桜散る
一章七



厳島へ付いて来たのは、少しでも人目を避ける為だった。だからって、ただ平穏な時が待っている筈がない。そんな事は解っていたけど、どうしてこう次から次へと予想外の時に面倒な事になるかなぁ?怒声の飛び交う中で肩に舞い降りた黒い鷹は、偵察帰りなのに喋らない。

「で、どこの誰が攻めて来たっての?」

「ああ、それがな……旗を掲げちゃいないんだが、熊野水軍が動いてる」

束の間の平穏とも呼べる時期を打ち壊したのは、何処からかの急襲だった。それに応戦している時に牡丹唐草が熱を持ち始めて、おまけに鎌倉方だと思っていた敵方は、中立を保っていた筈の熊野水軍を動かしてるって……どういう事?!

「こいつ等は囮だろうねぇ。お嬢、どうするんだい?」

「霧鎖、人型に戻って清盛を探して来て。雷矢は人型で将臣の援護に。風牙と炎尾はそのまま私と一緒に来て!」

庭で戦っているだけで、一向に中へ入ろうとしない。平家殲滅が目的じゃないのなら、何を狙ってる?最も狙われる物、三種の神器がここに――清盛の元にある。そこへ辿り着くまでの時間稼ぎが、在り得ないほどの数の囮って訳ね。

「こんな所で九人目を探せって?死んでなきゃ良いけど……ねっ!」

「紋様の反応が消えぬ内は生きている。では…先に行くぞ」

有り難いような有り難くないような言葉を聞いて、襲い来る雑魚を斬り捨てながら声だけを確認して進む。ここには居られなくなる。それは間違い無い。九人目は平家の敵方に居て、源氏でもないんだから。これまでは牡丹唐草が次の子の所まで導いてくれてたのに、今回は私が動くより先に九人目が動いた。いつもと違う事が起きる時ってのは、大概おかしな事が起きるんだよね。いつもより紋様の反応が大きかった――景時と知盛に会った時とか、最初に重衡を見付けた時もそうだった。今回も妙な事にならなきゃ良いけど……。

「火は点けられてないみたいだね。……って事は、中か――」

「行かせるかっ!」

わらわらと湧いて出る虫みたいに次々と襲い来る敵方の兵。その中に居るかもしれない九人目を思うと――どうしても身体の反応は鈍くなった。致命傷を与える事も出来ないまま、ただ攻撃を掻い潜るようにして。敵も味方も構わずに駆け抜ける始末になってた。

「おいっ!こっちに……っ?!」

「?……っつぅ。お前――邪魔っ !」

ただでさえ注意力散漫になっていた所為で、声のした方に気を取られて……避ける事が出来なかった。刃は腕に深く潜って、白い牡丹唐草を赤く染め上げる。仄かな光を覆うように拡がるその赤は、覆い尽くせない光を嫌うようにして地面に落ちて……染みを作っていった。

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「おい弁慶!こっちで間違い無いんだろうな?!」

「ええ。断定は出来ませんが、恐らく。」

ここに居る筈。いや、ここに居ない筈が無い。間者として入り込んでいた頃も、あの人はそういう人だった。己の理想を掲げて突き進む……それを許しておく訳にはいかない。自分自身の犯した罪を贖う為には――倒さなければ。なんとしても、今ここで均衡を取り戻す必要がある。例え多くの犠牲を出すと判っていても。時が過ぎれば過ぎるほど、それ以上の犠牲が出ると判っているのだから。まだ間に合うのなら、たとえ刺し違えてでも。

「おいっ!清盛っ!!何処に居やがる?!」

「なんと騒々しい事よ」

「君は……?!」

奥の間から現れたのは、赤い髪の……まだ子供とも言えるほどの男。けれどこの、禍々しく溢れるほどの強大な力は……一体、何者なのか。考えられるのは一つしかない。それが人知の及ばない事だとしても、それだけの力を手に入れたのだとすれば……間違いなくこの子供は、僕の犯した罪の原点に居た人物。

「我の姿がおかしいか。我とて、生まれ落ちた時より老骨だった訳ではないぞ?」

「なっ?!まさか……てめえが?」

「君が……清盛殿、なのですか?」

怨霊と化し、甦ったとは聞いていたけれど。まさか生前の姿ではないとは……思いもしなかった。龍神の力を奪い、平家一門の栄耀栄華の為に使っていた老獪な男の姿とは似ても似つかない、幼さの残る姿。だけど――その姿に惑わされる事は許されない。その力を、取り返さなければならない。京を、龍神を……在るべき姿へと戻す為に。

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何が起きた?周りから聞こえるのは大勢の怒鳴り声と悲鳴ばかりで、それを遮るようにして響く金属音は、武器のぶつかり合う音で。碌な戦力もない今、何とか持ち堪えようと必死になってた。そんな時、俺の目の前に現れたのはの仲間……雷矢とかいう、あの仏頂面の男だった。周りの敵が粗方片付いた時に目に入ったのは本人で、太刀を抜かずに走っている事に驚いて声を掛けた。その一瞬で――斬られた。

「天姫っ!!腕を見せろ――止血を」

「雷矢は援護を。将臣……っ、肩の付け根を縛って。思いっ切り」

斬り落とされなかったのが不思議なくらいの腕を見て、声が――出なかった。引き千切られた袖を受け取ると、血塗れの腕に浮かび上がるみたいにして花と蔦の模様が見えた。その上にある傷は、声も上げずに耐えられるような軽いものじゃない。これまで何度も見てきた。大怪我どころか、目の前で斬られて死んだ奴等も。なのに、なんでこんなにも身体が震えるんだ……?どうして俺は――。

、お前はどこかに隠れてろ。その怪我じゃ、」

「それは無理。私にも遣るべき事があるからね。今動かない訳にはいかない」

だらりとぶら下げられた腕を庇いもせずに太刀を抜く姿を見て、このままこいつを止められないと感じた時――恐かった。このままが死んじまうんじゃないか。この戦いが終った時。並べられた死体の中に、の姿があるんじゃないか。そう思うと、堪らなかった。堪えきれなくて、怪我に触れないように。それでもきつく抱き締めた。その肩に顔を埋めたまま……やっとの事で口にした。

「俺は――お前の事が好きだ。……死ぬなよ」

「私は死なないよ?今度はいつ会えるか判らないけど、」

何も聞きたくなかった。いつかの約束なんて、この世界じゃ当てにならない。放したくなくて、放さない訳にはいかなくて、離れて行く事が判っていて。その先の言葉を聞きたくなくて、その口を塞ぐようにキスをした。深く、強く……長く。今がどんな状況だろうと、構わなかった。ただ、堪え切れない気持ちだけに支配されてた。

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「っはははは!その程度の術で、我を倒せると思うてか?!」

「何だありゃあ?!結界でも張ってるってのか?!」

「これは……拙いですね。兄上、ここは退きましょう」

相手は強大な呪詛を使いこなす程の技量の持ち主。強力な呪法を以ってしても相打ちが精一杯なのではと思っていたのに、それ以上に手強いなんて。この場は一旦引き下がって、何か別の手段を講じなければ。呪法を弾き返す結界をなんとかしなければ、傷一つ負わせる事さえ出来ないのだから。怨霊として甦った者は、これ程の力を持ち合わせるようになるのか。

「ちっ……清盛!覚悟しやがれっ」

「駄目です!兄上っ……くっ?!」

「我に刃向かう事の愚かしさ、とくとその身に刻むが良い!」

刀を構えた兄が斬り掛かり、何かを持った小さな手が掲げられた。まるで、目に見えない無数の兵に斬り掛かられているような感覚。僕達以外、誰も居る筈のない場所だというのに……身体に感じる痛みは、本物だった。衣と皮膚を切り裂いていくのは、一体?まるで動きもせず、何かの術を使っているようでもないのに。僕は悪夢でも見ているのかと、疑いたくなる。

「くははっ!二度と我に刃向かおうなどと考えられぬようにしてくれるわ」

「くそっ……仕方ねえ。退くぞ、弁慶っ!」

「だからさっきからそう言っているでしょう?!」

背を向けた途端。走り出す間も無いまま何かに突き飛ばされるようにして、暗黒の空間に飲み込まれたように感じた。見えるのは、声高らかに笑う清盛殿に掲げられた黒く光る欠片。傷だらけの兄。自分の犯した罪を贖う為に巻き込んで……更なる罪を負っただけ。追う者と追われる者の叫び声が響き、眼下に見える篝火がやけに眩しく見えた。

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大体、嫌な予感ってのは当たるもんなんだ。滅多に顔を見せなかった弁慶がやけに硬い表情で現れた時にだって、嫌な予感はしてた。碌に便りも寄越さずに何年も経ってるってのに、突然親父に会いに来やがった。親父との間にどんな遣り取りがあったのか……それを知ってるヤツは誰も居なくて、大してでかくもない船一隻に、戦いの準備を整えて出て行った。

「まったく……とんでもない事に首を突っ込んでるみたいだな」

「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない。で?何か判ったんだろうな」

「それが……殆どの鳥に口止めがされているようでして」

「何も判らないってワケじゃないんだろ?」

親父達が出立してから鳥にあちこち探らせて、判った事は四つ。弁慶絡みで何処かに戦いに行ったという事。何処からも助けを借りていないという事。身内ですら、その全容を知る者が居ないという事。船に乗り込んだ連中は、身寄りの無い奴等ばかりだったという事。それだけで、とんでもない事に首を突っ込んでるって事は充分判る。

「ですが、確証の取れたものでは……」

「オレが聞きたいのは、言い訳じゃなく報告だぜ?」

「……恐らく、ですが。船は厳島に向かったものと思われます」

「はあ?厳島って……なんでまた」

「そこまでは……何とも」

「どういう事だ?源氏側からの要請……いや、在り得ないな。弁慶絡みで厳島?」

弁慶絡みで源氏の後押しをするなんて、親父はそこまで莫迦じゃない。平家に戦いを挑むほどの恨みがあるとも思えない。源氏に恩を売る必要も無い。なら、なんで厳島なんかに……?弁慶が単独で動いてるんなら、源平の争いは無関係だ。それ以外に……一体どんな理由があるんだ?

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暗い山中で先に気が付いたのは、僕だった。直ぐ傍に倒れている兄の息がある事に安心して周囲を見渡したものの、方向さえも判らず途方に暮れる。潮の香がする方へ進まなければと思っても、兄が目覚めなければその導も判らない。あの強大な力を持つ清盛殿から、どこまで無事に逃げ切れるのか。果たして――生きて帰る事が出来るのか。

「う――っつう……?おい弁慶、ここはどこだ」

「さあ……どこでしょうね。碌に道も無い山中だという事以外は判りません」

「ちっ……一体どんな術を使ったんだか。取り敢えず海に出るぞ」

「そうですね。急いだ方が良いでしょう」

火もない暗闇の中、潮の香を頼りに進むのは並の人間に出来る事じゃない。生まれてからずっと、海と共に生きてきた兄だからこそ出来る事。その背を追いながら、船が無事であるようにと祈っていた。敵を逃がさない為に、その足を絶つのは定石。陸路を絶つ事は難しくとも、海路を取られなくする事は容易いのだから。見張りに立てた者達が、どれだけ持ち堪えてくれているか――。

「おい見ろ、ありゃ誰だ?」

「誰、と言われても……少なくとも、僕には見覚えがありませんが」

「俺にも心当たりは無いな」

「平家の人間ではないようですね」

小船を繋いでおいた磯の付近で、月の光を受け、幽かに光る髪だけが揺れ動く。恐らく平家の兵達が小船を見付けたのだろうその位置で、誰とも知れない人が太刀を振るっていた。敵ではないとは思うけれど……味方とも思えない。出来る事なら邪魔をされずに済んで欲しい。そう思い、足を速めていた。

「兄上、急ぎましょう」

「言われなくても判ってるっての!」

転がり出るように浜に着いた時、戦っているのは一人だけだと判った。繋がれていた筈の小船は既に無く、見張りの者達は血の海に沈んで――。残り少ない兵は、やはり平家の者達。逃げる手段を奪われたのなら、直ぐに他の手段を講じる必要があった。けれど……この地に僕達の味方が居ない以上、敵の敵である人間に一縷の望みを抱いて駆け寄ったというのに。

「来るなっ!直ぐ片付ける」

「ほ〜う。随分と威勢の良いこった」

「そんな……無茶です!」

「間違って斬られたいのなら……ご勝手に――っ」

「余裕まであるとはな」

「兄上、そんな事を言っている場合ではないでしょう?!」

その場に転がる屍は、裕に三十を超えているというのに。只一人太刀を振るい続けているその姿は、まるで疲れを感じさせずに次々と屍の山を作り続けていく。その動きを見れば、左腕に何かしらの傷を受けているだろう事は明白。それでも加勢を拒むのは何故なのか。どうしてここで平家の武士達と戦っているのか。解らない事ばかりが増えていった。

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「で、お前さん何者だ?」



「えっ?」

「ほう ?女にしとくにゃ勿体ねえ腕前だ」

「まさか……本当に女性なんですか?」

「証拠を見せろと言われたら困るけど。何か不都合でも?」

最後の一人が地に臥して、漸く近寄る事が出来たその人。先程の戦い振りといい、身に付けている衣といい、どう見てもそれなりに身分のある公達にしか見えないというのに……それが女性だなんて。確かに……よくよく見れば骨格など男性らしくない面はあるけれど、俄かには信じられない事実だった。これだけの人数を相手に、女性が一人で太刀を振るっていたという事が――特に。

「船は殆ど流されたけど、一艘だけは向こうにある筈」

「そりゃ、どういうこった?」

「君の船があるんですか?」

「こいつ等が来た時に隠したんだよ。私の船じゃない」

「手際の良いお嬢さんだな」

「案内して貰えますか?」

彼女も一緒に船へ乗るという事を条件に小船を出しはしたものの、信用出来る事は何も無かった。それでも僕は、無事に熊野へ帰り付く事が出来れば、彼女について調べる事が出来るだろうと高を括っていた。選ぶべき道は一つしかなくて、このまま終らせてしまう事は選べなくて。波音と月明かりに囲まれた厳島から離れる船の上で、次の手を考えていた。

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「どういう事だよ?!」

「どうもこうも無い。お前は関わるんじゃない」

漸く帰った船には、殆ど人が乗ってなかった。親父と弁慶は傷だらけになって見知らぬ女を連れて来たうえに、この件には関わるなの一点張り。帰って来たのは非戦闘員ばかりで、厳島に行ってたって事が判っても、何の為に行ったのかまでを知る人間は……親父と弁慶以外、誰も居なかった。平家が関わっている事には違いない。それ以外に何か判る事は無いのか?

「とにかく、お前は大人しくしてりゃ良い。事が収まるまでな」

「ふざけんな、このクソ親父!」

悪態を吐いた所で何も変らないって事が解っていても、あまりにも理不尽だとしか思えなかったんだ。何か情報が欲しい。そんな時に浮かんだのが、あの女――っていったか。弁慶と変わらないくらいの年。いつも男の格好で太刀を持ち歩き、言動も男と変わらないような女。どうしてそいつを熊野へ連れて来たのか。オレは、ただ親父達が助けられたからとしか聞いていなかった。

に聞いても無駄だぞ。あいつに会ったのは帰る直前だったからな」

「っああ、そうかよ!」

親父にしてみれば、オレの行動なんてお見通しって事かよ?!見透かされるような行動しか出来ない自分が悔しくて、それでも何か知りたくて。ゆっくりと歩いて行く親父の後姿を見ながら、自分の小ささを痛感する。もっと強く、もっと賢く。この土地を、熊野に生きるもの全てを守り抜けるような男になりたい。そうならなきゃいけない。――いつの日か、親父を超える男に。



     

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漸く朱雀コンビまで出す事が出来ました!(随分と遅い登場ですね?)
やっぱり平家を離れたくないんでしょうねぇ…私が。(それでは話が進まないでしょう?)
思っていたよりもどんどん長くなってしまっている一章。いつまで経てば終るやら。あ、いやいや!望美ちゃん達が出てくれば、そこで終りますからご安心を。只それまでに2話なのか3話なのか4話なのか…(やれやれ…切りが無いですね)

今回の一言:弁慶&湛快の会話が難しかった。
では、また次回。お相手は弁慶でした!(また僕に会いに来てくれますよね?)





橘朋美







FileNo.014 2006/11/4 ※2010/9/28修正加筆