戦いに赴く為の時間は、忘れられない人との再会で憂鬱さを和らげた。出会ってから共に過ごした日々よりも、ほんの少し短い年月が過ぎた頃。あの頃と変らない……との再会。敵方なんじゃないかと疑っていた日々が嘘みたいに、共に戦う立場にある。それが嬉しかった。素性を明かさなかったのも、平家の中枢に居る所為だったと思うと納得出来た。緊張の解けた身体を伸ばしながら思うのは、あの言の葉。
「オレにとって、一番強い呪いだろうな〜」
結界の中で零した言の葉を拾う人は居なかったけれど、心は酷く落ち着いていた。書状を受け取ってからずっと。次の戦について調べ続けて、それが避けられない事になって……単身京へ発った時とは大違いだ。戦が続く限り、自分が武士である限り、戦いを避け続ける事は不可能で。それを厭いながらも、そう在り続けるしかないから。またいつかなんていう時が来るなんて、思えなかった。それでも、また会えるっていう希望が欲しかった。それは、が目の前で消えるまで不可能な事じゃなかった。オレの目の前で、彼女が消滅してしまうまでは……。
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石橋山での戦は、歴史通りの終幕を迎えた。頼朝の敗走、景時の離反。幕外での動向がそこに居た者達以外に知られる事は無く、気が付いた時には全てが終わっていたらしい。
「姫!漸く…目覚めたか」
「まったく……肝が冷えたぜ」
ぼやけた視界にあるのは、空色と薄鈍色の中に浮かぶ守人達だけ。ここが何処なのか判らなくて、自分が今まで何をしていたのかもはっきりしない。結界が張ってあるみたいだけど……。どうしてこんな強力な結界が張られているのかも解らなくて、四人を見回す。
「どこか異常があるのか?」
「お嬢、喋れるかい?」
心も身体も、今まで感じた事のない倦怠感に支配されていた。少しずつ覚醒させようとしていた意識は、ある一点の記憶を掴んだ時点で急速に現状を理解して……。
「……あれは?」
私はあの時――何を……見た?
「っ、景時は?!」
獣と同化したような女が、斥候部隊を次々殺していった。式神を打とうとして最後尾に居た景時にもその力が向けられた時。迷う必要なんて無かったから、直ぐに助けに入ったのに。あの女の力を止める事は出来たのに!私の身体を打ちのめしたのは……私自身の力だった。私はあの時、景時が殺されると思った。有りっ丈の速さと力を使ってその前に立って……妙な感じを受けた時には、身体から操り切れない神力が溢れ出して――。それを最後に意識は途切れた。
「そう……そんなに経ってたんだ」
季節はもう秋の終わりになっている。そう聞いても、それ自体はあまり気にならなかった。重要なのは、私が眠っている間、あの子達が無事だったかどうか。腕の牡丹唐草は、普段と同じように何事も無くそこにあった。
「じゃあ、全員無事なんだね。景時も……」
事の顛末を聞き終えた時、殺されずに済んだのなら良かったと思った。源氏へ寝返ろうが、私が死んだと思っていようが、この際構わない。きっとまた会える。景時は――生き延びたんだから。それで良い。
「天姫、あなたに知らせておく事がある」
いつもに増して厳しい顔付きの雷矢を見れば、それは絶対に悪い事なんだろうって見当が付いた。
「随分神妙だね、何?」
「あの女狐の事だ。畜生!大体なあ……」
でも、苛立ちを抑えきれずに大声を上げる炎尾を誰も止めないなんて珍しい。それくらい、みんなが腹に据え兼ねてる事なのかな?
「女狐って……」
「源氏の棟梁と共に居た細君を…覚えているだろう?」
言葉を繋げた霧鎖は、酷い顰めっ面をしてる。いつもはあまり感情を表に出さないのに……ホントに珍しい。
「あの女、何者なの?……人じゃなかった」
「そうだよ。あれは――西の天界で西方将神を務めていた。堕ちた神なんだ。二百年程前に一度会った事がある」
風牙から聞いた話にムカついた私が暴走しなかったのは、ある意味奇跡だと思う。
「西の天帝は何やってんのっ?!」
其々の天界で最も強い神力を持つ天帝。それに仕える四方将神の中でも抜きん出た神力を持つ、その天界の方位将神が起こした反乱とその結果。それが人界に影響を及ぼした。西を護る神は獣の本性を持つ。堕ちたが故に低級の、力の大きさ故に尾の分かれた狐。それがあの女に巣食っているモノの本性――茶吉尼天。目が覚めた以上、いつまでもここに居るわけには行かない。茶吉尼天が近くに居るなら尚更だ。立ち上がろうとした私を止めたのは、霧鎖だった。寝ている間に二ヶ月近くも経っていたんだから、それが当然なんだろう。
「でも!早く京に戻って、あの子達を探さないと……」
無理にでも動こうとすれば、力の入らない身体がぐらりと揺れて――。抱き止めてくれた風牙に叱られるわ、雷矢に怒鳴られるわ。炎尾には呆れ顔で窘められて、霧鎖には諦め顔で溜息を吐かれた。だけど、早くこの場所から離れようっていうのはみんな同じ意見だったらしい。
「嬢、腕見てみろ」
「?ああもう、間が悪いったら!」
結界ごと空を移動するのも、変幻姿で移動するのも危ない。大きな力が動けば、恐らく茶吉尼天に感知されるだろうからって……。神力を抑えて地面に降り、人型のまま歩き続ける守人達。暴走した神力の所為でかなり消耗していたらしく立っている事さえ儘ならなかった私は、雷矢に背負われたまま炎尾の言葉に舌打ちをした。今の私達は、最低の状況下にあるんだと解っていたから。
「ここ何処?鎌倉を抜けるまで平気そう?」
「源氏の本拠…東の海岸に沿っている。焦って動けば感知されるだろう」
「このまま海岸沿いを行くの?」
「ああ。南西の境から抜けるつもりだったが――どうする?」
「どうするって言っても、他に手は……ある?」
「進むしかないだろうね。お嬢、変化があれば直ぐに知らせて?」
「うん、解った」
地上に下りてからずっと、張り巡らされた見えない蜘蛛の糸みたいなものがそこら中にある。嫌な感じしかしないそれは、石橋山で感じた茶吉尼天の力そのもの。守人達があれだけ強力な結界を張って私が起きるのを待っていたのは、きっとその所為だったんだ。
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ったく……とんでもない事になっちまったな。濁流に呑まれた筈が、気付いた所は山の中。大した時間も掛けずに辿り着いた場所は――村とも呼べない所だった。どこの廃村だと思う程のボロ家が点々とするだけのそこは、自分の知っている世界とは懸け離れたものにしか見えなくて、一緒に流された望美と譲の姿は見当たらないまま。携帯すら無くて、連絡をとる事も出来なかった。
「何なんだよ、ここは……」
陽が落ちた頃、ゾンビにしか見えない奴等が襲ってきた。錆付いて刃毀れした刀が次々と振り下ろされて、反撃する事も出来ずにその場から逃げたんだが――。どれだけ走っても街灯は無い。地面がアスファルトじゃない。ネオンも無く、喧騒も無い。ただ地面と草木があって、上に見えるのは雲と月と星だけ。せめてあいつ等が一緒であるようにと思って空を見上げれば、吐いた息が白く上りながら消えていった。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ?どうしろってんだよ」
無人の納屋に入り込んで夜を明かして人を見掛けた時、咄嗟に身を隠した。見た事はあっても、テレビの中でしかなかったその格好。鎧を着た武士達と、農具を担いだ村人らしき人間。――時代劇の世界だ。結局俺は、人が居なくなるのを見計らって抜け出した。人気の無い場所を選んで、日が暮れるまで歩いて得た結論は……タイムスリップ。
「事実は小説よりも奇なり――ってか?」
丸一日経って、仕方なく人を探す事にした。腹は減ってるし、歩き回って疲れてる。この世界の状況を調べる前に、とにかく休みたかった。望美と譲を探すのはそれからだと決めて。松明らしき明かりに釣られて近寄ったのは、岩窟に造られた牢獄だった。話し掛けた見張りに呆気なく取り押さえられたのは、運が良かったのか悪かったのか。それから――押し込められた牢の中で過ごす日々が始まった。
「ま、死にはしねえだろ」
暢気に構えてられたのは、雪が降り積もるようになった頃までだった。どれだけ話し掛けようとも返事は無く、運ばれる食事は最低限の物。与えられる情報は無く、日に日に体力が衰えていくのが判った。人の心配が出来る状況でもないのに、あいつ等がこんな目に遭っていない事を願いながら。いつまでも止まない雪を明り取りの窓から眺めて、こんな所で死ぬなんて御免だと――逃げる方法を考えていた。
「――寒いな……雪、降ってんのか?」
暗闇に吸い込まれた言葉に言いようの無い不安を覚えた次の日から、食事が運ばれる事は無かった。何度も叫んで寒さに震え、いつまで経っても灯りの見えない方向に人影が現れた時、俺の意識は失われる寸前だった。その後の俺は、もう夢さえ見られない深い眠りに落ちてた。あいつ等の事も、自分の事も、何もかも忘れてしまったみたいに。
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「気が付いた?喋らなくて良いから、まだ寝てなよ」
何日も寝ていた場所での硬さと、莚のざらつきは無い。毛布に包まれたような、柔らかくて温かい場所に寝ていた。纏わり付くような潮の香りは無くて、土や草木の匂いに満たされた場所。助かった――そう思ったら、また瞼が重くなって……。規則正しい鼓動と小さな寝息を子守歌代わりにして、随分と都合の良い夢があるもんだと思いながら眠っちまった。
「おっと、動かないでね。お嬢が起きるまでは、そのままでいるんだ」
どれだけ寝ていたのか。起き上がろうとして頭を浮かせた瞬間、耳元で低い声がした。さっきの声がお嬢って奴なのか?ぼけた頭で目だけを動かしてみれば、自分を抱き抱えている女の身体とモノトーンの毛皮……?しかも尻尾付きかよ。
「いや、流石にこれは拙いだろ」
「動くなと言っている。縛されたくなければ、じっとしていろ」
自分の置かれた状況を把握して服を探そうと少し身体を動かせば、硬い声と表情の男が馬鹿デカい鉈をこっちに向けて立ってた。おまけに――毛皮の尻尾が身体を押さえ付けてやがる。
「判った判った、動かねえって。けどな、せめて何か着る物をくれ」
「これを羽織っていろ」
「あ〜あ、逃げられるような状況作っちゃって。お嬢が起きたら怒られるかもしれないよ〜?」
上着を投げ寄越した男が背後に行った後。仏頂面の男に向かって声が飛んだのは、やっぱり耳元からだった。男が二人と女が一人。場所は何処だか知らねえが、あの牢獄と比べりゃ天国だろう。
「なあ、あんた達……何者なんだ?」
「んん〜?そういう事は、お嬢に聞いてくれるかな」
もう一人の男とは違い、緊張感の無い声で答える。だが、逆に掴み所の無いこいつの方が、よっぽど厄介な奴なのかもしれないな。逃げるつもりがあった訳じゃないが、そんな事を考えていた。
「お嬢ってのはこいつか?」
「ああ。酷く疲れているからね、出来るだけ……眠らせてあげたいんだ」
その声と一緒に、尻尾が女の髪を撫でる。……?どうやら夢じゃないらしい。男と女が一人ずつと、ドでかい雄が一匹に訂正だ。毛皮の模様からすれば虎だろう。タイムスリップじゃなくて、映画か漫画の世界にでも飛ばされでもしたのか?俺は。
「おい、話はそこまでだ。見ろ」
「はぁ、しつこいねぇ。ほらお嬢、そろそろ起きて?お客さんだよ」
尻尾に叩かれて起きた女が、起き抜けとは思えないような速さで立ち上がる。一瞬見えた顔は綺麗な男にしか見えなくて、先に顔を見ていれば女だとは気付かなかっただろうと思う程、凛々しい顔立ちと鋭い眼差しだった。
「やっぱり……簡単には諦めてくれないか」
そいつの肩に黒い鳥が降りてきた後、俺は疑問を一つも口に出来ないまま、何処かへ運ばれる事になった。薄い銀と黒縞の、虎の背にしがみ付くっていう格好で。
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前ほど山奥って感じはしないが、ここに辿り着いたのは夜中だったらしい。目が覚めた時には、出てきた所と大して変わらない小屋の中に居た。大の男を二人も乗せてかなり長い間走り続けていた虎は、敷物みたいに伸びてやがる。しかも、唯一の出入り口の真ん前を陣取って。
「拉致の次は監禁かよ」
何を聞こうと、お嬢に聞いてくれの一点張り。頑固な虎は戸口を塞いだままだ。更に頑固な男は答える義務は無いって言った切りで、どこに居てもこっちを睨み付けるようにして見張ってる。服は朝、虎の頭に乗っていたものを着ろと渡された。食事は簡素な物だったが、男が作って。俺は何も解らないまま、何も出来ないまま、ただ女を待つ。
「出来るだけ早く戻る。君は大人しく待ってて。二人共、この子を頼むね?」
それだけ言って消えた女が姿を見せたのは、四日目の真昼。碌に顔も見ていなかった所為で、また知らねえ男が増えたのかと思ったんだがな。
「お帰り、お嬢」
お座り状態で尻尾を振る虎の言葉を聞いて、それがあいつだと判った。声と薄い藍色がかった銀髪だけが、記憶に残ってた。
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あの女狐が見知っているのは、少年時代の風牙だけ。私の事を覚えていても、何者かは判らない筈。それに安心して……それでも神力を使わないまま、尾張を抜ける辺りで夜を明かした。完全に目が覚めたのは、炎尾が肩に舞い降りた時。器用に加減された鋭い爪から伝わる力は適度な緊張感を与えて、耳元で呟かれた情報の緊急性を物語る。
『北東から追っ手が来てるぜ?』
この場合、堕ちても神……とか言った方が良いのかな?そんな事を思いながら外へ出たら、ぼんやりと光る腕に気付いた。
「おい、またかよ?」
「だが姫…その色は……」
「うん。灰色――だね」
いつもは牡丹唐草の色のまま光る腕。左は目を潰しそうな眩い白で、右は吸い込まれるような深い黒。でも今は、それを混ぜたような灰色のぼんやりとした光。神力を暴走させた所為なのか、何か異常が起きているのか。それを確かめる為に、六人目を風牙と雷矢に任せて庵を出た。思い通りに動かせないままの身体を霧鎖に預け、七人目を探し始めたのが三日前。その子を見付けた時からずっと感じていたのは、これまでの違和感や既視感とは全く別の、違うという感覚。
「あの子、だと思うんだけどね」
「確証は…無い、か」
「今までと違うな。どうすんだ?」
小さな山の端に佇んで、悲痛な面持ちで見据えているのは大きな焼け跡。見覚えの無い光景と、見覚えのある男の子。証の得られない牡丹唐草の状態も重なって、姿を現せずに過ごしていた。早朝に馬を駆って現れ、太陽が中天から傾き始める頃には帰って行く。その繰り返しが終ったと知ったのは、四日目の昼近く。昨夜、男の子を見送った時。一瞬だけ目が合ったような気がした。そのまま駆けて行く背を見送り、明日確かめようと思った時は……もう来なかった。
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どれほど後悔しようとも、時を戻す事など出来る筈も無い。目の前に広がる光景に、己の罪を思い知る。味方にそれを責める者は無く、敵方の非難は遠吠えと捉えられていた。そういう事もある、と……優しい人達は言う。
「このような事が、許されるとでも?」
まだ幼い頃、知盛兄上の客人に投げられた宗盛兄上の言葉。あの時、あの方がなんと言ったのか……今でも覚えている。言葉も姿も、凛々しく、強い女性だった。彼女は確固たる信念を持ち、それに従い、己が道を歩んでいるのだと感じていた。
『私がここで死んでやる義理は無いのでね』
離れて覗いていた私の耳にもはっきりと届いたその言葉は、揶揄の如く響いた。裏腹に、その表情は至極真剣なもので――彼女が如何に強い人間であるのかを物語っているように見えた。それを思い出した時、戻ろうと思えた。
「私も……あの方のような生き様を」
そう零して手綱を取った真昼の闇の中。今は亡きあの方が、幽かに見えた。それが己の不甲斐無さが見せた幻だとしても、まるであの方に見守られているようで。いつか、現世ではない場所で再び出遇う時が来るのならば……。あの方に臆する事無きよう、生き抜こうと誓った。
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「ただいま雷矢、風牙。変わりは――無いみたいだね」
「ああ。無事戻ったか」
目の前で起きてる事でなきゃ、絶対に信じられない光景だぜ。自分よりも大きな虎の頭を抱えるようにして撫でる女が居るなんてな。色々と聞きたい事もある。近寄って声を掛けようとすると、向こうが先に声を出した。
「用があるなら、手を伸ばして近付くより先に声を掛けて。――危険だから」
「っ?!……あ、ああ。判った」
そこは視界に入っていたとは思えない場所だったんだが。手が届く筈もない距離で向けられた視線の強さと、その言葉に驚いた。俺に対して敵意があるなら、どうして俺を助けたんだ?聞きたい事は山ほどあったが、眠いっていう一言で後回しにされちまった。
「なんなんだよ、あいつ」
「お嬢はね、信用していない者が傍に居ると眠れないんだよ」
「只でさえ本調子じゃないんだぞ?!そいつを別の場所に……」
「雷矢、五月蝿いよ。……直ぐ起きるから」
隣の部屋から聞こえた声は、その場に居た全員を黙らせた。日が暮れるよりも随分前に出て来た女がおはようと言った後、漸く話が出来るようになって、粗方状況が掴めた頃には押し問答が始まった。
「だから、いつまでも世話になってられねえって言ってんだろ?!」
「この状況で強がっても無駄だって解らない?」
片手で掴まれた手首は、大して痛くも無いのに振り解けない。体力が落ちていると思ってはいたが、女の腕からも逃れられないなんて。正直、愕然とした。それでも……あいつ等を探したかったんだ。戦の続く世界に居るってんなら、こんな所でモタついてる暇は無い。だが――。掴まれていない方の腕を思い切り振り上げた時、鳩尾を突かれて蹲った。相手はほんの少し腕を動かしただけだってのに。
「この程度で倒れるような身体で、人探しが出来る?」
「ぐ――っ。お前には関係ねえって言ってるだろ?!」
「君にはそうかもしれないね。でも……死なせるつもりは無い」
「俺が死んだところで痛くも痒くもないだろう?なんなんだよ、お前は」
「さあね。君は名乗りもせずに私の事を聞くのかな?名無し君」
ふざけた言い方にムカついて睨み付けると、そいつの表情は言葉とチグハグだった。痛みを堪えるような、泣きたいのを我慢しているような顔を見て、少しは俺も冷静になれたんだろう。
「俺は将臣。有川将臣だ」
「私は。出来るだけ質問には答えるから、落ち着いて?」
何よりも体力の回復を前提とする事。牢獄で死に掛けていた割には怪我は無く、衰弱が酷かったらしい。確かにかなり痩せたな。碌に動く事も出来ないくらいに。気ばかり焦って飛び出そうとしていた自分に呆れるぜ。
「悪ぃな。世話になるぜ」
「……悪くはない。世話するつもりが無ければ、態々助けないよ」
こうして始まった奇妙なリハビリ生活は、三ヶ月以上続いた。雪が融け、少しづつ気温が上がり、山桜の蕾が綻び始める頃まで。
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二ヶ月以上必要最低限の活動しか果たさずにいた身体が漸く動く事を思い出した頃、岩窟に囚われていた将臣を見付けた。そのまま鎌倉を抜ける事は出来なくて、追っ手がかけられた。しつこい追っ手を撒きながら京を目指し、所々にある庵で少しばかりの休憩をとる。目覚めた彼が一人で行動しようとするのを何とか思い止まらせ、七人目と思しき人物を見掛け、その後は自分のリハビリにも精を出した。一度六波羅に戻らなければとも思ったけど、本調子になるまで待つと決めた。それに……半年も経てば、鎌倉が私に対する探りを入れてくる事も無いだろうと思って。
「じゃあ、里に下りても自分が何者だか悟られないように気を付けて」
「解ってるって。お前の方こそ気を付けろよ?」
二人共漸く本調子に戻った頃、山を下りた。翌朝には六波羅の邸へ向かい、警護の武士と押し問答を。私の顔を知っている人間は殆ど居ない上に、その悉くが留守だっんだから、……間が悪い。だけど、そのまま帰る事は出来なかった。六波羅に入ってから、灰色だった光が白と黒になって……七人目がここに居ると確信していたから。死んだ筈の人間の名前を言ったところで解決するとも思えなくて、こっそり忍び込もうかと企んでいた時。後ろから掛けられた声は、聞き覚えの無いものだった。
「どうかしましたか?此方に何か、御用でも――っ?!」
「――……?」
私の顔を見るなり石化してしまったような男。あの焼け跡を見ていた七人目が次に呟いた言葉は、警戒心を煽るものとしては充分だった。彼が私の事を覚えている筈がないと思っていたし、覚えていたとしても名前まで知っているとは思ってもいなかったから。まあ、そのお陰で門を潜れたんだけど……驚いた。
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邸へ戻ると、何やら言い合いをしている警護の者が。何事かと思い声を掛けて近寄れば、そこに居たのは見間違える筈などない女性だった。
「もしや……殿、あなたなのですか?」
「――君、何者?」
警戒心を露にしたその姿を見て、彼女とは表立っての面識が無い事を思い出す。此方が一方的に知っているのならば、警戒されても当然の事。
「こうしてお会いするのは初めてでしたね。申し遅れました、私は平重衡と申します。あなたは知盛兄上をお探しなのでしょう?おそらく夜にはお戻りになるかと……」
「知盛の弟?じゃあ、もしかして……あの時の子?」
その言葉で、あの頃の自分を知っていてくれたのだと嬉しく思う自分に、知らず笑を漏らす。何年も前に感じていた畏怖と畏敬は、何年か前の戦場で憧憬と成り変わっていたのですから。

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うわ〜思ったよりずっと長い…本当は8人目まで出す予定だったのに。7人目の途中ですが、一旦区切ります。 (おいおい、捌けてないじゃねえか)
次回は一区切り付けられる筈…多分。 (自信無さそうだな?)
で、変換作業終了後……今回名前少ない!自分で驚き。しかも、将臣なんか一回も呼んでくれない…。 (あーあ。俺は知らねぇぞ?)
今回の一言:一部を除く好調気持続中♪
相方は将臣でした!ではまた次回。(あ?おお。じゃあ、またな)
橘朋美
FileNo.011 2006/10/7 ※2010/9/27修正加筆 |