桜散る
一章六



どこまでも広がる青い空、薄く棚引く白い雲。心地良い風と柔らかな陽射しが溢れる絶好の散歩日和。うん、さっきまではそうだったのに――なーんでこんな厄介な状況になっちゃうかなぁ?!

……何故、邪魔をする?」

「と、知盛殿、どうかお止めください」

「何なんだよこいつ等?!お前の知り合いか?」

「兄上、も……。先ずは太刀を収めてからになさいませんか?」

「まったく……なんで突然斬り掛かるかなぁ?危ないでしょうよ!!」

散歩から帰る途中、私達を待ち受けていたのは三人の男達だった。――のは良い。や、別に良くも悪くもないけど、状況が……かなり拙かった。一緒に居るのは平敦盛。私達を探しに来た平重衡。どこかからの帰り道、偶々居合わせた平知盛。性別と名前を偽って平家に逗留している私、氷炎。その実名を呼んで駆け寄った、何処の誰とも知れない男……いや、将臣。

「取り敢えず、話は邸に着いてからという事で宜しいですね?」

面白く無さそうな表情の知盛が去ると同時に、緊張を解いた将臣と敦盛。無事で良かったと思ったのが間違いだったと気付いたのは、なあっていう将臣の問い掛けの直後だった。

「ああ、まだあなたを信用した訳ではありません。不用意にへと近寄らぬよう。お解りですね?では、参りましょうか」

平家の中でも名を誇る銀髪の兄弟達は、どっちもどっちな性質の悪い性格をしている。私がそう認識したのは、これが初めてだった。

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まさか知盛殿が往来であのような事をなさるとは、思いもしなかった。散策からの帰りに行き会ったのは、私達を探す重衡殿だ。行く先を告げぬまま邸を出た事で兄上が酷く心配していると聞き、急いで戻らねばと思い足を速めた。そこへ誰かが走り寄り、蹄の音がして――直後。振り下ろされた知盛殿の太刀を受け止めたのは、の野太刀だった。

「その……。、聞いても良いだろうか?」

「ん?何を?」

「彼は、あなたの……知人なのか?」

「そうだよ。長いこと帰ってないから、探しに来たんじゃないかな?」

「そ、そうか」

もしや……。帰れぬのは、私の事が原因なのではないだろうか。いつまで保つとも判らぬ封印の為に、無理を強いているのでは……?の口から帰る場所があるという話を聞いた事は一度たりとも無かったが、申し訳ないという気持ちとは裏腹に……寂しいという気持ちが湧いてくる。ここを、去って欲しくない。それは私の我が儘だと解っているのに……そう願わずにはいられなかった。

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久し振りの遠乗りから戻れば、見知った連中に出くわした。だが……それだけではなく。その先に、を知った男が走り寄った。死んだ者の真名を、叫ぶようにして。見目形は武士でも貴族でもなく、民百姓でもない。上質、としか言えぬ大陸風の衣。脳裏に浮かぶのは――――間者の類。

「ほぉ?ならば、邸でお聞かせ願おうか」

一門の中核に位置する者が揃っていながら、どこの馬の骨とも判らぬ輩に遅れを取る訳にもいくまい?そうして振り下ろした太刀と、それを止めた野太刀が耳障りな音を立てた。走り寄る男を確認することも無く抜かれた野太刀に、苛立ちが湧く。見る必要すら無いほど……怒声であっても判断出来るほどの間柄、という事か。どこか、見覚えのあるような面差しの男だったが……気に入らんな。

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「そうですか……。では、異なる世界からいらしたという事は、内密にしておいた方が宜しいのでしょうね」

「言ったところで……真に受ける者が居るとも思えぬが?」

「噂が拡がるだけでも鬱陶しい」

不機嫌なまま、そう言い切る。これまでの出来事からすれば仕方の無い事なのでしょうが……些か寂しさを感じるのも否めない。それにしても、戦の無い異世界より流れ着いたなど……おいそれとは信じ難い。虚偽か真実か、先程の出来事に驚愕する様は作り物とは思えぬほど――。とはいえ、ここは平参議の邸。用心を怠る訳にもいかない。たとえそれが、朋美の――知己であるとしても。

「もう用は済んだんだろ?なら、俺は帰るぜ」

「あっ、ま、将臣殿。その……もう夜も更けている。帰るのならば……」

「申し訳ありませんが、簡単にお帰しする訳には参りません。あなたにはあなたの、此方には此方の事情がある。それはお解りでしょう?」

まるで関心が無いように、無表情なまま視線を向ける兄上。困惑顔で視線を巡らせる敦盛殿。諦め顔のが溜息混じりに見遣るのは……。有川将臣という、行方の知れなかった間を共に過ごした男。以前耳にする事の無かったその男は、憮然としたまま立ち尽くす。戦の経験が無いとはいえ、己がどういった状況に置かれているのかを理解出来ている様子。悪態を吐きながら腰を下ろすのは些か気に障りますが、まあ良いでしょう。

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「……ったく――随分と物騒な知り合いが居たもんだな?」

いきなり斬り付ける奴に笑いながら脅す奴。ビクつきながら止めに入る奴。どう考えたって普通じゃない。いや、この世界じゃ普通なのかもしれないが。つーか、こいつ等にとっての普通なのか?の奴、平気な顔で刀受けてたよな。

「まあね、否定はしないよ」

それにしても豪勢な邸だ。一体どんなお偉いさんの家なんだか。とももり、って言ってたか?あいつ。とももり……知盛?って……平知盛か??壇ノ浦で入水した平家の武将?!だとしたら、とんでもねえ所に来ちまったって事か。なら、は何者なんだ?使用人達の前では氷炎って呼べとか言ってたが。でも氷炎でも、どっちにしろ平家縁の人間って事なのか?

「あー……なあ。聞きたい事があるんだが、」

「答えられる事なら答えるよ?」

「お前、この状況でよく痴れっとしてられるな?」

「そりゃ、慣れてるからね」

「はぁ……やっぱ、あれが普通なのか?」

答えは殆ど予測通りのもので、今更ながらに恐ろしくなった。源平の戦の最中。この先どうなるかなんて、考えるまでも無い。こんな所に、あいつ等も居るのか?いつどこで死んでもおかしくない世界に――下手すりゃ独りきりで。

「悪ぃ。やっぱ俺、」

「駄目だよ」

立ち上がろうとした俺を睨み付ける目は二つだけ。あの三人が居ない内なら、ここから出るのも楽だろうに。それを邪魔するのが、命の恩人なのか。それでも、引くつもりなんて無い。だが――睨み返しても、掴まれた手首は放されない。

「放せよ」

「振り解けば?」

「……っ?!」

いくら強くたって所詮は女の力。そう思ったのは大間違いだった。少しばかり揺らいで立ち上がっても、その手が振り解けない。空いてる手での腕を離そうとすれば、その手首まで掴まえられて……今まで以上の力が込められた。

「君が逃げれば私も追われる身になる。当然、次は庇い切れない」

「探さなきゃならない奴等が居るんだよ!!」

「自分の身も守れないのに?」

「んな事言ったってしょうがねえだろ?!」

「空が白む前に死体になったとしても?しょうがないって?」

「だからって……!!いつ殺されてもおかしくない世界なんだろうが?!」

俺みたいに、誰かが助けてくれてるとは限らない。殺されなくても、どんな扱いを受けるか。自分が動けるのに、何もせずにいられる訳が無い。武器を手に入れて探しに行く――つもりだった。

「刀をくれ。それで何とかする」

「言葉だけは一人前だね。扱えるようには見えないけど?」

「そんなもん、やってみなきゃ――っぐ、ぅ……」

たった一撃で蹲った俺を見下ろす。冷やかな表情を浮かべていても視線だけは熱くて、目は驚くほどに真剣だった。呟かれた言葉は聞き取れず、鳩尾から拡がる痛みから逃げるようにして……俺は気を失った。

「やってから判ったんじゃ遅い。その時君は――もう死んでるんだから」

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前々から聞いていた将臣の弟と幼馴染。探したいのは解るけど、今は無駄だなんて説明出来ない。最後に会う筈の子達の特徴と、よく似た二人。多分、間違いない。牡丹唐草の変化が見られない今、私が二人に会う事はない。私と一緒に行動していれば、将臣も――。かといって、自分の身を守ることすら出来ない将臣を一人で行動させる事も出来ない。

「はぁあ〜……どうしたもんだか」

気の向くままに通りを歩けば、品定めのような視線を受けるのが現実。人気の無い裏通りに入れば、昼間ですら物盗りに会うのが常識。刀を持っていても、見た目が強そうでも、襲う奴は襲う。こいつ等みたいに。細い裏通り。足元に転がる男達。血に塗れた太刀。それでも――教えなければ生きていけないんだろう。将臣は……それに、耐えられるのかな。

「ホント、どうしたら良いのかなぁ」

これまでに出会った子達は、みんなこの世界の人間だった。でも、将臣は違う。怨霊すら居ない世界から来た人間に、人の斬り方を教えて――その先は?私みたいになるのなら……元の世界に戻れるとしても、戻れなくなるかもしれない。人を殺した事を忘れられる筈がない。その覚悟を、決めさせるしかないんだろうか?血振りをして鞘に収めた時の鍔鳴りが、やけに耳に障った。

「嬢、邸に戻った方が良さそうだぜ?将臣が捕まった」

不意に響いた頭上の声に慌てて邸への道を辿った私を待っていたのは、最悪の結末――ではなく、目を疑いたくなるような光景。清盛の客人として迎えられた将臣と、平伏す警護の武士達。そして、駆け寄る武士から手渡される一振り。その時、私が迷う意味は……もう無くなっていた。

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「初めはどうなる事かと思っていましたが、要らぬ心配だったようですね」

「ま、あれだけ鍛えられりゃな」

いい加減、戦に出るのにも慣れた。清盛が死後蘇ってからもここに居るのは、平家の辿る運命を知っているからだ。滅亡させるなんて冗談じゃねぇ。少しでも多くの人間を、鎌倉の手の届かない所へ落ち延びさせてやる。その為に、俺は太刀を振るって来た。何人もの人間を……斬り殺して来たんだ。自分の知っている事を利用して、助けたい奴等を助けて何が悪い?これまでに死んでいった奴等の為にも、諦める訳にはいかない。

「追っ手は無い。俺が最後だ」

「兄上、お戻りになられたのですね。どうぞ火の傍へ」

新都を造るのだと、父上は仰っていた。帝と三種の神器を掲げ、福原に。ただ――気に掛かるのは、父上の……生前の記憶が曖昧になっている事。将臣殿を重盛と呼ぶ姿には、客人として持て成していた頃のような穏やかさを見出す事が出来ない。怨霊と化した死者は、生前の面影を失くしてゆくのだろうか。惟盛殿のように?死した武将の多くが怨霊として蘇っている今。平家は最早、滅んだも同然――。

「夜が明けたら出発だ。一気に駆けるぞ」

「クッ……人使いの荒い事だな」

落ち延びる事を怨んでか、邸に火を放った者が居たが。……莫迦な事を。所詮、泡沫の栄華。盛者必衰の理を知らぬとみえる。まあ、追捕の手が逸れたのは幸いだったか?戦えぬ者達を先にやり、後ろを気にせず福原へ。だが……鎌倉方が勢い付けば、福原も――どこまで保つことやら。平家の滅亡を止めると、本気で思っているのならば――有川という男も……酔狂なものだ。

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闇に紛れ、道を急ぐ。女性や子供には辛い事だろう。だが、一刻でも早く……急ぎ福原に辿り着かねばならない。もしこのような場所で追っ手に遭えば、私達だけで皆を守り切れるかどうか――。主だった者達は、既に雪見御所へ入っている頃だろう。ここに居るのは、最後まで邸を守り抜いた者達ばかり。皆を、無事に御所まで送らねばならない。一門の者として、一門を助ける者達を。

「……将臣殿達は無事だろうか」

「あの三人なら大丈夫。二、三日の内には追い付くよ」

平家の都落ちは、思ったより速やかに事が運んだ。京を離れ新都を造ろうと考えていたのは前々からの事だったらしくて、主だった者達が六波羅を後にしたのは義仲入京の知らせが届いて直ぐ。その後は慌しく荷を運ぶ者達が後を追って、女房や年若い武士達がそれに同行した。経正と忠度がそれを率いて、私と敦盛は警護の者達と一緒に武具を積んだ馬を連れて後を追っている。

「御所に着いたら、引き返して様子を探ってくるから」

が?もしや……一人で行くつもりなのか?」

辛うじて月の光が届く暗い山道を、ただ黙々と進む。擦れ合う武具の音を頼りに、逸れないように。これから先、どうなるんだろう?護るべき人達が争いの中心にあるのなら――私は、そのどちらにも居てはいけないんじゃないだろうか?源平の争いは、これから益々悪化の一途を辿る筈。そこにどちらとも縁のある人間が居れば、混乱は必至。どちらからも離れないと……拙いかもしれない。

「そうだね……その方が無難かな」

「そうか……。だが、無茶はしないでくれ。必ず、無事に戻って来て欲しい」

「判った。戻るよ。後続の部隊も含めて……無事にね」

「あ、ああ……その、ありがとう」

あまりにもタイミングの良い約束。敦盛に返した言葉と表情は、私の本心を隠せていたんだろうか?白々と明けて行く夜の狭間で、先頭からの伝令が雪見御所が見えたと伝えに来たのを聞いていた。

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朝から走り通しで、陽の傾く頃に漸く見付けた後続部隊。戦闘があったような様子はが無くて安心したのは、束の間の事だった。声を掛けるよりも先に放たれていた矢は武士達を混乱に追い込んで、黄昏時の戦いが始まる。元から人目を忍ぶような場所を選んでの移動だったのが災いして、敵の位置すら見えなくて……混乱に拍車が掛かっていくのが判った。

「お前等全員先に行けっ!怨霊を使う」

その声を合図に脱兎の如く散る人間達。禍々しい気を纏う数体の怨霊武者は、敵対する者達の命を狙う。出来る事なら使いたくなかった――そんな苦々しい表情を浮かべた将臣と重衡を見遣り、姿を現した追っ手に斬り掛かって行ったのは……知盛と私、どちらが先だったのか。全ての追っ手を斬り捨てた時、残っていた人間は私達だけだった。

「有川……怨霊使いはどこだ」

「――少なくとも、ここには居ないみたいだな」

「恐らく、他の者達と共に逃げたのでしょう」

「だろうね。で?こいつ等どうすんの?」

操る人間が居なければ、生きているものを目掛けて襲い掛かるのが怨霊。太刀で斬り捨てても、また蘇る。いつまでも殺戮を繰り返すだけの……元、人。斬って逃げれば逃げ切れなくはないけど、捨て去るには危険過ぎる存在。怨霊使いを連れて来るしかない――この場は私が足止めすれば良いんだから。そう思って斬り込んだ時。その怨霊は、目の前で消し飛んだ。

「おいっ!無茶すんな……って」

崩れ落ちる事無く、そのまま空に弾け飛ぶように。

「――どういう事だ?」

何の形跡も残さず、一瞬にして。音すら立てずに。

「消えたのですか?怨霊が」

元から何も存在していなかったのかと思う程に。

「そうみたい、だね」

残る五体を近付く奴から斬り捨てれば、さっきと同じように消えていく。何故か――なんて事、どうでも良かった。危機を乗り越えられる方法が見付かったのなら、実行に移すだけだから。その後は野営する事も無く馬を駆り、雪見御所までの道を急いだ。私が怨霊を消し去る事が出来るという事は、口外しない事に決めて。垂れ込める暗雲の下、辿り着いた御所での日々が始まる。




     

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平家の都落ち…もっとさらっと通り過ぎる予定だったのにー!(お、落ち着いてくれ)
絶対7節目じゃ終われないじゃないか!(あ、あの…どうか落ち着いて…)
後半は短い期間でキャラが出てくるから大丈夫だと思ったんだけどなぁ。(……ふぅ)

今回の一言:やっぱり、予定は未定でしかないらしい。
今回の相方は敦盛でした!ではまた。(その、また……訪ねて来てもらえるだろうか?)





橘朋美







FileNo.013 2006/10/21 ※2010/9/27加筆修正