが違う気がしたのはどうしてだろう?……何が違うんだろう?あの子達は徐々に見付かっているのに、何が気になるんだろう?まるで、長年の習慣になっていた事を忘れてしまったような感覚。判らない。大切な事だと思うのに、それが何なんだか――。
「……お嬢、顔色が悪いよ?庵へ急ごう」
「そう?……だね」
滅多に人の戻らない庵は相変らず殺風景で、その近辺には当然のように結界が張られているのに。……違和感は増すばかり。危険は感じないし、結界が破られた痕跡も無い。何も、おかしな事なんて起きていない筈なのに。
「ねぇ、なんだか違和感があるんだけど……何かある?」
「いや、特に何も――感じないな」
「ああ。怪しい気配は…無い」
「気の所為だって。単に気が昂ぶってんだろ」
「疲れてるんだよ。早く……休んだ方が良い」
まったく……何年付き合ってると思ってるんだろう。あからさまに怪しい態度じゃ、上手く誤魔化される方が難しいでしょうよ。でも、揃いも揃って否定してるとなると……聞き出すのは無理なんだろうな。
「危険じゃなければ良いけど……その内ちゃんと、教えてもらうからね?」
弁慶にも負けないような微笑で釘を刺して床についたのは、真昼の内。この状況で寝付けない。その事に、また少し妙な違和感を感じながらだった。ほんの少だった違いが大きくなっている事と、関係があるのかもしれない。その時は、まだそんな風に軽く考えてた。
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「――久し振りだね、遮那王。景時も……」
「ん?…………か!」
「えっ?……ええっ!!本当に――なの?!」
目の前で繰り広げられる会話は、信じ難いものだった。京へ戻り、彼女の力を調べようと時を費やし、既に同じ季節が繰り返している。怨霊を封印する力。それを持つのは龍神の……白龍の神子以外には居ない筈。あの時、怨霊を消し去った彼女が白龍の神子なのではないかと思い、その力を確かめて利用する為に行動を共にしたのに。
「二人とも元気そうで安心したよ」
それが間違いだと判ったのは、彼女と共に何度か怨霊と戦った後。彼女の力は極普通の剣技でしかなく、特別な術や呪いを使うわけでもない。怨霊を斬り捨て、消し去るだけ。けれど、それは只人の出来る事じゃない。彼女以外が倒した怨霊は、崩れ落ちてもまた復活してしまうのだから。
「お前も元気そうで何よりだ。ああ、そうだ。今は名を改めて、九郎義経というんだ。九郎と呼んでくれれば良い」
どれほど文献を読み返してもその力についての記述は見当たらず、これまで彼女について知る人に出会う事も無かったというのに。その力を助けとする為に引き合わせた九郎達が、彼女を知っているなんて。
「そうか、元服したんだね」
九郎を遮那王と呼ぶのは随分昔の知り合いだけ。彼女がそうである事に、また疑惑が生じる。一体、は何者なのか。行動を共にする事で得た彼女に関する知識は、恐らく敵ではないだろうという事だけだった。
「ええぇっ?!九郎が幼名の頃からの知り合いだったの?」
九郎が幼名の頃……ならば、十年前に目撃されていたのは自身なのかも知れない。そのままの姿だったという伝聞が間違っていたという事なんだろうか?今となっては確かめる術が無いけれど、九郎に聞けば何か判るかもしれないな……。
「三人が知り合いだったなんて、思いもしませんでした」
「俺もだ。優秀な者を連れて来るとは聞いていたが、まさかだとはな」
「うんうん、オレも吃驚したよ。全員が知り合いだなんて、凄い偶然だよね〜」
「弁慶、私は源氏に加担するつもりは無いって言ったんだけど?」
「ええ、覚えていますよ。ですから、この二人が僕の友人なんです」
それが、源氏の者だとは言いませんでしたけれど……。
こちらとしても嬉しい誤算。けれど、九郎と景時の知己なら……あの時厳島に居た理由は――?平家ではなく、源氏でもなく、熊野でもない。そんな人物が、何故こうも容易く要人の懐深くへ入り込めるのか。理由はどうであれ、色々と厄介な人だという事には変わりないようですね。
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「こちらが――。ああ、紹介は必要ありませんよね」
京に戻ってから、何かにつけて顔を出しては連れ回されてたけどね。ここ数ヶ月、随分と大人しかったのはこの為だったって事?源氏に加わるつもりは更々無いって断って来たのに、どうしてこんな事になるかな。
「そりゃね。じゃあ、私は源氏の中核を担う人達の邪魔にならないように消えるよ」
九郎と景時にまた会えたのは嬉しいけど、済し崩し的に力を貸す羽目になったら困る。護るべき人間の何人かは平家に。何人かは源氏に。そして何人かは、この世界の人間ですらないんだから。
「何だ、もう帰ってしまうのか?せっかく来たんだ、ゆっくりしていけば良いじゃないか」
屈託無く問い掛ける遮那王……九郎義経の最後。弁慶に守られ、景時に裏切られ、泰衡に追い詰められる。ここでもまた、そんな結末が待ってるんだろうか。あんな苦しい結末が。
「?なんだか顔色が悪いみたいだけど……大丈夫?」
こうして心配している景時の目は、昔と変わらないままなのに。またあの冷え切った眼で、仲間達を見据えるんだろうか。荒れる海よりも暗く、渡る風よりも冷たく。……?
「別に……何でもないよ」
私は――なんで?…………これって。
「あまり無理はしない方が良いですよ。今日は戻った方が良いでしょう」
「ここからなら俺の邸が近い。弁慶、を休ませてやってくれ」
どうして……?あれは……この所為だったのか。
「……大丈夫。庵へ――帰るから」
妙な違和感がなんなのか。判らずに居たのは、もしかしたら……私が――。戻って確かめなきゃいけない。居ない事、居なくなる事、それが判る原因を。
「無茶だよ。……ほら、足元がふらついてるじゃない」
守人達が、隠している事を。
私だけが、忘れている事を。
それが何を意味するのかを。
「おい、本当に大丈夫なのか?顔が真っ青だぞ?!」
もし、その考えが当たっていたら……どれだけ謝っても許されない。これだけの助けがあっても役立たずなままで、何十年も過ごして。私はきっと…………誰の助けにもなれなかったんだろうから。
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彼女の様子がおかしいというのは誰が見ても明らかだったけれど、見たところ、身体の具合が悪いという感じではなかった。恐らく、何かに気付いて驚きのあまり……と言ったところ。一体何に気付いたのか。源氏の将を目の当たりにしようと、平家の追っ手に囲まれようと、怨霊と戦う時ですら動じない。そんな彼女が、これほど動揺するなんて。
「弁慶、もう良いから……」
「駄目ですよ。そんな顔色をしているのに一人歩きだなんて、危ないでしょう?」
普段よりも色を失くした顔は、それでも表情を変えはしなかった。身体を支えようと伸ばした手は、かわされるばかりで……。ここまで意固地になっている彼女を見たのは、初めてかもしれない。それが彼女の尋ね人の為だったとしたら?……それが、どうだというのか。
「具合が悪い時ぐらい、無理をせずに休んだらどうです?」
「だったらオレの宿に寄っていきなよ。直ぐそこだぜ?」
僕自身が思ってもいない言葉に返されたのは彼女の反論ではなく、ここに居る筈の無かった人物――。今は熊野を束ねる者の賛同だった。何故、なんて問うまでも無い。何事も無ければ、自らが動く筈も無いのだから。恐らく源平の戦を……その行く末を、見極める為。
「久し振りですね、ヒノエ。人の話の腰を折るのは感心出来ませんよ?」
「別にそんなつもりじゃ無かったんだけどね。見知った顔があれば、声を掛けるくらい普通だろ?」
「どうしてヒノ……えっ?!」
最後まで聞く前に怨霊が現れたのは、吉だったのか凶だったのか。少なくとも、その時には考えている余裕など無かった。僕の罪は、今も全ての人に不幸を齎している。それを贖う為には、僕自身がそれを絶やさなければいけないのだから。
「は下がっていた方が良いでしょう」
「この程度の怨霊、オレ一人でも楽勝だぜ」
確かに微弱な力しか持たない怨霊だった。だからこそ――。すぐさまその場を駆け出し、それを擦り抜けたの言葉は信じ難かった。幾つかの崩れ落ちた怨霊をその場に残して九郎達の元へと戻ったのは、陽も暮れようとしている頃。彼女の言葉が正しければ、と……。何故その言葉を信じたのか考えもせずに、僕は彼女を探していた。
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オレとは、よくよくこういった場面に縁があるらしいね。京に上ってそれほど経たない内に目当ての人間を見付けられたのは運が良かったけど、嬉しくない付属にまで居られちゃ迷惑なんだよ。声を掛けてみれば、呼んでもいないってのに無粋な奴等までお出ましときた。
「……雑魚は任せるよ」
「は?何を言って……」
「私は元を叩くから」
短い遣り取りを交わしながら、その場を離れる背中。これで女だっていうんだから、恐れ入るね。数だけは勝る怨霊を斬り伏せながら思うのは、あの腕の事。勝つべからざるは守るなり。勝つべきは攻むるなり。少なくとも、今は動かざるが吉だ。焦りは禁物、ってね。
「君はこの後、どうするつもりですか?」
「そんなの事、言わずと知れてるだろ?」
「ふぅ……では、僕は援軍を頼んでみましょうか」
最後の一体が崩れ落ちたのを合図に、その場を駆け出した。弁慶にも油断は出来ない。あいつの力は戦場には貴重だ。外敵から身を守るにしても、外敵を滅ぼすにしても。ただ、それを本人が望んでいないってのが厄介なトコなんだけど。
「ふぅん……韋駄天みたいだね」
男のオレでも息を乱すような距離を駆けたっていうのに、平気な顔であんな化け物と渡り合ってるってんだから驚きだね。さっきの雑魚とは比べ物にならない、強大な怨霊。けど、あの様子じゃ――援軍なんて要らなそうだ。髪と衣を乱して太刀を振るう姿を、そんな風に観察していた時だった。
「……ちっ。――何やってんだ、……?」
「邪魔しないで。……こいつを消すまで」
青黒い怨霊の身体に取り込まれそうになっているは……いつもと変わらない。なのに、なんでこんなに熱いんだ?熱病じゃない。もしそうなら、汗一つ掻いてないなんて有り得ない。況してや怨霊と戦うなんて出来やしない。
「離れて。早く……っ!」
オレは目を疑ったね。信じられない光景を目の当たりにするなんて事、そうそうあるもんじゃない。怨霊を消す力を持つ。熱を発しているようなその身体は怨霊に取り込まれずにいるだけじゃなく、身体に触れた部分から溶かすように怨霊を消し去って行く。
「おっと――!何だって……うわっ?!」
いきなり突き飛ばされそうになってそれを避けた時、大粒の雨が落ちてきた。飛沫が飛び散って。辺り一体には鳴神が轟き――落ちる。一瞬の閃光と、どこまでも続くような闇の中で浮かび上がるそれは、夢でも幻でもなく……確かにそこに在った。
「――――それは……」
恐ろしい。そうとしか言いようがなかった。身体は射竦められたように動けない。深い藍の目は海の底のように暗く、夜光虫よりも鈍く、暗く混じる銀を流したような宝玉の如く。両の色が違う目が、オレを見詰めてた。
「何も……言わなくても、解るよね?」
それだけなら、ここまで驚いたりしない。珍しいとは思っても、恐ろしいなんて爪の先ほども思わない。その髪と同じ、淡藍銀の目を見ていなければ。オレが囚われたのは、肌蹴た胸元に覗く――瞼のない、眼。
「っあ、ああ。余計な事は口にしないよ。興味はあるけどね」
「教えられる事は無いよ。少なくとも今は……」
援軍は、間に合わなくて正解だったんだ。濡れて張り付く髪を払いながら衣を合わせるを見て、オレは、出掛けに聞いた親父の言葉を思い出していた。
『に着けられる手綱なんざ、ありゃしねぇだろうよ』
それでもオレは、こいつを諦めるなんて出来そうにない。そうさ――きっと、これまでよりも、もっと。
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「風牙!炎尾!」
庵に戻るまで待っていられる訳が無い。姿は無くても近くに居る筈の二人に叫んだ。
「なんだい?」
「おう、居るぜ?」
いつもと同じような二人の態度が酷く恨めしくて、八つ当たりだって解っていても止められなかった。
「これは……っ、一体どういう事なのっ!!」
着物を肌蹴てぼんやりと光る胸を見せると、途端に二人の顔色が変わった。それは当然だと思ったけど――。
「お嬢、身体は……なんとも無いのかい?」
なんとも?この状態がなんとも無いように見えるっての?!心臓とは真逆。胸の右寄りにあるのは……光る目なのに。
「なんで参眼が……開いてんだよ」
参眼?天帝の神力を司る……兄さんの力の源だった筈。それがなんで私に付いてるの?こんなもの、今まで見た事無かったのに。?……違う。これは、あの時から私にあった。開いていなかった。開く事が無かった。開くなんて思ってなかっただけで……。大きな蚯蚓腫れみたいな痕が、天姫として覚醒した時から――私にはあったんだ。
「詳しく聞かせてもらえるんだろうね?」
短く返事をしたあと黙りこくった二人と、一緒に庵へ戻った。もう空は暗くて、降り続ける雨と鳴り続く雷が、悪い予感を煽っていた。
「天姫…何があった?」
「戻ったか。それは?!」
庵に入るなり二人とも気付いたみたいだけど、こうなるって知ってた訳じゃ無さそう。けど、これが……私に参眼があるって事は、やっぱりみんな知ってたんだ。
「雷矢、霧鎖。全部聞かせてもらうからね」
私の、開いた参眼の意味を知った時。感じたのは――自分の不甲斐なさと、その事に対する憤りだけだった。

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何とか短く纏めたい…と足掻いてはみたものの、無駄な抵抗だと腹を括りました。(腹を括るって……一体何をするつもりなんだい?!)
10節だろうと何節だろうと、書くしかない!と。読んで下さる方には長々とお付き合いさせてしまいますが、短く纏めるのが苦手な作者も居るものだと諦めてやって下さい。何せ、ここでも番外編を書いてますので。(あ、ははは。しょうがないなぁ)
今回の一言:本編を書けば書くだけ、番外編が増えるなぁ。
お相手は景時でした !(遅くなっちゃってごめんね?また君に会えて、オレも嬉しいよ)
橘朋美
FileNo.0016 2007/4/21 ※2010/9/28修正加筆 |