桜散る
一章三



強く、熱く輝く牡丹唐草。守人達にも分からない状況は、不安材料としては充分だ。これまでよりも警戒して辺りを探りながら、四人目の居るだろう場所を特定しようと神経を集中する。

「この辺りだと思う。降ろして」

「ここにも結界があるね。気を付けるんだよ、お嬢」

静かに翔ける龍は、人の形を取って音も無く地上へと降り立つ。見えない壁の向こうに居る子は、これまでに会った子達と比べると気弱なんだと思う。その一線を越えた時。ふわりと感じた柔らかく優しい気配が、それを物語っていた。けど、擦り抜けた結界の強さは――泰衡のそれに勝るものだった。

「っ?!何故ここに入れたんだ……結界を張っておいた筈なのに」

「こんばんは」

長身の男の子は酷く慌てていて、私の言葉が耳に入っているのかどうかも怪しい感じだ。驚くのも無理は無いけど、危害を加えるつもりは無いって判って貰わないと拙いかも。と、なると――両手を肩の辺りまで上げてゆっくりと近付くしかないかな。

「それ以上、近付くんじゃない。一体、何が目的なんだ?」

「君に会う事」

これ以上刺激しないように、手を上げたまま立ち止まって簡潔に告げた……つもりだった。けどこの子、私にライフル向けてるんだよね。こんなに脅えられちゃ話も出来やしない。それにしても――毎回感じるこの感覚、妙に気なる。既視感は夢渡りの所為だとしても、違和感は……一体なんなんだろう?

「オレは……、君なんて知らない。君は、オレの事を知っているのか?」

「知らない。けど、見た事はある」

嘘は言っていない。けど、真実を言ってもいない。言う事は出来ない。只じっと目を見つめる事しか出来ないのは、あのライフルの所為だ。あれは只の武器じゃない。持っている人間の力を凝縮したみたいな何かがある、そう感じる。どうにか出来ないかな、あれ。――チュイン――……って、え??そんな事を考えている間に撃たれたみたいだった。不意打ち、ね……でも、効いてないんだけど。

「怨霊なら、これで何とか……っ?!」

「残念ながら、効かないみたいだね」

私の身体を取り巻いたのは、刺し貫く金気と呪縛の鎖。普通の人間だったら重症を負うような術だったし、この子が言ったみたいに、たぶん怨霊にも効くんだと思う。但し、術が発動していればの話。――ちょっと笑って男の子に近付いて行くと、顔面蒼白になって顔を強張らせてるのが判った。

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術が当たっても消えないなんて……じゃあ、あれは人間だったのか?――オレは、とんでもない事をしてしまったんだって焦った。けど、その人はオレに近付いて来る。まるで、何も無かったような顔をして……。そして、その身体に傷一つ負っていないと気付いた時。自分のした事に対する後悔と懺悔は、目の前に居る人に対する驚愕と恐怖に変わっていたんだ。

「っ、どうして……術は確かに……」

「大丈夫?」

武士としても、陰陽師としても半人前のオレでは――この人が敵なら命は無い――。初めて死の恐怖を感じて、それを覚悟したのに。それは、たった一言で簡単に覆されてしまったんだ。漆黒に浮かぶ淡藍銀の髪が冴え冴えとした月の光を靡かせるかのようにして風に揺らめいて、その姿は、神々しくも妖しく闇に馴染んでいた。だから、オレは思わず呟いていたんだと思う。

「君は――月読なのか?」

「つくよみって何?」

苦笑いを浮かべながら、また一歩こちらに近付く。距離が減るにつれて薄れ行く恐怖は、その人が敵じゃないって事を示しているように思えた。

「さっきのは陰陽術?」

「ごめんね〜。いきなり驚いたでしょ?オレさ、見習いの陰陽師なんだよ」

河原の大岩に腰掛けて失態を詫びると、気にしなくて良いと微笑んだ。月読というのは御伽噺で人を惑わせる美しい月の神だと教えると、遠い昔を懐かしむような表情をして、また微笑んだ。ちゃんと言葉を交わすまで彼女が女性だって気付かなかったオレは、それが男神だっていう事を伝えられないまま――。ここで何をしていたか説明して、本当に怪我は無いのか聞き直していたんだけど……。彼女は、さっきよりずっと綺麗な笑顔を見せてくれた。心配性だねって、小さな声で呟きと一緒に。

「その武器の名前は?」

「えっ、これ?これは……う〜ん――実はさ、これ、オレが作った物なんだ。だから名前って言われても、特に決まってないんだよね〜」

オレが漸く彼女と普通に喋れるようになってから。陰陽道に興味があるのかな?色々と質問されて試作段階の武器を見せると、不思議そうに眺めていた。舶来の書物にしか載っていない物を真似て作ったんだから、知らない人が見れば驚いても当然だよね。しかも、いきなりそれで攻撃されたんだ。――なのに……なんで彼女は平然としているんだろう。怪我もせず、怒るどころか殆ど驚きもしないでオレと喋っているなんて。

「凝縮した力を術として打ち出す為の道具?」

「う〜ん……何て言ったら良いのかなー?簡単に言えばね、早く確実に術を使えるようにと思って作ってるんだ。けど、色々と改善しなきゃいけない部分があって――」

誰にも聞かせた事の無い話を、何故彼女には話せるんだろう?術を受けても平気で話しかけて来たからかもしれない。警戒心の欠片も無いようで、誰にも見付からないようにと張っておいた結界……ん?結界?!

「あ、あのさ〜。オレ、この辺りに結界を張っておいたと思うんだけど……」

「うん、あったね。強い結界だったよ」

そんな簡単に……。でも、強い……か。お師匠にはそんな風に言われた事なんて無いけど、本当に彼女の言うとおりだったら嬉しいな。って――違う、そういう事じゃなくて。オレは何も感じなかったんだ、有り得ない。でも、もしかしたら……。

「ええと……じゃあ君は、結界を破って来たの?」

「違う。擦り抜けた……かな?」

…………益々解らないや。強いと言った結界を擦り抜けたって、一体どうやって?もしかしたら――オレの術や結界は、彼女にとって弱過ぎただけなんじゃ……。

「そ、そっか〜……やっぱりそうだよね。いや〜、参ったな。結界を通り抜ける術があるなんて、オレ全然知らなくてさ。君って、もしかして高名な陰陽師だったりする?あ、それでさっきの術も全然効かなかったとか!」

「私は陰陽師じゃないし、さっきの術は発動しなかっただけだと思うよ」

「え?……えええっ?!」

発動しなかった?放たれた瞬間、標的に向かって発動するように作ったのに。まだ改良が必要なんだ……きっとどこか改良する所がある筈。術を打ち出す時に加える力を調節して――なんて、つい考え込んで独り言を漏らしたのに気付いた時。

「楽しそうだね」

まるでオレを見守っているかのように、ふわり、彼女が微笑んだ。誤魔化すようにして笑うオレに、また見せて?って言って……そのまま結界を擦り抜けて行く彼女の背を見送りながら、名前すら聞いていなかった事に気付いた。黒装束に鈍く煌めく髪。彼女は月読じゃなかったけど。妖しく人を惑わす、月の化身みたいな人だった。

「またいつか、ここに来てくれるのかな」

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印象は最低とも言える出会いから暫くして、彼女はそこに現れた。どうやらオレの結界は、彼女に対して用を成さないみたいだ。

「やあ、こんばんは。この前はお互い名乗りもしなかったよね〜。オレ、梶原景時っていうんだ。君は?」

梶原、景時……?ああ、――私は

確かめるように呟かれた自分の名が、耳元で囁かれたように感じたその夜からだった。結界を張る度に、がそこに来た。彼女が眠っている時以外はオレが話すばかりで、それに相槌を打って、時に質問を返す。同門の師弟達に下らないって言われてしまうようなそれは、と話している時だけ意味を成していたんだと思う。

「偶にはオレもの話を聞いてみたいな」

いつもの黒装束でいつもの様に現れたにそう告げると、何故かと問われて答えに困ってしまった。何度も会って夜通し一緒に居るのに、オレはに関する事を殆ど知らないままだ。陰陽師じゃないのに、オレの結界を擦り抜ける。オレの話を聞いてくれる。オレより少し年上に見える。時々、生きているのか確かめたくなるくらい深く眠ってる。という名の女性。普段は無表情なのに、笑うと凄く綺麗で。それ以上を知りたいと思うのは、君に興味があるから。なんて――言える筈も無くて。

「えっ?いや、オレさ、の声好きなんだよね〜。ほら、オレばかり喋ってると、の声あんまり聞けないでしょ?だから偶には、って思ってさ〜」

それも嘘じゃなかったんだけど……。誤魔化したつもりの言葉が全然役に立っていなかったって気付いたのは、オレの質問に答えるっていう方法を提案したが、じゃあ何を聞きたい?って言って――オレの目を見つめたまま、悪戯っぽく笑った時だった。

++++++++++++++++++++

あの時から、もう三年も経っていたのか――。オレを呼び戻す為の文が届いた日の夜。もう二度と、彼女と会えなくなってしまうんだろうって思った。習慣のようになってしまった時を待ちながら、逃れる事の出来ない先を思う。それを告げた時、がどんな返事をするのか――思い浮かべる。

「出来れば……」

夢は、オレと一緒に。

「でもきっと……」

現実は、出会う前に。

「…………嫌だ」

悪夢は……敵対者に。

悪夢だけは見たくない。どうしてオレに近付いたのかも判らないだけれど、それでも源氏の間者だとは思えない。仮にもし源氏の間者だったとしても、オレを狙う事に意味は無い筈だ。でも、素性を明かす事のない彼女を信じきる事も出来ないでいる。オレは――なんて愚かなんだろう。

「大丈夫。また会えるよ」

全てを話し終えた時。そう返されて、何も言えずに抱き締めた。疑っていながらも、心地良い時を手離せなかった。夢を望めなくても、悪夢よりは現実であってくれと望んでいた。そんなオレに与えられた希望を手放したくなくて、不確かな約束だと解っていても嬉しくて――涙が零れた。身体で感じるのは、手離したくない存在と、背に回された両の腕。

「そう、だね。またいつか……会えたら良いね」

その温もりを手放したくないのに、手放さないわけには行かなくて――。漸く絞り出した言葉に、オレの好きな声と、それを紡ぐ唇が耳元に落ちた。景時、また会えるよ…。優しく繰り返されたその言の葉は、その時からオレの呪になった。

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媚び諂い、贅を尽くし、歌を詠み、花を愛で、舞い踊り、女を抱く。沈む事の無い陽を表すが如く、日々繰り返される饗宴。くだらん勢力争いの為の戦も、宮中で腐る程に交わされる舌合戦よりは幾分か気が晴れると思っていたが……。

「知盛殿!敵陣に近付きすぎては……」

「黙れ。……お前の指図など、受けん」

陣から離れずに、どう敵を討つというのか。敵も味方も、冬眠前の獣の如き鈍さだが……。栄華を極めたその後、訪れる筈の衰退。それを厭い、憂いを払うべく、血の狂宴が繰り返される。つまらぬ戯言を聞かされるより、余程楽しめるというものだ。

「くそ……増援はまだかっ?!一武者相手に何を梃子摺っておる!」

――ほう?どうやら、面白い事になっているようだな。

敵陣の脇で、無様に喚き散らす将。そいつの向こうで雑魚を斬り捨て、軽々と振るわれる太刀が二本。血の華を咲かせる度に舞う銀糸が、薄暗い戦場に彩を添えていた。濃藍銀の刀が散らす紅と、漆黒に流れる淡藍銀。気付けば――蜜に惹かれる蝶の如く、そいつに向かって斬り進んでいた。

++++++++++++++++++++

昨夜から収まらなかった牡丹唐草の熱と光は、この場所に来ると収まった。……のは良いんだけど、ここどこ?姿を消した守人達に問い掛ける。

「戦場だ。この近くに陣があるようだが……。天姫、やはり一人で行くのは止した方が良い」

「だからって、みんなの姿を見られちゃ拙いでしょーよ」

四人の守人達はそれぞれ個性的な性格だけど、心配性なのは全員同じだと思う。戦場に一人で行くなんてって、さっきからずっと――まあ、あんな事があったんじゃ仕方が無いのかもしれないけど。まさか、薄暗い森から拓けた場所に出た途端に斬り掛かってくる奴が居るなんてね。幾等なんでも問答無用で斬られちゃ堪らないんだけどなぁ。前回は術で、今回は刀がお迎えか。なんか、立て続けに攻撃されてる気がする。そんなに――ま、そりゃ怪しいか。でも、だからって……納得出来る訳ないでしょ!!守人達を待たせて歩き出せば、直ぐに周りを囲まれた。

「単身斬り込んで来るとは。平家の者は、余程愚かとみえる」

「平家?」

わらわらと湧いて出る兵達の中に五人目は見当たらず、襲って来るそいつ等を見て漸く気付いた違和感の正体。あの時、戦場を見たのは一度だけ。夢の中では、戦いが終る寸前だった筈なのに……。私の辿り着いた場所と時間が、夢で見た時とは違うんだ。何人もの雑兵を斬り捨てながら、そんな事を考えていた。

「向かってくる奴には容赦しない、」

「共に……太刀を振るわせて貰おうか」

死にたくなければ逃げろ。そう続ける筈だった言葉を遮ったのは、低い声。背後を確認する暇も無く、群がる雑兵を斬り続けた。視界の端に映る鮮やかな金と暗い銀は、見間違える筈もない。派手な戦装束着たあの子――五人目だ。

「こんなトコに乗り込んで来るなんて、随分酔狂だよね……君」

「酔狂だと言うなら、敵陣に一人斬り込んだお前の方が余程だと思うが?」


聞き取れるかどうか怪しいくらいの遣り取りは、そのまま戦いの中に紛れ込んで消えて行った。

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会話とも言えぬ遣り取りで、それが女だと判った。恐らく敵ではないが……味方でもなかろう。これ程に目立つ女、戦場に居たのなら見落とす筈もない。――農民でもない。ただの女とも思えぬが。

「女、何故ここで戦っていた」

「突然襲われれば戦わざるを得ないでしょう?」

飄々と言ってのける姿に、恐怖や脅えの影は微塵も無い。まるで天気の話でも交わしているかのような……錯覚を覚える。己の奥底で、ふつり、湧き上がった感情は…………戦場でのそれと、酷似していた。

「平家の者では、ないな」

「源氏の者でもないけどね」

平家と敵対しているのは、なにも源氏だけではない。この女がその手の者でないとは言い切れぬだろう。だが……その逆もまた然り、か。本当に……面白い事になってきたじゃないか。

「名は?」

「人に名を尋ねるのなら、自分が先に名乗るべきだね」

その口振りに咽喉を鳴らし、愉悦の笑を浮かべたのは――無意識の内。

「これはこれは……。とんだ御無礼を致しました。某は――平知盛と申す者。あなた様の御名を拝聴する栄誉を、是非この身に給わりたく存じます。…………如何かですかな?姫御前」

「平知盛……ね。私は。思ってもない事を言われても気持ち悪いから、薄気味悪い喋り方はやめてくれない?」

己の素性を知る女から向けられる艶然とした笑みと媚びた眼差しはそこに無く、その唇からは世辞も誘いも紡がれず、か。敵でも味方でもない女。そう断じるに相応しいの態度に……知らず口の端が上がった。

++++++++++++++++++++

「昼夜を問わず……か。お盛んな事だ」

「その原因を作ったのは君だと思うんだけど?」

を連れ、陣へ戻った時。周囲の者は間者だと断じた。それは邸に戻った後も変る事は無く、極一部の者を除く者達がを疑っている。お主の好きにせよという父上の言葉に声を上げた多くの者が暗殺を試みるようになったのは、それから直ぐの事。そしてまた、の足元に暗殺者だったものが転がる。

「さて?お前より強い者が居れば考える、……とは言ったが」

「真意を読み取れない虚け者が多いみたいだね」

「ククッ……全くだ」

「確信犯、か」

溜息混じりに呟くの後ろ……その人影を、視線で促す。その瞬間、俺を見据えながら冷笑する。気付いていないと思われたそれには、幾度も気付いていたらしいな。向かい来る者以外、眼中に無し……という事か。

「暗殺者にしてはいつも逃げるんだけど、知盛の知り合い?」

「……弟だ。お前に、興味があるのだろう」

「知盛の弟?宗盛殿とは正反対だね」

「気付いていながら、その態度か」

「その他大勢の相手をしてるほど暇じゃないからね」

己の命を狙う者にも確信を得ているとはな。思ったより勘が良い……いや、賢しいのか。夜分邸を抜け出しているようだが、恐らくその手の者共を避ける為だろう。つくづく変わった女だ。

「その内、飽きるさ……」

「はっ、私は既に厭きたよ」

「ならば、止めを刺せば良い」

「平家の御歴々に?これ以上の面倒事は御免だね」

高が三月で……一体、幾人斬ったのか。命を下す連中は、さぞかし苛立っている事だろう。友好的、と言えるのは……重盛兄上と経正辺りか。父上は……傍観者だろうな。

「まあ良いさ……。精々生き延びて、俺を楽しませてくれよ?」

「君が生き永らえている内はね」

「クッ……。解っているなら……来いよ」

「はいはい了解、お相手しましょうか」

暇が出来れば、こうして太刀を合わせる。それを見ている者は、は危険だと焦る。それを従える者の地位を、確立するやも知れぬと。そして愚かにも、その命を狙う。それこそが俺を楽しませ、を手離さぬ原因だと気付きもせず。幾度と無く、憐れな贄を捧げ続ける。だが俺は……気に入ったものを、手放すつもりは無いぜ?

++++++++++++++++++++

はぁ……。一体どうしたら、こんなややこしい状況になるってのかなぁ。四人目は梶原景時……。で、間を置かずに現れた五人目が平知盛。歴史上の人物――しかも、とんでもない末路が待ち構えている人間ばかり。泰衡、九郎、景時、知盛。そして、九郎が先生と呼ぶリズヴァーン。守人達に詰め寄っても、彼等にはどういう事なのか判らないらしい……っていうか、単なる偶然だって言い切られてるし。

「ここまでぶっ飛んだ状況になると、混乱するより笑えるよね〜」

六波羅の邸に招かれ、落ち着かない日々を送る。景時の結界が張られた時は、邸を抜けてのんびりとした時間を過ごす。良く言えばメリハリの利いた生活が、二年以上続いていた。そして、しつこい嫌がらせが漸く納まってきた頃。景時は自分の家に戻った。また会えると言った私に、寂しい表情で約束を残して。今度会う時、私はどんな立場なのか――なんて心配は無用だったらしい。

「姫…大丈夫か?」

大丈夫なワケない。平穏な日々を送りつつ、ふらりと現れる知盛と手合わせをする。私に接する平家の人間は極少数に限られているけど、偶々その内の一人。惟盛の元を訪れた報告者が……。

「疲れてんだろ?嬢はここんトコ碌に寝てねぇからな」

次の戦の為に、大将として軍を率いる惟盛に出陣要請を受けていた時。斥候部隊が戻り、それを率いていた人間が報告の為に部屋へ通された。丁度良いでしょうからと惟盛に引き止められた私の目の前にあったのは……。

『失礼致します。御報告に……、』

『景時?!』

『……?…!どうしてこんな所に……』

その後は大変だった、としか言いようが無い。私達が知り合いだと知った惟盛は報告を聞き終えた途端にその話を聞きたがり、手合わせの為に私を探していた知盛と、楽を合わせる為に惟盛を誘いに来た経正までもがそこに加わったのだから。

「天姫、近くに結界が張られているぞ」

暗殺騒ぎの頃から眠る事が出来なくなって――ああ、違うかな。実際は、寝ていても気配で目が覚めてしまう。まるで番犬のような眠り。その頃から、景時の結界は私にとっての揺り籠になった。碌に話もせず、眠っていた事も多かった。あの穏やかで静かな空間が恋しいけど……。

「本当に行かないのかい?お嬢――大丈夫?」

行ける訳が無い。次の戦。私が向かうのは相模の国、石橋山。惟盛は、私に単独の遊撃戦を要請した。それを補助するのは景時が率いる斥候部隊で、その相手は…………梶原景時が平家から寝返って忠誠を誓い、その先の半生を仕えた、源頼朝。

「はは――行けるものなら行きたいんだけどね……」

これから何が起こるのか。それを知ってても前みたいに景時の所へ行けるほど、私の神経は図太くなかったらしい。その夜私は、浅い眠りの中で懐かしい夢を見た。今はもう行く事の出来ない場所で、静かに眠る私を見ている景時の夢を。



     

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宗盛=知盛と四つ違いの同母兄
斥候部隊=地理やら敵情やらを視察をする先発・前衛部隊
ここでの「確信犯」という言葉は本来の意味ではなく、「それがどんな結果を齎すのかを理解した上で行動している、ある意味性質の悪い人」の事を指します。

斥候部隊なんたらかんたら〜は、当然嘘っぱち。(だろうな…クッ)
この辺も番外でやりたいな〜と思っている部分ですが、如何なもんでしょうねぇ?(俺の知った事ではない)
今回は初被り。これから登場キャラが被っていくんですよ〜。巧く捌けるのか心配。 (精々、足掻くんだな)

今回の一言:最近打ち込みの調子が良い!
相方は知盛でした!ではまた。 (…じゃあ、な?)





橘朋美







FileNo.010 2006/9/30 ※2010/9/26修正加筆